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16.ファンクラブ

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「おはようー!」
「お、おはよう」
「うむ、おはよう春音」

 今日もいつも通りの春音さんだ。
 昨日の件がずっと頭に引っかかっている、また今度話そうと言っていたが、さて、いつ話をしようかね。
 今すぐにでもいいのだけれど流石に教室でお話はできないか。鼎ちゃんもいるし。
 一先ずは授業を受けつつ、意識はどうしても春音さんに向いてしまうために今日は中々授業に集中できなかった。
 休み時間にて。
 トイレに行き、戻ってきたところ、廊下に春音さんがいた。
 俺を待っている様子だ。
 彼女の傍に近づくと、

「放課後、六時にこの店に来て」

 彼女は笑顔で俺の手にメモを握らせて颯爽と教室へ。
 メモには店の名前が書いていた。『喫茶店ブランジュ』は学校から少し離れた場所にあるようだ。放課後ね、行ってみようじゃないか。

「ふー、終わった終わったー」
「帰ろうか、鼎ちゃん」
「うむ、帰ろうかっ。春音も帰るか」
「ごめーん、今日はちょっと用事があって!」
「そっか、残念。では二人で帰るとするか」

 春音さんと目が合うやウィンクをしてきた。
 この後、よろしくねといった言葉が盛り込まれている気がする。
 とりあえず一旦帰路について鼎ちゃんと、今日も何事もなかったかのように過ごそう。
 六時前になったら着替えて喫茶店ブランジュへ向かうとしよう。

「学校というものは楽しいものだなあ」
「楽しんでくれていて何よりですよ」
「董弥はどうだ、楽しかった?」
「鼎ちゃんと一緒に過ごせたので楽しかったです」
「に、にひひっ……そうか!」

 嬉しそうに頬を緩める鼎ちゃん。
 今日一日の疲れも吹っ飛ぶってものだ。いやしかしそんなに疲れていないか、考え疲れはしているが。主に春音さんについての、考え疲れだ。

「友達も増えたし、いつかはあれをやりたいぞ」
「あれ?」
「ほら、えーっと……お泊り会!」
「ああ、いいですね。女の子同士集まってお泊り会をするっていうのはなんか女子達の中では定番らしいですよ」
「うむ、それで恋バナというのをやってみたいのだ!」
「夏休みには出来るんじゃないですかね」

 鼎ちゃんはクラスで馴染み初めており、春音さんの他の女子生徒とも話すようになってきた。
 人見知りも少しずつ改善されていっている、ただ、春音さんを通さないと中々まだ女子達の輪に自分からは入れない様子だ。

「その時は董弥も一緒にお泊り会しよう!」
「女子会の中に入るのはちょっと……」
「むぅ、ならば二人でお泊り会はどうだ?」
「それならいいですよ、といってもお隣さん同士だからいつでもできますね」
「言われてみればそうだのう」

 何なら今日でも鼎ちゃんが家に来てくれればそのままお泊り会ができるわけで。
 毎日俺達二人だけでお泊り会というのもいいな、是非ともやりたいぜ。
 ってそれってもう同棲みたいなものだな。鼎ちゃんとならば、いいかも。

「それじゃあ、また明日」
「うむ、また明日」

 家に到着して、鼎ちゃんと別れる。
 時刻はまだ五時前。
 部屋に戻っては着替えをしてゆっくりと時間を過ごすとした。
 一応スマホで喫茶店ブランジュを調べてみたが、ここからなら徒歩十五分程度。
 ネットの評価は星3.5。ごく普通の喫茶店のようだ。
 この喫茶店自体に何かあるわけでもなさそうだが、一応警戒しておかなくては。
 といっても護身用の武器を持っているわけではない。
 身構えではなく心構え程度。
 ……春音さんに会って話を聞く、それだけならばさほどの警戒は必要ない……のかな。
 喫茶店ブランジュに到着したのは約束の時間の十分前。
 店内へ入ると、一番奥のテーブル席には既に春音さんが座っており、俺を見るや小さく手を振ってくれていた。
 クラシックが流れる、落ち着いた雰囲気の店内。
 コーヒーの香りが鼻孔をくすぐり、普段は飲まないコーヒーを飲みたい衝動に駆らせてくれる。

「早かったね」

 春音さんはいつもの笑顔で、そう言う。

「きみのほうこそ。いつからいたんだい?」
「ついさっき来たばかりだよー、ほら、コーヒーだってまだこれだけしか口をつけてないし」
「そっか。とりあえず俺もコーヒー注文しようかな」

