俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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序章 俺は普通の高校生なので。

序章21 罪を補闕する罪 ①

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「なんで私が指図を受けなければならないのかしら」
「だから、あそこの家はマジでやばいんだって! 妊娠とかホント洒落にならないから!」
「なによそれ。自分は家族ぐるみの仲だってマウントとっているつもり?」
「どうしてそうなんのよ!」


「――……む、うん?」

 弥堂に昏倒させられて以降、床に倒れていた高杉はようやく意識を覚醒させる。微睡む意識の中で罵り合う女たちの声が耳を通り頭に突き刺さり不快な目覚めとなった。

「おや? お目覚めかな? 高杉君」

「――代表?……あれは?」

「ん? あぁ、ご覧のとおりだよ。決着のない女の戦いさ」

「はぁ――」

 激しく口論する白井と希咲の様子を問うと、法廷院からは要領の得ない答えが呆れたような仕草で返ってきた。理解が追い付いたわけではないが、だがまぁ、法廷院の言葉通りなのだろう。高杉は周囲を見回し、自分が意識を失ってからの状況の推移を把握することにした。その間も女同士のケンカは続いている。


「――って感じだからあそこらのお家は事情が複雑なんだってば。普通に聖人と恋愛するのは止めないけど、弥堂と組んでそんな犯罪紛い――っていうか、それ普通に犯罪だからねっ。とにかくそういうのはやめときなさいよ。弥堂っ、あんたもよ!」

「あぁ」

「だからどうして私があなたの指示を受けなきゃいけないの? あの男はダメ、この男もダメっていちいちあなたの許可を得る謂れはないわ。そうよね? 弥堂クンっ 」

「キミの言う通りだ」

「はぁ⁉ ちょっと弥堂っ、あんたも何でノッてるのよ! あたしに同意したじゃない!」

 女の戦いは男の弥堂まで巻き込んでヒートアップしていく。弥堂はもちろんオートモードだ。女の口論は戦況が膠着した場合、とりあえず手近にいる男を味方に引き入れようとする傾向がある。その戦いに巻き込まれてしまったらどちらに与してもろくなことにはならないと、弥堂は自身のろくでもない経験により熟知していたので、適当にどちらにも同意しておいてやり過ごす処世術を身に付けていた。


「大体、自分が目をつけた男は全部自分のものだとでも思っているのかしら。というか希咲。あなたさっきから弥堂クンに馴れ馴れしくない? まさか弥堂クンともシタの?」

「んなわけないでしょうが! 『とも』ってどういうことよ! 何ですぐそういうことになるわけ!」

「ふん、あなたのようなギャルなんて男性とのコミュニケーションはセックス以外の手段を持ち合わせていないでしょう。抱かせて情を持たせて味方につけようだなんて浅ましいことね!」

「それって自分がそうだからって他人も同じだって思い込んでるだけじゃないの? あたしは違うから!」

「全く同じ台詞を返すわ。自分が使い古しだからって私まで汚そうとしないでちょうだい。私は新品だから」

「誰が使い古しだ! 下品なことばっか口にして、あんたなんて毎日わざとパンツ見せてる痴女じゃない!」

 醜い女の罵り合いはついにお互いの人格と尊厳を貶める方向へとシフトし始めた。弥堂以外の男性陣は皆素知らぬ風を装い、各々スマホの画面を見ているフリをしながらもしかし、会話の内容には耳を欹てている。彼らは内心では興味津々だ。男子高校生にとって同じ学校に通う女子生徒の経験具合以上のホットなニュースなどこの世に存在しない。

 高杉もこの頃には状況を把握し始めていたが、ホモである彼にとっては女どもの下世話な下半身事情など只々不快なだけなので顔を顰めた。


「――まぁ、いいわ。彼に訊けばすぐにわかるもの。ねぇ、弥堂クン? 怒らないから本当のことを言ってちょうだい。この女と寝たのよね? 気持ちよかったの? やっぱり希咲みたいなヤリ〇ンの方が好きなの?」

