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第22話.さよなら俺のケツ
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「ふんっ、可もなく不可もなくみたいな顔で死んで腐った魚を十数年間煮詰めたような目をしやがって」
「的確にこれまで俺が言われた容姿について言ってくるなよ、泣いちゃうぞこの野郎」
セリシアに視線を送る。
立ち位置を俺の近くへと寄せてくれて、セリシアは他の冒険者達に視線と指で指示を出しているようだった。
配置的に、魔族に対し扇状に展開している。
ミュリオも前へと出て戦闘態勢に入った。
「お前達は本当に群れるのが好きだな人間達よ」
「わたくし達は冒険者としてのランクも高くはないですし、何より魔族のように、魔力をそのまま身体能力向上や魔法力を高める事ができませんので大した力など持っておりません。群れて戦うのがわたくし達の有力な戦い方です」
「非力なものだな人間は。全員まとめてかかってくるがいい!」
ああっ、なんかこんな真剣な雰囲気を纏った戦いになり始めてる!
こういう雰囲気は自分には合わないなあ……。
「――最速模写」
「……何をしている貴様」
「こういう時のために描けるものはある程度持ってきてるんだよね。この盾にちょちょいのちょいっと――」
水ですぐに洗い流せる塗料だ。
黒、赤、青と色も何種類か持っている。
「ぬあぁあ!?」
俺が盾に描いたのはミュココピッコちゃんだ。
よく描けてるだろう? 最速模写ってすごいよなあ、目で見たものをすぐに絵にできるんだから。
「さあ、俺の盾も気合が入ったぞ!」
「き、貴様……!」
俺は盾を向けると、ゼッツェは表情をやや歪めて後ずさりした。
ミュココピッコちゃんと視線を交差しては、優しく抱きかかえている。
「クズですわね」
「クズ戦法」
「そこの二人、うるさいぞ!」
「お、お前の絵が描かれた盾を殴るは……できん……」
「ふふんっそうかあ、いくら魔王軍幹部とはいえそれはできないのか~!」
じりじりと近づいていく。
「ミュココピッコちゃん! 下がっていろ! なあに、あたしの事は気にするな、お前さえ生きてこの森で過ごしてくれればそれでいい」
「……なんか、意外といい人っぽいですわねこの方」
「油断するなよ、なんていったってあの腹筋! やばいだろあれ! 女の持っていい腹筋じゃあないぞ!」
「なんだとぉ!?」
腹筋もそうだが、全身の引き締まった筋肉も見事なものだ。
「さあ、かかってこい!」
その怒声が一つのきっかけとなったのか――先に飛び出したのはミュリオだった。
跳躍し、木と木の間を弾けるように跳ねていき、地上にいる俺達は前へと進む。
先ずはミュリオの攻撃――ゼッツェの拳と拳がぶつかり合い、ミュリオの拳がミシミシ音を立てて、互いに弾ける。
ゼッツェが追撃しようとしたところで、俺は盾を向ける。
「ぐぅ……! 貴様ぁ!」
「へっへー! どうだ! 今度は殴れるかなぁ!?」
「いいや、絵とはいえミュココピッコちゃんを殴る事などあたしには出来ん……!」
「だよなぁ!」
じゃあ俺が攻撃をしてやるぜ……。
剣を振ろうとしたその時、
「だが、貴様は別だ!」
「うぇ!?」
がしっと俺の両足が掴まれた。
両足を引っ張られて、上体が地面へと倒れこむ。
「あいたっ!」
そのまま、ゆっくりと体が時計回りに回っていく。
まさか。
……まさか、まさか!
「うぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁあ!」
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「ミュココピッコちゃんの痛みを知りやがれぇぇぇぇぇえ!」
「いぎゃぁぁぁぁぁぁあ!」
ズリズリズリズリと――上体が地面を削っていく、人間かき氷をされているかのような気分になり、回る遠心力が気持ち悪さを胃のあたりから滲み出されていく。
ふわりとした浮遊感。
そのまま俺は――何処へと投げ飛ばされた。
「おわぁぁぁぁぁあ!」
「ゴミク……楠生さぁぁぁぁぁあん!」
どこへと落下したのか。
気が付けばセリシアが顔を覗かせていた。
安堵の表情を浮かべており、間一髪であったような様子だった。
すぐ近くから聞こえる戦闘音、ミュリオと他の冒険者達が続々と戦闘に入っているようだ。
「大丈夫ですか?」
「うっ、オロロロロロロ……」
め、目が回った……気持ち悪い。
「ぎ、ぎぃぃぃやぁぁぁああ!! め、目の前で吐かないでくださいまし!!」
「ぐへっ、悪い。そのドレス鎧で拭いていい?」
「絶対に嫌です!」
くぅ、中々にダメージを貰った。
ふらつく中、俺はふと後方でかさりと――わずかに立った物音を聞き逃さなかった。
「ん……?」
「楠生さん、わたくしも戦闘に参加しますのですぐに加勢してくださいませ!」
「ああ、すぐ行く……」
その前に、今の物音が気になるな。
もしかしてミュココピッコちゃん、まだ近くにいるんじゃないのか?
音のしたほうへとそっと近づいてみる。
この付近は茂みが多いな……。
茂みをかき分けてみると――
「ブルッ……」
ミュココピッコちゃんだっ!
待て、落ち着け。すぐに確保したいが逃げられたら厄介だ。
「そうだ――最速模写」
何かの役に立つかもと描くものを持ってきておいてよかった。
俺は紙にゼッツェの顔を描いて剣に付けてゆらゆらと揺らした。
「ミュココピッコちゃ~ん……」
「ブルルッ!? ブル~!」
茂みの奥からゆっくりとこちらに近づいてくる。
そっと後退しつつミュココピッコちゃんをこちら側へと引き寄せて――
「ブル~」
「馬鹿めっ! 俺だよ!」
すぐさま飛びついた。
「ブブル!?」
背中に乗ってリボンを引っ張って確保だ。
ゼッツェの紙はもういらんな、くしゃくしゃにして捨てよう。
「ふへへー、こいつぁいい。さあこっちに来い!」
リボンを手綱のようにして、ミュココピッコちゃんを誘導するとした。
乗られると主導権を握られたに等しいのか、ブルブル言いながらブルブル震えて俺に従った。
こうして見ると可愛らしく、見えるには見えるね。
「おーい、ゼッツェー!」
「ぬぅ! き、貴様! ミュココピッコちゃんに乗るなぁ!」
「おいおいそんな口を聞いていいのかなー? あんたの大切なミュココピッコちゃんがどうなるか知らないぞー?」
「くっ……卑怯な……!」
「これも戦略と呼んでほしいもんだねえ! さあさあ降伏しやがれぇー!」
おや。
ゼッツェの大切なペットを人質にとるという作戦は名案なはずなのだが、周りの反応がやけに冷ややかだ。
「……」
「な、なんだよセリシア」
トコトコと歩いてきては、俺をゴミを見るかのような目で見つめていた。
ちょっと~……魔王軍幹部を無力化してるんだよー? もっと褒めてもいいんじゃない?
まあこっちはこっちで畳みかけに入らせていただきましょうか。
「よーしそれじゃあゼッツェ、暴れるのはやめてもらおうか」
ミュリオとは拳と拳の決闘を繰り広げていたようだが、周辺の大木が粉砕されているあたりからして相当な戦闘だったようだ。
周りの冒険者達ももはや近づけずにいる。ミュリオって思った以上に戦闘力あるよな。
「くっ……仕方あるまい……」
「ブルル!」
「あーん? なんだぁミュココピッコちゃーん! 何か文句でもあんのかよー!」
「その子は無害だ、離せ! それにノシイシは討伐対象外なのだろう!?」
「まあ、そうだけどねえ~。でもこいつには個人的に恨みがあるしな~。どうしよっかな~?」
剣の腹でケツをぺしぺし叩いてやると弱々しく鳴きやがる。
……ふへへっ。
「や、やめろぉ!」
「おらおらぁ! 降伏しろってのぉ! ちゃんと正座してぇ! 装備も全て外すんだなぁ! 服も脱げぇ!」
「……」
「な、何だよ文句あっかセリシアぁ! お前らもお前らだぞぉ! この場は俺が制したんだからなぁ! 感謝しやがれぇ! おらぁ! 頭が高いぞ頭が!」
まるで自分が王様になったかのようで気分がいいな!