 店内には客は五人ほど。
 入り口付近に客が集まっているあたりからして、春音さんの仲間な気がする。
 普通、まばらに座るもんだろう。
 友人同士という可能性もあるが何一つとして会話せずに淡々とコーヒーを飲んでいるあたり、怪しい。

「そんな警戒しなくていいわよー、彼らはただの護衛みたいなものだから」
「あ、やっぱり君の仲間なんだね」
「そうよ、自然と紛れ込ませるのもよかったけど逆に警戒させすぎちゃうかもと思って分かりやすい配置で座ってもらったの」

 なるほど、そういうことか。
 確かに分かりやすかった、おかげで余計な警戒心は、なくなった。
 コーヒーが運ばれてきたあたりで、

「それじゃあ、お話しましょうー」
「うん、話をしよう」

 コーヒーには砂糖とミルク。
 ミルクは多め、それが俺のコーヒーの飲み方。
 春音さんはブラック派のようだ。

「わたしはね、とある組織の人間なんだけど、鼎ちゃんを確保しようっていう組織と違って、鼎ちゃんを崇めるための組織って感じなの」
「崇めるねえ……?」
「だから木造さんのような組織とは対立してて、今も水面下で動いているのよー」
「まさかきみがそんな組織の一員だとはね」
「意外だった?」
「ああ、すごく意外だった。鼎ちゃんの前の席になったのもきみの組織が手を回ししたのか?」
「それがね、あれは偶然なの。いやーわたしもびっくりよ、鼎ちゃんが平輪学園に入学するらしい情報は得ていたけどまさかわたしの後ろの席だとは思いもよらなかったわっ」

 ……なんという神様の悪戯か。
 春音さんにとっては僥倖もいいとこであろう。

「鼎ちゃんを崇めるための組織って言ってたけど、活動内容は一体どのようなことを?」
「あんまり詳しくは言えないんだけど、鼎ちゃんはいわゆる神様的存在として古くから言い伝えられてて、鼎ちゃんの敵を排除していつか鼎ちゃんをお迎えしたいと思ってるのっ」
「ん……古くから言い伝えられてる、だって?」
「そうよ、鼎ちゃんやそれに鼎ちゃんを守る一族――董弥くん達なんか意外と有名人なんだからっ。ありがたやー」
「ちょっ、祈らなくても……」

 両手を合わせられた。
 祈られるなんて、人生で初めてだ。
 しかし鼎ちゃんを守る一族、か。思えば昔からそういった立ち位置であったとは思われるが、実感はあまりないな。

「わたし達の組織を立ち上げた人もその一族の遠い親戚なんだっ。まあでもなんていうんだろ、鼎ちゃんファンクラブってとこかもっ」
「ファンクラブねえ……?」

 それにしては物騒なクラブ会員をお持ちで。
 正直俺は入りたくないぞ。

「鼎ちゃんの力はすごいよね、きみがいきなりバスケができるようになったのも鼎ちゃんの力でしょう?」
「まあ、そうだね」
「いつかわたしも鼎ちゃんに何か願いごとを叶えてもらいたいなあ。あっ、こんなこと言ったら怒られちゃうわね。欲深いのは駄目駄目っ」
「欲深い、か……」
「董弥くんは自分から願いごとを言ったことは?」
「あるよ。鼎ちゃんと楽しい学校生活を送りたいと願ったんだ」
「ああっ! それで鼎ちゃんが街にやってきたのね! 素晴らしい願いごとだわっ! おかげで鼎ちゃんをこの目で見れたと感激した信者がたくさんいたんだから」

 信者と言っているあたり、ファンクラブっていうより宗教団体じゃなかろうか。
 まあ、別に組織だろうがファンクラブだろうが宗教団体だろうがどうでもいいさ。

「鼎ちゃんが楽しい学校生活を送れるようわたし達も影から支えるから、何かあったら遠慮なく言ってね」
「ああ、それは助かるけど……」
「けど?」
「まだ、その……」
「信用はできない? うん、そうよね。分かるわ、いきなりこんな話をされても困るでしょうしね」
「ごめん……」
「いいのよ、謝らなくて」

