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第10話.なんか俺の配属先が既に決まってません?
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馬車に揺られて数分後。
森の中にひっそりと佇むその屋敷は高い塀に囲まれており、多くの使用人が馬車を迎えていた。
ハズィーリの街並みを眺めていた時に見かけた北側の山にあった屋敷がここだったようだ。
間近で見ても、やはり大きい……。映画でたまに出てくる屋敷を更に立派にしたかのようだ。圧倒されてしまう。
奥には馬小屋と牛小屋が見える、あそこに運ばないだろうな。
横になって体を少し休めたのもあって、歩ける程度には回復した。
「はぁ……なんだか、すごいね……」
あふれ出る名家感、貴族感、金持ち感。
屋敷の中へと案内されてちょっとした安堵を得つつ、周囲を見回す。
「父はワイン農業や魔力石鉱業で稼いでまして。いわゆる勝ち組ってやつですの」
「へーそりゃあすごい」
鼻高々に、そう語る。
自分で勝ち組とか言っちゃうとはねえ……。まあ実際勝ち組なのだから別に何も言わんが。
「ご挨拶しないとな……」
「現在は父も母も、隣国でお仕事をなされてますので不在ですわ」
「そうなんだ、大丈夫なの?」
「何がですの?」
「だって、いくら怪我人とはいっても見ず知らずの人を屋敷に入れるなんてさ……」
「雑魚なら問題ないですわ」
「くぅーん……」
強くなりたい!
案内された広間はこれまた高い天井の開放感ある空間で、吊るされているシャンデリアはいくつもの装飾品によって膨らんでいた。
質屋に持っていったら一体いくらするのだろう。
「セリシア」
「ん、何?」
ミュリオは首を傾げて小さく左右に揺れていた。
仕草は、一つ一つが可愛らしい。小動物のようで。
それに比べてセリシアは全体的に柔らかな仕草ではあるものの、扇子を自分の口元を隠していたり、人をまるで路傍の石でも見るかのような目で見るあたりからして、まったく可愛らしくない!
「セリシアは回復魔法が使えるはず」
「ええ、ですがそれは人に対して使うものなの」
「おーい、俺は人間だよー?」
見て見てー。
それも怪我人なんだよー。
回復魔法があるならどうして使ってくれないのかなー?
「それは冗談で」
「だったら早く回復魔法使ってよ……」
「回復魔法に頼ると個人の回復力が低下してしまいますし、何より近くに魔物がいた場合魔力を感知されて襲われる可能性を考えるとあの場ですぐに魔法を使うという処置は適切ではないですわ」
「あ~そういう事ね……」
じゃあもう場所も移動したし安心だね。
早速回復魔法を使ってもらおうじゃないの。
「打撲は回復魔法をしてさしあげますが、軽い擦り傷程度はご自身の回復力にお頼りください」
「えーケチ」
「あ?」
「いえ、なんでもございません」
セヴィンもそういった話をなんだかしていた気がする。
Sランクパーティとなると怪我もあまりしないものだからこういう場面は早々訪れなかったんだよな。
「では――お願いしますセリシア様と仰って?」
「は?」
「頼む態度っていうものがございますでしょう?」
な、舐め腐りやがってぇぇえ……!
「ほら、頭を下げて?」
ぐぅ……腰も痛いってのに頭を下げたら腰への負担が……だけど回復魔法をかけてもらえればこの痛みからも解放される……。
やむを得ん……俺は素直に頭を下げた。
「お、お願いします、セリシア様」
「は? なんて?」
「こ、こいつ……!」
聞こえない振りをした上にすっとぼけたアホ面を浮かべてやがる!
お嬢様のやる事かよ! ああ分かった、こいつは悪徳令嬢だな!?
