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序章 俺は普通の高校生なので。

序章16 公正なる執行者 ①

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「――全員そこを動くなっっ‼‼」

 狂乱の様相を呈していたこの文化講堂二階の連絡通路に、その声が鋭く衝撃となって突き抜けた。


 その場に居た者達はその低い音、低い声音に、身体の芯を撃ち抜かれたかのように衝撃を受け、身動きが出来なくなっていた。
 声は出せず、身体は動かず、その中でかろうじて顔だけを動かしその衝撃を放った者の正体を見定めようと誰もが視界を回していた。

 その中で只一人、希咲 七海きさき ななみだけは他の者たちとは異なり、標本になった昆虫の様に身体を床に縫い付けられたのではなく、逆にそれまでのまるで酩酊したかの様に正体を失くしかけていた状態から、声に因って芯を撃たれたショックで思考がクリアになり現実へと回帰した。


 希咲は身体と思考の自由を取り戻し自身の目の前を見る。


弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』。

 つい数瞬前まで、自分を取り囲み、謂れのない罪過で所以なく贖罪を求め、希咲に尊厳を手放すよう強要をしてきた彼ら。
 自分を壁際に追い詰め、正気を失くしたかのような血走った目で、正気とは思えないことを叫んでいた彼らはもう誰一人として希咲のことを見てはいなかった。

 何が起きたのかは希咲にもわからなかったが、とりあえずの危急は逃れられたのだと安堵し、ホッと一息を吐く。その際に俯くように首が下がったことで、視点が下に移動し自身の足元が目に入る。目に入ったことで気が付く。


 自分の下半身が今どうなっているのかが。



 希咲は慌てて手を放した。

 自分の下半身を覆う――覆っていなければならない――スカートから。

 自身が着用している学園指定の青色のチェックのプリーツスカートの裾を掴んで、自らの下腹の位置あたりまで上げていた、その両の手の指を解き掌を開いて離した。

 重力に従いスカートの裾は在るべき箇所へと戻っていく。ふわっと柔らかく布の端が腿に触れ、その折に股の隙間に僅かな風が過ぎるとその不快な冷風で背筋が凍っていき内臓まで冷え込むような錯覚を起こす。

(あ、あたし……今、なにを――なんで――)

 焦燥に駆られるまま視線を正面の集団に戻す。


 彼らは誰もこちらを見ていない。この場に介入してきた者の正体を確認するために顔を横に向け、誰一人こちらを見てなどいなかった。
 
 見られてはいなかった。


 もしも、仮に。今この時に誰もここに現れなかったら――来てはくれなかったら。
 それがあとほんの少しでも遅かったら。

(あ、あたし……)

 反射的に、ぎゅっと左と右の内腿と内腿を擦り付けるように合わせて股を強く閉じる。


 なんてことをしてしまったのだろう。


 自分の身に起きたことと、自分の起こしてしまった行動に身体が震える。

 再び身の自由を奪う恐怖は体温を奪うように冷たく、しかし身の奥から湧き上がる羞恥が肌の内に熱を灯す。先程のように視界と思考は揺れ定まらなくなっていく。

 そして何よりも――悔しかった。

(あんな、あんな奴らなんかに……あたし、自分で……)

 幸い、奴らに『それ』を見られてはいなかった。気付かれていなかった。

 しかし、無かったことにはならない。自分の中で無かったことには出来ないのだ。その事実は。

 
 いくら今まで経験をしたことのない状況だったとはいえ、いくら多勢に無勢だったとはいえ、いくら自身が取り得る手札がなかったからとはいえ――

 戦力に因ってではなく、論理に因ってでもなく、ただその異常さに混乱をし、自ら屈してしまうことを――敗北を自ずから選択してしまった。

 その事実は、記憶は自分というモノの中に楔として打ち込まれ、決していつまでも無かったことには出来ない。


(悔しい……っ)

 目に映る光景が、その窓から見える光景が一気に狭まったような感覚に陥る。周囲が暗く光が堕ちたかのように。
 僅かにその瞼から覗ける視界も急速に歪んでいく。水位を上げるように内から溢れてくる涙が眼窩から決壊寸前にまで膨れる。

