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第十五話.ぽよよんと共に
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ぽよよんさんが着替えをしている間、メイドや兵士達は慌しく動き出していた。
王女が外出をすると聞くだけでこのせわしなさだ。
「やぁれやれ。王女様のお守りもしなくちゃねえ」
そんな中、面倒そうに頭を掻きながらやってくる男が一人。
見た目は賭場を出入りしていそうな男性にしか見えないが彼もこう見えて聖騎士団の団長である。
「刺青の兄ちゃんは強いんだって? じゃあ俺がお守りしなくてもいいじゃないかってぇ話だよねえ? ジュヴィちゃんの魂送もあってドタバタしてるしさあ、そう思わないかい?」
「そ、それでも王女の外出の際は聖騎士団団長が護衛につくのが決まりなので仕方ないのでは?」
「おやぁ? うちらの事詳しいんだねえあんた、刺青の者は何でも知っているってぇ話ゃ本当のようだ」
「ああいえ、そう聞いていただけですっ」
「なんだいそういう事、なんでもは知らないなら安心したよ、俺のへそくりのありかまで知ってるかもと隠し場所を変えようか考えてたところさあ」
ちょっとした会話でも冗談を混ぜてくるのがこの人の癖みたいなものだ。
その他には、話している最中は顎を指で擦る。特に意味はないけど、どこか適当な人っていうのを思い浮かべた時に友達が顎を擦りながら話しているのが浮かんだからなんとなくでつけてしまった。
「第二聖騎士団団長、ツェリヒ・ロロホルンだ。悠斗君に、アリアちゃんだっけ? これから王女と一緒にロルス国の奴らに会いに行くんだって?」
「ええ、そうです」
「まぁた王女様のいびりが始まるのかねえ? ああっと部屋の前だった、聞かれちゃあまずいまずい」
「悠斗様、この方……本当に聖騎士団の団長様なのでしょうか?」
「うん、一応は……」
初見では団長と名乗られても普通に疑ってしまう。
一応聖騎士団の鎧は着ているものの、それ以外の聖騎士団要素は皆無。
通り過ぎるメイドのスカートをめくろうとするわ尻を触ろうとするわでエロ親父そのものだ。
「戦場ではこの剣でばっさばっさ活躍しちゃうんだよお嬢ちゃん。昨日も防壁が破られると知ってたら俺はすぐに駆けつけたんだがなあ」
「昨日の深夜はどこにおられたのですか?」
「港に巨大な魔物が出てねえ、この俺が偶然通りかかったもんだから一人で魔物を退治していたわけさあ。反対方向なもんだから行けなくてねえ、残念だった、ああ、とても残念だった」
流れるように喉から嘘の出る男である。
ちなみにこの人は昨日は食事会で出す予備の酒をいくつか拝借して隠れて飲んで酔い潰れていたり。
「次こそは、ロルス国の襲撃者なぞ剣の錆にしてくれようぞ!」
キリッと決め顔で言うものの。
俺達はじとーと無言と冷ややかな視線を彼に向けるのみ。
「……拍手の一つくらいないかな?」
「ぺっ!」
通りすがりのメイドが拍手の代わりに唾吐いてったけど。
「世知辛いねえ……」
我ながらもう少ししっかりした設定に出来なかったものかと後悔している。
漂うこのだらしなさは相手にしてて気が抜けるねこれ。
「おまたせ」
「おおっと麗しい王女様のご登場だ、今日もお綺麗ですなあ。本日はこの私、ツェリヒ・ロロホルンが護衛を務めさせていただきます、どうぞよろしくお願い致します」
右手を彼女の前へと差し出すや、隠し持っていた一輪の花を手の中から出す手品を見せるツェリヒさん。
女性を口説くために鍛えた手品だ、もっと別の努力をしたほうがいいと思うんだが。
「よろしく。綺麗な花ね」
「……おや?」
「ん、どうかした?」
「……王女殿下、まだ体調は万全では、ない?」
