俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章36 この瞳に映せないもの ②

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「……あんたの言うこと、わかるけどさ。意味があるとかないとかいちいち考えてたら誰とも会話できないじゃん。それにそんなネチネチ言わなくてもよくない?」

「なにがネチネチだ。ついさっき俺をネチネチと詰め倒しておいてどの口が」

「べつに詰めてないし。あれはあたしじゃないもーん。あんたがダメダメすぎて、あたしの中の『七海先生27歳』が出てきちゃっただけですー」

「なんだそりゃ…………だが、そうだな――」


 よくわからない反論をしてくる希咲に呆れを感じるが、自分の口から出した言葉で思い当たることがあり、ふと思考する。


「なによ? いきなり考え込んで」


 不審そうに問いかけてくる希咲の様子は、先ほどまでに比べれば幾分気持ちも和らいでいるようだ。

 そんな彼女を見て、弥堂は全く以て『らしくはない』が、ひとつお節介を口にすることを決める。


「――そうだな。いいだろう。ついでだ。俺もひとつ、お前にレクチャーだ」

「……? びとー先生38歳?」

「ちげーよ。なんで俺は30代後半なんだよ」

「だって、あんたってば全然若さを感じないんだもん。制服もなんか似合ってないし」

「ほっとけ。もういい」


 話の出端で挫かれて即座に興が削がれた弥堂は話題を取り下げようとする。


「あん、ごめんってば。もしかして気にしてた?」

「気にしてなどいない。どうでもいい」

「そ? で、なんだって?」

「もういい」

「なによぉ。すねてんの? 言いなってばぁ」

「うるさい。拗ねてなどいるか。ガキのくせにガキ扱いするな」

「はぁ? あんたの方がガキっぽいじゃんっ。てか、言いなさいよ。どうせまたヘンなことだろうけど、途中でやめられるとあたしめっちゃ気になっちゃうんだってば」

『それはお前がガキでメンヘラだからだ』


 そう言い返そうとして弥堂は口を噤む。

 また無駄な口論になると思ったからだ。

 言葉の代わりに溜め息を吐き出し、無理矢理に気分を変えようとする。


「あによ、そのロコツなため息っ。シツレーね」


 プリプリとこちらを責めてくる彼女の情緒不安定さにうんざりとしつつ、一方でその気分の切り替わりの早さに感心も覚える。

 自分は切り替えはあまり得意ではないのだ。


 だが、対処法は知っている。


 億劫さが足枷となって出足が鈍る時は、無理矢理にでも状況を始めてしまえばいい。

 そうせざるをえない状況に自分を追い込んでしまえば、気分がどうのなどと考えなくても済むようになる。


 弥堂は口を開く前にせめてもの嫌がらせにと、もう一度わかりやすく溜め息を吐いてやる。

 その態度に「むー」と眉根を寄せた希咲を見て、口の端を僅かに持ち上げた。


「いいだろう。お前にレクチャーだ」

「ずいぶん急旋回で話を戻したわね」

「うるさい黙れ。いいか? お前には必要なものがある。だが、今回のようにその必要なものを引き出すために最適な人材がいない。ならばどうするか」

「え?」

「例えば。今回のように不適格な人間から情報を引きずり出さなければならない場合。お前がすべきことは、馬鹿正直に尋ねることでもなければ、お願いをすることでもない。じゃあどうする?」

