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第6話.ごかいだ!

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 ――それから一週間後。


 すっかりこの世界にも慣れてきたもんで、窓から射しこむ心地良い陽光を浴びて軽く背伸びをした。
 今日は朝からセヴィンに呼び出されたのだが、一体どうしたのだろうこんな早くに。
 宿の広間へ行くと実に深刻そうな表情でいるセヴィンが目に留まった。
 なんだいなんだ、そんな顔して。
 トイレを我慢しているなら早く行ったほうがいいよ。あ、トイレじゃない?
 そういえばこの世界のトイレはちゃんと設備が整ってる上に洋式で助かってるよ。和式が苦手でね。

「――楠生、いきなりで悪いんだが、パーティから抜けてくれ」
「えっ!?」

 着席して早々。
 それはあまりにも唐突で、予想外の言葉だった。

「……冗談だよな?」

 俺はセヴィンを見るもその表情は未だに深刻のまま、変化する気配はない。

「い、いや~セヴィンも冗談を言うんだなぁ~」
「……冗談ではないんだ、楠生」
「ど、どうして……」
「実はアリアとマルチャからの苦情が、すごいんだ。もう……えげつないんだ」
「なん、だと……?」

 アリアもマルチャも、どちらも可愛くて優しい子だ。
 あの子達から苦情だって? そんなまさか。

「郁夫、この一週間……彼女達に六回も夜這いを仕掛けたというのは、本当なのかい?」
「ご、ごかいだ!」
「えっ、誤解なのかい?」
「違う、夜這いを仕掛けた回数が五回なんだ……」
「回数じゃないほうのごかいならよかったんだが……」

 俺もそう思う。
 けれども、しょうがないじゃないか。セヴィンはいい奴だから正直に答えようっていう俺の良心が働いたんだから。

「でも、全部未遂に終わってるしさ……」
「未遂は未遂でも夜這いをしようとしたという事実は消えないんだよ楠生……」
「確かに、そうだね。ああ、分かっているよ! けどね、仕方がないじゃないか! 可愛い女の子二人に、どうしてもちょっかい掛けたくなる年頃なんだもの!」
「その結果が夜這い五回と数十回にわたる日常でのセクハラなのかい? 彼女達二人は出るとこ出てもいいって言ってるんだよ」
「ぐっ……あいつら……」
「彼女達は君がパーティを抜けないのならば自分達が抜けるとまで言い出してるんだよ」

 どうやら俺のせいでパーティに亀裂まで生じさせかねないほどの問題を招いてしまったようだ。
 反省しよう。
 こうべを垂れて反省のポーズをしてみる。
 ――よし、反省した。これでチャラにならないだろうか。
 ちらりとセヴィンのほうを見てみるが表情は未だによろしくない、駄目みたい。

「俺も彼女達とは五年も共に戦い、共に息抜いてきたんだ。流石にパーティを抜けてはもらいたくない。だから……すまない! お願いだから抜けてくれ!」

 とうとうセヴィンは頭を下げてテーブルへとこすりつけた。
 ……俺のせいで、セヴィンをここまでさせてしまった。
 さっきの反省は当然ながら嘘だけど、今は流石に反省しよう。
 セヴィンには世話になったから……ここは、素直に応じるべきだな。

「……分かった」
「ほ、本当か!?」

 心からほっとしたような笑みを浮かべていた。
 そんなに俺ってパーティでは腫物だったのかな。

「パーティ脱退のサインもすぐに書くよ……」
「あ、ああ、準備している。これにサインを書いてくれ」

 セヴィンはいい奴だ。
 良い奴だからこそ、今は罪悪感で心が締め付けられる思いといったところだろう。
 悪いなセヴィン。
 全部あの女二人が諸悪の根源だ。俺が街であいつらの悪評を振りまいてやるからな。

「あと、二人からの伝言なんだけど」
「伝言?」
「もしも自分達について、虚偽の噂話や悪評を流すような事をした場合、裁判沙汰に加えて裏社会の方々に生死問わずの賞金首として張り紙を配る――との事だ」
「社会的な死とその後マジな死が待ち構えているわけか。まいったね」

 先手を打たれていた。
 やるじゃないか二人とも……。

「いや、でも俺は楠生がそんな事をしないと信じてるよ」
「ありがとう、セヴィン……俺を信じてくれて」

 何かお礼の一つでも送りたいものだ。

「そうだ。頑張って覚えた『最速模写』って魔法なんだけど」

 この世界では魔法を覚えるには魔導書を読んでイメージなどを植え付けて発動を繰り返して身につける必要がある。
 膨大な魔力を所持していれば容易く発動できるのだが、俺にはそんな魔力などあるわけもなく。

「ああ、何故か君はそれを真っ先に覚えようとしてたね。あれは本来依頼書の作成をする際に魔物の絵を載せるために調査員が覚えるような魔法なのに」
「アリアとマルチャの入浴姿を『最速模写』で紙に写したんだけど、いる?」
「……いや、いい」

 セヴィンは深いため息をついて、テーブルに視線を落としていた。
 お気に召さなかったようだ、残念。
 なんとも言えぬ空気を作り出してしまった。いたたまれなさに駆られて俺は速やかに書類にサインをして彼に渡した。
 これでSランクパーティともお別れか……くそっ、どこで間違えた? 二日目から早速夜這いをかけようとしたあたりか?

「彼女達にも楠生が不利になるような噂は流さないよう言っておいたから……君を受け入れてくれるパーティが見つかるよう祈るよ」
「……頑張ってみるよ」

 セヴィンと固い握手を交わす。

「セヴィン……最後に一つ、いいかな?」
「……なんだい?」
「10000アルヴ、貸してくれないかな……?」

 するとセヴィンはすぐに席を立って俺を脇から抱えて入り口まで連れて行った。
 苦い薬草を口いっぱいにほおばったかのような実に苦そうな表情で、最後には申し訳なさそうながらも俺の頬を軽くビンタした。

「痛ぁ……」

 更には、雑に放り投げられて宿を追い出された。

「痛ぁぁ……」

 喧騒さがいつも宿るこの街で、俺の周りだけどこか静かに感じた。
 扉の軋む音――すぐに扉が開けられ、半開きの扉の隙間からはセヴィンが顔を覗かせていた。

「セ、セヴィン!」

 やっぱり冗談か何かだったのかな!?
 そんな期待を抱くも、扉の隙間から何か放り投げてきた。
 ……ああ、俺の私物か。これといって大したものは入っていないけれど。
 最後に小袋を投げると共に、扉は勢いよく閉められた。
 ……冷たいよ。
 人間の冷たさを感じているよ今。
 いや、全部俺のせいではあるんだけど。
 小袋からはじゃらりと小銭の音がする。おやおや?
 開けてみるとそこそこお金が入っていた、セヴィンのお情けってところであろうか。
 ありがたくいただいておこう。

「……俺も、反省すべきだな」

 重い腰を上げて、土を払う。
 深いため息をつき、とりあえず小銭を手に取って、

「先ずは……酒場かなぁ」

 踵を返し、明日から頑張ろうと誓う。
 そうだ、いつもの酒場や飯屋で豪勢にやるとしよう。支払いはアリアとマルチャにツケておく。
 ちょっとした俺の嫌がらせという置き土産だ、ふへへ。

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