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第17話.女は怖いヨォ

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 ――某所にて。

「うぅん……やはり何の能力もなしに送り出してしまったのは、女神として駄目ですよね……」

 女神トリウィアはそんな事をぽつりと呟いては小さなため息をついた。
 ついでに流れ作業のように、別の異世界へと行く事が決まった者を送り出す。
 この方は転移ではなく転生の手続きをし、今後は賢者の孫になる予定である。
 じっくりと話し合って異世界で生きられるようきちんと能力を授けて笑顔で見送る。
 女神としての仕事は、そういうものであって――古見楠生との乱闘の末に喧嘩別れのような送り方は、本来は褒められた仕事ではないのだ。
 その後、上司に報告して何故か褒められてしまったトリウィアだが、良心の呵責が未だに心の中に居座ってしまっていた。

「たとえゴミクズであっても……何か能力の一つくらいはあげないといけませんね……」

 しかしこちらの仕事もある。
 女神の中でも貧乳ではあるが仕事はできるトリウィアは、続々と次なる転生者をスライムとして送り出したり、奇を衒って蜘蛛として送り出したり、能力を平均値にして送ってあげたりと一つ一つ丁寧な仕事をこなしていった。
 程よく時間が空き、さて――と古見楠生を送った世界を、出現させた水晶から覗き見る。
 平和な世界に見えて、魔族や様々な種族の争いが絶えない世界――ノリアル。
 転生者や転移者はそんな世界に変化をもたらすにはちょうどいい調味料のようなものなのだ。
 しかしあまりにも強力な力を持つとその者の存在自体が脅威とされてしまったり、世界のバランスが崩れてしまったりするためにこれまた難しいものである。
 魔王を倒す者が魔王となる連鎖も、過去に何回かあった。
 古見楠生がそうなる可能性は高い、本当に高い。
 何か一つ突出する程度の強さが丁度いいのだが……。

「古見楠生のいる街は――この街、ですか。いい街ですね」

 彼の居場所も水晶を覗けばすぐに見つけられる。
 一度、視線を外してポケットからスマートフォンを取り出した。

「異世界にスマートフォンを持っていった方がおりましたが、そのおかげで私達もスマートフォンでやり取りするようになったおかげで連絡をとるのが楽になりましたわ」

 電話を掛ける。
 電波とかそういったものはどうなっているのかという質問があったとして、それに対してはまあ神様の力が働いているんですというわけで。

『もしもし、神です』

 渋い男性の声が電話越しに伝わってくる。
 想像主たらん、神々しさすら感じる声だ。

「あ、女神のトリウィアです。お疲れ様です、今お時間はよろしいでしょうか?」
『大丈夫だよ~』
「そのですね。古見楠生の件なのですが」
『誰だっけ』

 神は数えきれないほどの生命を常に見てきている。
 人間一人の事など、一々覚えてはいない。分かってはいたトリウィアは説明するとした。

「この前のゴミクズです」
『あ~……あれね』

 埋もれた記憶を簡単な言葉で容易く取り出せるとは何とも便利なものか。
 神様がまた古見楠生について忘れてしまってもきっとゴミクズという言葉を使えばすぐに思い出せるであろう。

「やっぱり私、能力を授けに行こうかと思いまして」
『え~……本当にぃ? 君は優しすぎじゃないかなぁ』
「きっと反省をしているでしょうし、それに魔王を倒すにはやはり何かしら特別な能力がなければ難しいと思います」
『転生者か転移者を新たにその世界へ送ればいいんじゃない?』
「はい。それもよろしいかと思いましたが……世界の数は数多。ノリアルだけにその者達が偏るのも、いかがなものかと思いまして」
『確かにそうだねえ。それじゃあ……行ってくる?』
「よろしければ」

 意外とすんなり話が進んだ。
 トリウィアはそんなゴミクズに構うなと一蹴されるかと思ったのだが、神はやはり寛大だ。

『分かった、許可しよう。長居はしないようにね。君の仕事は一旦別の子に任せておくよ』
「ありがとうございます。一通り終えたら報告いたします。それでは失礼します」

 通話を終えて、トリウィアは早速ノリアルへ行く準備を始める。
 といっても、何か用意するという事もなく、ノリアルへの通を開けるだけなのだが。

「反省していればいいのですけど……」

 また醜い争いを繰り広げてしまうのではないだろうか。
 そんな不安があるものの、既に行くと決めたのだから、と彼女は両手を広げて――ノリアルへの通を開いた。




 お嬢様と、仮面少女といったパーティ。
 最初は不安ではあったけれどもなんだかんだで依頼のほうはちゃんとこなせている。
 今のところは、とつけるべきではあろうが。
 魔力石採掘、魔物退治、薬草採取に商人護衛。
 これらがここ一週間でこなした依頼だ。ちゃんと全部やり遂げて、報酬も受け取った。
 報酬の八割は俺の手元に入るのでお金も着実に貯まってきているし何よりセリシアの屋敷に居候させてもらっているので宿泊費や食費がかからないのが大きい。
 まあ少しくらいは払ったほうがいいと思いセリシアには言ったのだが、金よりならば労働力で返せという事で、パーティのリーダーとして頑張ってみますか~なんて、考えていたり。
 二人はすっかり北区ギルドに馴染んだようで、今では他の冒険者とわいわい談笑している。
 俺はというと、まあ一人二人、話し相手が増えたくらいかな。
 流石に二人の社交性は――特にセリシアの誰とでも抵抗なく接していっていつの間にか仲良くなるような、本当に人付き合いのうまさには敵わない。
 今日は午前中に魔物退治の依頼を終えて、午後は休養を兼ねて情報収集となったので、俺は遠目に二人が話をしているのを眺めながらしゅわーっとした飲み物を頂いている。

