俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章35 その瞳の泉に映るもの ③

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 胸の間から取り出した多額の金を男へと与える女。


 傍から見たら完全にそういった絵面にしか見えなく、全くを以て『セーフ』などではなかったが、幸いにしてこの遅すぎる時間帯には学園の玄関口たる昇降口棟にも人通りはない。

 本人たちは意識していないが、この空間は二人だけのものとなっていた。


 弥堂は胸元に押し付けられる金には意識がいかず、それを押し付けてくる希咲の顏をただ見ていた。


 まだ少し赤みの残った目元、少し潤んでいるような気のする瞳。


 彼女が立つ場所の環境、その時々の彼女の感情。


 周囲の色が変わり、心の内の色が変わり、その度にその瞳の虹彩も色を変えるようで。

 不安定で千変万化ながら、だけど多彩なままの表情。


 弥堂は何も考えず、ただそれを見ていた。


「んっ!」

 一向に金を収めようとしない弥堂に焦れて、希咲が先程よりも強くグッと胸を押してくる。

 弥堂はそれによって己が呆けていたことに気が付いた。


「……いらんのか?」

「いらないわよっ。こんなの受け取っちゃったらあたしダメになっちゃうでしょ! 乙女生命終わるっつーの。責任とれんのかっ⁉」

「……責任をとってほしいのか?」

「…………あんた絶対イミわかって言ってないでしょ?」


 そこで希咲の表情がコロッと変わり見事なジト目となり――


「かもな」

「……あんたってさ。おカタそうなのは雰囲気だけで実はチョーテキトーよね」

「それはお前の受け取り方次第だ」

「そーやってすぐ他人のせいにするし。サイテー。じゃあセキニンってなんのことか言ってみ?」

「……金か?」

「おばかっ」


――それによって何故か弥堂は身が軽くなったような気がして、彼女の言うとおり曖昧に適当に肩を竦めてみせた。



 希咲は疲れを吐き出すように「はぁ」と溜め息を吐く。


 そして――それは彼にそう見せる為か、自身の裡でそういうことにする為か――そして、「もうっ」と悪態をつくと弥堂の上着の前衿を掴む。

 胸倉を引っ掴むよりは控えめに引っ張って、彼の身体と服との間に隙間を空ける。そこに手を挿し入れて揃えて二つ折りにした紙幣を内ポケットの中へと収めた。


「おい。服の中に金を突っ込むのはセクハラなんじゃないのか?」
「言うと思いましたー」

 控えめにベーと舌を出して屁理屈には構ってあげないとアピールをする。


「はい。ちゃんと返したからね」と言いながら弥堂の胸元の内ポケットの位置を上着の外側からポンポンと軽く叩き、それから半歩下がって少し離れる。


 弥堂もそれ以上は言い掛かりをつける意思もないようで、特に何も言うことがなくなったので黙ってなんとなく彼女の顔を見ていると、希咲は目を逸らし表情を歪めた。


 眉と唇を波立たせ、言いたいことが言い辛いような、そんな逡巡を見せる。


 結局そんな葛藤はそう長くは続けず、「もうっ」とまた毒づく。自分を動かすためにわざわざ声に出してみせる。


 そしてじっと弥堂の顏を見上げてきた。


「……ねぇ」
「なんだ」

「あんた、お財布は?」
「財布? ないが?」

「なんでよ」
「なんでもなにも、ないものはない」


 その返答に希咲はよりジト目になって呆れたように口を空ける。


 しかしその答えは半ば予想していたのか、そうは掛からずに回帰し、お口を再びもにょもにょさせてから、切り替えるように大袈裟に溜め息を吐いてみせる。