「そうだな」

「ほら! やっぱりヤらせてるんじゃない! このヤリ〇ン‼」

「はぁっ⁉ ちょっと弥堂‼ あんたなに勝手なこと言ってんのよ! てかあんたもあたしのことそういう気軽に『させる』女だって思ってるわけ⁉」

「キミは素晴らしいな」

「どういう意味よそれ‼ このやろぉ、ぶんなぐってやる‼」

 怒り心頭の希咲が弥堂に向ってブンブンっとパンチを繰り出すが、弥堂はそれをヒョイヒョイと死んだ目をしながら躱す。

「その女が素晴らしいってなによ! ちょっと抱いたことがあるからってその女の味方をしないわよね? まさか一度や二度どころじゃないほど身体を重ねているというの⁉」

「あぁ」

「なんていやらしい! やっぱり簡単にヤらせてくれる希咲の方がいいのね!」

「キミの言う通りだ」

「弥堂っ! あんた適当なこと言うのいい加減にしなさいよね! 黙らせてやるっ‼」

 適当にどちらにも同意していたら当然の如く会話が拗れて、結果的にどちらの怒りも買うというろくでもない結果に陥った。殴ることは諦めた希咲に胸倉を掴まれて、死んだ目で虚空に目を向けながら首をガクンガクン揺らされ尚も適当な相槌を打ち続ける。


 弥堂の――己を打倒した男のそのような姿を見て、高杉は何とも言えない気持ちを抱く。

「リベンジいっとくかい? 目まぐるしくてボクには何が何だかわからなかったけれど、結構卑怯な手口を使われたんだろぉ?」

 無言で弥堂を見る姿に何かを思ったのか、法廷院からそのような言葉がかけられるが、

「いえ、あれは俺の敗けです。奴の手管は人によっては賛否があるかもしれませんが、仕留めるところまでのプランを組み立てる戦闘IQ、そしてそれを実現させる技術とフィジカル、総じて素晴らしい闘争の実力でした。俺は完璧に奴にコントロールされてました。完敗です」

「そうかい。まぁ、キミに遺恨がないのならボクから言うことはないよ」

 打って変わって、言葉通りの表情で快哉の声を上げる高杉の様子に法廷院も満足そうにした。

「ただ、あのようなイイ男が汚らわしい女どもに囲まれているのはいい気分はしませんね……」

「…………」

 不穏なことを言い出したその声を法廷院はスマホに目を落としながら聞こえなかったフリをした。


「おい、お前らうるさいぞ。大体俺は何故騒ぎを起こしたのかと訊いたんだ。お前らの生殖活動になど興味はない。話を逸らすな」

「あんたが言うなっ‼」
「私から話を訊きたいなら私の味方をしなさいよ‼」

 風紀委員の弥堂 優輝は事件の聴取に応じようとしない女生徒たちを注意したが、その女どもから猛反発を受けて心底面倒そうな顔をした。

「こいつが悪いのよ!」
「この女のせいなの!」

 あくまで自分は悪くなく相手に過失があったのだと、そうお互いに主張する女どもに弥堂はまた人間の醜さを確認したようでうんざりとする。うんざりとするがここで下手な対応をとれば仲違いをしていたはずの女どもは突如として結託してこちらに牙を剝いてくるものだ。
 
 弥堂は慎重に我慢強く女どもの話を聴いた。


「つまり、そこの女が個人的に希咲に恨みを抱いた為に、所属組織の連中を焚きつけて襲撃に至ったと。そういうわけだな?」

 弥堂は罵り合い混じりの女どもの証言から何とかそれだけ要領を得た。

「そうよ!」
「ちょっと! それだと私が悪いみたいじゃない! こうなるまでに希咲に追い込まれたという前提をもっと尊重してちょうだい!」

 弥堂なりに中立的に判断をしたつもりであったが白井からクレームが入った。

「そうか。では希咲、お前が悪いそうだ。謝れ」

「なんでそうなんのよ! 大体聖人のことが好きだからって嫉妬からきてるんでしょうけど、そもそもあたしと聖人は付き合ってないし、お互いそんな感情もないのよ」

「そうなのか。おい、逆恨みだそうだぞ。謝れ」

「いやよ! それに私の主張は紅月くんのことがメインではないわ! こいつらギャルのせいで他の女性が不当に貶められているっていうことよ! 実際に私個人としても被害を被ったわ!」