「万全よ、気遣いありがとう」
「あ、ありがとう!? お、おやあ……?」
ツェリヒさんの困惑ぶりは――王女ユフィの悪女さが見られていないからだ。
本来ならばツェリヒさんの手品を見て悪態の一つでもついて花を受け取るのがユフィではあるが、ぽよよんさんはそんな性格ではない。
ユフィとぽよよんさんのこの差は、非常に大きい。
彼女にユフィを演じてくれと頼んでも、果たして進んで悪女を演じてくれるかどうか。
「で、では参りましょう。ご案内いたしまさあ」
首を傾げながら彼は先行する。
王女のぽよよんさんバージョンにはこれから慣れてくれ。
どっちも知っている分、俺はどちらかというとぽよよんさんバージョンのほうが好きだよ。
「殿下、捕らえたロルス国の者達にはどのような用件が?」
「え? あの、ええっと……」
視線で俺に早速助け舟を求めているな……。
本来の展開であればユフィがこっそりバテスト牢獄に行ってロルス国の人達を嘲笑ってて、そこに主人公がやってきて彼女をなだめて彼らと対談するって流れだ。
今や大幅に変更されている、どうすべきか。
ここは、そうだな……。
「ロルス国と一度話をしてみたかったんだよね? 今まで話す機会なんて無かったものだから」
「そ、そう! そういう事なの! とても、興味があるの!」
「殿下が聡明である秘訣はその好奇心旺盛なところですかねえ、私も見習いたいものですなあ」
露骨にご機嫌取りしてるなあ。
ツェリヒさん、相手はユフィじゃないからそんな事しなくていいんだよ――なんて、言えず。
「しかしお気をつけください。奴らは野蛮な者ばかりです」
「大丈夫、貴方達がついてるから」
「いやはやそうでしたねえ、何かあったらわたくしツェリヒがこの身を犠牲にしてでもお守りいたしまさあ」
「悠斗様、この方はとても調子のいい事ばかり言っているような気がしてなりません」
「実際そうだよ」
また二人でツェリヒさんにじとーとした視線を向けておく。
何をするにしてもどこか信用が損なわれてしまう人だ。身だしなみからしてもそう、整えられていない無精ひげにぼさぼさの頭は見た目の信用性も失われている。
彼はそんなの気にしない人だからあーだこーだ言っても直らないのは分かっているから何も言うまい。
もうちょっとしっかりした登場人物にしておくべきだったかなあ。
「ねえユートン、この後の展開なんだけど……私がロルス国と話を広げたようがいいよね?」
「そうだね、ユフィのようにするかは任せるよ」
「それは却下。彼らとは何を喋ればいい?」
この内容については聞かれてはまずい。
彼女もそれが分かっているため、声を落として俺に尋ねてきた。
俺も同じ声量で返すとしよう。
「ペテルエル山についての話からしていけばいいかな」
「……オルランテの悪巧みのやつ?」
「そうそう、強引な侵略だよ。そもそも今回の襲撃は帝国からペテルエル山周辺地帯侵略の話を聞いたのがきっかけさ」
「思い出してきたわ、皆で設定を考えてる時にもその話したわね」
皆で設定や話を考えている時が一番楽しかったなあ。
創作系が集うチャットでの醍醐味とも言える。
「しかもこれでロルス国の実力者がオルランテに捕らえられるもんだから帝国がロルス国を侵略しようと計画してるわけだ」
「じゃあ話を聞いて、ロルス国の人達を仲間にして彼らと共にロルス国に行って、ちゃっちゃと救って終わりね」
「い、言うのは簡単だけどさ」
「もしかしてだけど、私がロルス国に行くって言えば皆ついてくる?」
「……かもしれないね。君は今や王女様だし」
ユフィではなくぽよよんさんによる新たな展開作りは吉と出るか凶と出るか。
とはいってもだ、ユフィの場合は彼女の驕りによってかなり主人公は振り回されたりもするから、ぽよよんさんのほうは無難な道筋になるか?