 もしもこの涙が決壊して零れ落ちてしまったら。雫となって床を撃ち、この場所にその痕を確かに残してしまったのならば――それでもう自分の心が折れてしまうかもしれない。

 そんな確信めいた予感がした。

 それは嫌で、それだけは嫌で。抗いたくて、踏みつぶしたくて。でも自分の力だけではとても敵いそうになくて。


 希咲 七海は縋るように、救いを求めるように顔を動かす。

 誇りは、意地は自分で手放してしまった。しかし尊厳だけは守ってくれた人の方へ。この場に現れてくれた誰かの方へ。

 そして、狭まってしまった自分の視界の、その視線の先から現れた姿を見止めて――

 ――今、この身を苛む全てのものが霧散し、視界が拡がり光が満ちた。




 コッ、コッ、コッ――と。

 早くも遅くもない一定な調子で床を靴が鳴らす。
 先程の身を竦めるような鋭い声とは裏腹にとても静かにこちらに歩んでくる。

 長身の男。然程手入れもされていないような黒い髪。何の感情も窺えない色のない貌。先に制止を呼び掛けてからは何も語らず引き結ばれた薄い唇。古惚けた絵具のように乾ききった揺れることのない黒い瞳。その身を包む学園指定の男子制服のブレザーの左腕に巻き付けられた『風紀委員会』の腕章。

 昇降口棟へと繋がっていく部室棟の方から現れたその男は、希咲もそれなりに知る人物――

――弥堂 優輝びとう ゆうきであった。


 希咲 七海きさき ななみはその弥堂 優輝びとう ゆうきの姿を目にしたことで、今までに馴染みの薄いような、憶えのないような気持ちに囚われた。身を縛る程の恐怖も、心砕けるような悔恨も、光閉ざされるような屈辱も、その全てが一瞬で吹き飛ばされてしまう程の――



――微妙な気持ちになった。


「うわぁ…… 」

 状況にそぐわない気の抜けたような呻きが意図せず口から漏れた。



 弥堂 優輝びとう ゆうきは黙したままこちらに歩いてくる。この場に居る誰を見るということもなくしかし、誰一人からも目を離さず鋭い眼差しで希咲も含めた全員を視界に納めている。

 シチュエーションを考えれば、女の子一人を集団で取り囲み、わけのわからない難癖をつけて下着を見せるように強要してくる不埒者達から助ける為にこの場に介入してきてくれた――とするのが最も自然だろう。『普通』なら。

 彼の左腕に巻かれた風紀委員会所属であることを示す腕章をチラリと見遣る。

(そういえばこいつ風紀委員なのよね……信じられないけど)

 風紀委員には最終的な裁定権はないにしろ、こういった校内での騒ぎや揉め事などに可能であれば介入して鎮静化を図ることも業務に含まれていると聞く。目の前にいるこの集団などは正にその対象であろう。
 
 普段から然程友好的と云えるような関係ではないが、だが一応は彼はクラスメイトだ。先程までの孤立無援の状況を鑑みれば、仮にも顔見知りではある者が現れればそのことで少なからず安堵してもよかろうものではある。

 しかし、それらを考慮しても希咲 七海きさき ななみの不安はまったく晴れなかった。


 
 弥堂 優輝びとう ゆうきは状況を見定める。
 
 現在の自分は放課後における風紀委員の通常業務中である。私立美景台学園では放課後に部活動や委員会での活動、または個別に教員から居残りを言い渡されたりなど、学園から認められた公式の活動がある生徒以外の者は速やかに帰宅をすることが推奨されている。

 現在時刻としてはもうとっくに部活動などは開始されている時間だ。つまりこの場に居る者たちは用もないのに校舎に居残りをしている生徒達ということになる。

 彼らを見遣る。

 片方は集団。男子生徒が4名に女子生徒が1名。
 先程弥堂自身が威をてて黙らせてやったが、それまで何やら大声で叫んでいた者たち。不要不急の無許可での居残りに加えて無用な騒乱、と脳内で罪状を並べる。

 それと――その集団と対峙するようにしている1人の女子生徒。

 希咲 七海きさき  ななみ

 こちらはそれなりに知っている生徒。クラスメイトでもあり、今日も何度か会話をしている。弥堂は彼女を見て少々意外な印象を受けた。


 弥堂自身、風紀委員会に所属をしてから何度もこの放課後の取り締まり業務を行ってきたが、その中で彼女――希咲のように『ギャル』というカテゴリーに分類される女子生徒は何人も取り締まってきた。

 しかし、弥堂の希咲 七海に対する人物評としては、水無瀬 愛苗みなせ まなの件で何かと突っかかってくる煩い女というのが最も強い印象ではある。だが、彼女は見た目の特徴こそ『ギャル』という人種に酷似してはいるが、弥堂がこれまでに弾圧や粛清を執り行ってきたギャル種達のように、意味もなく騒いだり校則を破ったり、不良の男子生徒にくっついて迷惑行為を行ったりなど、そういったことは彼女はしたことがなく、また軽はずみにそういったことをするような愚かな女とも見えてはいなかった。