ミュココピッコちゃんに跨っているから視点が高いのもあって尚更だ。
この際ミュココピッコちゃんの上で立ち上がろう、いいぞこれまた高い視点で見下ろせる! 気分は爽快だ!
「ほらほら、ゼッツェは正座したぞ、お前らもしろやー! 俺に従えやー!」
「……いい加減に、するのですわぁぁぁあ!」
「いぎゃぁぁぁぁぁあ!!」
ケツバット――それは、恐ろしい痛みを招く攻撃。
ミュココピッコちゃんから転がり落ちるや、俺を覆う影に気付き顔を上げるとミュリオが落下地点を予測して待機していた。
「ミュ、ミュリオ……?」
俺の上体を拘束――
「もう一発いきますわよぉぉぉお!」
「ああっ! ちょ、ちょっと待って! ミュリオ、は、離せ! 離――うぎゃぁぁぁぁぁあ!!」
もう一発なんて、嘘じゃないか。
計五発。
俺のケツは死んだ。
「外道な行為はわたくしが許しません!」
「返す」
「あぁっ、そいつを返すなぁあ!」
解放されたミュココピッコちゃんはゼッツェと再会して熱い抱擁を交わしていた。
感動の場面、なのかなあ……。
「うぅ……お前ら、良い奴だな……」
「わたくし達はこのゴミクズとは違いますので。貴方がお話の通じる方と見受けて、どうか一度話し合いをいたしませんか?
「……いいだろう」
「発端はこのゴミクズにあったと思われます。おそらくミュココピッコさんの領域に入って薬草をもりもり採取していたのでしょう。それに激怒したミュココピッコさんが襲い掛かり、このゴミクズとの戦いとなったと」
「ブブル!」
「悪いのはこのゴミクズのようですし、ここは謝罪とゴミクズへのケツバットで一度収めませんか?」
「お、おい! そいつは魔王幹部だぞ!」
「魔王幹部とて、悪者とは限りません。何より街には危害を加えようとはしなかったではありませんか」
ん、ま、まあ……確かに。
でも、騙している可能性だって……あるんじゃないかなあ。
「あたしを野蛮な奴らと一緒にするな。自然とこのような無害の魔物を愛しているし今の魔王の争いを好み武力による勢力拡大の方針には反対している! 何の理由もなく人間を襲いなどしないぞ!」
「だ、騙されるなあ! きっとそいつは人間を油断させるためにそう言ってるだけだぁ!」
「お黙りなさい!」
「あぎゃぁぁぁぁあ!!」
森の中に響くケツバットの音。
どうして……どうして俺は多くの冒険者や魔族の前でこんな醜態を晒さねばならないのだ……。
「それでは先ず、こちらから謝罪とケツバットを送らせていただきます」
「は? 誰が謝罪するかよぉ!」
「ミュリオ、しっかりと押さえていてくださいね」
「承知」
「ふぅー……すぅー」
深い呼吸。
冷や汗が全身から吹き出し、俺はもがいて逃げようとするも――ミュリオの拘束から抜け出せずにいた。
「や、やめ……ちょっと、は、話し合おう!」
「あの方とは話し合いは済みましたけど」
「いやいやいや! 俺との話し合いだよぉ!」
「ゴミクズと話し合う事など何もございません。いきますよ?」
「いかないでぇぇぇぇぇああぁぁぁぁぁあああ駄目駄目駄目ぇぇぇぇえ!! 謝る! 謝るからぁ! ごめんなさいゼッツェさん! ミュココピッコさん!」
拘束されたままではあるが、俺は何度も頭を下げて謝罪を繰り返した。
ほら、ゼッツェさんも若干引いてるじゃない。ここらで終わりにしようよ!
