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序章 俺は普通の高校生なので。
序章33 弱者どもの夢の跡 ③
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(――そんなことあるわけがない)
そういうことにして、希咲は歩き出した。
弱者を名乗って挑んできた者達と争った戦場を。
気付かないフリをしてその夢の跡を通り過ぎる。
通り過ぎて、置き去りにして、次の朝を迎える。
気付かないフリをして。
そんな彼女の――希咲 七海の頼りない後ろ姿を、弥堂 優輝は無感情に見る。
自分には関係ないと――
気付かないフリをして、彼もまた振り返り次の目的地へ歩き出す――
――ことはしなかった。
「おい、希咲」
かけられると思っていなかった、ぶっきらぼうなその呼び声に、希咲は肩を揺らし思わず足を止めてしまう。
「な、なに?」
説明のし難い後ろめたさと気まずさを感じながら、振り返らずに返事だけをする。
「お前、なにを考えている」
「え――?」
核心を突かれたかのように胸の奥を開かれジクリと抉られる。
弥堂は自分にとって友人でもなんでもない。
だから自分の境遇や心境など知るはずもないし、空気も読めなければ人の気持ちもわからない――そんな人間性の彼に看破されるわけがない。
しかし、まるで見透かされたようなタイミングで苛立ったような咎めるような声音で呼び止められてしまった。彼に何かを謂われる筋合いなんかないのに、何故だか罪悪感が強く刺激された。
耳鳴りが鳴ったように頭が朦朧とし、視界がぼやけたように錯覚する。
「いい加減にしろよ、お前」
「な、なにが……?」
心臓の音が早まったような気がして、トットットッ……とやけにその音が大きく周囲にも響いてしまっているようで、それを聴かれてしまうことを――そうなってしまっていることを知られることが、とても恥ずかしいと思った。
「希咲。お前な――」
「う、うん……」
極度の緊張に心臓の鼓動なのか耳鳴りなのか、もう何だかわからない地鳴りのような音が、耳元の鼓膜間近でドドドドドッ――と響いている気がしてパニック寸前になる。逃げ出したい気持ちが湧きあがる。
そして――
「――お前な、そっちの便所は遠回りだろうが」
「……………………は?」
何を言われたかわからない。
しかし、それを頭で理解するよりも先に身体は反応して、自覚なく表情を盛大に不快に歪めた。
「だから、そっちの便所に行くと遠回りになると言ってるんだ。それくらいわからんのかノロマめ」
「はぁっ⁉」
彼の言っている内容そのものよりも、罵倒される言葉だけに反射反応して、今自分を苛んでいた心情・気持ち・感情――そういったあらゆるものが、散らかったテーブルの上の物を乱暴に不躾に腕で払ってまとめてどこかに放り捨てられたかのように、全てが霧散する。
「なに言ってんのよっ。一番近いトイレはこっちでしょ!」
弥堂の方へ振り向きながら言い返す。
希咲 七海は振り返った。
何の意味も、意図も意志もなく、ただ言い返したいという衝動だけで言葉を投げ返す。
「チッ、馬鹿が。もういい、時間の無駄だ。四の五の言わずとっとと着いてこい。いくぞ」
それなのに、彼はこちらの返答を待たずにロクにこっちも見ないまま踵を返して歩き出す。
「ちょ、ちょっと――」
着いていくなんて、一言も言っていないのに。
「な……なんなのよ…………」
当たり前のように遠ざかっていく背中に、その余りの身勝手さに茫然と呟く。
「……な――」
――そういえば――
「――なんなのよっ! もうっ‼‼」
今度はキックスターターを蹴り降ろすように、同じ言葉を繰り返しながら一度ダンッと強く床を踏み鳴らす。
それによって得られた――得られたと自分を騙した――エネルギーが全身に生き渡ったような気がして、希咲は最低なクラスメイトの男の子の進んだ跡を追って歩き出す。
希咲 七海は引き返した。
肩を怒らせて苛立ちながらズンズンと乱暴に歩を進める。
不思議ともう足の重さは感じなかった。
――そういえば。
そういえば、最初に彼がここに現れた時も同じだった。
身を縛り心を重くする様々な負の感情に囚われていた時。
まるで霧が晴れたかのようにそれら総てが散って消えた。
しかし、それは物語のヒーローのようにすべてを光で照らして救ってくれたわけではない。
恐怖も憂鬱も、その他の総てをすら台無しにするほどの、不愉快さによって全部消し飛ばされた。
嬉しくもなんともない。
(――そうよ。あいつは――)
他の一切が何も気にならなくなるくらいに腹ただしい、とってもイヤなヤツなのだ。
(――ほんっとムカつくっ!)
