15 / 666
序章 俺は普通の高校生なので。
序章15 箱の中の猫 ①
しおりを挟む
放課後の廊下。文化講堂から三方向へと道が別れる連絡通路にて希咲 七海は、自分のせいで地獄に落とされたという白井 雅の事情を聞かされていた。
「えぇっとぉ、あなたの事情はわかったわ、白井 雅さん。その、とても痛ましい事件だったと思うし、同じ女として心から同情するわ。でも……あの……」
「なによ? はっきり言いなさいよ」
言葉の通り希咲は心の底から同情をしていたが、どうしても一点だけ解せぬ箇所があり、しかしこの空気の中それを言い出すのはどうなのだろうと、気まずそうに切り出す。
「んとね、この流れでちょっと言いづらいんだけど、怒らないでね?」
「わかったから早く言いなさいよ、これ以上どう怒れというのよ」
「ん、ありがと。じゃ、じゃあね……ちょっと気になったことがあるからズバリ聞くけど……あのさ――あたし関係なくない?」
「は?」
「え?」
「希咲あなたね、これまでの私の話をどう聞いてたらそんな結論になるわけ? これ全部あなたのせいじゃない」
「なんで⁉」
あまりに無茶苦茶な言い分に七海ちゃんはびっくり仰天してサイドアップの髪がぴゃーっと跳ね上がった。
「は? 何でも何もないでしょうが。いい? 私は黒パンツを晒したせいで怒られた。これが白でフルバックだったらそうはならなかった。これはいい?」
「う、うん」
「次。私が怒られたのは黒でさらにローライズのTバックだったから。校則では色の禁止はないけれど、あの女の価値観では黒もローライズもTバックもいやらしくて高校生にはふさわしくないからって理屈。これもいい?」
「えぇ、わかるわ」
「じゃあ、希咲。あなたはギャルよね?」
「え? まぁ、そんなつもりもないけど、一応ギャル系というか、そうなのかも」
「ほら、あなたのせいじゃない」
「なんでぇっ⁉⁉」
異次元な論理展開に七海ちゃんのサイドの髪は再度跳ね上がった。
「はぁ? なんでこれでわからないわけ? あなた頭悪いわねぇ、これだからギャルは……男に抱かれることに脳のリソース全部回してるのかしら?」
「こ、こんのぉ……大人しく聞いてれば好き放題言ってくれやがって……」
希咲は段々普通にムカついてきた。
「まぁ、いいわ。代表あと説明してあげて。私はもう疲れたわ」
「え⁉ ボク? ボクがやるの? ボクもうテンションだだ下がりなんだけど」
「そうよ。女性としての尊厳を踏みにじられて弱くてかわいそうな私が困っているのよ。さっさとしなさい、役目でしょ」
「ぐぬぬぬぬぬ……なんて都合のいい……でも――」
法廷院は希咲へと向き直ると表情を改め、その目にまたギラついた光を灯し粘着いた視線を絡めてくる。
「――でも、そう言われちゃあ、ボクとしては前に出ざるを得ないねぇ、だってそうだろぉ? ボクは弱者の味方だからさ」
法廷院 擁護は不敵にそう言ってニヤァと哂う。しかし――
「…………」
希咲はめんどくさそうに彼に視線を向けると特に何も言わなかった。
「え? あ、あの、希咲さん?」
「あによ?」
「えっと、ちょっとリアクション薄くないかな?」
「そう? そんなことないけど。あ、続き、早く、どうぞ、手短に」
「えぇ……」
つい先刻まで異質に過ぎる彼と彼らに畏れを抱いていた希咲だったが、割と透けて見えてきた彼らの人間関係や個人個人の人間性にもうすっかり慣れてしまっていた。
得体の知れないものは畏れる。だが、知ってみれば意外と大概何でもなかったりもする。
「なぁんか釈然としないけど、まぁいっかぁ。大分時間も過ぎちゃったしね」
「大概あんたのせいだけどね」
「んんっ。いいかい希咲さん。キミの疑問を晴らそうじゃあないか。『黒のローレグTバックはいやらしい』と『だからギャルが悪い』。おそらくキミの理解が追い付かないのはこの二つが繋がらないからじゃあないかなぁ?」
「そうね。さっぱり意味がわかんないわ」
「オッケー。いいだろう。じゃあその部分――あ、あの希咲さん? できればスマホはしまって頂いて真剣に聞いてもらえると……」
「ん? あぁ、だいじょぶだいじょぶ。メッセ一個返すだけだから。聞いてる聞いてるー。続けてー」
「ぐぐぐぐ……まぁいい。じゃあね、何でギャルのせいで黒のローレグTバックがいやらしくなるのかを説明しようじゃあないか」