扉が開かれ、外には既に馬車が待機しており、護衛の兵士達も整列していた。
一々こんな荘厳さを築かなくともいいものを。
彼女の小さな溜息につられて俺もするとこだったが何とか止められた。
「ユフィ!」
いざ外へ一歩目――は、初っ端から呼び止められてすんなり外出とはいかず。
一度踵を返し、声の主に対応するとした。
「あら、えっと、ち、父上?」
ぽよよんさん、この世界ではあの人は父親だから頑張って慣れてくれ。
といっても無理か、無理だよな。
赤の他人が、それも国王がいきなり父親として接してきたら誰でも戸惑う。
「外出すると聞いての、体はもう大丈夫なのかい?」
「え、ええ……大丈夫です。これから、その――」
俺に一瞥をくれるぽよよんさん。
ああ、分かったよ、ここは俺も会話に入ったほうがいいね。
「バテスト牢獄に行ってロルス国の人達と少し話をしたいと思っておりまして、彼女にその話をしたらついていくと仰ったので同行する形となりました」
「そ、そう! そういう事なのです!」
「交流会には出ないのかい?」
「交流会は……き、気分ではないので遠慮します、ジュヴィの事もありますので。魂送の儀にも参加しようと思います」
「お、おお……そうかそうか」
ツェリヒさんと同様に国王も王女ユフィとぽよよんさんとの違いに困惑しているな。
「……ユフィ」
「ど、どうしました……?」
溢れ出るよそよそしさ。
国王が一歩踏み込めばぽよよんさんは大げさに警戒して妙な構えをしてしまっていた。
「今日はどこか……大人しいね」
「そ、そうですか?」
「口調も、いつもと違って敬語だが」
「ち、父上へ敬意を込めたい気分でしたのでっ!」
ぽよよんさん、落ち着いてくれ。
返しが何を言いたいのかよく分からない感じになってしまってるよ。
「む、よう分からんが娘にそう言われるととても気分が良いな。しかし早速彼と共に行動するとは、二人とも気が合うのではないか?」
「そ、そうかもしれません」
気が合うというか、前々から気の合う仲だったしね。
国王も俺達が一緒に行動するのは一つの期待をしているために止めないであろう。
……一つの期待、ってのは。
まあ所謂、刺青の者と王女が仲睦まじくなってもらって後に結婚という流れにこぎつけたいのだ。
「危険な事はするでないぞ?」
「はい、刺青の者もおりますし大丈夫です」
「聖騎士団団長の俺もいるのも忘れないでくれよなあ~」
「うむ、彼らがついておるのならば安心だ。昨日襲撃があったばかりだ、遠出や長時間の外出は控えるようにな」
「承知しております、では行ってきます父上」
少しずつ慣れてきたのか、ぽよよんさんはどこか王女らしい気品を醸し出してきた。
馬車へそそくさといった足取りで入っていったが。
「娘には交流会にも参加してもらいたかったのだが、致し方あるまい。悠斗よ、娘を頼むぞ」
「はい、任せてください」
「俺も命を賭けて娘さんをお守りいたしまさあ!」
外野がちょっとうるさいな。
王女の外出と聞いてやってきたようだが、俺と一緒に行動すると知るや国王は温かく見送ってくれたものの、その温かい視線の理由を知っているが故に少し気まずかった。
ツェリヒ(外野)さんが馬に乗って先行し、馬車は緩やかな速度で後をついていく。
「先ずはジュヴィの魂送の儀場に行って頂戴」
懐から出してきた扇子を、ぽよよんさんは慣れない手つきで広げようとするも、中々思うように開かず。
王女らしさを出したいようだが、少々練習が必要のようだ。
「くっ……難しい!」
「ぽよよん様、開こうとせずとも持っているだけでも王女らしさが溢れ出ておりますよ!」
「そ、そう?」
「うんうん、持ってるだけで王女感が出てる」
「はぁ……でも、まだ慣れない。鏡を見ても、まだ自分の姿に驚くの」
「前とは格好は全然違う?」
「違うわ」
どんな容姿だったのだろう。
そもそも男子高校生を想像していたから今更ぽよよんさんが女性であると認識を改めた上で想像しても、うまく湧いてこない。
「背も低くなったし、すごく華奢になった。それと……む」
「む?」
彼女の視線が落ちる。
その先は、胸。
「……変わってない、あ、いえ、なんでもないわ」
王女は……貧乳だ。
変わってないというのは、つまりは……そういう事なんだね。
「ごめん」