 賢しい――と謂えばよいのか、それなりに視野が広く思慮が深く、弥堂自身に益するものはなくとも、他人のコントロールにも長け、立ち回りのうまい女ではある――と、そう評価していたので、この時間にこの場で彼女と出会ったことを意外だと感じたのだ。


 それに、以前に彼女個人について学園のデータベースに無許可でアクセスし調べたところ、彼女は放課後にアルバイトをしていることが多く、そのため普段はわりと早めに校舎から出ていることが常であったはずだ。

(だが――)

 事前の調べがどうであれ、今現在この場にいるのであればそんなことはどうでもよく、そして関係ない。目の前で起こっている事象以上の説得力を持ったデータなど存在はしない。


 やがて弥堂は、希咲 七海と彼女と対峙する勢力との間まで来ると、その集団の者たちの視界に希咲の姿が映らないように、阻むような位置で立ち止まり、身体の向きはどちらにも向けないまま、しかし、その熱の灯らない瞳を集団へと向けた。

 その彼の様子に、

(あら? さすがに考えすぎだったかしら)

 と、希咲は軽く安堵し、自分を守るように立つクラスメイトで風紀委員の男の子の元へと駆け寄る。

「び、弥堂……その、助かったわ。ありが――「黙れ」――へ?」

 自分を救援に来てくれた者に対して素直に礼を述べようとした希咲であったが、その謝礼の言葉は冷たく鋭い声に遮られた。
 
「誰が口を開いていいと言った? 俺は動くなとも言ったぞ。この薄汚い罪人めが」
「あ、あれー?」

 弥堂はその無機質な目を回して希咲に一瞥をくれるとそう冷たく言い放った。


 希咲は「やっぱりそうきたかー」と思いつつも、引き攣る自身の表情を自覚しながら弥堂へと釈明を試みる。

「だっ、誰が罪人よ! あたしは被害者よ! こいつらがあたしを待ち伏せしててわけわかんないこと言って帰るのを邪魔してきたの! あんたも見たでしょ?」
「ふん、男が来た途端急に強気になっちゃって。そうやって男を盾にして甘えてみせて、男の承認欲求を満たしてやるのね。浅ましい女だこと!」
「あんだとこらー! ……あれ? 居ない?」

 弥堂への釈明だったのだが、思いのほか立ち直りの早かった白井に口を挟まれ、彼女の方へとぐりんっと顏を向けるが、白井の姿は見えなかった。

 注意深く観察してみると彼女は、車椅子に座った法廷院の背後に立つ大男――高杉のさらに背後へと身体を隠すようにしてこちらを睨んでいた。
 弥堂によって体の自由を奪われた白井であったが、その自由を取り戻すや否や、自身の仲間の中で最も屈強な肉体を持つ高杉を盾にするように隠れたのだ。

「……ほんとっ! マジでっ! この女ぁっ‼」

 希咲は様々な怒りを踏みつぶすようにその足を床にぶつける。キュッキュッキュッとシューズの底が床を摩擦する音が響く。

「とにかく弥堂! あたしはこいつらに絡まれたの! あたしがケンカ売ったわけじゃないんだからねっ」

 そう弥堂に弁明を伝えるが――

「知ったことか」
「はぁっ⁉ あんた風紀委員でしょ⁉ 風紀……委員……よ、ね……?」
「お前らが何を揉めていようが知ったことか。俺の仕事は用もないのに校内に残っているお前らグズどもを全て、学園の敷地内から叩き出すことだ」
「なっ、なによ、それ!」
「対立しているというのならば校外に出た後で好きに争っていろ。俺には関係ない――が、校外で起こした揉め事がクレームという形で学園に報告が届けば、その時は例外なくまた粛清の対象だ。それを承知の上で勝手にやっていろ」
「うぅ……わかってた……何となくわかってたけど、やっぱこういう奴だったかぁ……」