「あーい、よろー。あ、一応だけどローレグとローライズは別物だからね? 今回のはローライズよ」
「えっ? そ、そうなんだ……ふ、ふぅーん……」
気のない希咲の態度に消沈しかけた法廷院だったが、突如として明かされた、女の子の口から語られる女の子の下着の細やかな分類についての知識を得て、興味のないフリをしつつも興奮を禁じ得なく、内心彼のテンションはうなぎ登りだ。
返信が終わったのかスマホを仕舞った希咲がこちらをジトっと見ているのに気づき、法廷院は滾る内なる己を戒めて説明を続ける。
「実はね、これはとある有識者に教わった理論でね。あ、その有識者ってのはボクの友人なんだけど、とても博識な男でね。このボクも一目置いているのさ」
「へー、あんたそんなんで友達とか普通にいるんだ」
法廷院は聞こえなかったフリをした。
「んんっ、その彼がね言ったのさ。ギャルは基本的に黒のローレグ――「ローライズ」――あ、うん。そのローライズのTバックを穿いているってね。あいつらなんかいやらしいから黒でローレ、ライズでTバックだってね。そして男の前でガニ股でスクワットをするってね。彼は信頼できる男だ。彼の言うことは間違いないよ。つまり、黒のローレッグイズTバックにいやらしいイメージがあるのはキミたちいやらしいギャルが好んで着用するからってことさ。だってそうだろぉ? ガニ股スクワットだなんてそんなの『えっちすぎる』じゃあないかぁ」
「あんたもそいつも頭おかしいんじゃないの」
思っていた以上にイカれた『りろん』とやらを披露されて希咲は疲労感に押し潰されそうになる。『ローレッグイズTバック』にもツッコみたかったがもう気力が湧かなかった。
しかし、法廷院は勢いを止めずに畳みかけてくる。
「おいおいおいおい、頭おかしいだなんて、なんて『ひどいこと』を言うんだ。傷ついてしまったらどうするんだい? 自殺してしまったらどうするんだい? だってそうだろぉ? 憲法により『思想の自由』は誰にだって保障されているはずなんだぁ」
「そうだ、そうだ」とここに来てずっと大人しくしていた『自由の剣』の面々が同調の声を上げる。
すっかり脱力して油断していた希咲はその彼らの勢いに圧されてしまう。
「な、なによ。あんたたち急に――」
「さぁ、希咲さん。どうするんだい? かわいそうなかわいそうな白井さんは深く傷ついている。まさか自分は無関係だと? 彼女には泣き寝入りしろとでも言うのかい? それとも、地味でブスな女がイキって黒の――「代表」――え?」
白井さんがじっと法廷院を見た。まばたきもせずじっと。
目がマジだった。
「私、ブスではありません」
「あ、はい」
「あんた女の子にブスって言うのマジでやめなさいよ。白井さん普通にかわいいし、次言ったらぶん殴るわよ」
「はい、おっしゃるとおりです」
「認めましたね? 謝ってください」
「す、すみません」
「いい加減にしなさいよね」
「は、はい、ごめんなさい」
女子二人に責められて、法廷院はしょんぼりした。彼の周りに集まった男子たちが小声で声をかける。
「代表。白井さんにブスって言うのやめてくださいよ!」
「そうですよ! 彼女のあの目マジでこわいんですよ!」
「い、いや、でもね? ボクだって別に本気で白井さんがブスだなんて思ってないけれども、こういうのはわざと大袈裟に表現を拡大して騒がないと効果がね……」
「回りまわって僕達に一番効きますからこのパターンはもうやめましょ? ね?」
「わ、わかったよぅ」
仲間たちに説得され法廷院 擁護は考えを改めた。彼は周囲の意見を聞き入れることの出来るリーダーなのだ。
「んんっ、失礼したね。えーっとなんだっけ? ……そうそう! どう責任とるのさって話だ! さぁ! どうなんだい⁉ 希咲 七海さん‼」
もう大分ぐだぐだだったが法廷院はとりあえず勢いでいった。
「どうするって言われても……でもさ、悲しいけど終わっちゃったものは仕方ないし、切り替えて次の恋を――「終わってないから」――え?」
「まだ……終わってないから」
即死級の痴態を晒したが、この恋はまだ終わってはいないのだと白井さんは主張した。彼女の目はマジだった。
