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第21話.どうしてか俺のほうが傷ついちゃったよ
しおりを挟む「状況はどうなっておりますの?」
「この先で魔族が暴れてるんだ……。なんでも自分のペットを痛めつけた奴がいるって怒鳴り散らしていて……」
「魔族が街へ来る事を防いでいるが、手ごわい奴でな……手が付けられん」
前線では相当激しい戦闘が繰り広げられているようだ。
今もまた、奥から逃げるようにして冒険者達がやってきた。
北区ギルドの人達だ。各々の強面は弱々しく歪んでいる。
「ペットを痛めつけた奴ねえ……?」
「そいつを出せとわめいているんだが、もういっそそいつを見つけて差し出したほうが事は収まるんじゃないかな」
「でもどんな方かも分かりませんしね……」
「とりあえず行ってみるか」
道から少し外れた場所――森の中へと入っていく。
木々がいくつも折られており、これが魔族によるものであるならば相当な力を持っているはず。
相手にしたくねぇ……。
それになんだか嫌な予感がするんだよなあ。
「なあ、魔族が手に負えなかったらどうする?」
「死闘、上等」
闘志を燃やすミュリオは、肩をぐるんぐるん回しながら先を行く。
心強いよ、君の後ろについていていいかな?
「負傷者の方ですわね? こちらの方向に冒険者や私の執事がおりますので、治療を受けてくださいませ。重症の方は私が回復魔法をかけますのでお気軽のお声をおかけくださー」
そしてセリシアは高ランク冒険者かのようなテキパキとした指示と誘導をしていく。
こいつら、まだ俺と同じEランクだよなあ?
俺も何かしたほうがいいかな。
「お嬢さん、大丈――」
「大丈夫です。それ以上近づかないでください、一人で歩けますので」
「どうしてか俺のほうが傷ついちゃったよ」
心がね。
回復魔法が必要なくらい傷ついちゃったよね。
セリシアとミュリオが俺について話していたために、悪い評判が流布され始めている。
これはいけないよ、これはいけない。
ここで魔族をしっかりと追い返して汚名返上といこうじゃないの。
俺は剣を抜いて戦闘体勢に入るとした。
「――あたしのペットを苛めた冒険者を出せー!」
怒声が鼓膜を震わせた。
女性の魔族か……ちょっと楽しみになってきたぞ?
でも警戒心は保っておかなくちゃな。セリシアから買ってもらった盾もちゃんと構えておこう。
「あれか……」
「そのようですわね」
「角生えてる、羊みたいな」
三人で見つめる先には、大男を軽々と持ち上げては怒声をまき散らしている大女がいた。
お腹が丸見えの、肌の露出が高い装備だ。
うわーおと思わず声を上げたものの、六つに割れた見事な腹筋が高揚からちょっとした恐怖に移り変わっていく。
「どうしようか」
「やるしかないですわね」
「灰肌、岩みたいな」
大男が投げ飛ばされ、魔族は怒り心頭にすぐそばの木へ拳をぶつける。
大木がこれでもかというくらいに揺れ、拳の跡がくっきりと残っていた。あれに殴られたらきっとこの世とおさらばだ。
「あたしの可愛いミュココピッコちゃ~ん……」
「ブッブル……」
すると魔族の後ろから現れたのは――ノシイシだ。
あの、リボンを付けた……ノシイシだった。
魔族はわしゃわしゃとノシイシことミュココピッコを撫でまわし、ブルブルッブル鳴きながらミュココピッコは魔族に頭をすりすりしていた。
「あれは……」
なんだい君達。
どうして二人して俺を見てくるんだよ、やめろよ。察されたら困るだろ。
「お尻が痛い痛いだね~、こんな目に遭わせた冒険者を同じ目に遭わせてあげるからね~待っててね~」
あの拳が俺のケツに放たれたらケツが爆発してしまうわ!
くぅ……ここは俺に敵意を向けられたらまずい……みんなで協力して戦おうじゃないの。
「おおっ、援軍か! 助かったよ……。奴のペットを苛めた冒険者を差し出せば一応事態は収拾できそうなんだがな……」
「街にまで辿り着かれて暴れられたら被害は甚大だ! 何とかここで食い止めよう!」
ライズとファトマもやってきた。
応戦はしたもののすぐに戻ってきたようだ。
「くそー、怒ってやがるなー! 手がつけられねぇよ」
「魔物とはいエ、ペットを痛めつけて追い回した冒険者がいるテ……とんでもナイ冒険者ヨー」
「ノシイシは魔物の中でも大人しいから討伐対象に入らないし“テリトリーに入ったり”、“薬草を根こそぎ取ろうと”しない限り襲ってこないはずなんだよな……」
「困ったネェ」
ん……? 薬草?
そういえば、薬草を採取の依頼……結構、たくさん採っちゃったような。
「……」
「……」
「二人とも、そんな目で見ないで!」
疑いの目が向けられている。
どうしよう、この事態を招いたのはおそらく……。
いや、おそらくなんて言葉をつける必要はない。
確実に、俺が原因だ。
「犯人を差し出せば問題は解決するようですわね」
「そのようだね」
「実はわたくし、犯人に見当がついてますのよ」
「セリシアさん、もう少しじっくり考えてみたらどうだね?」
「謎は全て……解けた」
「ミュリオさん、解いちゃいけない謎も実はあるんだよ?」
さりげなく俺は木陰へと移動した。
ノシイシに見られたら絶対に気付かれる。
「ブル……」
「んん? どうしたのミュココピッコちゃん! すんすん匂いを嗅いでるね! 憎き冒険者の匂いがするの!?」
あっ! あいつ……! 俺の匂いを覚えてやがったのか!