「よくできました。では次はケツバットですね」
「だめぇぇぇえ!! ケツが壊れるからぁああ!!」
「一度くらい壊れても大丈夫ですよ。わたくしは回復魔法が使えますから治せます、安心して壊れてください」
「ああぁぁぁぁあ!!」
「ブルゥ」
「ざまぁみたいに言うんじゃねぇミュココピッコこらぁあ!!」
「――お゛る゛ぁ゛あ゛!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁああああ!!」
俺のケツは死んだ。
きっと今頃女神と会って異世界転生しているに違いない。
さよなら俺のケツ。
それからの事。
セリシアはゼッツェとの話し合いも順調に進み、ゼッツェの怒りは収まりミュココピッコちゃんと山でスローライフを送っているのだとか。
これでまた魔族と繋がっている貴族とかそういう噂が立つんじゃないだろうかと危惧しているのだが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。
ゼッツェは結局大人しく過ごしているようで、ミュココピッコちゃん含む無害の魔物に手を出さない限りは怒りやしないのだとか。
まあ、事の発端は俺なわけでそれは素直に反省しよう。
魔族の中にも、無闇に危害を加えるような奴はいない。
それが証明されたものの、これまで長い年月をかけて構築されてきた魔族の野蛮な印象は中々すぐには払拭などされないであろう。
今も遠くの大陸では魔王が武力による勢力拡大をしており、ゼッツェはそんな魔王と仲違いをしたばかりなんだとか。
是非とも今後もスローライフを続けてもらいたいもんだね。
一通りの騒動が終わり、ギルドに伝えたわけなのだが。
魔王軍幹部を追い返したとあれば報酬もたんまりかと思ったが予想よりも多くはなく、討伐の場合は高額報酬になると聞いて肩を落とした。
ともあれ一連の説明はして、危害を加える心配のない魔族だという事の説明には苦戦したが何とか魔族一人のために山狩りをするといった展開には至らなかった。
セリシアはどうしてこうも魔族側に肩入れするんかねえ。
自分の心が魔族だからかな? ふははっ、かもしれない。
という事で、ここ最近はそんな感じ。
ちなみにあれからカス女神を探したがどこにもいなかった。
次現れたら必ずすっげえー能力を貰ってやるんだからな。早く出てこい女神!
「ゼッツェさんには無害な魔物との暮らし方や山の開拓などを教わりたいものですわね」
「ここに、招待する?」
「それもいいですわね。ミュココピッコちゃんは何を食べるのでしょうか?」
「草?」
「ゼッツェさんにその辺を聞いておきたいですわね」
「けっ、勝手にやっててくれ」
朝食をやや怒り混じりにほおばりながら、俺は水を喉へと流しこんだ。
ここの水は魔力石で浄化されている山の水を使っているから相変わらず美味い。怒りもすっと収まるレベルだぜ。
「あらあら、ご立腹ですの?」
「ウケる」
「ウケんな!」
優雅に食事をする二人は、俺を見てクスクスと笑う。
はー、朝からほんわかいい雰囲気ですねお二人さんは。
こっちは度重なるケツバットで定期的にケツが痛いのによ、まったく。
まあケツが痛いのは俺のせいでもあるんですがね。
朝食を済ませて、俺達は外に出てとりあえず軽く準備体操。
外に出れば大自然へすぐに触れられるというのは、異世界にいるっていう実感を湧かせてくれる。
もうすっかり慣れてきたこの世界も、今では元の世界より居心地はいい。
ケツの心地は悪いのだけれどね。
「さあ、今日も依頼を受けますわよ!」
「えー……少しはゆっくりしようよ~」
「晩御飯は豆粒一個にしますわよ?」
「頑張りましょう!」
くそう……屋敷を追い出されたら生活が苦しくなるのは確実。
ここは従ってやるが……見てろよ、いつか俺が上の立場になってやる!
