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第三章
18.信仰者
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「遺体の状態は、膝には被害者の首が置かれていたあたりも同じですが、違う点として今回は脳と心臓が取り出されている事ですね……」
残虐性が増している? だとしたら今回四年の時を経て育んだ残虐性を更に解き放つ可能性は十分に考えられる、連続殺人事件の再開となるかもしれない。
「四年前は時期も時期だったので初動も遅れ、人手不足もあって手がかりは何も得られず警察の面子は丸つぶれだったとか」
「今回は天国教団が絡んでいる可能性が少しでもあるのならば、指揮は我々特務が?」
「ええ、そうなりますな。しかし多比良さんは他の捜査も行っております。別の班を呼んで増員を申請しておきます」
「増員できますかね?」
「難しいでしょうが、申請してみるだけしてみますよ」
我々も現在は伊部さんへの協力や公安を通して天教真神会への捜査などを予定している。
未解決事件である正座事件も本格的に捜査参加となると手一杯だ。
ささみちゃんを通して情報共有しながら二班か三班に捜査量を分けて平行捜査が望ましいが特務自体、全国で天国関係について手が放せない状態だ。すぐに集まれるかは難しいだろう。
平輪市にも他の特務がいるものの一度も顔を合わせていないし事務所にいても他の特務が姿を現さないあたり、どこも余裕はないように思える。
であれば、だ。
「最終的には天国管理委員会が一部の指揮をして、捜査は全面的に警察へ任せる手法を取るでしょうが」
やはりそうなるか。
「警察も人手に余裕があるわけではないですが、正座事件とあれば人数を割いてくれるはずですしね」
その際に天国関係の情報は分けるために情報管理が複雑になるだろうが、ささみちゃんが手伝ってくれればきっと大丈夫だ。
他の職員がやってきて管理人に資料を手渡し、管理人はそれに目を通す。
「……最初に正座事件が起きた場所は九州、次は東北、北海道、今回は関東と広範囲でバラバラですな」
「法則性は感じられませんね……」
過去の正座事件で亡くなった三人はそれぞれ性別も年齢もバラバラで、今回の被害者がどうして狙われたのかは過去の被害者と照らし合わせても共通点は見出せそうにない。
「被害者の調べも進んでおります。どうやらご夫婦は天教真神会の教徒だったようです」
「天教真神会の……そうですか……」
最近起きている天国教団絡みの事件は被害者が天教真神会の教徒である事が多い。
しかし教徒数を伸ばしている天教真神会と、総本山がすぐ近くにあるこの平輪市であれば割合的には不思議ではない。天国教団と天教真神会との直接的な結びつきには至らないが、やはりどうにか天教真神会へと近づいてみたい。
少なくとも警察では手を出しづらい点を我々が攻めるべきだ。
「牧田夫妻は週に五回ほど天教真神会の本部へと足を運び祈りを捧げていたようで、今日も夫が帰り次第祈りを捧げに行く予定だったらしいです」
「熱心な信仰者なんですね」
「朝は特に変わった事はなかったようです。近所付き合いは良好、天教真神会への勧誘などもなく評判は良かったそうです」
「お子さんはいるのですか?」
「いえ。いなかったようです」
あの遺体の具合では年齢は分からなかったが、予想以上に若い。
旦那さんのほうも心配だ、後追い自殺などを引き起こさなければいいが。
すると視線の先に広がる道路から、他の車両とは明らかに違う高鳴るエンジン音を轟かせて一台の車両がこちら側へと向かってきた。
パトカーがいるにも関わらず、スピード違反も気にしていない。
我々の視線がその車両へと移り、家の前まで近づくとブレーキによって道路とタイヤが摺り合い車両は停車した。
運転席から降りてきた若い男性は、おそらく牧田辰夫。
ブルーシートとバリケードテープによって重苦しい雰囲気に包まれた自宅を見て唖然としていた。
すぐに駆け寄り、声を掛けた。
「牧田辰夫さんですか?」
「は、はい……。あの、妻は……」
「現在は、まだ確認の段階ですが……。ああ、私は特務の多比良と申します」
名刺を渡しておく。被害者には今後とも事情聴取の他に、我々に出来るサポートなども行わなくては。