眦を上げて、眉を吊り上げ、ズカズカと怒りに任せて進むと歩調はひどく乱れるが、細長い綺麗な左右の足を器用に動かし彼との距離を縮める。
怒っているはずなのに、とても苛立っているはずなのに、彼女の唇は何故か緩んでいた。
そして、希咲はそれを自覚していた。
(いみわかんない)
でも、わかったこともある。
今日ここで彼と放課後の時間を共有したことで、弥堂 優輝というヤツがどういうヤツなのか。自分との距離感は、関係は、どういうものなのか、それがわからなくて迷った時があった。
クラスメイトで。風紀委員で。一応助けてくれて。味方っぽくて。でも悪いことばっか言って。酷いことばっかして。自分にもとんでもないことしたし。生意気で常識がなくて。絶対友達なんかじゃないし。なれない。
でも、そんな彼との関わり方が、なんとなくわかった気がした。
(マジでムカつくし、すんごいイライラしてるのに…………なのに――)
弥堂のすぐ背後まで追いつく。
(――なのに、なんかちょっとだけ楽しくなってきたとか、いみわかんないっ!)
見ればわかるほどに口角が持ち上がってしまったのが自分でもわかった。
(なに笑ってんのよ、ばか七海っ)
でも、今の自分の表情も、今思ったことも、このバカ男に知られるのは何故か悔しかったので、彼を追い抜きも並びもせずに、顔を見られぬよう真後ろを歩く。
嫌がらせにすぐ後ろでわざと大きな足音を立てながら歩いてやる。
「待ちなさいよ、ばか弥堂っ! なんで勝手に先行くわけ⁉ あたし着いてくなんて言ってないでしょ⁉」
「チッ、うるせぇな。黙って歩け」
「はぁ⁉ いみわかんないいみわかんないいみわかんないっ! あんた勝手すぎ! 命令すんなって言ったじゃん! あたしあんたの女じゃないんだからっ」
「自分の女だったら命令してもいいわけではないだろう。それは男尊女卑だ。時代的価値観をアップデートしたらどうだ。間抜けが」
「へりくついうなっ! あんたに言われたくないのよ! あんたなんて変態セクハラクズ野郎じゃないっ!」
「自意識過剰だと言っただろうが。さっきのデブどもに持ち上げられたくらいで勘違いをするな、バカ女め お前のようなガキに誰が興味を持つか。」
「えーーーー? あたしセクハラって言っただけなのにー。ひ・と・こ・と・も! 『あたしに』、とか! 言ってないんだけどなぁー。もしかしてあんた、あたしにキョーミあるわけー? やだやだきもーい。でもごめんねー? あたしー、あんたのことー、だいっっきらい! だからっ!」
「そうか。それは残念だ。俺はお前のことを便利そうな女だと思ったんだがな」
「はぁ? あんたそれ褒め言葉だと思ってんの? めっちゃ見下してんじゃん!」
「それは受け取り方次第だ。つまりお前が悪い」
「あっそ! じゃあ、これからも今までどおりの遠い距離感を保ちましょうねっ!」
「それは助かる。ついでにあの子狸も持って行ってくれ」
「まさかそれ愛苗のことじゃないでしょうね⁉ なによコダヌキって…………ちょっと、かわいい、かも……?」
「知るか。あいつを近づけるな。俺と関わらせてもろくなことにならんぞ」
「ぷっ。なにそれ。自覚してんだ。うける」
「うるさい黙れ」
「あたしだってあんたなんかと関わらせたくないわよ。でもそれはあたしが決めることじゃないでしょ?」
「なら俺が決める。あいつをどっかへやれ」
「ざけんな! エラソーにすんじゃないわよ! 誰があんたのいうことなんかきくか! ばーかばーかっ!」
「……お前ほんとうるせぇな」
「お前って言うな! あたしだってイヤなんだからね! 愛苗とは卒業してもずっと一生友達でいるんだから。間違ってあんたとその……アレしちゃったら、あんたともずっと付き合っていかなきゃなんないじゃないっ!」