「……えっと――」

「――お前がすべきことは『取り引き』だ」


「どうする?」と問いかけておきながら相手の答えを待たずに話を進めていく。


「信の置けない者に言うことをきかせたいのならば、相手がそうしたくなるような、或いはそうしても構わないと思うようなメリットをくれてやれ」

「メリット…………取り引き……」

「それでも言うことをきかない奴には、そうせざるをえないように追い込みをかけろ。それから能力的にそもそも当てに出来ないグズはとっとと見限れ」

「な、なんか結局物騒な感じになったけど……わかった。いちお…………ありがと……なの……?」


 身も蓋もない物言いではあるが、考え方の参考には出来そうな部分もあり希咲は戸惑いながらも礼を言う。

 すると「ふん」とつまらなさそうに鼻を鳴らされたので、「やっぱなまいきっ」とひと睨みをしてから「でも――」と切り返す。


「でもさぁ――なんていうか、ちょっとドライすぎない?」

「それは受け取り方の問題であり、ただのお前の感傷だ。実質的でも本質的でもない。重要なのは目的を達せられるかの一点だけだ」

「う~~ん……」

「どう転んでも、過程か結末のどちらか――或いはその両方でどうせ何かしらの感傷はある。ならば結果を伴わせて実利を得た方が効率がいい」

「…………そうねぇーって、言ってあげてもいいくらいには理屈としては納得はしてるんだけど、なんかなぁー」

「それが感傷だ。過程で気を揉まず心を痛めず、なんのストレスもないまま気持ちよく望んだ成果を得る。そんな虫のいい話はない」

「そうかもしんないけど。でもさー、それってシビアすぎない?」

「ルーズに取り組んで取りこぼすよりはマシだ。それに――」


『――しくじったら次があるとは限らない』


 そう続けようとして弥堂は口を噤んだ。


「ん? それに――なに?」

「いや、なんでもない。言い間違いだ」


 希咲に続きを催促されるが誤魔化す。


 平和な国の平凡な学校で只の女子高生に『必ず明日があることが約束されているわけではない』などと言っても詮無きことだと思ったからだ。

 理屈の上で納得させることが出来たとしても、相手にとってリアリティが伴わなければ結局は遠い世界の出来事に過ぎず、真実に身になりはしない。

 自分と他人のリアルは別なのだ。


「なぁーんか、わかってきたぞ。べつに間違ってるとは言わないけどさ、あんたそういう考え方だから普段あんな感じで誰とも仲良くしないのね」

「…………まぁ、それだけではないが、概ねそうだな」


 自身の生活態度に水を向けられたのは面白くないが、また「言いかけといて途中でやめるな」と要求されるよりは、話が逸れたのは却って都合がいいと何事もなかったように応じる。


「仮に効率がよかったとしても、そんなの寂しくない?」

「それはわからないな」

「ん? わからない?」

「……まるで逆の物事かのように言うが、普段からお前とその『仲良く』している連中もメリットがあるからそうしているだけだぞ」

「カッチーン。また感じ悪いこと言うわね」

「別に悪い意味で言っているわけではない」


 特定の誰かのことを想像したのか、眦をあげる希咲の機先を制する。


「なにもお前やお前の友人を揶揄しているわけではない。お前と『仲良く』することで金銭を得たり立場が向上したり、そういった即物的なものばかりがメリットとなるわけではないだろう?」

「ん? どういうこと?」

「お前と一緒に居ることで楽しいだとか安らぎだとかそういう曖昧なものを感じることを重要だとする者はいるだろう? そういった精神的な安息や充実があることは、生活や人生の豊かさに繋がる。ならば、それらを得られる相手に近づいて『仲良く』することは明確にメリットだ。違うか?」

「う~~ん……間違ってないけど、もう少し言葉のチョイスとか言い回しどうにかなんない?」

「それは本質ではない余分なものだ」

「本質しかないのも問題だと思うのよねー。心臓だけあれば人間として生きてけるわけじゃないでしょ?」


 その指摘には弥堂は言葉を返さず曖昧に肩を竦める。

 希咲自身も明確な解を持っているわけではないのでは特にその態度を咎めることはなかった。


 そして、「う~ん」と腕組みしつつ考えながら弥堂の話を聞いていた恰好から一転、クスリと笑みを漏らす。


「でも意外。あんたから人生の豊かさとかそんな言葉出てくるの」

「……俺自身はよくわからんが、そう感じてそう行動している人間の方が世の中に圧倒的に多いことが事実なのはわかる。なら、それが正しいんだろう」

「でもさー、それならさ。あんたも他人と仲良くしといた方がいいんじゃない?」

「なぜだ?」

「んーと、ほらさ。仲いい人が困ってたら助けてあげようとか思うし、困ってなくてもなんか喜ぶことしてあげたくなるじゃない? そういうことしてくれる人がいるのは、あんたの言うメリットになるわけじゃん?」