「なるほど。おい、ギャルですいませんと謝れ」

「…………ねぇ? あんためんどくさくなって適当に応答してない?」

「…………」

 弥堂は希咲にそう懐疑的な視線で問われたが、それについては答えることが出来なかった。図星だったからだ。


「それで結局お前の要求はなんなんだ? 希咲に謝らせれば満足なのか?」

 希咲には応えずそう白井に質問する。顔を背けた希咲からのジトっとした視線が横顔に突き刺さるのを感じたが、弥堂のメンタルはその程度では揺るがなかった。


「そうね。謝ってもらうのはもちろんだけれど、その程度では到底許せるものではないわ。私と同じ苦しみを味わってもらうところまでを私は要求するわ」

「同じ苦しみだと? 一応校則で私刑は禁止されているが、それはどんな内容のものだ?」

「聞く必要ないわよ! だって元々言いがかりもいいとこだし、要求だって無茶苦茶だもの!」

「不当な要求かどうかは俺が判断する。とっとと何を要求されたか言え」

「こっ、こいつぅ、偉そうに……――まぁ、いいわ。あのね、男子の居る前でパンツ見せろとか言ってきてんのよ! 無茶苦茶でしょ!」

「おぱんつだと?」

「そうよ! こいつらったら――ん? おぱんつ?」

 先程自分が要求された過剰な贖罪の説明に再燃した怒りのままに、起こった事実を捲し立てようとした希咲だったが、弥堂の口から零れ出た『おぱんつ』という単語に引っ掛かりその勢いを失った。
 弥堂は希咲のその様子には構わず白井へと確認をする。

「おい、今のは真実か? 希咲におぱんつを開示しろというのがお前の要求なのか?」

「そうよ! 私はそいつらギャルのせいで着用しているおぱんつについて辱めを受けたのよ! だからそいつらにも同じ屈辱を要求するのも――え? おぱんつ?」

 白井の方も自身の身の内に宿す怒りを燃え上がらせようと、先程希咲にしたような持論を述べようとしたが、弥堂のおぱんつ発言に引っ掛かり言葉を途切れさせた。
 弥堂は白井のその様子にも構わず今度は法廷院たちへと顔を向ける。

「おい、貴様ら。これは本当か? 一人の女子生徒を複数人で取り囲んでおぱんつの開示を求めたというのであればこれは性犯罪だぞ。正直に言え。それからお前らの親はお前らの犯罪の示談のために慰謝料を支払う意思がありそうなのか、またその場合どれだけの金額を提示できる見立てなのか言え」

「ちょっと待ってくれよ、性犯罪だなんて。確かに僕らも白井さんが怖くて止められなかったから一部事実ではあるけれども、何も本気でおぱんつを見せろだなんてそんな――おぱんつだって?」

 弥堂からの追及にすかさずそのよく回る舌をフル稼働させて弁明をしようとした法廷院であったが、彼もまた弥堂の女子の下着を呼称する際の言葉のチョイスに引っ掛かり先が続かない。

 弥堂も弥堂でやはり法廷院たちのそんな様子にも構わずに思考を巡らせる。彼らの両親の経済状況がどれほどのものか、今はそれだけが重要であった。


 そしてそんな急にやる気を見せ始めた弥堂の様子を希咲が訝し気に見ていると、ふと二の腕を突かれた。そちらに視線を向けてみると隣にいた白井が指で突いてきたのである。無意味にちょっかいをかけてきたわけではなく、白井の意図するところが希咲にはそのコミュニケーション能力の高さから正確に把握できてしまった。ツッコめということであろう。希咲は顔を顰めた。