遺体の身元確認はどうしようか。遺体をある程度綺麗にした状態の段階で確認を取ってもらうのがいいのだが。
「妻は、どこですか……?」
「落ち着いて下さい、牧田さん」
今にも現場へと飛び込みそうな彼を引き留める。
あの状態を見せるべきなのか……。遺体の身元確認をしてもらうには身内に顔を見てもらうのが手っ取り早いとはいえ。
「少々お待ちください」
遺体はそろそろ運び出される頃だ。遺体搬送車も到着している。
妻がどうなったのか、もう大体察しはついているだろうが、どうしても妻の顔を見たいのか、誰かが抑えなければ駆け出す勢いであった。警察官に抑えてもらっている間に、俺はすぐさま搬送班へと駆け寄った。
なるべくは酷い状態では見せたくはない。こちらへやってきた高神刑事と共に建物へ行き、状態を確認した。
遺体袋に収められ、搬送の準備が進められている。
遺体の状態は良いとはいえないが、遺体袋の、顔だけ覗けるよう上部だけ解放して最低限の顔の確認はできる。
両目からは血涙が残っている状態ではあるが、目を閉じている分些かマシだ。脳みその無い頭部、それに臓物やら体の損傷は見せるわけにはいかない。
「顔の確認だけしてもらって身元の確認をしてもらいますか?」
「……聞いてみます」
職員達が遺体袋を担架に乗せる。
首の部分は固定具を使い、脳の部分は布で隠され、中で転がらないように顔の部分は固定された。
職員達についていき、牧田さんの元へと戻る。
「牧田さん、無理して今見なくてもよろしいのですが……」
「妻かどうか、確認できるなら、すぐにでも……」
「……分かりました」
職員に視線を投げると、頷いてゆっくりとジッパーを下ろしていく。
顔が露になったところで彼は、膝から崩れ落ちた。
「牧田洋子さんで間違いありませんか?」
「ま、間違いありません……」
「……お悔やみ申し上げます。お辛いでしょうが、もう少しお話をお願いしてもよろしいでしょうか」
「はい……」
彼がまだ受け入れていなかった奥さんの死を、今この瞬間、受け入れた。受け入れてしまった。
その心に掛かる負担はどれほどのものだろう。ここでは泣くまいと懸命に堪えてその手で目元を覆うも、涙はあふれ出てくる。
職員達に再び視線を送る。
遺体はすぐにこの場から運び出してもらった。
彼にはなんと声を掛けてやればいいのか。
自分には一人の人間を少しでも救えるような言葉を見繕う事などできない。考えを巡らせるのを諦めて、心苦しいが事務的な説明をするだけにしよう。
彼を我々の車の後部座席へと座らせると、彼は両手を握りしめて抱きかかえるようにして体を丸めていた。
握りしめているのは首に下げていたペンダントだ、指と指の間から確認できる。丸いコイン型のそれは複雑な模様が刻まれていた。天教真神会のものであろうか。
「天国教団による事件の可能性が高いため、遺体は警察署ではなく特務捜査研究所へ移送します。場所はご存じですか?」
「いえ……」
「では場所と、ご遺体に関してのご説明も添えて資料を送りましょう。ご遺体は検死の後に司法解剖を行い、事件究明に努めさせていただきます」
「は、はい……。よろしくお願いします……」
ペンダントを握る手に力が入っていた。
額へと当てて目を閉じており、祈りでも捧げているのであろうか。
「妻は……天国へ無事に旅立てたでしょうか……」
「ええ、きっと旅立てたと思いますよ」
するとばっと顔を上げて、こちらを見てきた。
「せ、政府は天国更新装置を所持しているのですよね? 妻と話はできませんか……?」
「天国更新装置は事件の手掛かりを得るために選ばれた職員が使用して話を聞く事になっています。ご遺族の方であれ、天国更新装置の使用は認められません……申し訳ありませんが」
「そう、ですか……」
「しかし話を聞く際にあちらから伝言を頼まれる事があります。その際はご報告いたします」
「あ、ありがとうございます……」
これも天国交信装置に遺族の方が接続して亡くなった家族と話をしたら、天国へ行きたい衝動を高めてしまうために、原則として遺族の使用は認められていない。
天国交信装置は、使い方次第で自殺装置にもなってしまう。
だから第三者が入る必要があるのだ。
「それと捜査のためにご自宅には入れません。現場検証を終えるまではどなたか家族や親戚のご自宅で過ごしてもらう事は可能ですか?」
「ええ……可能、です」