……って、パーティのリーダーは俺なんだし立場は上のはずなんだが、どうしてこうも扱いが酷いんだろうね。
不思議だなあ。
まあいいか。
とりあえずいつの日かぶいぶい言わせてやるぜ。
魔王討伐はいつになるのかは知らんけど。
「的確にこれまで俺が言われた容姿について言ってくるなよ、泣いちゃうぞこの野郎」
セリシアに視線を送る。
立ち位置を俺の近くへと寄せてくれて、セリシアは他の冒険者達に視線と指で指示を出しているようだった。
配置的に、魔族に対し扇状に展開している。
ミュリオも前へと出て戦闘態勢に入った。
「お前達は本当に群れるのが好きだな人間達よ」
「わたくし達は冒険者としてのランクも高くはないですし、何より魔族のように、魔力をそのまま身体能力向上や魔法力を高める事ができませんので大した力など持っておりません。群れて戦うのがわたくし達の有力な戦い方です」
「非力なものだな人間は。全員まとめてかかってくるがいい!」
ああっ、なんかこんな真剣な雰囲気を纏った戦いになり始めてる!
こういう雰囲気は自分には合わないなあ……。
「――最速模写」
「……何をしている貴様」
「こういう時のために描けるものはある程度持ってきてるんだよね。この盾にちょちょいのちょいっと――」
水ですぐに洗い流せる塗料だ。
黒、赤、青と色も何種類か持っている。
「ぬあぁあ!?」
俺が盾に描いたのはミュココピッコちゃんだ。
よく描けてるだろう? 最速模写ってすごいよなあ、目で見たものをすぐに絵にできるんだから。
「さあ、俺の盾も気合が入ったぞ!」
「き、貴様……!」
俺は盾を向けると、ゼッツェは表情をやや歪めて後ずさりした。
ミュココピッコちゃんと視線を交差しては、優しく抱きかかえている。
「クズですわね」
「クズ戦法」
「そこの二人、うるさいぞ!」
「お、お前の絵が描かれた盾を殴るは……できん……」
「ふふんっそうかあ、いくら魔王軍幹部とはいえそれはできないのか~!」
じりじりと近づいていく。
「ミュココピッコちゃん! 下がっていろ! なあに、あたしの事は気にするな、お前さえ生きてこの森で過ごしてくれればそれでいい」
「……なんか、意外といい人っぽいですわねこの方」
「油断するなよ、なんていったってあの腹筋! やばいだろあれ! 女の持っていい腹筋じゃあないぞ!」
「なんだとぉ!?」
腹筋もそうだが、全身の引き締まった筋肉も見事なものだ。
「さあ、かかってこい!」
その怒声が一つのきっかけとなったのか――先に飛び出したのはミュリオだった。
跳躍し、木と木の間を弾けるように跳ねていき、地上にいる俺達は前へと進む。
先ずはミュリオの攻撃――ゼッツェの拳と拳がぶつかり合い、ミュリオの拳がミシミシ音を立てて、互いに弾ける。
ゼッツェが追撃しようとしたところで、俺は盾を向ける。
「ぐぅ……! 貴様ぁ!」
「へっへー! どうだ! 今度は殴れるかなぁ!?」
「いいや、絵とはいえミュココピッコちゃんを殴る事などあたしには出来ん……!」
「だよなぁ!」
じゃあ俺が攻撃をしてやるぜ……。
剣を振ろうとしたその時、
「だが、貴様は別だ!」
「うぇ!?」
がしっと俺の両足が掴まれた。
両足を引っ張られて、上体が地面へと倒れこむ。
「あいたっ!」
そのまま、ゆっくりと体が時計回りに回っていく。
まさか。
……まさか、まさか!
「うぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁあ!」
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「ミュココピッコちゃんの痛みを知りやがれぇぇぇぇぇえ!」
「いぎゃぁぁぁぁぁぁあ!」
ズリズリズリズリと――上体が地面を削っていく、人間かき氷をされているかのような気分になり、回る遠心力が気持ち悪さを胃のあたりから滲み出されていく。
ふわりとした浮遊感。
そのまま俺は――何処へと投げ飛ばされた。
「おわぁぁぁぁぁあ!」
「ゴミク……楠生さぁぁぁぁぁあん!」
どこへと落下したのか。
気が付けばセリシアが顔を覗かせていた。
安堵の表情を浮かべており、間一髪であったような様子だった。
すぐ近くから聞こえる戦闘音、ミュリオと他の冒険者達が続々と戦闘に入っているようだ。
「大丈夫ですか?」
「うっ、オロロロロロロ……」
め、目が回った……気持ち悪い。
「ぎ、ぎぃぃぃやぁぁぁああ!! め、目の前で吐かないでくださいまし!!」
「ぐへっ、悪い。そのドレス鎧で拭いていい?」
「絶対に嫌です!」
くぅ、中々にダメージを貰った。
ふらつく中、俺はふと後方でかさりと――わずかに立った物音を聞き逃さなかった。
「ん……?」
「楠生さん、わたくしも戦闘に参加しますのですぐに加勢してくださいませ!」
「ああ、すぐ行く……」
その前に、今の物音が気になるな。
もしかしてミュココピッコちゃん、まだ近くにいるんじゃないのか?
音のしたほうへとそっと近づいてみる。
この付近は茂みが多いな……。
茂みをかき分けてみると――
「ブルッ……」
ミュココピッコちゃんだっ!
待て、落ち着け。すぐに確保したいが逃げられたら厄介だ。
「そうだ――最速模写」
何かの役に立つかもと描くものを持ってきておいてよかった。
俺は紙にゼッツェの顔を描いて剣に付けてゆらゆらと揺らした。
「ミュココピッコちゃ~ん……」
「ブルルッ!? ブル~!」
茂みの奥からゆっくりとこちらに近づいてくる。
そっと後退しつつミュココピッコちゃんをこちら側へと引き寄せて――
「ブル~」
「馬鹿めっ! 俺だよ!」
すぐさま飛びついた。
「ブブル!?」
背中に乗ってリボンを引っ張って確保だ。
ゼッツェの紙はもういらんな、くしゃくしゃにして捨てよう。
「ふへへー、こいつぁいい。さあこっちに来い!」
リボンを手綱のようにして、ミュココピッコちゃんを誘導するとした。
乗られると主導権を握られたに等しいのか、ブルブル言いながらブルブル震えて俺に従った。
こうして見ると可愛らしく、見えるには見えるね。
「おーい、ゼッツェー!」
「ぬぅ! き、貴様! ミュココピッコちゃんに乗るなぁ!」
「おいおいそんな口を聞いていいのかなー? あんたの大切なミュココピッコちゃんがどうなるか知らないぞー?」
「くっ……卑怯な……!」
「これも戦略と呼んでほしいもんだねえ! さあさあ降伏しやがれぇー!」
おや。
ゼッツェの大切なペットを人質にとるという作戦は名案なはずなのだが、周りの反応がやけに冷ややかだ。
「……」
「な、なんだよセリシア」
トコトコと歩いてきては、俺をゴミを見るかのような目で見つめていた。
ちょっと~……魔王軍幹部を無力化してるんだよー? もっと褒めてもいいんじゃない?
まあこっちはこっちで畳みかけに入らせていただきましょうか。
「よーしそれじゃあゼッツェ、暴れるのはやめてもらおうか」
ミュリオとは拳と拳の決闘を繰り広げていたようだが、周辺の大木が粉砕されているあたりからして相当な戦闘だったようだ。
周りの冒険者達ももはや近づけずにいる。ミュリオって思った以上に戦闘力あるよな。
「くっ……仕方あるまい……」
「ブルル!」
「あーん? なんだぁミュココピッコちゃーん! 何か文句でもあんのかよー!」
「その子は無害だ、離せ! それにノシイシは討伐対象外なのだろう!?」
「まあ、そうだけどねえ~。でもこいつには個人的に恨みがあるしな~。どうしよっかな~?」
剣の腹でケツをぺしぺし叩いてやると弱々しく鳴きやがる。
……ふへへっ。
「や、やめろぉ!」
「おらおらぁ! 降伏しろってのぉ! ちゃんと正座してぇ! 装備も全て外すんだなぁ! 服も脱げぇ!」
「……」
「な、何だよ文句あっかセリシアぁ! お前らもお前らだぞぉ! この場は俺が制したんだからなぁ! 感謝しやがれぇ! おらぁ! 頭が高いぞ頭が!」
まるで自分が王様になったかのようで気分がいいな!