 正直触れたくはなかったが気になっていたことも事実である。希咲は渋々と何やら考え事に耽る弥堂に声をかけた。

「ね、ねぇ、弥堂?」

「……なんだ? 希咲」

 彼の性格的に『邪魔をするな』とでも悪態をつくか、単純に無視でもされそうだと予想していたが、意外と普通に応対してきた。いっそコミュニケーション拒否してくれた方がそれを理由に身を退き易かったのであるが、こんな時ばかり! と希咲は若干の憤りを感じつつ、しかし態度には出さぬよう彼に尋ねる。

「えっとさ……その、それなんなの?」

「それ? どれのことだ? ちゃんとわかるように言え」

「えっとぉ……」

 言葉を濁しに濁しまくった結果まったくと言っていいほど質問の意図が伝わらず、また希咲も自分でそれは十分に予想できていたので再度言葉を選びながら視線を宙に彷徨わせる。

 すると希咲が弥堂に声をかけた瞬間から隣を離れこちらと距離をとっていた白井と目が合った。彼女は顎をしゃくって弥堂を指し『行け』と言外に伝えてきた。グッと悔し気に歯を噛み締めながら弥堂へと言葉を重ねる。

「そのさ、おぱんつって一体なんなわけ?」

「質問の意図がわからんな」

「いや、だからさぁ――」

「言いたいことがあるのならばはっきりと言え。時間の無駄だ。お前が今現在その無意味に短いスカートの下に着用しているものが何かわからずに質問しているわけでは――貴様まさかおぱんつを着用していないわけではないだろうな? それは校則違反になる可能性があるぞ。おい、どうなんだ?」

「んなわけあるか! あほ!」

 こちらのスカートの股間部分を指差し、そう真顔で問い詰めてくるクラスメイトに、自分から振った話題ではあるが酷いセクハラを受けた気分になり思わずスカートを守るように抑え眦を吊り上げる。

 しかしここで激昂してはまた話が進まない上にわけのわからない方向に脱線をしかねない。希咲は努めて感情の抑制をし冷静に問い直す。

「じゃあもうぶっちゃけて聞くわ。あのさ、下着とかパンツとか何ていうかもっと一般的な名詞のチョイスがあるじゃない。なんで『おぱんつ』なわけ? あんたのそのむっつり真顔でそんなオタクが言いそうな単語言われると、キモイ通り越してなんか怖いんだけど」

 冷静に問うつもりであったがしっかりと余計な一言を付け加えた。この文化講堂での一幕が始まって以降、出会った全ての人物にセクハラしかされていないことに、七海ちゃんは内心激オコであった。

 しかし、そう罵られたも同然の弥堂は特に何を思うこともなくただつまらなそうに「あぁ、そんなことか」と理解をした。

「掟だ」

「はぁ?」

 簡潔にすぎる弥堂の返答では求めていた理解には足らず希咲は言葉尻と共に片眉を吊り上げる。

「俺の所属する部の掟で妙齢の女性が着用する下着については『おぱんつ』と呼称するように定められている」

「…………あんたの部活って一体何の活動をする部なわけ?」

「貴様には知る資格がない」

「あんたってさ、不器用で口下手な無口キャラだと思ってたけど、実はめちゃくちゃ口が減らないわよね」

 おぱんつ呼びの理由はなんとなくわかったような気もしなくもないが、今度は弥堂の部活動についての謎が現出する。特段必須な情報というわけでもなく強く知りたいわけでもないが、わけがわからなすぎて喉に刺さった魚の小骨のような不快さが残って気になるのだ。

 この弥堂 優輝という男を知るとそんなところばかりが次々と浮かび上がってきて、希咲は苛立ちに似たような落ち着かなさに苛まれる。


「ていうか、その掟って何のための決まりなのよ? そんな呼び方して何か意味あるわけ?」

「俺の上司が言うには、下着やパンツと呼ぶのは素っ気なくてリスペクトが足りんそうだ。だからおぱんつと呼称しろと強く言い含められている」

「いみわかんない。なんなのそれ」

「知るか。俺としてはお前らの股やケツを覆う布の名称などどうでもいい。だが上からそうしろと言われたらそうするまでだ」

「どうしよう。股だのケツだの布だの言われたら確かにリスペクトが足りないって思っちゃった。納得しちゃったじゃない、どうしてくれんのよ」

「…………」

『知ったことか』、反射的にそう言い返そうとして弥堂は言葉を飲み込んだ。

 今の弥堂の関心は女性用下着のことではなく、法廷院たち『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』の面々の両親の資産だ。現在考案しているプラン通りに進めるのであれば、目の前のこのキャンキャン喧しい女の機嫌を損ねるわけにはいかない。希咲 七海の存在は重要なファクターとなる公算が大きい。