「お願いします! セリシア様ぁ!」
「仕方ないですわね~。じゃあそこのソファにお座りになって?」
セリシアは小さなため息をついて、面倒くさそうに俺に手を向けた。
「――治再生癒」
体が淡い光に包まれるや、痛みが徐々に引いていくのを感じた。
回復魔法、すごいな……。彼女の魔法技術そのものも高いのかもしれない。
それからはセバスさんが救急箱を持ってきて軽い擦り傷の手当てをしてくれてようやくして俺は満身創痍から脱する事ができた。
「まだ無理は禁物でございますぞ。念のために今日明日はここで安静にしたほうがよろしいでしょう」
「ありがとうございますぅ……」
セバスさんの優しさには涙が出るよ。
この悪役令嬢と仮面少女にも言ってやってくれないですかね、もっと俺に優しくしろって。
「ま、ここまでするのですからそれなりの礼はしてもらいますわよ」
「分かった、今晩添い寝をしよう……」
「罰ゲームを求めてるんじゃあないんですのよ」
「そう照れなくても」
「セバス、この方を牛小屋へ」
「ごめんなさい!」
一先ず部屋には案内してくれるようで、セバスさんについていくとした。
それにしても広い屋敷だ、主にセリシアとミュリオしか使ってないというものだから驚きだね。これじゃあすっかり持て余してしまうだろうよ。
部屋は誰も使わないとすぐに埃まみれになるし使用人の掃除が大変そうだ。
「こちらの部屋をお使いください、浴室もございますので、ご利用の際はお申し付けください」
「ど、どうも……です」
案内された部屋は……これまた、広いな。
ベッドもダブルベッドくらいのサイズだ、寝心地は良さそう。
「お嬢様はよく冒険者や旅人を見つけてはこの屋敷に招待するのが趣味でございまして」
「そうなんですか……」
「中には使用人として残っている者もおります。実は私も昔、お嬢様に拾われて今ではすっかり執事ですよ」
「じゃあ俺も使用人として雇ってもらおうかな」
「お話になられれば、おそらく承諾なさるでしょうな」
「えっ、本当ですか……?」
「ですが正式に雇うとなるともちろん身辺調査や研修などを通してからで基本、前科者でなければ……の話ではあります」
「前科はないので大丈夫ですっ!」
前科がつきそうな事はしてきたけれど。
前科がついていないのならば、セーフなのだ。うむ。
「それならば、問題はございませんな。もし冒険者としてやっていけなくなったら前向きにご検討くださいませ」
「その時はよろしくお願いします」
もしも食いぶちに困ったらここに来て働いてみるのもいいかもしれないな。
冒険者として成り上がる事も、魔王討伐も遠のいてしまうがそもそもそんなのを真面目に目指そうとはしていない。
魔王を討伐したらご褒美が出る――なんてクソ女神に言われはしたが、漠然としすぎてご褒美と言われてもなんともモチベーションが湧かないのだ。
そういうのもあったから、Sランクパーティも一週間でクビに……ああ、これは俺のせいだったな。
「なにせ、お嬢様のストレス解消係が不在なもので、早くその係に適役の方が現れる事を待ち望んでいるのですよ。どうか、よろしくお願いいたしますぞ」
「なんか俺の配属先が既に決まってません?」
「それでは失礼いたします、お食事のご用意ができたらお呼びいたしますので装備等をお外しになられてごゆっくりとお寛ぎください。何かございましたら部屋を出てすぐのところにベルがございますのでベルを鳴らしてお呼びください。ではでは」
「唐突に早口になった上に迅速な去り方!」
バタンッと扉が閉められ、まあしかし、と。
色々とよくしてもらったのは、いわゆるスカウトみたいなものも兼ねているからなのだろうな。
ザリナス山の一部は多分、エルーイ家の領域。
冒険者や旅人が何かしらのトラブルで倒れているところを拾っては手厚くもてなしてエルーイ家の存在と、求人募集してるよって事を教えて街へと返す――ってとこだろう。
使用人の中には何人かはガタイのいい男女もいたし、冒険者を辞めてここで働いている連中も多そうだ。
窓から外を見てみる、裏庭の一部が見下ろせるな。
牛小屋に馬小屋、倉庫……まだまだありそうだが、ここからでは見えない。
使用人達の数は見える分のみ数えるだけでざっと三十は越えている、おそらく裏庭にはもっといるだろう。
それぞれ笑顔が多々見られる事から、ここの労働環境は良さそうだ。少なくとも北区ギルドのようなどんよりとした雰囲気はその一切がない。
いい汗をかいて、夜はここの浴室で汗を流して屋敷で眠る――うーん、悪くなさそうだなー。
成り上がりは一旦保留として、ここでスローライフを送るというのも手ではなかろうか。
真面目に、考えてみよう。
……こんな俺が、真面目に考えるなんていうのは実に滑稽だが。
そりゃあ俺でも今までの自分を戒めに、真面目に生きようっていう気持ちはあるんですよ?
