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第三話.書物神からの贈り物

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「ん……」

 どこだここは。
 随分と木の香りがする、ベッドから降りるや第一声が床が軽く軋む音。
 こんな音、暫く聞いていなかったな。時代劇じゃあるまいし、壁も天井も床も木製まみれの部屋は初めてだ。
 やけにボロい部分もある、気をつけるとしよう。
 陽光――朝まで寝てたのか。
 しかし飲みすぎたにしては頭痛もない、目覚めはすっきりしている。
 最後に、ああ、最後に何か言っていたな治癒、とかなんとか。
 異世界じゃあ俺の常識は通用しない。
 ありがちな魔法とやらが出てきてもおかしくはないな。あの女のことだ、アホ面で語る頭のねじが一本足りない奴の考える物語はたかが知れている。

「なんだこいつぁ」

 扉に何か貼られている。
 ……原稿用紙? なんでこんなとこに貼ってるんだ?
 異世界でも日本で売られてるような原稿用紙があるのか? それも扉に貼る風習が。
 俺はそれを引っぺがし、書かれている文章を読んでみるとした。

 -------------------------------------
 
 これまで何人もの孤児を保護してきた彼女だが、酔いつぶれた子供を保護するというのは初めてだった。
 同席していた者達から話を聞くと少女は両親を亡くして傷心し、酒をしこたま胃の中へ流し込んでいたという。
 救いたい、救わねば道を外すかもしれない――エミルは一人小さく頷いた。
 そんな彼女を心配そうに見つめる修道女は気がかりな点を脳裏で並べていた。
 持ち物を調べたとき、出てきたのはナイフと大金。大金が入っていた袋は上級の貴族にしか手に入れられない皮製のもの。
 見た目はただの少女だが、疑念が漂う。
「行きましょう」
「はい、ですがお気をつけて」
「アンナ、心配には及びませんよ。入室も私一人にさせてください」
「ですが……」
「複数で参るよりも、私一人のほうが相手を気持ち的に圧迫させないかと思いまして」
 確かにそうかもしれないが、アンナにはたとえ少女であれ正体がはっきりとしない人物と二人きりにさせるのは心配であった。
 この国は日に日に物騒になってきている。
 あの少女が敵対組織による差し金である可能性も無きにしもあらず。
「では私は部屋の前にいるとします。何かあったらすぐにお声をおかけください」
「分かりました、ありがとうございます」
「いえ、領主様をお守りするは私の務めであります」
 もしも彼女に何かあれば自分は自らの首を落として責任を取る――彼女の固い覚悟は修道女らしからぬ鬼気せまるものであった。

 -------------------------------------

 日本語で書かれている。
 こいつぁ……俺が今いるこの世界の物語なのか?
 文章を読む限りこの少女ってのはおそらく俺のことを指してるのだろう。
 何なんだこいつは……待てよ? もしやあの書物神のよこしたものか?
 ならば書いてある通り、これからこいつらがやってくる?
 どうであれ――

「先ずは、と」

 扉に耳を当てる。
 廊下からは足音が一人分。
 通り過ぎたな、おや――また足音が近づいてきている、今度は二人分の足音だ。
 この部屋で止まるか?
 俺を連れ去ったのだとしたら扉に何の施錠もしていないのはおかしい、この場合この原稿通り保護したと考えるのが妥当だ。
 となると、昨日の記憶はうろ覚えだがこの領主様とやらが俺を保護した、と。
 あの声の主が領主様――だったら、顔を是非ともおがみたい。
 ブスだったらすぐにここを出る。
 足音が扉の前で止まった、体重の軽い足音からして女性で間違いない。
 ノックが四回……。
 ベッドに戻ろう、ここは寝ている振りをして様子をみたい。

「起きておられますでしょうか?」

 お、昨日聞いた女の声。
 俺は沈黙を返すとし、その間にベッドへもぐりこんだ。
 俺の荷物は――枕元にあったな、念のためにナイフ……って入ってない、抜き取られたか。
 まあいい、いきなり攻撃してくるわけでもあるまい。警戒する必要は今のところないか。

「失礼します」

 どうぞどうぞ、是非とも入ってその顔をおがませてくれ。
 俺は薄めで扉を凝視。
 ゆっくりと開かれる、寝ているだろうと踏んで物音を立てない気遣いをしてくれているんだな。