 弥堂はさりげない動作で胸元に潜ませたすでに録音状態のレコーダーとは別に所持している、もう一つのボイスレコーダーの録音開始ボタンを押した。

「…………」

「なっ、なによ」

 ジーっと値踏みするように無言で自分を見つめる弥堂の視線に居心地の悪さを感じて、希咲は胸を隠すように己の身体を掻き抱いて守りつつ、正対していた身体の向きを逸らした。

「安心するがいい、希咲 七海」

「は、はぁ?」

 希咲は目の前で自分を無遠慮に見ていた男から脈絡もなく安心を促されたが、その眼つきがとても安心をできるような類のものではなかったので不信感を強めた。

「酷い体験をしたな。随分と怖い思いもしただろう」

「はぁ……」

「これは決して許されるべきことではない、俺はそう考えている」

「……あんたなに言ってんの?」

 突然論調を変えて、何やらこちらに寄り添おうという気配を見せ始めた弥堂に希咲は警戒心を高めた。半眼で彼の顔を見遣りその仏頂面から真意を探ろうと試みる。

「か弱き女の身一つで複数人の野蛮な男たちに寄ってたかって……これは大変に卑劣な行いだ」

「……ねぇ、なんかその言い回し誤解を招きそうだからやめてくんない?」

「そうだな。確かに敏感な年頃の女子高生だ。周りの目も気になるだろう。無理矢理に己の身に刻まれた不幸な出来事を詳細には語りたくはないだろうし、また知られたくはないだろうな」

「だからそれやめろっての! 知らない人が聞いたらあたしとんでもないことされたって思われるでしょうが!」

 被害者女性の心の痛みを顕すかのような激しい希咲の声に、弥堂は義憤を燃やすと彼女へと痛ましい目を向け、壊れ物を扱うようにその肩に優しく手をのせる。

「俺は男だ。女性であるお前が受けた痛みや屈辱の全てを理解できるなどと安易には言えん。だが我が事のように心を痛めている。わかるな?」

「何言ってんのか全然わかんないんだけど。てか、さわんなっ」

 最大限の配慮をしたつもりだったが被害者自身からその肩にのせた手を払われた。心のケアとは難しいものだと弥堂は感じた。ぺちんと払われた手を見つめながら被害者の信頼を得る方法を考える。

「ふむ…………おい、希咲」

「あによ」

「かわいいぞ」

「…………あんたぶっとばされたいわけ?」

 考えた結果とりあえず見た目を褒めとくかと実行してみたら殺意でも籠っていそうな眼を向けられた。希咲も白井さんからしっかりと殺意の籠った視線を向けられていたが、死角からのため気付いていなかった。

「まぁいい。とにかく俺はお前を泣き寝入りさせたりなどはしない。決してお前を見捨てるようなことはしない。俺はお前にとって信頼の出来るパートナーだ。わかるな?」

「あたし、あんたが何言ってんのかマジで全然わかんないんだけど」

「そうだな。お前のような若い娘はこんな時どのように対処したらいいかわからないであろう。だが俺は専門家だ。俺は普段から女性の尊厳と立場を守る為に戦っている。実績も十分にある。俺に任せるといい」

