ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

文字の大きさ
7 / 34

007 先輩はどこへ?

しおりを挟む
 一限目が終わると同時に、俺は席を立った。

「どこ行くの?」
「ト、トイレだよ」
「あ、そう」

 素っ気ない返しだ。
 治世は主人公を守るという使命があるために動向を確認しておかなくてはならないが、流石にこのちょっとした休み時間もべったりついてくるという事はないだろう。
 教室を出ると、視線だけが追っているような気はしたが後ろにはついてきていない。
 俺はそのまま先輩の教室へと向かった。
 階段を下りて、二階のすぐ手前、五組と書かれたプレート、教室を見やり、記憶と光景を一致させる。
 先輩の席には、誰も座っていない。

「あの、物見谷先輩を知りませんか?」

 近くで談笑をしている女子生徒に声を掛けてみる。
 高校時代であればきっと話しかける事すら勇気のいる行為であったが今の自分には何の支障もない。経験なら未来で培ってきた。

「え? 物見谷?」
「はい。たしか……あそこの席に座ってる人で……」
「他のクラスと勘違いしてない? うちのクラスには物見谷っていう名前の人はいないけど」
「えっ……?」
「それにあそこの席はほら、あいつだよ」

 物見谷先輩の席に、別の男子生徒が座った。
 まるでそこが自分の席かのように、座ったのだ。

「も、物見谷美菜……って人、本当に……知りませんか?」
「うちのクラスにいないのは確かだねえ」
「そう、ですか……」

 俺が組を間違えたのか……?
 念のために二年全ての教室へ訪れて同じ質問をしてみたが、ほぼ全て同じ返しをされた。
 短い休み時間が終わりそうになり、それでも俺は諦めずに今度は廊下へやってきた先生達に片っ端から質問していった。
 ……結局、何の手がかりも得られず怒られて自分の教室への帰路についている。

 結論、物見谷美菜という生徒はこの学校に存在しない。

 あまりにも衝撃的な事実に、覚束ない足取りはよろめきを誘発させて、何とか壁に凭れて姿勢を保つ。
 先輩に会えると思ったが、その希望は潰えてしまった。
 ……一体、どうしてこんな事が起きてるんだ?
 俺の知る過去と違う、全然違う。
 これまた、重大な疑問が増えたがそれよりも、先輩に会えないという事実に落ち込んだ。
 正体不明の原稿まで現れて心細かった。
 先輩と会うだけでもきっと、気力は十分に湧いてきたはずだった。それに……話したい事は、いっぱいあった。
 先輩とはまだ会う前の時期だから、きっと何も分からないと思うけど。とにかく、会って話をしたかった。
 また先輩を失ったかのような気分で、本当に辛い。

「――何してるの」

 床に落としていた視線を、声のほうへと向ける。

「治世……」

 彼女は眉間にしわを寄せて、腕を組んで立っていた。
 俺を探していたのか……。

「泣いてたの?」
「え、あっいや……」

 自分でも気が付かないうちに、少し泣いていたようだ。
 先輩と二度目の別れを感じて、思わず涙が出てしまった。すぐに目をこすってそっぽを向いた。ちょっとした強がりだよ、あんまり顔を見ないで。

「な、なんでもないよっ」
「……授業始まるわよ」
「あ、うん……」
「具合でも悪いの?」
「そうでは、ないんだけどね……」

 具合が悪くなりそうではある。

「あ、そう。一人になりたい?」
「そんなに気遣いしなくても、大丈夫だよ」
「本当に?」
「ああ、大丈夫大丈夫」

 涙を拭って笑顔を見せておいた。
 昨日のぐしゃぐしゃな顔よりはマシに見えるはずさ。

「……なら行きましょう。二年生の階で何してたのよ」
「その、ちょっとね……」
「ちょっとって何よ」
「先輩、探してて……君、知らない? 物見谷美菜って人なんだけど」
「さあ。知らないわよ、誰なの?」
「お世話になった……いや、なったというか、それはまだで……でも、文芸部を再建するには必要な人で……」
「一体何を言ってるの? 理解できないわね。ほら、行くわよ」
「うん……」