「おぅ、昼間っから飲んでるとはいいもんだねえ」
「今日はもう依頼を受けないからいいのさ」

 最近仲良くなった冒険者二人が席についてきた。
 ライズとファトマ。
 二人が冒険者になったのは一年前らしい、ライズは主に魔物退治の依頼を受けているのでガタイがよく、戦闘経験も豊富だ。
 二人はそれぞれ別のパーティで、依頼を受ける時間がほぼ同じであるために休憩も大体よく顔を合わせるために気が付いたら仲良くなっていたんだとか。
 俺もちょいちょい最近は顔を合わせていくうちに話し相手の仲間入りを果たした。
 しかしライズはいい筋肉していますなあ、セヴィンのパーティにいた筋肉達磨ほどではないけれどね。
 あいつは異常だ、異常筋肉だ。
 元気にしてるかなあ、元気にしてるだろうな、うん。

「二人も今日はもう終わり?」
「ああ、一杯飲むかな」
「俺も飲むヨゥ」

 エルフのファトマは発音がやや覚束ない。
 聞けば西大陸の更に奥地の出身らしく、他のエルフ種と違って様々な文化を取り入れた独自の種族として長年細々と生きていたようで、世界的に基本となっているアルヴ教を信仰しておらずこれまた独自の宗教を信仰しているという。
 一日数回祈りを捧げる、場所を問わずに。
 世界を知りたいと旅をしていたようだが飽きて今はこの街で生活しているとの事。基本的に、マイペースな奴だ。
 背がちっこいくせに酒豪なもんで、乾杯して一口目で早速ジョッキを飲み終えておかわりをしていた。
 その小さい体には酒袋でも収納されているのではなかろうか。

「ここのギルドはいいよな、酒場と兼用だからすぐに酒が飲める」
「……おかげで、自堕落な奴らが多いようなギルドに見えちまうがな」
「実際自堕落だから仕方がないネェ」

 否定できない。
 中には午前だけ依頼を受けて午後はいつも酒を飲んでその日暮らしの酒浸り生活をしているような奴だっている。

「お前さんのパーティは順調かい?」
「それなりにね」
「最初はちょっと驚いたぜ。あのお嬢様ってよぉ……山の屋敷に住んでる子だろう?」
「ああ、そうだけどそれが?」
「魔族と繋がってるだとか屋敷で実験をしているだとか、噂話は絶えないからさ……」
「そういうのは全然ないよ。ただ、人をいたぶるのが好きで性格はいいと言えない冷徹貴族なだけで――」

 するとその時、何処からともなく飛んできたナイフがテーブルに突き刺さった。
 ビィィィン、と小刻みに揺れるナイフを三人で見つめて、固まる。
 飛んできた方向――ゆっくりとそちらを向くと、セリシアが冷たい微笑を浮かべていた。
 距離は十分にあるはずなんだが、どうやら会話を聞かれちまったようだ。地獄耳ですな、下手な事は言わないほうがよさそうだ。

「僕はセリシアさんという素敵な女性と出会えてとても幸せを感じてますよ。と、兎に角魔族云々の噂話は嘘なんで!」
「そ、そうか~……」
「女は怖いヨォ。あれは、怒らせたら駄目な子ネェ」

 うん、それは身に染みて味わっているから大丈夫だ。

「怖いといえば、最近魔族の噂聞いたヨォ」
「魔族だって?」
「そうー。ザリナス山の近くに出たテェ、怖いヨネェ」
「ザリナス山にだって? すぐ近くじゃないか……」
「おいおい大丈夫かよ。楠生達の屋敷も山のほうだろう?」
「ああ、魔族か……。流石に出会ったら、やばいよな?」

 魔族は今のところ噂話でしか耳にしていない。
 翼が生えてるだの。
 角が生えてるだの。
 灰色の肌だの、赤目だの。
 それらの噂をすべて合成して、想像してみると――少なくとも見た目からして畏怖を抱かざるを得ない。
 そんなのが近くに、それもザリナス山で目撃されたとなると、不安になってくるな。
 この気持ちを例えるならば、そう、熊の目撃情報が出た時のような感じ! ばあちゃんの家は田舎だったから遊びに行った時に近所でたまに聞いたなあ。

「やばいってもんじゃあないだろ、魔族だぜ魔族!」
「豊富な魔力、強大な力、目的は勢力拡大ネ?」
「んーしかしハズィーリを支配下において何か得でもあるのかねえ。ここは冒険者が集まるってだけでこれといった特徴なんかない街だぜ」
「他に何か目的でもあるのかな」
「どうだろうな。魔族の考えは分からんぜ」
「まあ……今後どうなろうと」
「とりあえず飲むネェ」
「違いねぇ」

 三人でまた乾杯した。
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