「謝るな」
「あ、うん……」
羨ましそうにアリアの胸を見ては、扇子で突き始めるぽよよんさん。
「はぅあっ!? ぽ、ぽよよん様!?」
「女性の登場人物の胸はは彼女くらいのサイズが普通――にしておくべきだったのよ」
「貧乳はステータスだと、誰かが言ってたじゃん?」
「あ?」
「ごめん」
胸の話に関しては深くは話し合わないほうがよさそうだ。
しかし物語に登場する王女は胸が小さいパターンもあるのでは? 的な話をしてみんなもありよりのあり! って賛成してたのになあ。
「あ、ぽよよんの名前の由来って――」
「死ぬ前に言い残す言葉は、慎重に選ぶべきよね」
「なんでもございません」
「悠斗様、ぽよよん様はどうして不機嫌に?」
「異世界転移しても胸のサイズは変わらないもんだから……」
「今の私は王女なのよね、処刑命令も出せるのよね?」
「職権乱用だぞう」
いくら王女が悪役令嬢キャラだからって自分から進んでその道を歩まないで欲しいな。
不敵な笑みが実に恐ろしい。
「殿下、行き先はバテスト牢獄でよろしいでしょうか?」
丁度彼女の後ろの小窓から御者が声をかけるや、ぽよよんさんはびくんっと軽く驚いていた。
「そ、その前に、魂送の儀場へっ」
「畏まりました」
外へまともに出てきたのもつい先ほどの話。
となれば他人との接触はまだ抵抗が大いにあるようで、今の些細なやり取りでも(小さな)胸を撫で下ろしていた。
魂送の儀には俺達は既に参加したので馬車の中から彼女を観察するとして。
儀場に到着するや兵士達が左右に整列してその間を歩くぽよよんさんは非常に居心地が悪そうだった。
何度か俺達に視線を送っていた、一緒に来て欲しそうな目で。
「ついていってもよかったのでは?」
「ここは彼女に慣れさせないとな」
「大丈夫でしょうかぽよよん様……」
別に罠でも設置されているわけではないのだが、恐る恐るの足取り。
だがその道中、引き返してきた。
「どうしたんだろう?」
「何か探してますね」
「……ああ! 魂送の儀用の花を忘れたのか」
「そのようですね」
顔を赤らめながら仕切りなおして再びジュヴィさんの眠る棺へと歩き出すぽよよんさん。
雛の巣立ちを見守っている気分だ。
王女が外出をすると聞くだけでこのせわしなさだ。
「やぁれやれ。王女様のお守りもしなくちゃねえ」
そんな中、面倒そうに頭を掻きながらやってくる男が一人。
見た目は賭場を出入りしていそうな男性にしか見えないが彼もこう見えて聖騎士団の団長である。
「刺青の兄ちゃんは強いんだって? じゃあ俺がお守りしなくてもいいじゃないかってぇ話だよねえ? ジュヴィちゃんの魂送もあってドタバタしてるしさあ、そう思わないかい?」
「そ、それでも王女の外出の際は聖騎士団団長が護衛につくのが決まりなので仕方ないのでは?」
「おやぁ? うちらの事詳しいんだねえあんた、刺青の者は何でも知っているってぇ話ゃ本当のようだ」
「ああいえ、そう聞いていただけですっ」
「なんだいそういう事、なんでもは知らないなら安心したよ、俺のへそくりのありかまで知ってるかもと隠し場所を変えようか考えてたところさあ」
ちょっとした会話でも冗談を混ぜてくるのがこの人の癖みたいなものだ。
その他には、話している最中は顎を指で擦る。特に意味はないけど、どこか適当な人っていうのを思い浮かべた時に友達が顎を擦りながら話しているのが浮かんだからなんとなくでつけてしまった。
「第二聖騎士団団長、ツェリヒ・ロロホルンだ。悠斗君に、アリアちゃんだっけ? これから王女と一緒にロルス国の奴らに会いに行くんだって?」
「ええ、そうです」
「まぁた王女様のいびりが始まるのかねえ? ああっと部屋の前だった、聞かれちゃあまずいまずい」
「悠斗様、この方……本当に聖騎士団の団長様なのでしょうか?」
「うん、一応は……」
初見では団長と名乗られても普通に疑ってしまう。
一応聖騎士団の鎧は着ているものの、それ以外の聖騎士団要素は皆無。
通り過ぎるメイドのスカートをめくろうとするわ尻を触ろうとするわでエロ親父そのものだ。
「戦場ではこの剣でばっさばっさ活躍しちゃうんだよお嬢ちゃん。昨日も防壁が破られると知ってたら俺はすぐに駆けつけたんだがなあ」
「昨日の深夜はどこにおられたのですか?」