「あたしがわかんないのはあんたへの対処の仕方なんだけど。てか、あんたあたしとタメで同じクラスだろうが。何の専門家だってのよ」

「うるさい黙れ。女のくせに口答えをするな。いいから俺に一任すると言え」

「あんたつい数秒前に女性の尊厳がとか言ってなかった? うさんくさすぎるんだけど」

「チッ、強情な女だ。だがいいだろう。俺はプロフェッショナルだ。お前が頷くまでこのままいつまででも続けてやる」

「はぁ? そんなのイヤに決まってんでしょうが! てか、めんどくさいわね。何がしたいのかわかんないけど勝手にしたらいいじゃない。あたし関係ないか――「よし、承諾したな」――えっ?」

 聞きたい言葉が聞けてもう用は済んだとばかりに、弥堂はクルッと身体の向きを希咲から法廷院たちの方へと向けた。

 突然態度を変えた弥堂に希咲は自分が面倒だからと適当に返事をしたら、なにかとんでもないことを承諾させられたのではと不安に駆られ、「ちょ、ちょっと――」と言い募ろうとする。
 しかし弥堂はもはや聞く耳を持たなかった。


 承諾を得るためにもっと強引な方法をとることも出来たが、この女は貴重な金づるになるかもしれない。その為にはある程度優しくしてやる必要があった。だがそれももう十分だ。

 つい今ほど行われていた会話は弥堂的に優しくしていたつもりなのである。

 背後で喚く希咲の声をシャットアウトする。この女にはもうこんなものでいいだろうと、そう判断をした弥堂は法廷院たちへと歩み寄る。


 近づいてくる弥堂の姿を見る法廷院たちはその迫力に呑まれた。

 先程まではどこか面倒そうにしていた弥堂であったが、今は無表情ながらもその眼に明確な目的を持った確かな強い意志を宿している。彼の放つその目に見えない空気感に怖気た。


 弥堂は彼らの目の前で立ち止まると怯える被疑者どもの姿を満足げに眺めつつ、先程考案しこれから進めていく自身の立てたプランを胸中で確認する。

 
 弥堂の計画とはこうだ。

 まず目の前にいる被疑者たちに自分たちが希咲へと性的暴行を加えたと認めさせる。その為の手段は問わない。

 次に、この話を大きくし必要であれば被害者である希咲自身にも大袈裟に騒がせ、表沙汰にすることを匂わせる。そして未成年者である彼らの両親を引っ張り出す。そこまでの手段は問わない。

 さらに、この件をなかったことにして欲しければと、こちらが納得するに足る金額を相手方から提示させ支払わせ、それに加え学園にも追加で寄付金を払わせる。それにより学園側にもこの件を黙認させる。当然これに至る手段は問わない。

 最後に協力者である希咲 七海に報酬として十分な金を渡してやる。放課後の貴重な時間を使って毎週決して少なくない日数をアルバイトに充てている女だ。金が好きなはずだ。当然これには口止めの意味も込められている。無論手段は問わない。


 完璧なプランであった。弥堂は再度確認しそう自認した。


 望外に降って湧いたまとまった資金を得るチャンスである。確実にモノにしたい。多額の示談金を巻き上げることは勿論だが、それに加えて寄付金まで支払わせれば学園側の覚えもよくなり、今後のこちらの活動に対する融通も利かせやすくなるであろう。弥堂はそう考えている。


 さらに――と。弥堂は肩越しに背後の希咲へとチラリと視線を向ける。

 今回の件と同様に、生徒に限らず他の男をこの女の色香で釣って脅して金を巻き上げることが出来れば、継続的な資金源とすることが可能となる。この女は永続的に金を産み出す鶏となるかもしれない。

 今日この時にこのような事件が起こったのならば、条件さえ整えてやれば同じ現象を意図的に再現することは可能なはずだ。男子高校生などというシケた獲物ではなく、もっと自己で資産を所有する社会的立場のある者を標的にすることが出来れば、より効率よく稼ぐことが可能となるであろう。

 連日のニュースなどを見る限り今のご時世、女が被害を受けたと騒げば大抵どうにかできる。弥堂はそう考えると同時に、金を産み出す女性という存在に対するリスペクトを深めた。

 希咲 七海――こいつは『使える』女だ。

 弥堂はそう考え、希咲に対する脳内評価を三段階ほど上方修正した。
 
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