「あのさ。お金はちゃんとお財布にしまいなさいよ」

「ほっとけ」

「てゆーか、あんな大金がいきなり制服のポッケから出てきたら、あたしびっくりしちゃうでしょ」

「それはお前の問題だ」

「小学生だってそんくらいちゃんとできるわよ? バカなんじゃないの?」

「うるさい。財布など『ここに金が入ってます』と盗人に目印を与えているようなものだろうが。そんなものを使っている方が馬鹿だ」

「あんた……どんな世界観で生きてるのよ……」


 荒み切った弥堂の価値観を聞いて、疲れたように再び溜め息をついた。


「もうさ。ついでだから言っちゃうけど――」


 苛立って小言をするような口調とは裏腹に、眉をへにゃっと心配そうに下げながら前置いて、希咲は言葉を続ける。


「あのね? ガッコにそんな大金持ってきちゃダメ。いつもそんな風に裸でお金持ち歩いてるの?」

「お前には関係ないだろうが」

「そうね。あたしは大丈夫だから関係ないけど、関係しちゃう子が出てきちゃうかもしれないでしょ?」

「どういう意味だ」

「だからー。そんな大金がろくに管理されないで雑に上着に入ってるなんてもし知れたら、あんたに悪いことが起きるかもしれないし、悪いこと起こしちゃう子が出てきちゃうかもでしょって。言ってること、わかるわよね?」

「わかってる」

「ホントにぃ?」


 実に疑わしいと、希咲は腰を折りながら少しだけ身を乗り出し、下から覗き込むように弥堂の顏へジーと視線を遣る。


 弥堂はそんな彼女の顏は見ずに、黙って前方へと目線を向けたまま堂々とした姿勢を貫いた。

 希咲さんは反省の色が見えない不遜な男へ追い打ちをかけることを決めた。


「それとさ。お札をあんな風にくしゃくしゃにしちゃダメっ」

「どうでもいいだろ」

「いいわけないでしょ。あんたが使ったお金は消えてなくなるわけじゃないんだから。次に他の人が使うのわかってる?」

「わかってる」

「じゃあちゃんとしなさいよっ。お金は大切に扱わなきゃだめっ」

「……もういいだろ」


 希咲のあまりの口煩さに弥堂は事実上のギブアップ宣言をしてフイと目を逸らす。


 希咲は数秒ほどそんな男の仏頂面をジトっと見つめ、「もういいわ」とため息混じりに呟き姿勢を戻した。


 綺麗に伸ばした人差し指を立てて見せ締める。


「とゆーことで、弥堂くん。以後きをつけるよーに!」
「……どうでもいいが、そのガキに言い聞かすような態度をやめろ。馬鹿にしてんのか」

「んー。だってさぁー。うちの弟、中学生なんだけどね。あんたってばうちの弟よりジョーシキないしおバカなんだもん」
「……随分と優秀な弟を持ったようだな。親に感謝するがいい」

「はいっ、へらずぐちぃー!」

 天井へ向けていた人差し指をビシッと弥堂へ向けて突き付けてくる。


 弥堂がなんとなく首を曲げてその射線から逃れると、希咲はそれに追従して指を動かし照準に収めてくる。

 それもなんとなく癪に障った弥堂は何度か首を振り逃れようと試みる。しかしその度に器用に指を動かし追ってくる彼女がどこか楽し気に見えたので、そこで逃走を断念し彼女の手を摑まえて物理的に降ろさせた。


「さわんないでっ」と怒られた弥堂が理不尽さに不満を感じていると、今度は逆の手で指を突き付けてきた。


「とゆーことで、弥堂くん。以後きをつけるよーに!」

 ぱちっと上手なウィンクも添えられ弥堂は盛大に眉を顰めた。


「……とりあえずその年上ぶった口調をやめろ。気に障る」
「えーー? 怒っちゃうのぉ? ぷぷっ、あんたっていっつも何言われてもスンって無表情でスカしてるからイイ気味だわ」