希咲は気まずくて目線を彷徨わせながら「だって……でも……」と彼女のために精一杯言葉を選ぼうとしたが、結局適切な表現を見つけることが出来ずにお口をもにょもにょさせて、やがてただ彼女へと痛ましい目を向けた。
「そんな目で見るんじゃないわよおおっ! 見下さないでっ!」
「ご、ごめんなさい……」
「ふん。自分が男であれば相手は誰でもいいからって他の女まで同じだと思わないでちょうだい。私は一途なの。こんなことくらいで気持ちを変えたりなんかしないわ」
「だから別にあたしそんな遊んでなんか――」
「言い訳なんて聞きたくないわ! どうせ毎晩別の男の上でスクワットしているのでしょう! このセックスアスリートめ!」
「そんなアホいるわけないでしょうが! ……誰がアスリートよ。くっそこの女ぁ……」
白井への同情で下手に出ていたが、あんまりな濡れ衣にいい加減怒りの方が勝ってきた。
「私は一つも諦めてなんかいない。むしろもうこれ以下はないと思ってある意味開き直れたわ。今も毎朝彼へとアピールをし続けているもの」
「白井さんメンタルどうなってるの? アスリートなの? そこは素直に尊敬するわ」
「これは戦いなのよ。私はね、失ってしまった自分自身の名誉を取り戻すために、この生命をかけて彼へと自分がちょっと地味めだけど清楚で可憐な普通の女子であると証明しなければならない……でもね、それにはとてもお金がかかるの……そう、私の地獄は今もまだ続いているのよ」
「は? お金? え、えと……白井さん一体何してるわけ?」
また突然話が飛躍して希咲は嫌な予感がしたが聞かないわけにもいかなかった。
「ふっ、よくぞ聞いてくれたわね。私は黒のローライズTバックを穿いているところを彼に見られてしまった。そしてあのババアの洗脳教育により『黒パンツだからいやらしい女である』とレッテルを貼られてしまった。そうよね?」
「え、えと、まぁ、うん」
「だからね、あの惨劇の日の翌日から……毎朝彼の前でわざと転んで純白の清純な下着に包まれた清楚なお尻を彼に見せつけることで私のイメージの回復を図っているのよ! あの日はたまたま黒だっただけで、基本は毎日白しか穿かない清廉潔白な女であると証明し続けているの‼」
「頭おかしいんじゃないの?」
「あなたにはわからないでしょうね! 私の苦しみなんて!」
「うん、ごめん。なんでその結論に辿り着いたのかさっぱりわかんないわ」
「だからあなたは淫乱なのよ!」
「淫乱はおめーだろーが」
この騒ぎが終わったらID交換して友達になろうと思っていたが、希咲は考えを改めた。
「てか、さ。なんでそれでお金がかかるわけ?」
「私だって女なのよ!」
「はぁ……」
何を訊いても異次元な答えしか返ってこないこの連中から早く解放されたいと、希咲は心からそう願った。
「私にだって見栄はあるの……毎日毎日パンツを見せていけば白パンツのバリエーションなんてすぐに尽きるわ。彼だって何週間も何ヶ月もに渡って毎日パンツを見せられればそのうち覚えてしまって『あ、このパンツ前に見たな。最近もう見たことあるやつしか穿いてないけどこの女パンツのローテ回転早くね? スタメン弱すぎ』って飽きられてしまうかもしれないじゃない! だから私はバイト漬けの日々よ。常に新たな白パンツを用意するためにね。私の家の家庭環境ではバイトの許可が学園から降りないから、内緒でパンツ買う為にバイトをしてるの!」
「なんか目的変わってきてない?」
「そ、それに――どうせなら彼の目を飽きさせずに楽しませてあげたいしぃ、もしかしたら彼が私のお尻にムラムラきちゃったりとかして、そうしたらワンチャンあるかもしれないじゃない……」
急にもじもじして本音を吐露し始めた白井さんを尻目に希咲は「ねぇ」と、西野へと声をかける。
まさか自分に直接声がかかるとは思っていなかった西野君はビクっとすると「……な、なんですか?」と激しく視線を彷徨わせながら挙動不審に自分の肘から肩にかけて擦り上げた。
「あんたがさっき言ってた『男に媚びるしか能のないクソビッチ』ってこういうのを言うんじゃないの?」
ジト目でそう言う希咲さんはビッチ呼ばわりされたことをしっかりと根に持っていたのだ。
西野君はギクっとするとしばし反論の言葉を探したが、
「…………ぼ、僕の口からはなんとも……」
西野君は仲間のことを慮り明言を避けた。