くっ……この場から逃げたほうがいいかもしれない。
「二人とも。ここは作戦を練るべく一旦退こう」
「退くより貴方が前に出れば良いのではなくって?」
「行け、楠生」
「くぅーん……」
二人に引っ張り出され、俺は魔族とミュココピッコちゃんの前へと押し出された。
「ブッブブル!!」
「ミュココピッコちゃん! こいつなの!?」
「ブブル!!」
こいつ!! みたいな感じで鳴くなこの野郎。
「ど、どうも~……」
「お前か!」
「いえ、こいつです!」
すかさず俺はセリシアを指差した。
「おいゴミクズ……」
「……」
知らんぷりしとこ。
これでうまく敵意をこいつに寄せられればいいんだが。
「ブブル!」
くそっ、ミュココピッコめ……。
懸命に首を横に振って違うと伝えてやがる、意外としっかり意思疎通できやがるな。
「違うっぽいぞおい! てめぇ……嘘をつくんじゃあねえ!」
「くっ、ばれたか……」
「ふんっ! 名乗らせてもらおう! あたしは魔王軍幹部が一人、ゼッツェ・ピッコ様だ!」
魔王軍幹部と聞いて、周囲の冒険者達がざわついた。
女性でありながらも大男を軽々と持ち上げ投げ飛ばす腕力、拳の痕をくっきりとつけるほどの攻撃力――魔王軍幹部であるのならば、納得の力だ。
果たしてこの場に集まっている冒険者達でこいつを食い止める事はできるのだろうか。
「こ、古見楠生です」
先ずはご挨拶をしておこう。
相手への第一印象はとても大事だ。
「ゴミクズ男?」
「違うわい!」
「いいえ、合ってますわ」
「合ってないよー? セリシアちゃーん! 合ってないよねぇ!!」
人間性を指しているのであれば合っているんだけど。
「ウケる」
「ウケんな!」
セリシアとミュリオは軽く挨拶をしては、じりじりと俺から距離を取っていった。
おいおい仲間だろう? どうして離れるのさ。
「貴様があたしの可愛い可愛いミュココピッコちゃんを苛めた張本人で間違いないな……?」
「苛めたというか……先に仕掛けてきたのはそっちのほうで……」
「でもこの方、その後もミュココピッコさんを見つけては追っかけまわしてましたわ」
「揺るがぬ事実」
「おーい!! なーに告げ口しとんじゃあ!!」
「ほほう……?」
ゼッツェは指の骨を鳴らしては敵意を剥き出しにしてくる。
くそう、こうなるなら女神にとりあえず最強の能力を一つは貰っておくべきだった……。
盾を構えるも、何とも心もとない。
「貴様を痛い目に遭わせなきゃあ気が済まん。さあ、覚悟しろ!」
「待て待て待ってぇ!! そ、その、話し合いくらいしようよ!」
「話し合いだと? ふんっ、そんなもの……不要だ!」
ゼッツェは構えて上体を沈めるや、一瞬にして距離を縮めてくる。
なんとか反応して盾を向けるも――衝撃が盾を貫き俺は弾き飛ばされた。
「ぐぁっ!」
「楠生さん!」
「死んだ?」
「生きてるよぉ……! 受け止めてくれてありがとねぇ……」
咄嗟にミュリオが後方に回ってくれていたおかげで大木に叩きつけられる事は避けられたが、一発でこれか……。
これ――というのは。
盾には、大きな凹みが出来ていたのだ。
「お、俺の盾が……」
「わたくしが買ってあげた盾ですけどね」
「俺の盾には違いないの! おお、痛ぇ……」
左手も痺れが残っている。
相当な攻撃力だな……生身で受けていたら骨なんて容易く折れていただろう。
「貸して」
「えっ、なんとかなるの?」
「せいっ」
するとミュリオは盾の裏側を強引に叩いた。
「うぉい!?」
「マシになった」
「ま、マシになったけれども……!」
盾を返してもらったが前後から叩かれたおかげで、本来はなめらかな曲線を描いていた面はやや不自然に平べったくなってしまった。
もうちょっと後ろから叩いてやれば表面の曲線は戻るのだろうが、腕力に任せるよりなら鍛冶屋に後で持っていったほうがいい。
「楠生、どうやら原因はお前らしいし、あとは任せたぞ!」
「先帰るヨゥ。ライズ、一杯やるネ」
「おうよファトマ!」
ライズとファトマは、今の戦闘を見ては踵を返していた。
「あ、お、おい! こらぁ! 戻ってこーい! それでも冒険者かお前らぁ!」
なんちゅー奴らだ。
笑顔で手を振ってそそくさと立ち去ってしまった。
少しくらい協力してくれてもいいだろうに、なんて非情な奴らだ! 生きて帰ったら覚えてろよ!
つーか冒険者としての矜持はないのかねあいつらは……。
ここにいる冒険者達を見習えよ……ん? なんかみんな見てくるな。
なんだよ。行け行けって。
責任を取れってか? そんな無茶な……。
見てよこの盾、一発でこれだよ? 拳の判子貰っちゃったよ。
仕方がない、やるっきゃないか。
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