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第六章

043 内部環境

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「お? ここは少し広いな」

 十字路に差し掛かった。
 中央はやや広く冒険者の何組かは休憩をとっていた。
 その中に見覚えのある一行を見かけ、俺は声をかけた。

「来てたかっ」
「おー、シマヅ! 遅かったじゃないかっ」

 クオン達はいくつかの小袋を所持しており、ダンジョンの探索から戻ってきたところのようだ。
 成果は聞かずともな。三人は既に満足そうにしている。

「ん? パーティ組んだのか?」
「成り行きで……」
「何か妙な事情が絡んでいそうだな……」
「うん……」

 俺の表情から察してくれるクオン。
 君とは良い友人関係を築けそうだ。

「でも良かったじゃないか、少なくとも君の依頼についていける冒険者なんだろう?」
「ついていけるのかな?」
「えっ、いけないの?」
「……いや、いけるのかも」

 俺のパーティをクオン一行に紹介した。
 仮面少女にはクオンの後ろ二人も訝しげに見ていたが、彼女の丁寧な挨拶と落ち着いた雰囲気、そして祈りを捧げてきちんと頭を下げる作法にはその訝しさもすぐに払しょくされていた。
 仮面を被っているのは何か事情があるのだろう、あえて問うまいとしてくれているために仮面についての話題をクオン達は振らずにいてくれていた。
 本当に助かるよ。
 王女も正体を隠すための嘘を述べたくはないだろうし。

「――じゃあ、まだ組んで間もないのか」
「大丈夫なのあんた達。ダンジョン舐めてない?」
「大丈夫だよ……多分」

 思い返せば思い返すほど、不安要素ばかりが目に付いてだんだん不安になってきた。
 俺達全員、ダンジョンは初挑戦だ。知識不足と経験不足は、何かミスを招いてしまうかもしれない。

「シマヅがおるのなら心配ないじゃろう。わしらだって四角形ボード二人に、一人はただの老いぼれだぞい」
「ロッゾじいはベテラン冒険者だし、今回のダンジョンだってロッゾじいのおかげでスムーズに行けたおかげじゃない」
「シマヅ、十分に気を付けてな」
「ああ、心配ありがとう」

 いかんいかん、自分がしっかりと自信を持ってダンジョンに立ち向かわなくては。
 ここは俺がみんなの大黒柱となろうじゃないか。

「しかしこのダンジョン、思った以上にすごいぜ」
「というと?」
「地下庭園がいくつもあるんだ、これまで見つかったダンジョンの中でも最大級って噂だ」
「ほほー、最大級かっ」

 まだ見えぬこの先に、その地下庭園とやらが多数あると知ると心躍る。
 王女のそわそわも加速し、それとは裏腹にまた身を縮めるフラーウ。長い耳が少し垂れ下がっている。可愛い。

「ただやべぇ魔物が奥にいたって話を耳にしたぜ」
「やべぇ魔物!? そうかそうか!」
「えっ、なんか嬉しそうだな」
「奥に行けばいいんだな!?」
「正確な場所は分からないが、この先にある地下庭園の更に奥へ行ったところにいたって聞いたぜ」

 俺はフラーウを見た。
 フラーウはまだ耳が垂れ下がった状態ながら、話を聞いて両手を強く握っていた。
 その握り拳――勇気を振り絞っている彼の意気込みや良し。

「魔物討伐を目的とするなら十分に気をつけろよ」
「心配ありがとう。クオン達は今日の探索は終わりか?」
「今日のところはね。想定していたよりもダンジョンが広くて色々と準備不足だったから、装備を整えるために出直すよ」
「俺達も準備しなおしたほうがいいかな……?」

 ダンジョンに入ったばかりではあるが、もっと慎重になるべきだろうか。
 俺達の場合は準備不足というかパーティすら結成したばかり、不足を探せばキリがない。

「素材回収を重視しないならダンジョンを見て回るだけでもいいんじゃないか?」
「それもそうだな……。素材回収を目的としてるのは一人だけだしな」

 王女は親指を立てていた。
 どうぞごゆっくり素材回収を満喫してください。

「じゃあまたな」
「おうっ」

 クオン達と別れ、彼から教えてもらった地下庭園を目指すとした。
 どの方向に自分達が向かっているのか曖昧だが、今いる大体の位置は山の下あたりになるのだろうか。
 本当に広い、その上道も多くちらほらと魔物も出てきていた。
 といっても――冒険者も多いので彼らが戦闘しているところを横切るのが多かったが。
 そうして十五分ほど歩いた先で、ようやくたどり着いた。

「これが……地下庭園か」
「はわ……すごいですぅ……」
「アルヴ様、感謝致します、私をこのような神聖なる空間へ無事に誘っていただいて」
「ぼ、僕なんかが踏み入れていいのでしょうか……」

 ドーム状の地下庭園は天井から木の根がいくつも下がっており、その根には輝かしい光を放つ花がいくつも咲いて地下庭園を照らしていた。
 壁からは水が流れていて苔や草花が地面を埋め尽くしており、その近くをくりっとした目の小さく丸い魔物が列を成してちょろちょろ動いている。
 まるで苔が命を宿したかのようだ。俺達を見ては逃げていき、敵意は感じられない。冒険者達は特に戦おうとしていない、放っておいてよさそうだな。