「えぇっとぉ、あなたの事情はわかったわ、白井 雅さん。その、とても痛ましい事件だったと思うし、同じ女として心から同情するわ。でも……あの……」
「なによ? はっきり言いなさいよ」
言葉の通り希咲は心の底から同情をしていたが、どうしても一点だけ解せぬ箇所があり、しかしこの空気の中それを言い出すのはどうなのだろうと、気まずそうに切り出す。
「んとね、この流れでちょっと言いづらいんだけど、怒らないでね?」
「わかったから早く言いなさいよ、これ以上どう怒れというのよ」
「ん、ありがと。じゃ、じゃあね……ちょっと気になったことがあるからズバリ聞くけど……あのさ――あたし関係なくない?」
「は?」
「え?」
「希咲あなたね、これまでの私の話をどう聞いてたらそんな結論になるわけ? これ全部あなたのせいじゃない」
「なんで⁉」
あまりに無茶苦茶な言い分に七海ちゃんはびっくり仰天してサイドアップの髪がぴゃーっと跳ね上がった。
「は? 何でも何もないでしょうが。いい? 私は黒パンツを晒したせいで怒られた。これが白でフルバックだったらそうはならなかった。これはいい?」
「う、うん」
「次。私が怒られたのは黒でさらにローライズのTバックだったから。校則では色の禁止はないけれど、あの女の価値観では黒もローライズもTバックもいやらしくて高校生にはふさわしくないからって理屈。これもいい?」
「えぇ、わかるわ」
「じゃあ、希咲。あなたはギャルよね?」
「え? まぁ、そんなつもりもないけど、一応ギャル系というか、そうなのかも」
「ほら、あなたのせいじゃない」
「なんでぇっ⁉⁉」
異次元な論理展開に七海ちゃんのサイドの髪は再度跳ね上がった。
「はぁ? なんでこれでわからないわけ? あなた頭悪いわねぇ、これだからギャルは……男に抱かれることに脳のリソース全部回してるのかしら?」
「こ、こんのぉ……大人しく聞いてれば好き放題言ってくれやがって……」
希咲は段々普通にムカついてきた。
「まぁ、いいわ。代表あと説明してあげて。私はもう疲れたわ」
「え⁉ ボク? ボクがやるの? ボクもうテンションだだ下がりなんだけど」
「そうよ。女性としての尊厳を踏みにじられて弱くてかわいそうな私が困っているのよ。さっさとしなさい、役目でしょ」
「ぐぬぬぬぬぬ……なんて都合のいい……でも――」
法廷院は希咲へと向き直ると表情を改め、その目にまたギラついた光を灯し粘着いた視線を絡めてくる。
「――でも、そう言われちゃあ、ボクとしては前に出ざるを得ないねぇ、だってそうだろぉ? ボクは弱者の味方だからさ」
法廷院 擁護は不敵にそう言ってニヤァと哂う。しかし――
「…………」
希咲はめんどくさそうに彼に視線を向けると特に何も言わなかった。
「え? あ、あの、希咲さん?」
「あによ?」
「えっと、ちょっとリアクション薄くないかな?」
「そう? そんなことないけど。あ、続き、早く、どうぞ、手短に」
「えぇ……」
つい先刻まで異質に過ぎる彼と彼らに畏れを抱いていた希咲だったが、割と透けて見えてきた彼らの人間関係や個人個人の人間性にもうすっかり慣れてしまっていた。
得体の知れないものは畏れる。だが、知ってみれば意外と大概何でもなかったりもする。
「なぁんか釈然としないけど、まぁいっかぁ。大分時間も過ぎちゃったしね」
「大概あんたのせいだけどね」
「んんっ。いいかい希咲さん。キミの疑問を晴らそうじゃあないか。『黒のローレグTバックはいやらしい』と『だからギャルが悪い』。おそらくキミの理解が追い付かないのはこの二つが繋がらないからじゃあないかなぁ?」
「そうね。さっぱり意味がわかんないわ」
「オッケー。いいだろう。じゃあその部分――あ、あの希咲さん? できればスマホはしまって頂いて真剣に聞いてもらえると……」
「ん? あぁ、だいじょぶだいじょぶ。メッセ一個返すだけだから。聞いてる聞いてるー。続けてー」
「ぐぐぐぐ……まぁいい。じゃあね、何でギャルのせいで黒のローレグTバックがいやらしくなるのかを説明しようじゃあないか」
「あーい、よろー。あ、一応だけどローレグとローライズは別物だからね? 今回のはローライズよ」
「えっ? そ、そうなんだ……ふ、ふぅーん……」