「あれ? どれのことだ?」
「うっさい! あたし絶対あんたと友達になれない!」
「同感だな。気が合うじゃないか」
「合わないっていってんのっ! だいたいあんたね――」
――希咲 七海は口が悪い女の子だと、自分でもそう評価している。
それでも、こんな風に面と向かって『普通』は言わないヒドイことを本人に好き放題に大声で言ったりすることなんて滅多にない。それはやってはいけないことだ。
こんなヒドイことは人に言ってはいけない。
だから、きっと今自分は悪いことをしている。
それなのに、振り向きもせずに同様にヒドイことばかり言ってくる目の前のぶっきらぼうな背中に、大声で好き放題に悪口をぶつけてやると、一つ言葉を投げるたびに肩が軽くなっていくような気がした。
とても不健全なことだろうし、同じようにヒドイ言葉が返ってくるから結局はまたムカつくのだけれど。
それでも、それなのに、それほどには、悪い気分にはならない。
だから――これでいいのだろう。
弥堂 優輝。
親友の水無瀬 愛苗の暫定好きな人。
このよくわからないイヤなヤツとの関わり方は、きっとこれでいいのかもしれない。
好き放題にヒドイことを言い合う。
そんなヒドイ関係。
何故だかそれがしっくりきた。
だから、これでいいのだろう。
希咲 七海はそう思った。
きっとこれで『上手く』やっていける。
そんな気がした。
人気がなくなった放課後の廊下を、一人の男子生徒と一人の女子生徒が大声で罵り合いながら帰っていく。
彼と彼女が通り過ぎ、二人の声が遠ざかっていくことでようやく校舎は本日を終え、静かな眠りについていく。
二人が通り過ぎ足跡を付けた場所が、順番に少しずつ今日から昨日になっていく。
また明日を迎えるために、夢を見る。
夢の跡には明日を創らねばならない。
そういうことにして、希咲は歩き出した。
弱者を名乗って挑んできた者達と争った戦場を。
気付かないフリをしてその夢の跡を通り過ぎる。
通り過ぎて、置き去りにして、次の朝を迎える。
気付かないフリをして。
そんな彼女の――希咲 七海の頼りない後ろ姿を、弥堂 優輝は無感情に見る。
自分には関係ないと――
気付かないフリをして、彼もまた振り返り次の目的地へ歩き出す――
――ことはしなかった。
「おい、希咲」
かけられると思っていなかった、ぶっきらぼうなその呼び声に、希咲は肩を揺らし思わず足を止めてしまう。
「な、なに?」
説明のし難い後ろめたさと気まずさを感じながら、振り返らずに返事だけをする。
「お前、なにを考えている」
「え――?」
核心を突かれたかのように胸の奥を開かれジクリと抉られる。
弥堂は自分にとって友人でもなんでもない。
だから自分の境遇や心境など知るはずもないし、空気も読めなければ人の気持ちもわからない――そんな人間性の彼に看破されるわけがない。
しかし、まるで見透かされたようなタイミングで苛立ったような咎めるような声音で呼び止められてしまった。彼に何かを謂われる筋合いなんかないのに、何故だか罪悪感が強く刺激された。
耳鳴りが鳴ったように頭が朦朧とし、視界がぼやけたように錯覚する。
「いい加減にしろよ、お前」
「な、なにが……?」
心臓の音が早まったような気がして、トットットッ……とやけにその音が大きく周囲にも響いてしまっているようで、それを聴かれてしまうことを――そうなってしまっていることを知られることが、とても恥ずかしいと思った。
「希咲。お前な――」
「う、うん……」
極度の緊張に心臓の鼓動なのか耳鳴りなのか、もう何だかわからない地鳴りのような音が、耳元の鼓膜間近でドドドドドッ――と響いている気がしてパニック寸前になる。逃げ出したい気持ちが湧きあがる。
そして――
「――お前な、そっちの便所は遠回りだろうが」
「……………………は?」
何を言われたかわからない。
しかし、それを頭で理解するよりも先に身体は反応して、自覚なく表情を盛大に不快に歪めた。
「だから、そっちの便所に行くと遠回りになると言ってるんだ。それくらいわからんのかノロマめ」
「はぁっ⁉」
彼の言っている内容そのものよりも、罵倒される言葉だけに反射反応して、今自分を苛んでいた心情・気持ち・感情――そういったあらゆるものが、散らかったテーブルの上の物を乱暴に不躾に腕で払ってまとめてどこかに放り捨てられたかのように、全てが霧散する。
「なに言ってんのよっ。一番近いトイレはこっちでしょ!」
弥堂の方へ振り向きながら言い返す。
希咲 七海は振り返った。
何の意味も、意図も意志もなく、ただ言い返したいという衝動だけで言葉を投げ返す。
「チッ、馬鹿が。もういい、時間の無駄だ。四の五の言わずとっとと着いてこい。いくぞ」
それなのに、彼はこちらの返答を待たずにロクにこっちも見ないまま踵を返して歩き出す。
「ちょ、ちょっと――」
着いていくなんて、一言も言っていないのに。
「な……なんなのよ…………」
当たり前のように遠ざかっていく背中に、その余りの身勝手さに茫然と呟く。
「……な――」
――そういえば――
「――なんなのよっ! もうっ‼‼」
今度はキックスターターを蹴り降ろすように、同じ言葉を繰り返しながら一度ダンッと強く床を踏み鳴らす。
それによって得られた――得られたと自分を騙した――エネルギーが全身に生き渡ったような気がして、希咲は最低なクラスメイトの男の子の進んだ跡を追って歩き出す。
希咲 七海は引き返した。
肩を怒らせて苛立ちながらズンズンと乱暴に歩を進める。
不思議ともう足の重さは感じなかった。
――そういえば。
そういえば、最初に彼がここに現れた時も同じだった。
身を縛り心を重くする様々な負の感情に囚われていた時。
まるで霧が晴れたかのようにそれら総てが散って消えた。
しかし、それは物語のヒーローのようにすべてを光で照らして救ってくれたわけではない。
恐怖も憂鬱も、その他の総てをすら台無しにするほどの、不愉快さによって全部消し飛ばされた。
嬉しくもなんともない。
(――そうよ。あいつは――)
他の一切が何も気にならなくなるくらいに腹ただしい、とってもイヤなヤツなのだ。
(――ほんっとムカつくっ!)
眦を上げて、眉を吊り上げ、ズカズカと怒りに任せて進むと歩調はひどく乱れるが、細長い綺麗な左右の足を器用に動かし彼との距離を縮める。
怒っているはずなのに、とても苛立っているはずなのに、彼女の唇は何故か緩んでいた。
そして、希咲はそれを自覚していた。
(いみわかんない)
でも、わかったこともある。
今日ここで彼と放課後の時間を共有したことで、弥堂 優輝というヤツがどういうヤツなのか。自分との距離感は、関係は、どういうものなのか、それがわからなくて迷った時があった。
クラスメイトで。風紀委員で。一応助けてくれて。味方っぽくて。でも悪いことばっか言って。酷いことばっかして。自分にもとんでもないことしたし。生意気で常識がなくて。絶対友達なんかじゃないし。なれない。
でも、そんな彼との関わり方が、なんとなくわかった気がした。
(マジでムカつくし、すんごいイライラしてるのに…………なのに――)
弥堂のすぐ背後まで追いつく。
(――なのに、なんかちょっとだけ楽しくなってきたとか、いみわかんないっ!)