「では先ほど申し上げた資料のほうはそちらへお送りいたしますので、落ち着いたら住所をお知らせください。他の担当刑事も名刺をお渡しすると思いますので、私かその刑事、どちらでも構いません」
「はい……」
遺体搬送車のバックドアが閉まる音を聞くや彼は立ち上がり、ゆっくりと進むその車両を見送りながら握った両手を額へと当てた。
「肉体から解き放たれたその魂が真神或る天国で安らかに過ごせる事に感謝致します。どうかまだこの世に残る私をお赦しください」
額と胸をそれぞれ一回、トントンと軽く握った両手で叩き、天を仰いでいた。
真神会の祈りであろうか、そういう風な仕草をしていたのはいつだか見た記憶にあるもののこうして間近で見るのは初めてだ。
「牧田さん、くれぐれも後を追うなどは考えないようにしてください」
「はい。天教真神会は自殺を禁止しております、教えのためにも……そのような行為には走るつもりはございません」
しかし妻を失ったその衝動は、心を不安定にさせる。
カウンセラーを手配しておこう。
牧田さんは現場から離れさせ、現場は高神刑事と天国管理委員会に任せて、我々は近辺の聞き込みに入るとした。
木崎君曰く、無線のほうでは周辺を巡回している警察官の報告が入っており、不審人物はおらず、宮下刑事の指揮の元に広域調査に入るとの事。
死後硬直の具合から、事件が発生しておよそ五時間前後と見られており、犯人は既に遠方への逃亡を図っている可能性があり、何かしら逃亡の目撃情報や痕跡が残っていないかを念入りに捜査しながら上司への報告もまとめていく。
午後の空が橙色に染まり始めた頃、ささみちゃんから連絡があり俺達は現場から離れるよう指示があった。
どうやらマスコミがもうかぎつけてきたらしい。
公の場は刑事達に任せたほうがいい、マスコミにあれこれ質問攻めに遭う前に場所を移すとした。
事務所に移動し、正座事件についても新たに情報整理を開始した。捜査資料は高神刑事から送られてくるのを待つために現場で得た情報しか今は見れないが。
研究所からは連絡が入っていた。そういえば今日の予定では研究所にも寄るつもりだったのだが、今日は研究所には寄れそうにない。
留守電を聞くとどうやら伊部さんがまた暴れたらしい、今は鎮静剤で落ち着いて眠っているがまた我々と話をしたいと言っているようだ。
今日はもう時間が無い、明日以降に時間を見つけて訪ねるとしよう。
残虐性が増している? だとしたら今回四年の時を経て育んだ残虐性を更に解き放つ可能性は十分に考えられる、連続殺人事件の再開となるかもしれない。
「四年前は時期も時期だったので初動も遅れ、人手不足もあって手がかりは何も得られず警察の面子は丸つぶれだったとか」
「今回は天国教団が絡んでいる可能性が少しでもあるのならば、指揮は我々特務が?」
「ええ、そうなりますな。しかし多比良さんは他の捜査も行っております。別の班を呼んで増員を申請しておきます」
「増員できますかね?」
「難しいでしょうが、申請してみるだけしてみますよ」
我々も現在は伊部さんへの協力や公安を通して天教真神会への捜査などを予定している。
未解決事件である正座事件も本格的に捜査参加となると手一杯だ。
ささみちゃんを通して情報共有しながら二班か三班に捜査量を分けて平行捜査が望ましいが特務自体、全国で天国関係について手が放せない状態だ。すぐに集まれるかは難しいだろう。
平輪市にも他の特務がいるものの一度も顔を合わせていないし事務所にいても他の特務が姿を現さないあたり、どこも余裕はないように思える。
であれば、だ。
「最終的には天国管理委員会が一部の指揮をして、捜査は全面的に警察へ任せる手法を取るでしょうが」
やはりそうなるか。
「警察も人手に余裕があるわけではないですが、正座事件とあれば人数を割いてくれるはずですしね」
その際に天国関係の情報は分けるために情報管理が複雑になるだろうが、ささみちゃんが手伝ってくれればきっと大丈夫だ。
他の職員がやってきて管理人に資料を手渡し、管理人はそれに目を通す。
「……最初に正座事件が起きた場所は九州、次は東北、北海道、今回は関東と広範囲でバラバラですな」
「法則性は感じられませんね……」
過去の正座事件で亡くなった三人はそれぞれ性別も年齢もバラバラで、今回の被害者がどうして狙われたのかは過去の被害者と照らし合わせても共通点は見出せそうにない。