 春音さんは笑顔を浮かべてそう言う。
 なんだか、いつもの笑顔なのに、違って見える。
 俺はコーヒーを口に運ぶとした、苦みと甘みを取り入れて冷静に考える。
 彼女達は一応、味方と見ていいのだろう。
 遠い親戚が立ち上げた宗教団体――とりあえず確かめたいのは、うちの家族や親戚がその存在を把握しているか、だな。
 もし把握していないのであれば、正体不明の組織であるには変わりない。逆に把握しているのならば何かあれば、彼女の言う通り遠慮なく頼りにしたいところだ。
 木造さんとは昨日はただの会話で済んだが、次はまた銃をぶっ放してくるかもしれない。
 味方が必要だ。
 数と、それに力。
 どちらも備わっているであろう彼女の宗教団体は、現段階では味方とは確実には言えないのでどうしたものか。

「深く考えなくてもいいのよ、わたし達はあくまで鼎ちゃんを影で支えるだけだから」
「そ、そう……」
「木造さんの組織はなんとかしないといけないわよね」
「なんとか、できる?」
「今はまだなんとも。木造さんを捕まえて何か吐かせられればいいんだけどね」
「あまり物騒なことはしないでくれよ……?」
「努力するわっ」

 そこはしないと断言してほしかった。
 彼女のいつもの笑顔が怖く見える。

「けれどよかったわ」
「よかった? 何が?」
「わたしはてっきり拒絶されるものだと思ったから」
「拒絶?」
「だって正体不明の組織の一員として近くにいた――なんて思われたら、嫌だろうし」
「……いや、びっくりはしたけど拒絶とまでは」

 こう見えて今でも驚いてるんだぜ。
 表に出さないだけで、昨日の件がなかったら絶対に信じていなかっただろうよ。

「聞いていいかい?」
「いいわよ、わたしが話せる範囲内でなら、なんでも話すわ」
「木造さんの組織はどれほど調べがついてる?」
「長年調べてるけど詳しくはまだ分かっていないわね、でも政府が絡んでいる可能性は高いわ」
「政府が……?」
「部隊や武装は一般では到底手に入らないものばかりなのよね、政府か裏社会の人間か、どちらかだとは思うけど、後者ならもっと強引な手を使ってくるものよね」

 一理あるな。
 むしろ春音さんの組織のほうが、昨日のあの襲撃は裏社会っぽいやり方――なんて、口には出せないけど。

「七年前の襲撃なんか、記事にもなってないしね。それほどの隠蔽ができる力を持っている組織と考えるべきねー」
「君らの組織よりもあっちのほうが社会での権力は持っているとみていいのかな」
「そうでしょうね、一筋縄とはいかないと思う」
「はあ……なんだか知れば知るほどすごい状況だな」
「だよねっ、でもわたし達は董弥くん達の生活を平和に保つために頑張るから、安心して!」
「安心したいところだけど、そのためには信用が必要かな……」
「これから信用を積み重ねていくとするわねっ、先ずは忠誠のお祈りから! ありがたやー」
「お祈りはいいよっ!」

 何度祈られても俺は俺で何もできない。
 俺には何か特別な力が備わっているわけではないのだから。
 祈るなら鼎ちゃんに祈ってもらいたいものだ。

「学校には、きみの他にも同じ組織の人間がいるの?」
「ええ、いるわ、うちのクラスにはいないけど他のクラスに」
「他のクラスか」
「いつも見守ってるわっ! 鼎ちゃんと青春を謳歌しちゃっていいのよ!」
「謳歌したいけれど木造さんのことを考えるとなんともね」
「わたし達が昨日のように何とかしてみせるわ!」
「なるべく昨日みたいなことはやってほしくないんだけどなあ……」

 あんなの、警察に見つかったらすぐにニュースになるっていうもんだ。
 といってもこれまでおそらくひっそりと存在していたであろう宗教団体、そこはうまく立ち回るのかな。

「……鼎ちゃんって、一体何なんだと思う?」
「神様に決まってるじゃない」
「神様ねえ」
「だって、なんでも願いごとを叶えてくれるのよ、神様以外ありえないわよ」
「木造さんは鼎ちゃんのことを怪異って呼んでたんだよね」
「まあっ、なんて罰当たりな!」

 春音さんは頬を膨らませて怒りをあらわにした。
 コーヒーをすするその音は少しばかり激しい。

「一度とっちめないと気が済まないわね……」
「どうか冷静によく考えてから行動してくれよ……」
「それじゃあ、わたしからの説明も終えたし、今日はこの辺でお開きにしましょうか」
「あ、うん」

 ちなみに会計は春音さん持ちだった。
 お財布がいつも寂しい俺にとってありがたいことだ。
 にしても彼女が妙な宗教団体の一員だとはね……幼い頃から鼎ちゃんについて教えられて、何かしら戦闘経験なりなんなり積んできたのだろうか。
 人は見た目によらないっていうけど、本当にそうだな。
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