見ればわかるほどに口角が持ち上がってしまったのが自分でもわかった。
(なに笑ってんのよ、ばか七海っ)
でも、今の自分の表情も、今思ったことも、このバカ男に知られるのは何故か悔しかったので、彼を追い抜きも並びもせずに、顔を見られぬよう真後ろを歩く。
嫌がらせにすぐ後ろでわざと大きな足音を立てながら歩いてやる。
「待ちなさいよ、ばか弥堂っ! なんで勝手に先行くわけ⁉ あたし着いてくなんて言ってないでしょ⁉」
「チッ、うるせぇな。黙って歩け」
「はぁ⁉ いみわかんないいみわかんないいみわかんないっ! あんた勝手すぎ! 命令すんなって言ったじゃん! あたしあんたの女じゃないんだからっ」
「自分の女だったら命令してもいいわけではないだろう。それは男尊女卑だ。時代的価値観をアップデートしたらどうだ。間抜けが」
「へりくついうなっ! あんたに言われたくないのよ! あんたなんて変態セクハラクズ野郎じゃないっ!」
「自意識過剰だと言っただろうが。さっきのデブどもに持ち上げられたくらいで勘違いをするな、バカ女め お前のようなガキに誰が興味を持つか。」
「えーーーー? あたしセクハラって言っただけなのにー。ひ・と・こ・と・も! 『あたしに』、とか! 言ってないんだけどなぁー。もしかしてあんた、あたしにキョーミあるわけー? やだやだきもーい。でもごめんねー? あたしー、あんたのことー、だいっっきらい! だからっ!」
「そうか。それは残念だ。俺はお前のことを便利そうな女だと思ったんだがな」
「はぁ? あんたそれ褒め言葉だと思ってんの? めっちゃ見下してんじゃん!」
「それは受け取り方次第だ。つまりお前が悪い」
「あっそ! じゃあ、これからも今までどおりの遠い距離感を保ちましょうねっ!」
「それは助かる。ついでにあの子狸も持って行ってくれ」
「まさかそれ愛苗のことじゃないでしょうね⁉ なによコダヌキって…………ちょっと、かわいい、かも……?」
「知るか。あいつを近づけるな。俺と関わらせてもろくなことにならんぞ」
「ぷっ。なにそれ。自覚してんだ。うける」
「うるさい黙れ」
「あたしだってあんたなんかと関わらせたくないわよ。でもそれはあたしが決めることじゃないでしょ?」
「なら俺が決める。あいつをどっかへやれ」
「ざけんな! エラソーにすんじゃないわよ! 誰があんたのいうことなんかきくか! ばーかばーかっ!」
「……お前ほんとうるせぇな」
「お前って言うな! あたしだってイヤなんだからね! 愛苗とは卒業してもずっと一生友達でいるんだから。間違ってあんたとその……アレしちゃったら、あんたともずっと付き合っていかなきゃなんないじゃないっ!」
「あれ? どれのことだ?」
「うっさい! あたし絶対あんたと友達になれない!」
「同感だな。気が合うじゃないか」
「合わないっていってんのっ! だいたいあんたね――」
――希咲 七海は口が悪い女の子だと、自分でもそう評価している。
それでも、こんな風に面と向かって『普通』は言わないヒドイことを本人に好き放題に大声で言ったりすることなんて滅多にない。それはやってはいけないことだ。
こんなヒドイことは人に言ってはいけない。
だから、きっと今自分は悪いことをしている。
それなのに、振り向きもせずに同様にヒドイことばかり言ってくる目の前のぶっきらぼうな背中に、大声で好き放題に悪口をぶつけてやると、一つ言葉を投げるたびに肩が軽くなっていくような気がした。
とても不健全なことだろうし、同じようにヒドイ言葉が返ってくるから結局はまたムカつくのだけれど。
それでも、それなのに、それほどには、悪い気分にはならない。
だから――これでいいのだろう。
弥堂 優輝。
親友の水無瀬 愛苗の暫定好きな人。
このよくわからないイヤなヤツとの関わり方は、きっとこれでいいのかもしれない。
好き放題にヒドイことを言い合う。
そんなヒドイ関係。
何故だかそれがしっくりきた。
だから、これでいいのだろう。
希咲 七海はそう思った。
きっとこれで『上手く』やっていける。
そんな気がした。
人気がなくなった放課後の廊下を、一人の男子生徒と一人の女子生徒が大声で罵り合いながら帰っていく。
彼と彼女が通り過ぎ、二人の声が遠ざかっていくことでようやく校舎は本日を終え、静かな眠りについていく。
二人が通り過ぎ足跡を付けた場所が、順番に少しずつ今日から昨日になっていく。
また明日を迎えるために、夢を見る。
夢の跡には明日を創らねばならない。
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