気のない希咲の態度に消沈しかけた法廷院だったが、突如として明かされた、女の子の口から語られる女の子の下着の細やかな分類についての知識を得て、興味のないフリをしつつも興奮を禁じ得なく、内心彼のテンションはうなぎ登りだ。
返信が終わったのかスマホを仕舞った希咲がこちらをジトっと見ているのに気づき、法廷院は滾る内なる己を戒めて説明を続ける。
「実はね、これはとある有識者に教わった理論でね。あ、その有識者ってのはボクの友人なんだけど、とても博識な男でね。このボクも一目置いているのさ」
「へー、あんたそんなんで友達とか普通にいるんだ」
法廷院は聞こえなかったフリをした。
「んんっ、その彼がね言ったのさ。ギャルは基本的に黒のローレグ――「ローライズ」――あ、うん。そのローライズのTバックを穿いているってね。あいつらなんかいやらしいから黒でローレ、ライズでTバックだってね。そして男の前でガニ股でスクワットをするってね。彼は信頼できる男だ。彼の言うことは間違いないよ。つまり、黒のローレッグイズTバックにいやらしいイメージがあるのはキミたちいやらしいギャルが好んで着用するからってことさ。だってそうだろぉ? ガニ股スクワットだなんてそんなの『えっちすぎる』じゃあないかぁ」
「あんたもそいつも頭おかしいんじゃないの」
思っていた以上にイカれた『りろん』とやらを披露されて希咲は疲労感に押し潰されそうになる。『ローレッグイズTバック』にもツッコみたかったがもう気力が湧かなかった。
しかし、法廷院は勢いを止めずに畳みかけてくる。
「おいおいおいおい、頭おかしいだなんて、なんて『ひどいこと』を言うんだ。傷ついてしまったらどうするんだい? 自殺してしまったらどうするんだい? だってそうだろぉ? 憲法により『思想の自由』は誰にだって保障されているはずなんだぁ」
「そうだ、そうだ」とここに来てずっと大人しくしていた『自由の剣』の面々が同調の声を上げる。
すっかり脱力して油断していた希咲はその彼らの勢いに圧されてしまう。
「な、なによ。あんたたち急に――」
「さぁ、希咲さん。どうするんだい? かわいそうなかわいそうな白井さんは深く傷ついている。まさか自分は無関係だと? 彼女には泣き寝入りしろとでも言うのかい? それとも、地味でブスな女がイキって黒の――「代表」――え?」
白井さんがじっと法廷院を見た。まばたきもせずじっと。
目がマジだった。
「私、ブスではありません」
「あ、はい」
「あんた女の子にブスって言うのマジでやめなさいよ。白井さん普通にかわいいし、次言ったらぶん殴るわよ」
「はい、おっしゃるとおりです」
「認めましたね? 謝ってください」
「す、すみません」
「いい加減にしなさいよね」
「は、はい、ごめんなさい」
女子二人に責められて、法廷院はしょんぼりした。彼の周りに集まった男子たちが小声で声をかける。
「代表。白井さんにブスって言うのやめてくださいよ!」
「そうですよ! 彼女のあの目マジでこわいんですよ!」
「い、いや、でもね? ボクだって別に本気で白井さんがブスだなんて思ってないけれども、こういうのはわざと大袈裟に表現を拡大して騒がないと効果がね……」
「回りまわって僕達に一番効きますからこのパターンはもうやめましょ? ね?」
「わ、わかったよぅ」
仲間たちに説得され法廷院 擁護は考えを改めた。彼は周囲の意見を聞き入れることの出来るリーダーなのだ。
「んんっ、失礼したね。えーっとなんだっけ? ……そうそう! どう責任とるのさって話だ! さぁ! どうなんだい⁉ 希咲 七海さん‼」
もう大分ぐだぐだだったが法廷院はとりあえず勢いでいった。
「どうするって言われても……でもさ、悲しいけど終わっちゃったものは仕方ないし、切り替えて次の恋を――「終わってないから」――え?」
「まだ……終わってないから」
即死級の痴態を晒したが、この恋はまだ終わってはいないのだと白井さんは主張した。彼女の目はマジだった。
希咲は気まずくて目線を彷徨わせながら「だって……でも……」と彼女のために精一杯言葉を選ぼうとしたが、結局適切な表現を見つけることが出来ずにお口をもにょもにょさせて、やがてただ彼女へと痛ましい目を向けた。
「そんな目で見るんじゃないわよおおっ! 見下さないでっ!」
「ご、ごめんなさい……」