「いいからやめろ」
「だってしょうがないじゃーん? あたしの方がお姉さんなんだもーん」

「なにがお姉さんだ。同級だろうが。それともお前の方が留年してんのか?」
「してませんよーーだっ」

 後ろ手に手を組んで腰を折り、ビーっと舌を出した顔を突き出してくる。


 得意げで自慢げで悪戯げな、その顔を眼に映して思考が鈍る。


 それは彼女と共に消費するこの時間があまりに非合理で、無異議で無意味なものだから精神的な防衛措置が自動で実行されたのだろうと決めつけた。



「てゆーか、ちょっと意外」
「……今度は何だ?」


 姿勢を戻しながら希咲がコロッと表情と口調をわかりやすく変えてみせる。サイドで括った髪の尾が大きく揺れる。

 好奇心旺盛で移り気な猫のように、あちこちに向きを変える彼女のお喋りに弥堂はただその尾を追うばかりだ。


「んー? や。あんたってさ、ケチなんだと思っててさ」

「だからなんの話だ」

「んと。ほら、さ? さっきあいつらにいっぱいいちゃもんつけて必死にお金巻き上げようとしてたじゃん? もちろんそれはそれでダメなことなんだけどぉ。そこまで悪いことするのにあっさりあたしにあんな大金渡してくるからさ。ヘンだなーって」

「あぁ」


 そんなつまらないことかと合点がいく。


「金は力で手段だ。必要な時に必要なだけ使うべき物だ。使うべき時以外は無駄な消費を極力減らし、使う時に使える幅を拡げるために稼げる時に稼げるだけ稼ぐ。それだけのことだ」

「チョーサイアク……」

「どこが最悪だ。当たり前のことだろう」

「や。そっちじゃなくって。まったく同意見だからサイアクーって思っちゃった」

「どうしてそうなる」

「ねぇ、どうしよう? あんたと意見がぶつかると『なにをー!』ってムカつくけど、意見が合ってもなんか『うぇー』ってムカついちゃう。あたしどうしたらいい?」

「知るか。俺にどうしろってんだ」

「自分でも理不尽だなーって思うんだけど、あんたと一緒だとなんか悪いことしてる気分になって不安を感じるようになっちゃった。どうしてくれんのよ。セキニンとって」

「無茶を言うな」


(でも――)、と。


 心の中に一つ置いて、希咲は目の前のうんざりとした様子の弥堂の顔をじっと見る。


(よく見ると意外と表情あるのね…………当たり前か)


 こうしてる今も、不躾に彼の顔を見つめる自分に対しての不審の色が、のっぺりとした不透明なガラス玉のような彼の瞳に加わった。


「……なんだ?」
「…………んー?」

「何を見ている?」
「いーでしょ、べつに。じっとしてなさいよ」


 ジトっと見つめられて、居心地が悪そうに、不機嫌そうにする彼を見て、口角が自然と上がりそうになるのを誤魔化そうと憎まれ口をたたく。

 嫌そうに睨んでくる目の前の彼に気付かないフリをして、ここには居ない自分の記憶の中の教室に居るいつもの彼のことを考える。


 この4月に初めて同じクラスになってまだ10日程しか経っていないが、その間に見た、毎日を学校で過ごす彼はいつも一人だった。

 学校にも学友にもなに一つとして期待をしていないような、決められた時間の間に決められた作業を淡々と熟すだけのような、ただ時間が過ぎるまでそこに居るだけのような姿。

 希咲には弥堂がそのように観えていた。


 昆虫男などと、揶揄するようなことを何回か言ったり考えたりしたが、ただ生きるというだけのルーティンを繰り返すだけの人間だなんて――


(そんなこと、あるわけないわよね)


「ねぇ」

「……なんだ?」

「いま、なに考えてる?」

「あ?」


 何を訊かれているのかわからない。弥堂は小さく表情を動かし、不愉快そうにそんな顔をした。


 そりゃそうよねと、言葉足らずを自覚しながら少しだけ愉快な気持ちになる。


「弥堂 優輝くんは、いま、何を考えていますか?」

「……意味もなく人の顔をジロジロ見ながら意味のわからないことを訊いてくる女が気持ち悪いと考えている」

「あんたクチわるいわねー。女の子にキモイは言っちゃダメよ。あたしだからいいけど、気の弱い子には絶対言うんじゃないわよ」

「言われたくないのなら気色の悪い行動をするな。それに口の悪さはお前も大概だろうが」

「あによっ。それをいうなら、あんただってさっきあたしの顏じっと見てたじゃん。そういうのわかるんだから。あたしにヘンなキョーミもたないでよ? それ絶対NGだからねっ」

「今朝は興味を持てと言ってなかったか?」

「その興味と、このキョーミは、別の興味ですー。えーー、ビトーくんわかんないのぉー? フツーわかるんだけどなぁー?」

「わかる」

「えー? ホントにぃー? じゃあ、今あたしが言ったキョーミは何の興味か言ってみなさいよ」


 とりあえず反射で言い張る弥堂を、希咲はにまにま悪戯げに微笑みながら追い詰めていく。

 獲物でしつこく遊ぶ猫みたいだなと、弥堂がどこか他人事に感想を浮かべていると「ほらほらー?」と急かされる。


「要するに金だろ」

「おばか」


 楽し気な顔はあっという間に一転して、しらーっとしたジト目になる。


「あんた、めんどくなってテキトーにゆったでしょ」

「そんなことはない」


 実際ついさっきまで希咲 七海というコンテンツに著しく金銭的な興味を抱いて具体的な計画を考えていたので、これに関しては真実だったのだが、それは希咲には知る由もなかった。


「でも、ちょっとおもしろかったから、まぁいいわ。ゆるしたげる」


 そう言って希咲は本当に楽し気に笑い、弥堂はそんな彼女を見ながらやはり笑わなかった。


(ヒドイことばっか言うけど、こうやって喋りかければちゃんと喋るのね)


 クスクスと笑みを溢して見せながら、心の内の陰の淵でそう思う。


(ホント……成長なし…………っ。バカじゃないの)


 よく知らない誰かも自分と同じように何かを考えて生きている。


 先刻、高杉と話している時に感じたこと。当たり前でわかってるはずなのにわかってないこと。

 それを今、弥堂 優輝と対面して再確認し、そう感じてしまっていることに。

 それを今、わかってる側の立場気取りで、そう感じてしまっている自分が酷く汚い生き物だと思った。


(ほんの数時間前まで、自分だってこいつのこと遠巻きに避けてる側だったくせに……っ)


 それをほんの少し助けてもらって、ほんの少しケンカして、ほんの少しおしゃべりして、それでほんの少し面白いヤツだって知って。


(それだけで浮かれて勝手に感情移入して――キモイのよ。死んじゃえブス)


 強烈に湧き上がる自己嫌悪が身体の外へ漏れ出ぬように、完璧な笑顔を造って鍵を掛ける。


 自己を嫌悪して否定して。

 今日だけでも何度目だろうか。

 毎日毎日飽きることなく繰り返して。


 だけど――


(まっ、しょうがないわよね)


 弥堂に笑顔を向けたまま心中は苦笑いに変える。



 これもこれまでに繰り返してきたとおり、やっぱり結論は同じなのだ。


 そういう性分だから、そういう自分と上手く付き合って、そういう自分を上手く他人に見せて、上手く人と関わっていくしかない。


 だが、それにしても――


(もしも、こいつと愛苗が付き合っちゃったりしたら、こいつの面倒まであたしが見ていくことになるのかしら……?)


