死後の世界が科学的に証明された世界で。

智恵 理侘

文字の大きさ
上 下
12 / 30
第二章

11.強さ。

しおりを挟む
 隔離部屋へと戻ると、伊部さんは眉間にしわを寄せてすっかり不機嫌になっていた。
 貧乏揺すりも一段と激しく、テーブルには空になった煙草の箱が転がっていた。
 最後の一本からどれくらい経っているのだろうか。
 そういえば部屋から出る際に吸っていたのが最後の一本だったよな気がする。
 ともあれ、俺は部屋に入ると同時に煙草の封を開け、一本取り出して彼女の口へと運んだ。
 すぐさまに彼女のライターを手に取り、火をつけると煙草の先端は生命を宿したかのように赤く呼吸を始めた。
 まるでホストのような一連の動作だ。

「すまない。上司と遭遇して話をしていた」
「えっ、誰か上の人が来ていたのですか?」
「ああ、桐生特務部長が」
「教えてくだされば私も参りましたのに」
「話を終えたらすぐに行ってしまって呼ぶ暇もなかったな、相変わらず多忙な人だよ」

 もう研究所は出て行ってしまっただろう。
 桐生特務部長と次に会うのはいつになるやら。
 そうそう会える機会もなく、逃してしまった木崎君は頭を垂らしてしょんぼりとしていた。律儀な子だからな、挨拶が出来ずに少し凹んでいる。

「その特務ぶちょーって、偉い人なの?」
「偉い人だね。その人から捜査協力を正式に要請してくれと言われたよ」
「え、じゃあ、私はどうなる、の?」

 不安な眼差しを向けてくる。

「いや別にどうもしないさ。ただ書類を一枚書いてもらうだけ。俺達が君に頻繁に話を聞いたりするくらいかな。出来れば他にも天国教団関係での死者の幽霊を見たら教えて欲しいし、何なら現場まで運ぶよ。ああ、あとこの煙草も特務が負担するぞ」
「それは、嬉しいわね。協力、しよう。他の幽霊、見えたら話を聞けばいい、のね」
「そう簡単に見つかるものなのか、幽霊って」
「いや、全然。今回だって、たまたま出会っただけだし」

 しかしまた集団自殺事件が起きたら彼女を現場に連れて行ってみよう。
 もし幽霊がいれば、直接話を聞ける。
 彼女の能力には今後とも期待したい。
 だが、先ずは……。

「うー……」
「ど、どうしました!? 大丈夫ですか伊部さん!」
「うぅん……」

 ふと伊部さんがこめかみあたりを押さえだした。
 煙草もテーブルの灰皿へと雑に消して、ベッドへと戻ってしまった。

「大丈夫か? 医者を呼ぼうか?」
「い、いや、いい……。た、たまに、こうして、思い出しちゃうんだ。む、昔の事、嫌な事、ばかり、もぐっていれば、大丈夫」

 頭から布団をかぶり、中で丸まっている。
 暴れないだけまだマシか。
 症状が和らいでいるからこそ、今は大人しくなっているのかなこれは。どうなのだろう。

「今日のところはこれで引き上げようか」
「そうですね、伊部さん、お大事になさってくださいね」
「煙草は吸いすぎないようにな」
「あ、ああ……。ありが、とう……また、ね」

 布団から右手だけ出てきて手を振ってくる。
 見えていないだろうが、一応手を振り返しておく。
 ここでの治療はどれくらい掛かるのだろう。
 おそらく完治となると相当な時間を要するはずだ。
 もし宮内早苗が彼女に接触してきたり、他の幽霊が現れた場合は何が何でも話を聞かねばなるまいが……焦るべきでは、ないか。彼女の体調第一に考えねば。
 小窓から暫し彼女の様子を見てみる。
 布団の中でも落ち着き無くもぞもぞと動いている。
 天国の存在が証明されても、彼女はこの世界に留まっている。
 生きる辛さは痛いほど理解しているはずだ、だからこそ酒や煙草に薬物と手を出して楽になろうとしている。しかし、本当に楽になる、確実なる手は今まで一度も行っていない。
 何のために、生きてる?
 彼女からそんな質問をされた、惰性で生きていると答えて彼女に質問を返した。
 彼女は、何も考えていないと言っていたが果たして、本当にそうだろうか。

 どこか……彼女の心に、微かな強さを感じる。
 生きようという、強さを。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ウラナイ -URANAI-

吉宗
ミステリー
ある日占いの館に行った女子高生のミキは、老占い師から奇妙な警告を受け、その日から不安な日々を過ごす。そして、占いとリンクするかのようにミキに危機が迫り、彼女は最大の危機を迎える───。 予想外の結末が待ち受ける短編ミステリーを、どうぞお楽しみください。 (※この物語は『小説家になろう』『ノベルデイズ』にも投稿しております)

処理中です...