 踵を返す彼女に、ついていく。
 快活な足取りで行く彼女の背中を見ていると、その頼もしさは心細く弱っていった俺の心に少し光を見出させてくれた。
 それから。
 あまり心境的に授業なんて受ける気にはなれない俺は、折角だし先ずは身近なものから理解していこう――と、立ち振る舞った結果。
 ……原稿に書いている通りの行動をしてしまい、やはり肩パンを食らった。
 まるで預言書だ、あの原稿は。

「――文弥」
「な、何かな?」

 これまた原稿と同じ台詞を思わず放つ。
 原稿通りに進むのならば続く彼女の台詞を、俺はもう知っている。

「ご飯、食べましょ」

 おお……原稿に書いていた通りに話が進む。
 少し先の未来が小説形式で書かれている原稿、か。一体何なんだこの原稿は。

「そうしよっか」

 彼女の顔色を伺いつつ、そっと俺は席を立つ彼女の後ろをついていった。
 午前中のほとんどを、現状の分析に費やしたが何がどうなってこうなったのかまったくをもって分からんの一言に尽きる。
 過去に戻った、物語が現実になった、先輩が学校に存在していない、治世は冷たい性格になっているけれどそれでも可愛い、やっぱり俺の考えたヒロインは可愛い、うーん……可愛い。
 結果的に、後半は治世の観察ばかりになった。
 治世は性格以外の設定に関しては大きな変化はないようだ。
 クラスメイトともそれなりに会話をしている、大体が話しかけられてばかりで自分から話しかけにいく事があまりないのは設定通り。
 成績は優秀、先生の質問にも言葉を詰まらせずすらりと正解を答えていた。主人公よりも頭がよくて、というか学年で上位に入る頭脳の持ち主、これも設定通り。
 身長は、俺より少し高い。
 設定では彼女の身長は主人公とほぼ同じのはずだったんだが……。彼女の身長は何故か少し高く変更されている。どうして?
 気付いた点はこれくらいだが、まだまだ彼女の観察は必要だ。

「文弥、今日も弁当よね?」
「あ、そうだった」

 いかんいかん、忘れるところだった。
 母さんの作ってくれた弁当をすぐさま回収、と。

「屋上で食べましょう」
「屋上で!?」
「大体いつもそうじゃない」

 ……ああ、と。
 普通、学校の屋上はどこも大体が出入り禁止で、俺の母校もそうだった。
 けれど俺の書いた物語では解放されている。
 ベンチや花壇などもあり、小規模ながら屋上庭園として綺麗に整えられているはずだ。
「うぉぉ……意外としっかりした屋上庭園だねえ」
 昔、こんな屋上だったらいいなと思って物語に書いた記憶がある。
 そんなおぼろげな記憶が、こうしてはっきりと形になっているのを見ると、感動ものである。
 心地よい風が頬を撫で、木々の香りが鼻孔をくすぐった。最高だ。

「何言ってるのよ、昨日も利用したばかりじゃないの」
「そ、そうだったね……」
「実は記憶喪失でした、とか言わないでしょうね」
「言わない言わない! ばっちり憶えてます!」

 全てにおいて、懐かしさと新鮮さに見舞われている。
 十年振りの高校生活というだけでも、ただでさえ楽しいというのに、俺の願望が所々に見られる物語が現実に混ざってきたとなると、尚更で。

「席を取られる前に座るわよ」
「はいよ」

 早足で隅っこのベンチへ座り込む。

「よし、食べよう!」
「何か気合入ってるわね」
「いやあ母さんが作ってくれた弁当が楽しみで」

 加えて、先輩以外で昼休みに女の子と一緒に食べるのは初めてだ。
 とても嬉しい体験である。心はやや老いてはいるものの、嬉しいよこういうのは、本当に。こんな青春時代を送りたかった。だからこそ物語の主人公に、これでもかと味わわせたのだが、まさかそれが自分に返ってくるとはね。
 ……先輩がいたら、もっと嬉しかったし楽しかっただろうな。
 先輩は、どこに消えてしまったんだ?