 それはちょっと冗談ではない。


 放課後始まってすぐに幼馴染周辺の人間関係で限界を感じたばかりだというのに。


 だから、それはまったく冗談ではない。


 だけど――


(なんか、そうなりそうな予感がするわ)


 これは悪癖だ。

 自分でもそう断じたのに繰り返す。

 諦観めいた感傷。


(自分の悪い癖にこいつを使ってることになるのかな……? 最低)


 諦めは開き直りと鎮痛を齎すが変化や解決は得られない。


 だからまた繰り返す。




「あんたさ、どんな生活おくってたらそんな変な発想ばっかするようになんの?」


 言ってから、しまった、と思う。

 調子に乗って踏み込み過ぎたかもしれない。

 ついさっき、誰もいないトイレの個室で自分を戒めたばかりなのに。


「お前は話が飛び過ぎだ。今度はなんのことを言っている?」

「んー」

 でもここで止めるのは不自然だ。


「んと。普通にさ、生きてたらさ、クラスメイトの女子のパンツ見ちゃってお金渡そうとか思わないでしょ? しかも服にお金突っ込むとか、ふつーに頭おかしいし、ありえなくない?」

「……飛んだのではなくて戻ったのか。しつこいな」


(お願い。答えないで)


 なんでもないような顔をして、胸中で懇願する。


「別にどうでもいいだろう。どうでもよくて、お前には関係ない、そんな『普通』の生活だ」


「あっそ」


 関係ないと突き放されて安堵する。


 一方で、にこやかに世間話でもするように振舞う、そんな希咲の二転三転する心の模様は弥堂には見えない。

 ただ、過ぎたことをいつまでも愚痴愚痴と繰り返されて鬱陶しいと苛立つばかりで。


 だから弥堂もミスをする。


「つまらんことをいつまで繰り返す気だ?」


 普段なら自分から話を振ることも広げることも深めることも絶対にしないはずなのに、苛立ち任せに意味もなく反論をする。


「……つまんなくないもん」


『繰り返す』


 今しがた自嘲していたことと重なる言葉に希咲も過剰反応する。弥堂が言っている『繰り返す』とはそのことではないとわかっているのに、ムッとしてしまう。


「大袈裟なんだよ。大したことじゃないだろう」

「大袈裟って……。結構な衝撃体験だったんだけど! 幼気な女子高生をなんだと思ってんのよ」

「なにが幼気だ。大体お前が誤解を招くようなことをするから悪いんだろうが」

「なにそれ。見た目がギャルっぽいから慣れてんだろとか、そういうこと?」

「それもそうだが、そもそも俺が金を払おうと思ったのはお前がビジネスチャンスを潰されて怒っていると思ったからだと言ったろう?」

「ビジネスゆうな! 大体なんであたしがあんたにパンツ見せてお金稼がなきゃなんないのよ! バカじゃないの!」

「だからそもそも俺がそう思ったのはお前の行いのせいだと言っているんだ」

「なによそれ! あたしが普段からそんなことしてるって言いたいわけ⁉ してないでしょ! あんたが勝手にそういう目で見てるだけじゃない!」

「お前の日常など知るか」

「じゃあなんなのよ!」


 弥堂へ言い返す希咲の語調には先程までの口喧嘩を楽しむような調子はもう見られない。文化講堂でやりあっていた時のように、眉間を狭め険を強め眦をあげて睨みつけてくる。

 そしてそんな彼女に対して弥堂も苛立ちを募らせていく。


「お前が自分で見せてたんだろうが」

「そんなことしてないっつってんでしょ! 変な情報源があるみたいなこと言ってたけど、あたしのことそういう変な噂にして言い触らしてる奴がいるわけ⁉ 潰してやるからそいつ教えなさいよ!」

「噂もなにも俺の目の前でやってたろうが」

「あんたが無理矢理見たんじゃない!」


 苛立ち任せに言葉を投げ返して、弥堂もまた繰り返す。

 同じ過ちを繰り返す。


「俺が言っているのはもっと前の話だ」

「いつのことよっ」

「俺が現場に介入した時に、自分から奴らに見せようとしていただろうが。あれは商売中じゃなかったのか? 俺が邪魔して金をとれなかったからその分も――」


 最後まで言い切る前に気付く。


 彼女の反応を待つまでもなく、彼女の顔を見るまでもなく。


 唾でも吐き捨てたくなるほどに間抜けな二度目の己の失態を認め閉口し、胸中で思う。



 やってしまった、と。


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