 希咲の疲労感は留まるところを知らない。この後バイトも熟さなければならないという事実に先ほどとは違う意味で涙ぐみそうになる。


 そこで、希咲は「そういえば静かね」と、先程まで散々悩まされていた法廷院 擁護ほうていいん まもるのことを思い出し、彼の様子を探ろうとする。

 すると、白井に詰められていた時以外は、常に不敵な態度を崩さなかった彼は、苦虫を噛み潰したような表情で弥堂を睨みつけていた。その口がようやく開かれる。

「 Unfinishedアンフィニッシュ……」

 法廷院が恨めしそうにまた、悔しそうに弥堂をそう呼んだ。

「アンフィニッシュ?」
「だっ、代表。それは一体……?」

 慄いたように問いかける西野と本田の声に、法廷院は我に返ったように表情をまた不敵なものへと改めその疑問に答える。しかし、その頬には一筋の冷や汗を垂らしたままで。

弥堂 優輝びとう ゆうき。別名『風紀の狂犬』。そこにいる彼がそれだってことはキミらも知っているだろぉ? 同志たち」
「え、えぇ。それはもちろん」
「新入生でもなければ知らないやつはいないんじゃないですか?」

 弥堂からは目を離さぬまま囁き合うように情報を共有していく。

(へー。やっぱこういう迷惑なことする連中には恐がられてんのね)

 その彼らの様子を見て希咲はある種の感心したような印象を抱いた。


『風紀の狂犬』弥堂 優輝。

 その噂は希咲も当然耳にしたことがある。当然悪名だが。
 様々な内容で伝えられている彼に関する話は、中には少々常軌を逸したような内容のものもあり、希咲としてもその全てを真に受けていたわけではないのだが、しかしこうして今、彼が実際にその風紀委員の業務を行う場面に行き会ってみて、あながち眉唾でもなかったのかとそう思った。

「そうさ。誰でも知ってる。狂犬。官憲の犬め。だが、これはわりと新しい話でね。聞いたことないかな? つい一週間ほど前の話さ。新クラスでの彼の自己紹介の時の噂について……」
「じ、自己紹介……?」
「えっ⁉ だっ、代表! それってまさか……?」

(ん? 自己紹介?)

 聞こえてくる彼らの話の内容に希咲は激しく嫌な予感がした。


「彼はこう言ったそうだね。『抜かずに3発出せる』――と」
「あぁっ……あぁっ……‼」
「くそっ……! あの野郎っ! ちくしょう……っ!」

 法廷院の説明に合点がいったのか、西野と本田の目にも強い屈辱からくる激しい憎悪の炎が灯る。

(あーーもーーやだーー……聞きたくない……)

 希咲は直接関係はないものの、自分が所属する学級の恥部が露呈したようで何故だか恥ずかしくなった。

「抜かず、終わらず……即ちその銘は――絶倫Unfinished‼‼」
「うあああああっ! くそがっ! くそがっ!」
「こんなのって……こんな格差が許されるのかよ……!」

 男たちは悔しさのあまり泣いた。敗北感と屈辱に身を囚われながら。怒りに震えて涙が止まらなかった。

「バッカじゃないの、どいつもこいつも」
「死ねよクソ童貞」

 そんな様子の彼らを女子2名は冷たく見放した。


 しかし――こういった彼らの態度について、希咲は以前から感じていた疑問を、聞きたくはなかったがつい何と無しに口から出してしまった。

「ねぇ、てかさ、うちのクラスでの自己紹介の時もそうだったけど、何であんたたち男どもはみんなこれ聞いて泣くわけ?」
「はああああああっ⁉ これが泣かずにいられるかよおおおおっ⁉」
「ひっ、きもっ」

 軽はずみに投げかけた質問だったが、先程自分に迫った時以上の正気を失った表情で怒鳴られ、希咲は早くも聞いたことを後悔した。

「いいかい⁉ 『抜かず』。彼はそう言ったんだよ⁉ そもそも『抜く』ためにはまず『挿れる』必要がある。だってそうだろおぉぉっ⁉」
「あ、あーー、うーーーん、あたしちょっとわかんないかなぁ……」

 希咲は明言を避けた。

「つまり彼は『挿れた』ことがあると! そう言っているんだ! その上で3発だって? ふざけるなああああ! ふざけやがって! 僕たちのようにね『挿れた』ことすらない者たちは! 『挿れる』目途すら立っていない者たちはね、勝負の舞台で鎬を削るどころか……勝負に参加する資格すらないと。奴はそう言って見下したんだ! くそっ! 許さないっ! 絶対に許さないぞ! 弥堂 優輝ぃぃっ!」

 本気だった。それは紛うことき男の本気の涙であった。

「あ、あほくさ……」

 想像以上の酷い答えで、やっぱり聞かなきゃよかったと希咲は強く後悔をした。

「ふん、負け犬どもが」

 弥堂は男泣きに咽ぶ彼らを見下ろし嘲った。

「うあああああっ! 哂うなぁ‼ 僕を哂うなぁっ!」
 
 その言葉に西野君がキレた。

「あっ、ちょっ、ダメだよ西野君。落ち着いて!」
「そ、そうだよ。暴力はよくないよっ」

 弥堂に殴りかかるような勢いの、西野君のあまりのキレっぷりを見て逆に冷静になったのか、「殺してやる、殺してやる」と喚く彼を法廷院と本田が必死に止める。


「ちょっと! あんたも煽るんじゃないわよ! てか、そんなことでマウントとるな。相手の女の子にも失礼でしょうがっ」

 希咲も弥堂を窘めるが――

(――ん? 相手の女の子?)