「被害者の調べも進んでおります。どうやらご夫婦は天教真神会の教徒だったようです」
「天教真神会の……そうですか……」
最近起きている天国教団絡みの事件は被害者が天教真神会の教徒である事が多い。
しかし教徒数を伸ばしている天教真神会と、総本山がすぐ近くにあるこの平輪市であれば割合的には不思議ではない。天国教団と天教真神会との直接的な結びつきには至らないが、やはりどうにか天教真神会へと近づいてみたい。
少なくとも警察では手を出しづらい点を我々が攻めるべきだ。
「牧田夫妻は週に五回ほど天教真神会の本部へと足を運び祈りを捧げていたようで、今日も夫が帰り次第祈りを捧げに行く予定だったらしいです」
「熱心な信仰者なんですね」
「朝は特に変わった事はなかったようです。近所付き合いは良好、天教真神会への勧誘などもなく評判は良かったそうです」
「お子さんはいるのですか?」
「いえ。いなかったようです」
あの遺体の具合では年齢は分からなかったが、予想以上に若い。
旦那さんのほうも心配だ、後追い自殺などを引き起こさなければいいが。
すると視線の先に広がる道路から、他の車両とは明らかに違う高鳴るエンジン音を轟かせて一台の車両がこちら側へと向かってきた。
パトカーがいるにも関わらず、スピード違反も気にしていない。
我々の視線がその車両へと移り、家の前まで近づくとブレーキによって道路とタイヤが摺り合い車両は停車した。
運転席から降りてきた若い男性は、おそらく牧田辰夫。
ブルーシートとバリケードテープによって重苦しい雰囲気に包まれた自宅を見て唖然としていた。
すぐに駆け寄り、声を掛けた。
「牧田辰夫さんですか?」
「は、はい……。あの、妻は……」
「現在は、まだ確認の段階ですが……。ああ、私は特務の多比良と申します」
名刺を渡しておく。被害者には今後とも事情聴取の他に、我々に出来るサポートなども行わなくては。
遺体の身元確認はどうしようか。遺体をある程度綺麗にした状態の段階で確認を取ってもらうのがいいのだが。
「妻は、どこですか……?」
「落ち着いて下さい、牧田さん」
今にも現場へと飛び込みそうな彼を引き留める。
あの状態を見せるべきなのか……。遺体の身元確認をしてもらうには身内に顔を見てもらうのが手っ取り早いとはいえ。
「少々お待ちください」
遺体はそろそろ運び出される頃だ。遺体搬送車も到着している。
妻がどうなったのか、もう大体察しはついているだろうが、どうしても妻の顔を見たいのか、誰かが抑えなければ駆け出す勢いであった。警察官に抑えてもらっている間に、俺はすぐさま搬送班へと駆け寄った。
なるべくは酷い状態では見せたくはない。こちらへやってきた高神刑事と共に建物へ行き、状態を確認した。
遺体袋に収められ、搬送の準備が進められている。
遺体の状態は良いとはいえないが、遺体袋の、顔だけ覗けるよう上部だけ解放して最低限の顔の確認はできる。
両目からは血涙が残っている状態ではあるが、目を閉じている分些かマシだ。脳みその無い頭部、それに臓物やら体の損傷は見せるわけにはいかない。
「顔の確認だけしてもらって身元の確認をしてもらいますか?」
「……聞いてみます」
職員達が遺体袋を担架に乗せる。
首の部分は固定具を使い、脳の部分は布で隠され、中で転がらないように顔の部分は固定された。
職員達についていき、牧田さんの元へと戻る。
「牧田さん、無理して今見なくてもよろしいのですが……」
「妻かどうか、確認できるなら、すぐにでも……」
「……分かりました」
職員に視線を投げると、頷いてゆっくりとジッパーを下ろしていく。
顔が露になったところで彼は、膝から崩れ落ちた。
「牧田洋子さんで間違いありませんか?」
「ま、間違いありません……」
「……お悔やみ申し上げます。お辛いでしょうが、もう少しお話をお願いしてもよろしいでしょうか」
「はい……」
彼がまだ受け入れていなかった奥さんの死を、今この瞬間、受け入れた。受け入れてしまった。
その心に掛かる負担はどれほどのものだろう。ここでは泣くまいと懸命に堪えてその手で目元を覆うも、涙はあふれ出てくる。
職員達に再び視線を送る。
遺体はすぐにこの場から運び出してもらった。
彼にはなんと声を掛けてやればいいのか。
自分には一人の人間を少しでも救えるような言葉を見繕う事などできない。考えを巡らせるのを諦めて、心苦しいが事務的な説明をするだけにしよう。
