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第二章
11.強さ。
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隔離部屋へと戻ると、伊部さんは眉間にしわを寄せてすっかり不機嫌になっていた。
貧乏揺すりも一段と激しく、テーブルには空になった煙草の箱が転がっていた。
最後の一本からどれくらい経っているのだろうか。
そういえば部屋から出る際に吸っていたのが最後の一本だったよな気がする。
ともあれ、俺は部屋に入ると同時に煙草の封を開け、一本取り出して彼女の口へと運んだ。
すぐさまに彼女のライターを手に取り、火をつけると煙草の先端は生命を宿したかのように赤く呼吸を始めた。
まるでホストのような一連の動作だ。
「すまない。上司と遭遇して話をしていた」
「えっ、誰か上の人が来ていたのですか?」
「ああ、桐生特務部長が」
「教えてくだされば私も参りましたのに」
「話を終えたらすぐに行ってしまって呼ぶ暇もなかったな、相変わらず多忙な人だよ」
もう研究所は出て行ってしまっただろう。
桐生特務部長と次に会うのはいつになるやら。
そうそう会える機会もなく、逃してしまった木崎君は頭を垂らしてしょんぼりとしていた。律儀な子だからな、挨拶が出来ずに少し凹んでいる。
「その特務ぶちょーって、偉い人なの?」
「偉い人だね。その人から捜査協力を正式に要請してくれと言われたよ」
「え、じゃあ、私はどうなる、の?」
不安な眼差しを向けてくる。
「いや別にどうもしないさ。ただ書類を一枚書いてもらうだけ。俺達が君に頻繁に話を聞いたりするくらいかな。出来れば他にも天国教団関係での死者の幽霊を見たら教えて欲しいし、何なら現場まで運ぶよ。ああ、あとこの煙草も特務が負担するぞ」
「それは、嬉しいわね。協力、しよう。他の幽霊、見えたら話を聞けばいい、のね」
「そう簡単に見つかるものなのか、幽霊って」
「いや、全然。今回だって、たまたま出会っただけだし」
しかしまた集団自殺事件が起きたら彼女を現場に連れて行ってみよう。
もし幽霊がいれば、直接話を聞ける。
彼女の能力には今後とも期待したい。
だが、先ずは……。
「うー……」
「ど、どうしました!? 大丈夫ですか伊部さん!」
「うぅん……」
ふと伊部さんがこめかみあたりを押さえだした。
煙草もテーブルの灰皿へと雑に消して、ベッドへと戻ってしまった。
「大丈夫か? 医者を呼ぼうか?」
「い、いや、いい……。た、たまに、こうして、思い出しちゃうんだ。む、昔の事、嫌な事、ばかり、もぐっていれば、大丈夫」
頭から布団をかぶり、中で丸まっている。
暴れないだけまだマシか。
症状が和らいでいるからこそ、今は大人しくなっているのかなこれは。どうなのだろう。
「今日のところはこれで引き上げようか」
「そうですね、伊部さん、お大事になさってくださいね」
「煙草は吸いすぎないようにな」
「あ、ああ……。ありが、とう……また、ね」
布団から右手だけ出てきて手を振ってくる。
見えていないだろうが、一応手を振り返しておく。
ここでの治療はどれくらい掛かるのだろう。
おそらく完治となると相当な時間を要するはずだ。
もし宮内早苗が彼女に接触してきたり、他の幽霊が現れた場合は何が何でも話を聞かねばなるまいが……焦るべきでは、ないか。彼女の体調第一に考えねば。
小窓から暫し彼女の様子を見てみる。
布団の中でも落ち着き無くもぞもぞと動いている。
天国の存在が証明されても、彼女はこの世界に留まっている。
生きる辛さは痛いほど理解しているはずだ、だからこそ酒や煙草に薬物と手を出して楽になろうとしている。しかし、本当に楽になる、確実なる手は今まで一度も行っていない。
何のために、生きてる?