 自分の発言によって何かに気付きサーッと血の気が引いていく。

(そっそそそそそういえばそうよね。今まで気にしてなかったけど、法廷院の奴の言葉じゃないけど、『それ』ってことは『そういう』ことよね……? どっどどどどどどどうしよう⁉)

 気付いてはいけなかった因果関係に行き着いてしまい、自身の親友である水無瀬 愛苗の恋路に大きな障害が存在することが判明してしまった。

(こんな奴に彼女とかいるわけないって安易に決めつけてたけど、うわ、これやばっ……どっどうしよ……えーと、えーと……あばばばばばば)

 七海ちゃんはおめめとサイドテールをぐるぐる回して混乱した。


「まぁ、そういう訳さ、弥堂君。狂犬クン。つまりはキミはボクたちの怨敵であり、ボクたちもまたキミにとっての敵ということさ。だってそうだろぉ? 何せキミは疑う余地もなく強者だからねぇ。キミは恵まれているんだ。キミは『持つ者』であり『権力側』だ。ならば、ボクはキミと戦わなければぁならない。ボクたちの『平和』と『自由』と『権利』を守るために」

「…………」


 宣戦布告。

 法廷院のその言葉に――先程のような怒りに任せた叫びでなく、粘着いた厭味たらしい口調で、しかし、その目には希咲に対峙していた時にはなかった強烈な敵意が宿っており、そんな表情で紡がれた明確に敵対を告げる言葉に因って場に緊張感が張り詰められていく。
 彼の仲間たちもまた、はっきりと敵意を顕す視線を弥堂へと向けた。

 弥堂 優輝はその宣誓には応えない。

(恵まれている――だと?)

 答えず、言葉には出さずにただ、心中で嘲った。彼らを――ではなく自分自身を。


「び、弥堂っ。あのね、こいつら――「――二つだ」」

 希咲は弥堂の左腕の腕章にそっと自身の左手で触れ、彼らの異常性を伝えようとするが、その言葉は聞き届けられなかった。

 弥堂は身体を完全に集団の方へと向けることで、希咲を拒絶するように彼女の手を外し、その左手の指を二本立てて法廷院たちに見せてやり勧告する。

「いいか。『不自由』な貴様らがとれる選択肢は二つだ。一つは、今すぐ自分の足で学園の外へ出ること。もう一つは、今から自分の足で歩けなくなるまで俺に痛めつけられてから、学園の外に放り出されることだ。俺はどちらでも構わん。好きに選べ」

「おいおい、のっけから野蛮極まりないねぇ。一周回って嬉しくなってくるよぉ。風紀委員ってのは生徒の話を訊くこともなく初手から暴力を背景にした『脅迫』をするのかい?」

「結果は変わらんからな。貴様らが『何者』で『何』をしていようと、学園から公式に認められた活動・団体でないのならば、話を訊いたところで最終的には立ち退かせるだけだ。ならば、最初から叩き出した方が効率がいい。貴様らになぞ興味はない」

「なんてこった。興味がないだなんて、ひどいことを言うねぇ。ボクら『弱者』のことなんて眼中にもないってのかい? そいつはずるいぜぇ。ボクたちはこぉんなにもキミを憎んでいるっていうのに。それにボクたちはキミの名前を知っているっていうのに、キミは知らない。そんなのおかしいと思わないかい? だってそうだろぉ? そんなのは『不公平』じゃあないかぁ」

「知ったことか。そんなに名を知ってもらいたければ首からIDタグでもぶら提げておけ。後で無様に気を失った貴様らを学園外に放り出す時にでも検分して生徒名簿と照合し、その名前の横に『不良品』と書き加えておいてやる」

「そいつは明確に『差別用語』だぜぇ。官憲の犬風情が――このボクの前でよくぞ言ったぁ!」


 弥堂 優輝びとう ゆうき法廷院 擁護ほうていいん まもる。対立する二人の間でお互いの敵意が言葉以上に不可視の干渉を起こす。
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