「港に巨大な魔物が出てねえ、この俺が偶然通りかかったもんだから一人で魔物を退治していたわけさあ。反対方向なもんだから行けなくてねえ、残念だった、ああ、とても残念だった」
流れるように喉から嘘の出る男である。
ちなみにこの人は昨日は食事会で出す予備の酒をいくつか拝借して隠れて飲んで酔い潰れていたり。
「次こそは、ロルス国の襲撃者なぞ剣の錆にしてくれようぞ!」
キリッと決め顔で言うものの。
俺達はじとーと無言と冷ややかな視線を彼に向けるのみ。
「……拍手の一つくらいないかな?」
「ぺっ!」
通りすがりのメイドが拍手の代わりに唾吐いてったけど。
「世知辛いねえ……」
我ながらもう少ししっかりした設定に出来なかったものかと後悔している。
漂うこのだらしなさは相手にしてて気が抜けるねこれ。
「おまたせ」
「おおっと麗しい王女様のご登場だ、今日もお綺麗ですなあ。本日はこの私、ツェリヒ・ロロホルンが護衛を務めさせていただきます、どうぞよろしくお願い致します」
右手を彼女の前へと差し出すや、隠し持っていた一輪の花を手の中から出す手品を見せるツェリヒさん。
女性を口説くために鍛えた手品だ、もっと別の努力をしたほうがいいと思うんだが。
「よろしく。綺麗な花ね」
「……おや?」
「ん、どうかした?」
「……王女殿下、まだ体調は万全では、ない?」
「万全よ、気遣いありがとう」
「あ、ありがとう!? お、おやあ……?」
ツェリヒさんの困惑ぶりは――王女ユフィの悪女さが見られていないからだ。
本来ならばツェリヒさんの手品を見て悪態の一つでもついて花を受け取るのがユフィではあるが、ぽよよんさんはそんな性格ではない。
ユフィとぽよよんさんのこの差は、非常に大きい。
彼女にユフィを演じてくれと頼んでも、果たして進んで悪女を演じてくれるかどうか。
「で、では参りましょう。ご案内いたしまさあ」
首を傾げながら彼は先行する。
王女のぽよよんさんバージョンにはこれから慣れてくれ。
どっちも知っている分、俺はどちらかというとぽよよんさんバージョンのほうが好きだよ。
「殿下、捕らえたロルス国の者達にはどのような用件が?」
「え? あの、ええっと……」
視線で俺に早速助け舟を求めているな……。
本来の展開であればユフィがこっそりバテスト牢獄に行ってロルス国の人達を嘲笑ってて、そこに主人公がやってきて彼女をなだめて彼らと対談するって流れだ。
今や大幅に変更されている、どうすべきか。
ここは、そうだな……。
「ロルス国と一度話をしてみたかったんだよね? 今まで話す機会なんて無かったものだから」
「そ、そう! そういう事なの! とても、興味があるの!」
「殿下が聡明である秘訣はその好奇心旺盛なところですかねえ、私も見習いたいものですなあ」
露骨にご機嫌取りしてるなあ。
ツェリヒさん、相手はユフィじゃないからそんな事しなくていいんだよ――なんて、言えず。
「しかしお気をつけください。奴らは野蛮な者ばかりです」
「大丈夫、貴方達がついてるから」
「いやはやそうでしたねえ、何かあったらわたくしツェリヒがこの身を犠牲にしてでもお守りいたしまさあ」
「悠斗様、この方はとても調子のいい事ばかり言っているような気がしてなりません」
「実際そうだよ」
また二人でツェリヒさんにじとーとした視線を向けておく。
何をするにしてもどこか信用が損なわれてしまう人だ。身だしなみからしてもそう、整えられていない無精ひげにぼさぼさの頭は見た目の信用性も失われている。
彼はそんなの気にしない人だからあーだこーだ言っても直らないのは分かっているから何も言うまい。
もうちょっとしっかりした登場人物にしておくべきだったかなあ。
「ねえユートン、この後の展開なんだけど……私がロルス国と話を広げたようがいいよね?」
「そうだね、ユフィのようにするかは任せるよ」
「それは却下。彼らとは何を喋ればいい?」
この内容については聞かれてはまずい。
彼女もそれが分かっているため、声を落として俺に尋ねてきた。
俺も同じ声量で返すとしよう。
「ペテルエル山についての話からしていけばいいかな」
「……オルランテの悪巧みのやつ?」
「そうそう、強引な侵略だよ。そもそも今回の襲撃は帝国からペテルエル山周辺地帯侵略の話を聞いたのがきっかけさ」