「楽しみ? 大好物でも入れてくれたの?」
「そんなとこ」
「いいわねえ、作ってもらえる上に大好物まで入れてくれるなんて」
「あっ……」

 そうだ、治世の両親は……異能関係の争いによって、幼い頃に亡くなっているんだったよな……。
 彼女の持っている弁当は自分で作ったものだ。
 伯母の美耶子さんと生活しているとはいえほぼ一人暮らしと変わらない。
 辛いというわけではないが、寂しさを何度か抱かせる生活――という設定にしている。

「ごめん……」
「気にしないで。私のほうこそ少し嫌味のある言い方だったわね、悪かったわ」
「君が謝らんでも!」
「そうね、そうよね。逆にお前に謝罪と賠償を要求するわ」
「賠償まで!?」
「冗談よ、食べましょう」

 淡々としてるなあ、なんて思いながらも。
 俺は弁当を膝の上に広げて歓喜の声を漏らすと同時に――

「お二方奇遇ですね。ご一緒しても?」

 委員長が早速やってきた。

「悪いわね、このベンチは二人用よ」

 某子供向け番組に出てくる奴の台詞を真似てるのかな治世は。

「ありゃ~? でもこうして詰めると、よいしょ、よいしょ」
「わっ、ちょ、ちょっと!?」

 委員長は俺と肩や腰を密着させてはずりずりと詰めてくる。
 そもそもこのベンチ、三人は余裕で座れる幅があるからそんな詰める必要もないのだが。

「ほら、座れました!」
「誰が座っていいと言ったのよ」
「いいですよね~? 文弥君」
「よ、よろしいです」

 ……朝に続いて、昼も両手に華、か。
 主人公ってのは悪くないもんだねえ。男子の憧れるイベントが容易く訪れるのだから。
 しかし何かと接触してくる委員長の様子からして……やっぱり敵で間違いないのかなぁ、間違いないよなあ。設定からして、そうだろうし。
 敵じゃあなければ、折角のタイムリープ、高校生活を満喫する上で共に楽しく過ごしたいところだった。

「こうも雲一つない青空だと屋上で食べたくなりますね~」
「そうだねえ」
「昼休みとなるとお二人はよく一緒に教室を出て行きますがいつもここで?」
「そうよ、昔から昼はよく一緒に食べてたから高校に入っても習慣になってるだけで、これといった意味は無いわ」

 頷いておこう。

「ありゃ~。仲がすごくよろしいんですねえ」
「そうかもしれないわね」
「そこはちゃんと認めておかない? 俺達、仲いいよね?」

 設定的にも、そうであるはずなのだが。

「腐れ縁、腰ぎんちゃく、キーホルダー……」
「何故唐突にそんな単語を出してくるの!?」

 キーホルダーは飽きられたらいつか交換されるんじゃないかな?

「嫌よ嫌よも好きのうちってやつですかね~」
「ええ、そうそう。そういう感じよ」
「感情の起伏なくさらっと言うのが気になるなあ」

 あ、目を逸らした。
 治世さん、こっち見てくれない? てか君が今食べてるそのミニハンバーグ、俺のじゃない?

「それよりお前、最近よく私達のとこに来るけど何なの?」
「クラスメイトと親睦を深めたいだけですよ~。あわよくばお二人とは良い友人関係を築きたいと思っておりますね」
「結構よ」
「ありゃ~、断られてしまいました。文弥君、どうか間に入って交渉してくれませんか?」
「やってみよう!」
「結構よ」
「委員長、失敗です」
「一筋縄ではいかないようですね~」

 委員長と普通に話をする上では楽しいが、これも彼女が俺達の懐に入り込むための策略と思うと何とも複雑な気分だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

自由でいたい無気力男のダンジョン生活

無職無能の自由人
ファンタジー
無気力なおっさんが適当に過ごして楽をする話です。 すごく暇な時にどうぞ。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

処理中です...