彼女からそんな質問をされた、惰性で生きていると答えて彼女に質問を返した。
彼女は、何も考えていないと言っていたが果たして、本当にそうだろうか。
どこか……彼女の心に、微かな強さを感じる。
生きようという、強さを。
貧乏揺すりも一段と激しく、テーブルには空になった煙草の箱が転がっていた。
最後の一本からどれくらい経っているのだろうか。
そういえば部屋から出る際に吸っていたのが最後の一本だったよな気がする。
ともあれ、俺は部屋に入ると同時に煙草の封を開け、一本取り出して彼女の口へと運んだ。
すぐさまに彼女のライターを手に取り、火をつけると煙草の先端は生命を宿したかのように赤く呼吸を始めた。
まるでホストのような一連の動作だ。
「すまない。上司と遭遇して話をしていた」
「えっ、誰か上の人が来ていたのですか?」
「ああ、桐生特務部長が」
「教えてくだされば私も参りましたのに」
「話を終えたらすぐに行ってしまって呼ぶ暇もなかったな、相変わらず多忙な人だよ」
もう研究所は出て行ってしまっただろう。
桐生特務部長と次に会うのはいつになるやら。
そうそう会える機会もなく、逃してしまった木崎君は頭を垂らしてしょんぼりとしていた。律儀な子だからな、挨拶が出来ずに少し凹んでいる。
「その特務ぶちょーって、偉い人なの?」
「偉い人だね。その人から捜査協力を正式に要請してくれと言われたよ」
「え、じゃあ、私はどうなる、の?」
不安な眼差しを向けてくる。
「いや別にどうもしないさ。ただ書類を一枚書いてもらうだけ。俺達が君に頻繁に話を聞いたりするくらいかな。出来れば他にも天国教団関係での死者の幽霊を見たら教えて欲しいし、何なら現場まで運ぶよ。ああ、あとこの煙草も特務が負担するぞ」
「それは、嬉しいわね。協力、しよう。他の幽霊、見えたら話を聞けばいい、のね」
「そう簡単に見つかるものなのか、幽霊って」
「いや、全然。今回だって、たまたま出会っただけだし」
しかしまた集団自殺事件が起きたら彼女を現場に連れて行ってみよう。
もし幽霊がいれば、直接話を聞ける。
彼女の能力には今後とも期待したい。
だが、先ずは……。
「うー……」
「ど、どうしました!? 大丈夫ですか伊部さん!」
「うぅん……」
ふと伊部さんがこめかみあたりを押さえだした。
煙草もテーブルの灰皿へと雑に消して、ベッドへと戻ってしまった。
「大丈夫か? 医者を呼ぼうか?」
「い、いや、いい……。た、たまに、こうして、思い出しちゃうんだ。む、昔の事、嫌な事、ばかり、もぐっていれば、大丈夫」
頭から布団をかぶり、中で丸まっている。
暴れないだけまだマシか。
症状が和らいでいるからこそ、今は大人しくなっているのかなこれは。どうなのだろう。
「今日のところはこれで引き上げようか」
「そうですね、伊部さん、お大事になさってくださいね」
「煙草は吸いすぎないようにな」
「あ、ああ……。ありが、とう……また、ね」
布団から右手だけ出てきて手を振ってくる。
見えていないだろうが、一応手を振り返しておく。
ここでの治療はどれくらい掛かるのだろう。
おそらく完治となると相当な時間を要するはずだ。
もし宮内早苗が彼女に接触してきたり、他の幽霊が現れた場合は何が何でも話を聞かねばなるまいが……焦るべきでは、ないか。彼女の体調第一に考えねば。
小窓から暫し彼女の様子を見てみる。
布団の中でも落ち着き無くもぞもぞと動いている。
天国の存在が証明されても、彼女はこの世界に留まっている。
生きる辛さは痛いほど理解しているはずだ、だからこそ酒や煙草に薬物と手を出して楽になろうとしている。しかし、本当に楽になる、確実なる手は今まで一度も行っていない。
何のために、生きてる?
彼女からそんな質問をされた、惰性で生きていると答えて彼女に質問を返した。
彼女は、何も考えていないと言っていたが果たして、本当にそうだろうか。
どこか……彼女の心に、微かな強さを感じる。
生きようという、強さを。
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