「思い出してきたわ、皆で設定を考えてる時にもその話したわね」
皆で設定や話を考えている時が一番楽しかったなあ。
創作系が集うチャットでの醍醐味とも言える。
「しかもこれでロルス国の実力者がオルランテに捕らえられるもんだから帝国がロルス国を侵略しようと計画してるわけだ」
「じゃあ話を聞いて、ロルス国の人達を仲間にして彼らと共にロルス国に行って、ちゃっちゃと救って終わりね」
「い、言うのは簡単だけどさ」
「もしかしてだけど、私がロルス国に行くって言えば皆ついてくる?」
「……かもしれないね。君は今や王女様だし」
ユフィではなくぽよよんさんによる新たな展開作りは吉と出るか凶と出るか。
とはいってもだ、ユフィの場合は彼女の驕りによってかなり主人公は振り回されたりもするから、ぽよよんさんのほうは無難な道筋になるか?
扉が開かれ、外には既に馬車が待機しており、護衛の兵士達も整列していた。
一々こんな荘厳さを築かなくともいいものを。
彼女の小さな溜息につられて俺もするとこだったが何とか止められた。
「ユフィ!」
いざ外へ一歩目――は、初っ端から呼び止められてすんなり外出とはいかず。
一度踵を返し、声の主に対応するとした。
「あら、えっと、ち、父上?」
ぽよよんさん、この世界ではあの人は父親だから頑張って慣れてくれ。
といっても無理か、無理だよな。
赤の他人が、それも国王がいきなり父親として接してきたら誰でも戸惑う。
「外出すると聞いての、体はもう大丈夫なのかい?」
「え、ええ……大丈夫です。これから、その――」
俺に一瞥をくれるぽよよんさん。
ああ、分かったよ、ここは俺も会話に入ったほうがいいね。
「バテスト牢獄に行ってロルス国の人達と少し話をしたいと思っておりまして、彼女にその話をしたらついていくと仰ったので同行する形となりました」
「そ、そう! そういう事なのです!」
「交流会には出ないのかい?」
「交流会は……き、気分ではないので遠慮します、ジュヴィの事もありますので。魂送の儀にも参加しようと思います」
「お、おお……そうかそうか」
ツェリヒさんと同様に国王も王女ユフィとぽよよんさんとの違いに困惑しているな。
「……ユフィ」
「ど、どうしました……?」
溢れ出るよそよそしさ。
国王が一歩踏み込めばぽよよんさんは大げさに警戒して妙な構えをしてしまっていた。
「今日はどこか……大人しいね」
「そ、そうですか?」
「口調も、いつもと違って敬語だが」
「ち、父上へ敬意を込めたい気分でしたのでっ!」
ぽよよんさん、落ち着いてくれ。
返しが何を言いたいのかよく分からない感じになってしまってるよ。
「む、よう分からんが娘にそう言われるととても気分が良いな。しかし早速彼と共に行動するとは、二人とも気が合うのではないか?」
「そ、そうかもしれません」
気が合うというか、前々から気の合う仲だったしね。
国王も俺達が一緒に行動するのは一つの期待をしているために止めないであろう。
……一つの期待、ってのは。
まあ所謂、刺青の者と王女が仲睦まじくなってもらって後に結婚という流れにこぎつけたいのだ。
「危険な事はするでないぞ?」
「はい、刺青の者もおりますし大丈夫です」
「聖騎士団団長の俺もいるのも忘れないでくれよなあ~」
「うむ、彼らがついておるのならば安心だ。昨日襲撃があったばかりだ、遠出や長時間の外出は控えるようにな」
「承知しております、では行ってきます父上」
少しずつ慣れてきたのか、ぽよよんさんはどこか王女らしい気品を醸し出してきた。
馬車へそそくさといった足取りで入っていったが。
「娘には交流会にも参加してもらいたかったのだが、致し方あるまい。悠斗よ、娘を頼むぞ」
「はい、任せてください」
「俺も命を賭けて娘さんをお守りいたしまさあ!」
外野がちょっとうるさいな。
王女の外出と聞いてやってきたようだが、俺と一緒に行動すると知るや国王は温かく見送ってくれたものの、その温かい視線の理由を知っているが故に少し気まずかった。
ツェリヒ(外野)さんが馬に乗って先行し、馬車は緩やかな速度で後をついていく。
「先ずはジュヴィの魂送の儀場に行って頂戴」
懐から出してきた扇子を、ぽよよんさんは慣れない手つきで広げようとするも、中々思うように開かず。