ミュココピッコちゃんに跨っているから視点が高いのもあって尚更だ。
この際ミュココピッコちゃんの上で立ち上がろう、いいぞこれまた高い視点で見下ろせる! 気分は爽快だ!
「ほらほら、ゼッツェは正座したぞ、お前らもしろやー! 俺に従えやー!」
「……いい加減に、するのですわぁぁぁあ!」
「いぎゃぁぁぁぁぁあ!!」
ケツバット――それは、恐ろしい痛みを招く攻撃。
ミュココピッコちゃんから転がり落ちるや、俺を覆う影に気付き顔を上げるとミュリオが落下地点を予測して待機していた。
「ミュ、ミュリオ……?」
俺の上体を拘束――
「もう一発いきますわよぉぉぉお!」
「ああっ! ちょ、ちょっと待って! ミュリオ、は、離せ! 離――うぎゃぁぁぁぁぁあ!!」
もう一発なんて、嘘じゃないか。
計五発。
俺のケツは死んだ。
「外道な行為はわたくしが許しません!」
「返す」
「あぁっ、そいつを返すなぁあ!」
解放されたミュココピッコちゃんはゼッツェと再会して熱い抱擁を交わしていた。
感動の場面、なのかなあ……。
「うぅ……お前ら、良い奴だな……」
「わたくし達はこのゴミクズとは違いますので。貴方がお話の通じる方と見受けて、どうか一度話し合いをいたしませんか?
「……いいだろう」
「発端はこのゴミクズにあったと思われます。おそらくミュココピッコさんの領域に入って薬草をもりもり採取していたのでしょう。それに激怒したミュココピッコさんが襲い掛かり、このゴミクズとの戦いとなったと」
「ブブル!」
「悪いのはこのゴミクズのようですし、ここは謝罪とゴミクズへのケツバットで一度収めませんか?」
「お、おい! そいつは魔王幹部だぞ!」
「魔王幹部とて、悪者とは限りません。何より街には危害を加えようとはしなかったではありませんか」
ん、ま、まあ……確かに。
でも、騙している可能性だって……あるんじゃないかなあ。
「あたしを野蛮な奴らと一緒にするな。自然とこのような無害の魔物を愛しているし今の魔王の争いを好み武力による勢力拡大の方針には反対している! 何の理由もなく人間を襲いなどしないぞ!」
「だ、騙されるなあ! きっとそいつは人間を油断させるためにそう言ってるだけだぁ!」
「お黙りなさい!」
「あぎゃぁぁぁぁあ!!」
森の中に響くケツバットの音。
どうして……どうして俺は多くの冒険者や魔族の前でこんな醜態を晒さねばならないのだ……。
「それでは先ず、こちらから謝罪とケツバットを送らせていただきます」
「は? 誰が謝罪するかよぉ!」
「ミュリオ、しっかりと押さえていてくださいね」
「承知」
「ふぅー……すぅー」
深い呼吸。
冷や汗が全身から吹き出し、俺はもがいて逃げようとするも――ミュリオの拘束から抜け出せずにいた。
「や、やめ……ちょっと、は、話し合おう!」
「あの方とは話し合いは済みましたけど」
「いやいやいや! 俺との話し合いだよぉ!」
「ゴミクズと話し合う事など何もございません。いきますよ?」
「いかないでぇぇぇぇぇああぁぁぁぁぁあああ駄目駄目駄目ぇぇぇぇえ!! 謝る! 謝るからぁ! ごめんなさいゼッツェさん! ミュココピッコさん!」
拘束されたままではあるが、俺は何度も頭を下げて謝罪を繰り返した。
ほら、ゼッツェさんも若干引いてるじゃない。ここらで終わりにしようよ!