 人差し指を立ててそう説く希咲に弥堂は軽く息を吐く。


「……まぁ、そうだな。それに関してはお前の言うことが正しい」

「お、認めた。ちょっとびっくり」

「だが、それが正しいとしても、必ずそうするべきだとは思わないがな」

「なーんでよ」

「……単純に苦手なんだよ。具体的にいつ何が得られるかもわからん見返りの為に苦手なことを普段からし続けるのは効率が悪すぎる」

「まーた効率。このひねくれ者っ」

「それに関してもキミのいうことは正しいな」

「ひらきなおるな、ばかっ」


 希咲から胡乱な目を向けられるが弥堂は無視をした。


「でもさ――」


 しかし、少しだけ声色に真剣さを滲ませて続けられた彼女の言葉に目線を引き寄せられる。


「――自分から仲良くしにいくのは苦手だったとしても――それを無理にやれとは言わないけどさ」

「なんだ?」

「だけど、仲良くしようと笑顔で喋りかけてくれる相手が居たら、その子に無理に冷たくする理由もないじゃん?」

「……」

「べつに今ここで考えを変えてそうしろなんて言わないからさ、ちょっとだけ考えてみてよ」

「……善処しよう」

「ん」


 今はそれだけでもいいと希咲は満足げに笑い頷いてみせた。


 そんな彼女に対して誤魔化すように、弥堂はパンと軽く手を叩いて見せ軌道修正を図る。

「話を戻すぞ。つまり以上のことを踏まえて今回のケースに当て嵌めると、お前の行動は見当はずれだということだ」

「それって要するに、あんたがあたしに味方したくなるようなメリットを出せってことよね……? んーー…………お金ほしいの? ないわよ?」

「いらねーよ。別に金には困っていない」

「えー…………じゃあ、アメたべる?」

「なんでだよ。バカにしてんのか」


 カーディガンのポッケからキャンディを一つ取り出して、「はいっ」とこちらに差し出してくる希咲に脱力し頭を掻きたくなる。


「じゃあ、どうすればいいのよっ」

「お前から見て俺の欲しがりそうな物は金か飴しかないのか……ナメやがって」

「だって、あんたが好きな物なんてあたしにわかるわけないじゃん。あんただってあたしの好きな物とか知らないでしょ?」

「金だろ?」

「ひっぱたくぞコラ」


 希咲は無礼極まりないクラスメイトを睨みつけるが、自分を棚にあげた発言ばかりする男はどこ吹く風だ。


「そもそもお前のそれは不正解だ」

「は?」

「俺のメリットを探したところで無駄だ」

「なによそれ。あんたがそうしろって言ったんじゃん」


 希咲からの懐疑的な目をものともぜずに弥堂は冷淡に続ける。


「俺はこうも言ったぞ。そもそも能力的にあてに出来ん奴は見限れ、と」

「はぁ?」

「つまり今回のケースでのお前の正解は、俺をとっとと見限ることだ。諦めろ」

「はぁ~~っ⁉」


 ここまでわりと真剣に聞いてきた彼の話が、ちゃぶ台をひっくり返したように全てすっ飛んでいく。


「なによそれっ! ここまでの話なんだったわけ⁉」

「? 全て言ったとおりだろうが」

「ふざけんじゃないわよ! エラっそうにレクチャーとか言っといて最後に放り捨てんな!」

「捨ててなどいない。そもそも最初から何も持っていないからな。そんな奴を相手にしても時間の無駄だから見限れと言ってるんだ。こんな簡単なこともわからんのか、バカ女め」

「バカはお前だばかーっ! こんにゃろひっぱたいてやるっ!」

「やめろ馬鹿」


 カっとなって掴みかかってくる希咲を、迷惑そうな顔をしながら逆に彼女の顔面を掴んで引き離そうとする。
 するとムキになった彼女もこちらの顔面に手をかけ爪を立ててきた。


 本日何度目かになる彼女ペースの、弥堂としては『らしくない』じゃれあいのようななにかに再び縺れこみ、弥堂のコメカミにビキっと青筋が浮かぶ。


 挑みかかってくる彼女を一睨みしてやると、口元を抑えられたまま「むぃむぃ」となにかを言っている希咲が反抗的な目線で押し返してくる。

 その生意気な態度にイラっときた弥堂は『やりすぎる』ことを決めた。


「――そういえば一つ言い忘れていたな」

「むぁみもっ⁉」


 冷酷な眼差しで見下ろしながら、彼女の口元を抑えていた手を離してやる。


「レクチャーの続きだ。大事なことを伝え忘れていた」

「はぁ? なんなのよ! どうせまた役に立たないんでしょっ!」

「まぁ、そう言うな。今度はお前の欲しいものが手に入るぞ」

「どういう意味よ!」

「俺が先程言った方法で駄目だった時にどうすればいいか、教えてやる」

「あんたなに言って――」


 希咲が言葉を口にし終えるよりも先に弥堂は行動に移る。


 ドンっと――


 それなりの強さで希咲の肩を突き飛ばした。


「え――っ⁉」


 突然のことに驚き、希咲は上体から後ろに倒れていく。

 急激に角度の変わっていく視界の中、しかし運動能力に優れる彼女は反射行動でバランスを取り戻そうとする。


 だが――


 一歩後ろに足を着こうとした場所は、上履きと外履きを履き替える為の足場であり、其処は土足厳禁だ。

 この一瞬でそこまでの総てに考え至ったわけではないが、見た目に寄らず基本的にお行儀のいい彼女は無意識に其処に足を着くのを躊躇ってしまう。


 結果――


 ほぼ成す術もなく足場の段差に踵を引っ掛け背後へと倒れ込んだ。


 幸いすぐ背後にはシューズロッカーがあったため、そこに寄りかかるようにしてどうにか姿勢を保ち、床へと倒れ込むようなことにはならなかった。


「なにす――」


『なにすんのよ!』と怒鳴りつけようとするが、それよりも速く鳴らされた大きな音に声が引っ込む。


 ガンっと――


 蹴りでも放つようにシューズロッカーに掛けた弥堂の右足が、まるで退路を断つかのように希咲の左膝の脇あたりに置かれる。

 弥堂のスラックスが撫でるように腿に触れていった。


 反射的に逆の方向に身体を逃がそうとするが、それすらも叶わない。


 バンっと――


 シューズロッカーに当てられた弥堂の左手が自身の顏のすぐ右横に置かれる。

 彼のブレザーの端が自身の髪と頬を撫でていった感触で、頭よりも先に身体が、完全に彼の裡に囚われたことを自覚する。


「――な、なに、すんの……?」


 咎めるつもりで口にした言葉は、茫然と彼の顔を見上げたまま力ない声で発せられた。


 弥堂は自らの腕の裡でこちらの顏を見上げてくる少女に顔を寄せる。
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