森の中にひっそりと佇むその屋敷は高い塀に囲まれており、多くの使用人が馬車を迎えていた。
ハズィーリの街並みを眺めていた時に見かけた北側の山にあった屋敷がここだったようだ。
間近で見ても、やはり大きい……。映画でたまに出てくる屋敷を更に立派にしたかのようだ。圧倒されてしまう。
奥には馬小屋と牛小屋が見える、あそこに運ばないだろうな。
横になって体を少し休めたのもあって、歩ける程度には回復した。
「はぁ……なんだか、すごいね……」
あふれ出る名家感、貴族感、金持ち感。
屋敷の中へと案内されてちょっとした安堵を得つつ、周囲を見回す。
「父はワイン農業や魔力石鉱業で稼いでまして。いわゆる勝ち組ってやつですの」
「へーそりゃあすごい」
鼻高々に、そう語る。
自分で勝ち組とか言っちゃうとはねえ……。まあ実際勝ち組なのだから別に何も言わんが。
「ご挨拶しないとな……」
「現在は父も母も、隣国でお仕事をなされてますので不在ですわ」
「そうなんだ、大丈夫なの?」
「何がですの?」
「だって、いくら怪我人とはいっても見ず知らずの人を屋敷に入れるなんてさ……」
「雑魚なら問題ないですわ」
「くぅーん……」
強くなりたい!
案内された広間はこれまた高い天井の開放感ある空間で、吊るされているシャンデリアはいくつもの装飾品によって膨らんでいた。
質屋に持っていったら一体いくらするのだろう。
「セリシア」
「ん、何?」
ミュリオは首を傾げて小さく左右に揺れていた。
仕草は、一つ一つが可愛らしい。小動物のようで。
それに比べてセリシアは全体的に柔らかな仕草ではあるものの、扇子を自分の口元を隠していたり、人をまるで路傍の石でも見るかのような目で見るあたりからして、まったく可愛らしくない!
「セリシアは回復魔法が使えるはず」
「ええ、ですがそれは人に対して使うものなの」
「おーい、俺は人間だよー?」
見て見てー。
それも怪我人なんだよー。
回復魔法があるならどうして使ってくれないのかなー?
「それは冗談で」
「だったら早く回復魔法使ってよ……」
「回復魔法に頼ると個人の回復力が低下してしまいますし、何より近くに魔物がいた場合魔力を感知されて襲われる可能性を考えるとあの場ですぐに魔法を使うという処置は適切ではないですわ」
「あ~そういう事ね……」
じゃあもう場所も移動したし安心だね。
早速回復魔法を使ってもらおうじゃないの。
「打撲は回復魔法をしてさしあげますが、軽い擦り傷程度はご自身の回復力にお頼りください」
「えーケチ」
「あ?」
「いえ、なんでもございません」
セヴィンもそういった話をなんだかしていた気がする。
Sランクパーティとなると怪我もあまりしないものだからこういう場面は早々訪れなかったんだよな。
「では――お願いしますセリシア様と仰って?」
「は?」
「頼む態度っていうものがございますでしょう?」
な、舐め腐りやがってぇぇえ……!
「ほら、頭を下げて?」
ぐぅ……腰も痛いってのに頭を下げたら腰への負担が……だけど回復魔法をかけてもらえればこの痛みからも解放される……。
やむを得ん……俺は素直に頭を下げた。
「お、お願いします、セリシア様」
「は? なんて?」
「こ、こいつ……!」
聞こえない振りをした上にすっとぼけたアホ面を浮かべてやがる!
お嬢様のやる事かよ! ああ分かった、こいつは悪徳令嬢だな!?