「所々で掘られたような跡があるな」
「魔力石が大量に取れるのでしょう」
「きちんと荒らさないよう埋め戻されておりますね。掘る場合はちゃんとその後の整地も心掛けるよう注意事項に載っていますので私達も気を付けましょう」
「そうですね。さて、私は……」

 と、王女は手近なところからまた草花等の採取をし始める。
 魔力石には目もくれない。

「奥に行くから、遅れずにちゃんとついてきてね」
「はい、大丈夫です」

 所によっては腰まで草が伸びている場所もあり、足元に何があるのか分からない場所があるので十分に注意して進みたい。

「空気が美味いな」
「僕の村も自然の中にありましたが、ここは神秘さも加わっていて幻想的ですね……」

 ダンジョンは危険な場所――それは理解しているものの、この居心地の良さが警戒心をほぐしにかかっている。
 鼻孔を撫でるようなこのアロマに似た香りも頬を緩めさせてくるおかげもあって本来の目的すら忘れてしまいそうになる。

「太陽が無くても意外と草木って育つもんなんだな」
「ダンジョン内は魔力も濃いので、魔力を栄養として取り込んでいるのではないでしょうか」
「魔力を?」
「はい。元々耐陰性を持っているでしょうが、長くこの環境下で育っているとすれば、自然と魔力を取り込む性質になると思います」

 見てください、と王女は採取して試験管に入れていた紫の花を俺達の前に差し出した。
 薄っすらとだが、彼女の手から淡い光が――魔力が流れていくのが見える。
 するとわずかに花びらが動き出した。
 まるで活力を頂いているかのように。

「おおっ……」
「一つの進化、でしょうね。素晴らしいです」

 仮面越しからうっとりする王女。
 俺達に説明を終えるとそそくさと再び採取を始めた。
 奥に行くにつれて草木も茂ってきているから、王女が離れ離れにならないように後ろにも気を配っておかなくては。

「んひっ!?」

 何やら妙な音のするほうへ、フラーウは草木をかき分けて進むや飛び跳ねて後退した。

「ん?」
「あ、どうもこんにちわー」
「あーどうも」

 なんだ、魔物かと思ったら……冒険者じゃないか。
 露出した岩肌にロックハンマーで地道に掘っていたようだ。
 鉱石や魔力石が出てきた場合傷つけないためか、コリコリと削ったり、時にはコンコンと小さく叩いたりと繊細な作業を行っていた。

「順調です?」
「ええ、こういう混じりけのない綺麗な土色の岩肌はよく採れるんです。ほら」

 彼は足元へと視線を送ると、既に大量の魔力石が採られていた。

「おおーすごい!」
「といっても小ぶりなものばかりですが、もっと奥に行けば大粒が採れるんでしょうけれど……大型の魔物がいるようでして、今日は上にすぐ逃げられるこの辺で様子見です」
「そいつが例のやべぇ魔物っぽいな」
「ええ、確かに。やべぇ魔物で間違いないでしょうな」
「情報ありがとうございます。ではでは」
「お気をつけて」

 見たところ戦闘より採取メインの冒険者。
 道具も豊富に持っていた事からベテランであろう。
 ダンジョンについてもっと話を聞いてみたかったが彼の作業を止めてしまうのも申し訳ないので話は早々に切り上げる。
 他にも冒険者が近くには何組かいるようで、彼らはみなこの空間は無害な魔物ばかりであるからか採取メインの冒険者ばかりだった。
 地下庭園の奥までたどり着いた。
 三つほど更に奥へと進む道はあったのだがどれを選ぼうが奥に進めればそれでいい、他の二つは時間があれば一応足を運ぶ程度にしたい。
 それにしてもこれまでの戦闘はゼロ。
 決して良いとはいえない。戦いを控えている身でこれといって体も動かせてはいないのだから。

「ここから先は空気が違うな」
「はわ、薄暗いですぅ……」
「流石の私も研究者から冒険者へ切り替えましょう」
「是非ともお願いするよ」

 王女がどれほど動けるのかも見てみたい。
 それと結成したての俺達が戦闘でうまく連携できるのかも、練習すら何もしていないがその辺はぶっつけ本番にはなるが互いの動きは確認すべきだろう。

「フラーウ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫、ですっ」

 びくびくするフラーウには常に心配が付きまとってしまう。

「無理しなくていいからな」
「あ、ありがとう、ございますっ」

 少しは緊張をほぐしてやりたいがこれといった言葉が思いつかない。
 会社で部下を持っていればここですらりと気の利いた言葉が出てきていたかもしれない。
 まともな会社じゃなかったからなぁ……部下の一人も持てず孤独の社畜だった。

「――ギュァァァァァア!」
「うぉっ!? なんだ!?」

 いざ中へ――と思った矢先に奥から甲高い鳴き声。
 どたどたと複数の足音が近づいてくるために俺達は身構えると、奥から何人かの冒険者たちが血相を変えて走ってきていた。

「ひゃー! やべぇ! 大蛇系だ大蛇系! 付き合ってられん!」

 そんな事を一人が叫びながら、俺達の横を通り過ぎて行った。

「……大蛇系?」

 それを聞いて、王女以外の二人は表情を青ざめていた。
 残念ながら王女は仮面でどんな表情なのか窺えない。
 カラカラといった音と、空気を噴出するような蛇の威嚇音が聞こえるも音は奥へと遠ざかっていっている。
 魔物が暴れたためか奥の魔力石照明は光を失っており、奥の状態は窺えない。
 虚のようなその光景に、飛び込んでいくのはいささか勇気がいる。
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