彼を我々の車の後部座席へと座らせると、彼は両手を握りしめて抱きかかえるようにして体を丸めていた。
握りしめているのは首に下げていたペンダントだ、指と指の間から確認できる。丸いコイン型のそれは複雑な模様が刻まれていた。天教真神会のものであろうか。
「天国教団による事件の可能性が高いため、遺体は警察署ではなく特務捜査研究所へ移送します。場所はご存じですか?」
「いえ……」
「では場所と、ご遺体に関してのご説明も添えて資料を送りましょう。ご遺体は検死の後に司法解剖を行い、事件究明に努めさせていただきます」
「は、はい……。よろしくお願いします……」
ペンダントを握る手に力が入っていた。
額へと当てて目を閉じており、祈りでも捧げているのであろうか。
「妻は……天国へ無事に旅立てたでしょうか……」
「ええ、きっと旅立てたと思いますよ」
するとばっと顔を上げて、こちらを見てきた。
「せ、政府は天国更新装置を所持しているのですよね? 妻と話はできませんか……?」
「天国更新装置は事件の手掛かりを得るために選ばれた職員が使用して話を聞く事になっています。ご遺族の方であれ、天国更新装置の使用は認められません……申し訳ありませんが」
「そう、ですか……」
「しかし話を聞く際にあちらから伝言を頼まれる事があります。その際はご報告いたします」
「あ、ありがとうございます……」
これも天国交信装置に遺族の方が接続して亡くなった家族と話をしたら、天国へ行きたい衝動を高めてしまうために、原則として遺族の使用は認められていない。
天国交信装置は、使い方次第で自殺装置にもなってしまう。
だから第三者が入る必要があるのだ。
「それと捜査のためにご自宅には入れません。現場検証を終えるまではどなたか家族や親戚のご自宅で過ごしてもらう事は可能ですか?」
「ええ……可能、です」
「では先ほど申し上げた資料のほうはそちらへお送りいたしますので、落ち着いたら住所をお知らせください。他の担当刑事も名刺をお渡しすると思いますので、私かその刑事、どちらでも構いません」
「はい……」
遺体搬送車のバックドアが閉まる音を聞くや彼は立ち上がり、ゆっくりと進むその車両を見送りながら握った両手を額へと当てた。
「肉体から解き放たれたその魂が真神或る天国で安らかに過ごせる事に感謝致します。どうかまだこの世に残る私をお赦しください」
額と胸をそれぞれ一回、トントンと軽く握った両手で叩き、天を仰いでいた。
真神会の祈りであろうか、そういう風な仕草をしていたのはいつだか見た記憶にあるもののこうして間近で見るのは初めてだ。
「牧田さん、くれぐれも後を追うなどは考えないようにしてください」
「はい。天教真神会は自殺を禁止しております、教えのためにも……そのような行為には走るつもりはございません」
しかし妻を失ったその衝動は、心を不安定にさせる。
カウンセラーを手配しておこう。
牧田さんは現場から離れさせ、現場は高神刑事と天国管理委員会に任せて、我々は近辺の聞き込みに入るとした。
木崎君曰く、無線のほうでは周辺を巡回している警察官の報告が入っており、不審人物はおらず、宮下刑事の指揮の元に広域調査に入るとの事。
死後硬直の具合から、事件が発生しておよそ五時間前後と見られており、犯人は既に遠方への逃亡を図っている可能性があり、何かしら逃亡の目撃情報や痕跡が残っていないかを念入りに捜査しながら上司への報告もまとめていく。
午後の空が橙色に染まり始めた頃、ささみちゃんから連絡があり俺達は現場から離れるよう指示があった。
どうやらマスコミがもうかぎつけてきたらしい。
公の場は刑事達に任せたほうがいい、マスコミにあれこれ質問攻めに遭う前に場所を移すとした。
事務所に移動し、正座事件についても新たに情報整理を開始した。捜査資料は高神刑事から送られてくるのを待つために現場で得た情報しか今は見れないが。
研究所からは連絡が入っていた。そういえば今日の予定では研究所にも寄るつもりだったのだが、今日は研究所には寄れそうにない。
留守電を聞くとどうやら伊部さんがまた暴れたらしい、今は鎮静剤で落ち着いて眠っているがまた我々と話をしたいと言っているようだ。
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