「よくできました。では次はケツバットですね」
「だめぇぇぇえ!! ケツが壊れるからぁああ!!」
「一度くらい壊れても大丈夫ですよ。わたくしは回復魔法が使えますから治せます、安心して壊れてください」
「ああぁぁぁぁあ!!」
「ブルゥ」
「ざまぁみたいに言うんじゃねぇミュココピッコこらぁあ!!」
「――お゛る゛ぁ゛あ゛!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁああああ!!」
俺のケツは死んだ。
きっと今頃女神と会って異世界転生しているに違いない。
さよなら俺のケツ。
それからの事。
セリシアはゼッツェとの話し合いも順調に進み、ゼッツェの怒りは収まりミュココピッコちゃんと山でスローライフを送っているのだとか。
これでまた魔族と繋がっている貴族とかそういう噂が立つんじゃないだろうかと危惧しているのだが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。
ゼッツェは結局大人しく過ごしているようで、ミュココピッコちゃん含む無害の魔物に手を出さない限りは怒りやしないのだとか。
まあ、事の発端は俺なわけでそれは素直に反省しよう。
魔族の中にも、無闇に危害を加えるような奴はいない。
それが証明されたものの、これまで長い年月をかけて構築されてきた魔族の野蛮な印象は中々すぐには払拭などされないであろう。
今も遠くの大陸では魔王が武力による勢力拡大をしており、ゼッツェはそんな魔王と仲違いをしたばかりなんだとか。
是非とも今後もスローライフを続けてもらいたいもんだね。
一通りの騒動が終わり、ギルドに伝えたわけなのだが。
魔王軍幹部を追い返したとあれば報酬もたんまりかと思ったが予想よりも多くはなく、討伐の場合は高額報酬になると聞いて肩を落とした。
ともあれ一連の説明はして、危害を加える心配のない魔族だという事の説明には苦戦したが何とか魔族一人のために山狩りをするといった展開には至らなかった。
セリシアはどうしてこうも魔族側に肩入れするんかねえ。
自分の心が魔族だからかな? ふははっ、かもしれない。
という事で、ここ最近はそんな感じ。
ちなみにあれからカス女神を探したがどこにもいなかった。
次現れたら必ずすっげえー能力を貰ってやるんだからな。早く出てこい女神!
「ゼッツェさんには無害な魔物との暮らし方や山の開拓などを教わりたいものですわね」
「ここに、招待する?」
「それもいいですわね。ミュココピッコちゃんは何を食べるのでしょうか?」
「草?」
「ゼッツェさんにその辺を聞いておきたいですわね」
「けっ、勝手にやっててくれ」
朝食をやや怒り混じりにほおばりながら、俺は水を喉へと流しこんだ。
ここの水は魔力石で浄化されている山の水を使っているから相変わらず美味い。怒りもすっと収まるレベルだぜ。
「あらあら、ご立腹ですの?」
「ウケる」
「ウケんな!」
優雅に食事をする二人は、俺を見てクスクスと笑う。
はー、朝からほんわかいい雰囲気ですねお二人さんは。
こっちは度重なるケツバットで定期的にケツが痛いのによ、まったく。
まあケツが痛いのは俺のせいでもあるんですがね。
朝食を済ませて、俺達は外に出てとりあえず軽く準備体操。
外に出れば大自然へすぐに触れられるというのは、異世界にいるっていう実感を湧かせてくれる。
もうすっかり慣れてきたこの世界も、今では元の世界より居心地はいい。
ケツの心地は悪いのだけれどね。
「さあ、今日も依頼を受けますわよ!」
「えー……少しはゆっくりしようよ~」
「晩御飯は豆粒一個にしますわよ?」
「頑張りましょう!」
くそう……屋敷を追い出されたら生活が苦しくなるのは確実。
ここは従ってやるが……見てろよ、いつか俺が上の立場になってやる!
……って、パーティのリーダーは俺なんだし立場は上のはずなんだが、どうしてこうも扱いが酷いんだろうね。
不思議だなあ。
まあいいか。
とりあえずいつの日かぶいぶい言わせてやるぜ。
魔王討伐はいつになるのかは知らんけど。
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