「お願いします! セリシア様ぁ!」
「仕方ないですわね~。じゃあそこのソファにお座りになって?」
セリシアは小さなため息をついて、面倒くさそうに俺に手を向けた。
「――治再生癒」
体が淡い光に包まれるや、痛みが徐々に引いていくのを感じた。
回復魔法、すごいな……。彼女の魔法技術そのものも高いのかもしれない。
それからはセバスさんが救急箱を持ってきて軽い擦り傷の手当てをしてくれてようやくして俺は満身創痍から脱する事ができた。
「まだ無理は禁物でございますぞ。念のために今日明日はここで安静にしたほうがよろしいでしょう」
「ありがとうございますぅ……」
セバスさんの優しさには涙が出るよ。
この悪役令嬢と仮面少女にも言ってやってくれないですかね、もっと俺に優しくしろって。
「ま、ここまでするのですからそれなりの礼はしてもらいますわよ」
「分かった、今晩添い寝をしよう……」
「罰ゲームを求めてるんじゃあないんですのよ」
「そう照れなくても」
「セバス、この方を牛小屋へ」
「ごめんなさい!」
一先ず部屋には案内してくれるようで、セバスさんについていくとした。
それにしても広い屋敷だ、主にセリシアとミュリオしか使ってないというものだから驚きだね。これじゃあすっかり持て余してしまうだろうよ。
部屋は誰も使わないとすぐに埃まみれになるし使用人の掃除が大変そうだ。
「こちらの部屋をお使いください、浴室もございますので、ご利用の際はお申し付けください」
「ど、どうも……です」
案内された部屋は……これまた、広いな。
ベッドもダブルベッドくらいのサイズだ、寝心地は良さそう。
「お嬢様はよく冒険者や旅人を見つけてはこの屋敷に招待するのが趣味でございまして」
「そうなんですか……」
「中には使用人として残っている者もおります。実は私も昔、お嬢様に拾われて今ではすっかり執事ですよ」
「じゃあ俺も使用人として雇ってもらおうかな」
「お話になられれば、おそらく承諾なさるでしょうな」
「えっ、本当ですか……?」
「ですが正式に雇うとなるともちろん身辺調査や研修などを通してからで基本、前科者でなければ……の話ではあります」
「前科はないので大丈夫ですっ!」
前科がつきそうな事はしてきたけれど。
前科がついていないのならば、セーフなのだ。うむ。
「それならば、問題はございませんな。もし冒険者としてやっていけなくなったら前向きにご検討くださいませ」
「その時はよろしくお願いします」
もしも食いぶちに困ったらここに来て働いてみるのもいいかもしれないな。
冒険者として成り上がる事も、魔王討伐も遠のいてしまうがそもそもそんなのを真面目に目指そうとはしていない。
魔王を討伐したらご褒美が出る――なんてクソ女神に言われはしたが、漠然としすぎてご褒美と言われてもなんともモチベーションが湧かないのだ。
そういうのもあったから、Sランクパーティも一週間でクビに……ああ、これは俺のせいだったな。
「なにせ、お嬢様のストレス解消係が不在なもので、早くその係に適役の方が現れる事を待ち望んでいるのですよ。どうか、よろしくお願いいたしますぞ」
「なんか俺の配属先が既に決まってません?」
「それでは失礼いたします、お食事のご用意ができたらお呼びいたしますので装備等をお外しになられてごゆっくりとお寛ぎください。何かございましたら部屋を出てすぐのところにベルがございますのでベルを鳴らしてお呼びください。ではでは」
「唐突に早口になった上に迅速な去り方!」
バタンッと扉が閉められ、まあしかし、と。
色々とよくしてもらったのは、いわゆるスカウトみたいなものも兼ねているからなのだろうな。
ザリナス山の一部は多分、エルーイ家の領域。
冒険者や旅人が何かしらのトラブルで倒れているところを拾っては手厚くもてなしてエルーイ家の存在と、求人募集してるよって事を教えて街へと返す――ってとこだろう。
使用人の中には何人かはガタイのいい男女もいたし、冒険者を辞めてここで働いている連中も多そうだ。
窓から外を見てみる、裏庭の一部が見下ろせるな。
牛小屋に馬小屋、倉庫……まだまだありそうだが、ここからでは見えない。
使用人達の数は見える分のみ数えるだけでざっと三十は越えている、おそらく裏庭にはもっといるだろう。
それぞれ笑顔が多々見られる事から、ここの労働環境は良さそうだ。少なくとも北区ギルドのようなどんよりとした雰囲気はその一切がない。
いい汗をかいて、夜はここの浴室で汗を流して屋敷で眠る――うーん、悪くなさそうだなー。
成り上がりは一旦保留として、ここでスローライフを送るというのも手ではなかろうか。
真面目に、考えてみよう。
……こんな俺が、真面目に考えるなんていうのは実に滑稽だが。
そりゃあ俺でも今までの自分を戒めに、真面目に生きようっていう気持ちはあるんですよ?
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