王女らしさを出したいようだが、少々練習が必要のようだ。
「くっ……難しい!」
「ぽよよん様、開こうとせずとも持っているだけでも王女らしさが溢れ出ておりますよ!」
「そ、そう?」
「うんうん、持ってるだけで王女感が出てる」
「はぁ……でも、まだ慣れない。鏡を見ても、まだ自分の姿に驚くの」
「前とは格好は全然違う?」
「違うわ」
どんな容姿だったのだろう。
そもそも男子高校生を想像していたから今更ぽよよんさんが女性であると認識を改めた上で想像しても、うまく湧いてこない。
「背も低くなったし、すごく華奢になった。それと……む」
「む?」
彼女の視線が落ちる。
その先は、胸。
「……変わってない、あ、いえ、なんでもないわ」
王女は……貧乳だ。
変わってないというのは、つまりは……そういう事なんだね。
「ごめん」
「謝るな」
「あ、うん……」
羨ましそうにアリアの胸を見ては、扇子で突き始めるぽよよんさん。
「はぅあっ!? ぽ、ぽよよん様!?」
「女性の登場人物の胸はは彼女くらいのサイズが普通――にしておくべきだったのよ」
「貧乳はステータスだと、誰かが言ってたじゃん?」
「あ?」
「ごめん」
胸の話に関しては深くは話し合わないほうがよさそうだ。
しかし物語に登場する王女は胸が小さいパターンもあるのでは? 的な話をしてみんなもありよりのあり! って賛成してたのになあ。
「あ、ぽよよんの名前の由来って――」
「死ぬ前に言い残す言葉は、慎重に選ぶべきよね」
「なんでもございません」
「悠斗様、ぽよよん様はどうして不機嫌に?」
「異世界転移しても胸のサイズは変わらないもんだから……」
「今の私は王女なのよね、処刑命令も出せるのよね?」
「職権乱用だぞう」
いくら王女が悪役令嬢キャラだからって自分から進んでその道を歩まないで欲しいな。
不敵な笑みが実に恐ろしい。
「殿下、行き先はバテスト牢獄でよろしいでしょうか?」
丁度彼女の後ろの小窓から御者が声をかけるや、ぽよよんさんはびくんっと軽く驚いていた。
「そ、その前に、魂送の儀場へっ」
「畏まりました」
外へまともに出てきたのもつい先ほどの話。
となれば他人との接触はまだ抵抗が大いにあるようで、今の些細なやり取りでも(小さな)胸を撫で下ろしていた。
魂送の儀には俺達は既に参加したので馬車の中から彼女を観察するとして。
儀場に到着するや兵士達が左右に整列してその間を歩くぽよよんさんは非常に居心地が悪そうだった。
何度か俺達に視線を送っていた、一緒に来て欲しそうな目で。
「ついていってもよかったのでは?」
「ここは彼女に慣れさせないとな」
「大丈夫でしょうかぽよよん様……」
別に罠でも設置されているわけではないのだが、恐る恐るの足取り。
だがその道中、引き返してきた。
「どうしたんだろう?」
「何か探してますね」
「……ああ! 魂送の儀用の花を忘れたのか」
「そのようですね」
顔を赤らめながら仕切りなおして再びジュヴィさんの眠る棺へと歩き出すぽよよんさん。
雛の巣立ちを見守っている気分だ。
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ユーヤのお気楽異世界転移
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
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世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
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うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。
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孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。
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