「ふん。自分が男であれば相手は誰でもいいからって他の女まで同じだと思わないでちょうだい。私は一途なの。こんなことくらいで気持ちを変えたりなんかしないわ」
「だから別にあたしそんな遊んでなんか――」
「言い訳なんて聞きたくないわ! どうせ毎晩別の男の上でスクワットしているのでしょう! このセックスアスリートめ!」
「そんなアホいるわけないでしょうが! ……誰がアスリートよ。くっそこの女ぁ……」
白井への同情で下手に出ていたが、あんまりな濡れ衣にいい加減怒りの方が勝ってきた。
「私は一つも諦めてなんかいない。むしろもうこれ以下はないと思ってある意味開き直れたわ。今も毎朝彼へとアピールをし続けているもの」
「白井さんメンタルどうなってるの? アスリートなの? そこは素直に尊敬するわ」
「これは戦いなのよ。私はね、失ってしまった自分自身の名誉を取り戻すために、この生命をかけて彼へと自分がちょっと地味めだけど清楚で可憐な普通の女子であると証明しなければならない……でもね、それにはとてもお金がかかるの……そう、私の地獄は今もまだ続いているのよ」
「は? お金? え、えと……白井さん一体何してるわけ?」
また突然話が飛躍して希咲は嫌な予感がしたが聞かないわけにもいかなかった。
「ふっ、よくぞ聞いてくれたわね。私は黒のローライズTバックを穿いているところを彼に見られてしまった。そしてあのババアの洗脳教育により『黒パンツだからいやらしい女である』とレッテルを貼られてしまった。そうよね?」
「え、えと、まぁ、うん」
「だからね、あの惨劇の日の翌日から……毎朝彼の前でわざと転んで純白の清純な下着に包まれた清楚なお尻を彼に見せつけることで私のイメージの回復を図っているのよ! あの日はたまたま黒だっただけで、基本は毎日白しか穿かない清廉潔白な女であると証明し続けているの‼」
「頭おかしいんじゃないの?」
「あなたにはわからないでしょうね! 私の苦しみなんて!」
「うん、ごめん。なんでその結論に辿り着いたのかさっぱりわかんないわ」
「だからあなたは淫乱なのよ!」
「淫乱はおめーだろーが」
この騒ぎが終わったらID交換して友達になろうと思っていたが、希咲は考えを改めた。
「てか、さ。なんでそれでお金がかかるわけ?」
「私だって女なのよ!」
「はぁ……」
何を訊いても異次元な答えしか返ってこないこの連中から早く解放されたいと、希咲は心からそう願った。
「私にだって見栄はあるの……毎日毎日パンツを見せていけば白パンツのバリエーションなんてすぐに尽きるわ。彼だって何週間も何ヶ月もに渡って毎日パンツを見せられればそのうち覚えてしまって『あ、このパンツ前に見たな。最近もう見たことあるやつしか穿いてないけどこの女パンツのローテ回転早くね? スタメン弱すぎ』って飽きられてしまうかもしれないじゃない! だから私はバイト漬けの日々よ。常に新たな白パンツを用意するためにね。私の家の家庭環境ではバイトの許可が学園から降りないから、内緒でパンツ買う為にバイトをしてるの!」
「なんか目的変わってきてない?」
「そ、それに――どうせなら彼の目を飽きさせずに楽しませてあげたいしぃ、もしかしたら彼が私のお尻にムラムラきちゃったりとかして、そうしたらワンチャンあるかもしれないじゃない……」
急にもじもじして本音を吐露し始めた白井さんを尻目に希咲は「ねぇ」と、西野へと声をかける。
まさか自分に直接声がかかるとは思っていなかった西野君はビクっとすると「……な、なんですか?」と激しく視線を彷徨わせながら挙動不審に自分の肘から肩にかけて擦り上げた。
「あんたがさっき言ってた『男に媚びるしか能のないクソビッチ』ってこういうのを言うんじゃないの?」
ジト目でそう言う希咲さんはビッチ呼ばわりされたことをしっかりと根に持っていたのだ。
西野君はギクっとするとしばし反論の言葉を探したが、
「…………ぼ、僕の口からはなんとも……」
西野君は仲間のことを慮り明言を避けた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。


Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる