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序章 俺は普通の高校生なので。
序章27 別たれる偏り ②
しおりを挟む悶絶する希咲の悲鳴のような何かが響く中、審査は粛々と進められていた。
「ところで、ジャッジ西野? 一つ気になる点が」
「? なんでしょう?」
流れを変えるような法廷院の問い方に、ジャッジ西野は何か落ち度が自分にあったかと身を正す。
「批評を聞いている限り大絶賛のようなんですが点数は118点でしたよね? ジャッジ本田は満点の120点をつけましたが……」
「あぁ、そういうことでしたか」
合点がいったジャッジ西野は採点理由を説明をするため眼鏡の位置を直した。
「えー、今回の勝負なんですが、判定に縺れこんだので立場上点数をつけましたが、個人的には希咲さんのTKO勝ちでもいいくらいに勝敗は明確であったと、そう考えています」
「では何故?」
「そうですね、えー、やっぱり採点するとなればですね、えー、減点すべきところはきちんと減点せざるをえないと言うか。やっぱり、その、えー、圧倒的ではあった希咲さんですが完璧であったとは決して言えないかなと……」
「そんな! 西野くん‼ なんで――」
理解者に裏切られたと、そのような悲痛さを伴った本田の叫びを法廷院が目線だけで制した。そしてジャッジ西野に真意を問う。
「なるほど……具体的に訊いても?」
「はい」
ジャッジ西野は神妙な顔つきで頷く。
「素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた希咲さんですが、しかしそれでも弱点はあります。それは……」
「それは?」
ゴクリ、と法廷院と本田が緊張に喉を鳴らす中、ジャッジ西野は十分に溜めを作って間を演出した。
ジャッジ西野。
法廷院と志を同じくする彼もまた雰囲気を大事にする男であった。
しかし――
「それは――アイドルとしての自覚です‼」
「…………なるほど?」
勢いよく告げられたその内容に法廷院と本田は「アイドル?」と心中で首を傾げたが彼らは雰囲気を重視してツッコまなかった。
基本的に雰囲気と勢いだけでどうにかしようする彼らの茶番は、こうしてそう長い時間は保たずに設定に綻びを見せることが間々あったが、法廷院はまだいけると判断をして見の姿勢をとった。
本田は法廷院のその様子を横目でチラリと確認をし、その意を汲んだ。
「ジャッジ西野。その……アイドルの自覚――とは?」
「あ、そこ説明いりますか?」
「えぇ、ぜひ」
競技プレイヤーからアイドルへと突然のクラスチェンジを行った釈明を求める法廷院の問いに、ジャッジ西野は「ふむ」と独り言ち顎に手を当てて思案する。
「そうですね……これは言葉で説明するよりも見てもらった方が早いかもしれません。皆さま、あちらを御覧下さい」
そう言ってジャッジ西野は手で指し示す。
彼が指した方向に居たのは、自らの与り知らぬところでアイドルとしてデビューさせられてしまった希咲だった。だが――
「うわぁ……」
――だが、その絵面が相当まずかった。どん引きした法廷院の口から思わず呻き声が漏れ、本田くんは激しくキョドった。
それほどに弥堂に背後から口元と腰を拘束されたまま擽られている彼女の状態は酷いことになっていた。
腹を抑えられた弥堂の掌の拘束と、伸ばした指で脇腹を刺激される擽ったさから逃れようと上体を折り曲げたことによって、身体が『く』の字になっていた。
そのため彼女のお尻は背後の弥堂に強く押し付ける形になっており、弥堂もまた希咲を逃がすまいと腹を抑える手の拘束を強め自身に強く引き寄せる恰好になっていて、その絵面は傍から見ると完全に――
「た、立ちバッ――」
「――おっと! それ以上はいけないよ、本田くん」
男女の二人一組で編成するファビュラスなフォーメーションについて、本田がその名称を口にしそうになったが法廷院によってインターセプトされた。法廷院 擁護のファインプレーであった。
「で、ですが代表っ。あんなのそういう本や映像作品でしか見たことないですよ」
「いやだなぁ、本田くん。ボクたちは健全な男子高校生だ。そういう本や映像作品がどういうものなのかボクは寡聞にして知らないが、それでもボクらがそれを嗜んだことなんて一度もないよ。それが公式声明だ。いいね?」
「すっ、すいません、つい……」
「まったく……気をつけろよ本田。まぁ、気持ちはわかるけどな」
そう言い合い朗らかに笑う彼らは若干前かがみになった。
「それでジャッジ西野。あのプレイが大会上ふさわしくないと、そういうことでしょうか?」
自らの気を何処かへ逸らすために法廷院は努めて神妙な雰囲気を作って空気を変えにかかる。
「確かにそれもあるのですが、ですが今は競技中ではないのでこれには目を瞑りましょう。僕が問題としているのはセコンドの弥堂氏です」
「…………セコンド……? と言いますと?」
また新たにセコンドという設定をぶち込んできたことは気がかりだったが、法廷院は話を進めることを優先して触れなかった。
「はい。と言いますのも、彼女は少々セコンドとイチャつき過ぎではないかと」
その言葉の意味が理解できず首を傾げた法廷院と本田は、再び議題の渦中にある二人に視線を戻した。一目で得心がいった。
弥堂から執拗に責め苦を受け続けた希咲は現在では精魂尽き果てたかのように脱力していた。口を塞がれながら擽られ続けたせいで、満足に呼吸をすることも声を出すことも叶わず、呼吸困難寸前にまで追い詰められていたためである。
もはや自力で満足に立っていることも難しいのか、背後の弥堂を背もたれにするように『くたぁ』と寄りかかっていた。ようやく口元を少し解放してくれた弥堂の腕は現在は希咲の肩を肘で抑えるようにして、手は添えるように指で顎と頬を固定している。希咲は身体が崩れ落ちてしまわぬように無意識に支えを求めてその腕に力なく摑まっていた。
上気した顔に朧げで焦点の定まらぬ潤んだ瞳。だらしなく半開きになった口からは荒い吐息が細かく漏れており、よく見れば細い銀色の糸が、常より心なしか血色のよくなった彼女のピンク色の唇と顎に添えられた弥堂の手の中とを繋いでいた。
目も当てられないあられなその姿はまるで――
「――じ、事後……」
「えっろ…………」
「こ、これは如何ともしがたい……」
激闘を戦い抜いた選手とそのセコンドの尊い姿に、彼らは思わずといった風にそれぞれ口にする。「ほぅ……」と一様に感嘆の溜め息を漏らした後に、速やかにその場で体育座りの姿勢に移行した。そうせざるをえない、如何ともしがたい極プライベートな事情が出来たためだ。
「ということで、一目瞭然でご理解頂けたと思います。昨今のアイドルといえば最早スキャンダルまでがワンセットのように錯覚するほど我々も慣らされてしまいましたが、しかしそれでも、やはりアイドルとはファンのみんなのための存在であるべきだと私は強く主張します」
「えっ? いや、まぁ……うん。わからないでもないけどさぁ……」
完全にアイドル路線に舵を切ってきたことに法廷院は戸惑い煮え切らない返事をする。
「それに……これは個人的な嗜好の話になってしまって大変恐縮なのですが、私は『わからせ』というジャンルの芸術性について最近興味深く思い研究を進めているのですが……」
「キミも好きだねぇ、西野くん」
「お恥ずかしい限りです」
本当にお恥ずかしい性癖を正直に打ち明けた西野は、あくまで仮にの話をする。
「そんな私が思うにですね。仮に、調子にのった小生意気なアイドルをわからせる、なんてことがあるとしたら――」
「あるとしたら?」
「あるとしたら――その時はファンによってわからされるべきだと私は考えるのです。できれば多人数の」
「異議あり‼」
「おや? 本田くん」
西野が現実ではない創作物の中の極めて限られた特殊なシチュエーションについて言及をすると、体育座りでもじもじしていた本田が勢いよく異議を唱えた。
「口を挟んですみません……ですが、この僕も末席なりに研究をしてきた中で僕なりの仮説があるのです」
「ほう。聞かせてもらおうか」
「確かに西野教授の論説には一定の説得力があります。それは認めます。モブものは僕も嫌いではありません。しかし――」
「しかし?」
「しかし――言うことをまるで聞かないナメきった態度の生意気な担当アイドルをわからせる……マネージャーやプロデューサーものを簡単に切り捨てることは僕にはとてもできないんですっ!」
「本田っ! たかだかヒラの研究員の分際で私の研究にケチをつけるのか⁉ キミは何もわかっていない。いいか……? 確かに担当ものは私も通ってきた道だ。言いたいことはわかる。だが……やはり元々一緒に過ごす時間も長い関係性だ。結局はただの恋愛になってしまうんだよ! 何故それがわからない⁉」
「わかるよっ! わかるさ……だけど……モブものは最終的にはハッピーエンド風になったとしても快楽堕ちエンドばっかりじゃないか! それで誰が幸せになれるっていうんです!」
「くっ……だがっ、色々あったけど推しと付き合えた。そういうサンプルだってあったはずだ!」
「ちがうっ! ちがうんだよ教授……それじゃダメなんだ……」
「なにが違うっ! そんな幸せがあってもいいはずだ!」
二人の議論は白熱の一途を辿り最早初期の設定など見る影もなかった。
「違うんだ教授……。だって、それで幸せになってるのは僕達ファンの方だけじゃないか……。僕は……僕はっ! たとえ報われることなんかなくたって、それでも彼女たちには幸せになってもらいたいんだ……」
「ほ、本田……おまえ…………」
魂の底から絞り出したかのように悲痛な本田の訴えに西野教授は気圧される。自らの理論に間違いなどないはずだ。その自信は今も揺らいではいない。
しかし、一部の隙も無いほどに模範的な本田の『豚の愛』にロジックを超えた説得力を感じてしまったのだ。
全くをもって論理的ではない。しかし、かつては自分も通ってきた道で、持っていたもので。それはいつかのどこかで失くしたはずのもので。
もしも失くしたのではなく、ただ心の中のどこかに置き忘れていただけなのだとしたら……。
「だっ、代表っ‼」
堪らず自分たちのリーダーへと裁定を求める。
それだけは認められない。今更認めるわけにはいかないのだ。
「ふむ……」
二人の弁論を瞑目して静聴していた法廷院は飲み込む様に頷いてから目を開く。そして頼もしく成長した仲間たちの顏を順に見渡してから口を開いた。
「あの、さ。イケメンに掻っ攫われる系はどう思う? チャラい感じの」
「ありえないですね」
「ふざけてるんですか?」
『わからせ』の世界に『NTR』の概念を乱暴にぶち混んできたリーダーに対して二人は辛辣だった。彼らは紛れもなくユニコーンだったからだ。
『NTR』が一大ジャンルとしてトップセールを叩き出している某大手サイトの影響を色濃く受けている法廷院に対して、すかさず西野教授から『ラれ』と『ラせ』の違いについての論文が発表され議論の場は混沌に包まれていった。
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