「まだ眠っておられます?」

 くくっ。
 美女だ、美女がいる。
 これだけですぐにここを出て行く理由はとりあえずなくなった。
 出るとこも出てる、悪くない――どころか、上玉、最高、好みのタイプ。

「治癒魔法も施しましたし、お体の具合は大丈夫だとは思いますが……」

 よし、起きよう。

「ああ、おかげさまで」
「あら? 起きておりましたか、それとも起こしてしまいましたか」
「いいや、さっきから起きてたぜ。ただの寝たふりだ、気にするな」
「寝たふり、ですか?」

 何故そのような行動を? と言いたげに首を傾げていた。
 気にするなと言ったら気にするんじゃねえよ、警戒心が体にそうしろと命令してくるんだよ。

「あんたは?」
「申し遅れました、私はエミル・ハルグンスト。北区の領主をしております」

 原稿に出てきたのと同じ名前。
 あんな少ない文章じゃあ何の情報も得られなかったが、こうして見るとお嬢様って感じだな。
 椅子に座る仕草、それに座るや手は閉じた膝の中央に軽く重ねて礼儀が染み付いている印象を受ける。
 歳は十七、十八あたりか。

「俺は……」

 待て。
 なんて名乗ればいいんだ。
 今は女の姿になってる、これで牧島重蔵なんて男の名前を名乗るのもな。
 重蔵はやめておこう。

「牧島だ」
「マキシマ? 冬和国のようなお名前ですね、でも目や髪は――」
「名づけ親が冬和国出身だったんでな」
「なるほど、そういうことですか」

 冬和国という国があるようだな。
 どんな国かは知らんが、嘘のネタになるし利用させてもらおう。 

「マキシマさん、いきなりこのような場所で目を覚まして困惑しておりますでしょう。ここは孤児院です、安心してください」

 年下にも敬語か、不安を与えないよう笑顔も絶やしていない。
 一つ気がかりなのは足音が二人分あったのに一人しか入ってこなかった事だ。
 もう一人はあの半開きの扉の奥か。
 ここからじゃあ確認はできないが、扉の隙間からこちらの様子を窺っているのかもしれん。

「お体の具合はいかがです?」
「すこぶるいい」

「それはよかったです。治癒魔法が効いてくれてほっとしました」
「魔法……」

 治療ではなく、治癒魔法。
 この世界では医者より魔法を使える奴のほうが重宝されそうだな。
 そんなものが現実にあるとは――と、考えるもののあの女曰くここは異世界。
 俺の中にある常識は一度捨て去ったほうが割り切れる。

「お腹、すいてますか?」
「腹ペコだ」

「朝食をお持ちいたしましょう」
「それはありがたいね」

 まだ信用していいのか分からんが、朝食くらいは頂いておこう。
 一室まで設けて治癒魔法とやらも使ったようだ、朝食に何か仕込むなどという無駄な手間などやりはしないだろう。
 少々お待ちください――と、エミルは最後まで凛とした落ち着いた様子で部屋を出て行った。
 お嬢様というのは雰囲気から違うものだな。
 昨日の看板娘とは大きな違いだ、あれはあれで悪くないが。

「ん……」

 エミルが部屋を出る際にちらっと見えた修道服。
 あれがアンナだな。
 この原稿、書いていることは事実らしい。俺の知らない場面が書かれているのは面白い。
 あの女がよこしたちょっとしたサービスなのかねえ。
 この世界が物語を基準とした異世界なのは理解した。
 あの女、完結まで俺に物語を進めろとでもいうのか。
 人助けをすれば減刑? ふん、何をどうしろっていうんだ。
 そんな気はさらさら無い、金が動くなら人助けはしてもいいが。
 とりあえず俺が今すべきことは、今したいことは人助けよりも金を集めて不自由ない暮らしだ。
 何も知らない世界だ、何かを知るには金がいる。
 そして生きるにはもちろん金、金があれば最初に買えるのは安心と安全。
 それを手に入れてから今後この世界でどう生きるかを決めようじゃないか。
 そうだな……あの女、領主なんだから金はたんまり持ってるだろう。蓄えてる金を全部頂いてトンズラこくとするか。
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