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プロローグ
001 最期の時
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人生というのは思った以上に難易度が高い。
人には向き不向きがあると思うが、俺にはきっと人生そのものが向いていないのだと思う。
周りの環境さえもよろしいとは言えない。自分が恵まれていない環境にいる事を知ったのは一体いつの頃だっただろう。
仏壇に置かれている母の写真は誰に向けた微笑なのか。少なくとも自分には向けられなかった微笑で、向けて欲しかった微笑だった。今はもう、叶わない。
父は仕事人間で俺に愛情の注ぎ方というものを知らなかった。
流石に成長期の頃にこのままではまずいとは思ったのか、それなりに父からの動きはあった。
しかし家族との会話そのものを蔑ろにしてきたのだ、今更向き合おうとしても距離が縮むわけではない。手遅れというやつなのだ。
父は諦めて、俺も諦めた。お互いに苦しくなるだけなら止めようっていう話。それは正しくなくて、けれど正しくて。
……やめよう、家庭の事は。
じゃあ次は何だ、学校での事でも? っていう話になるのだがこれもまた自分は人生そのものが向いていなくて、環境が悪くて、っていうね。
常に孤独が住み着き、沈んでいく心は他人に見透かされ、そこを突かれて気がついたら虐げられる側として立たされていた幼少期。
中学の頃には、それが我慢できずに反抗をしてみたのだが、学校側は俺が悪と決め付けて、どうしてか俺が処罰されてしまった。そこからは変人のレッテルを貼られて高校まで貼られっぱなしだった。
自ら剥がそうとも思わなかったが、まあ最悪な学生生活だったね。
誰も助けてはくれない、勇気を振り絞って反抗してもそれが悪とされる。
高校は一年目で既に俺の立ち位置は不良やクラスの陰湿な奴らに目をつけられていたので、これまた中学と同じか悪化するかのパターンが待っている。
こちらから手を出すのは駄目なのは学んだ。一年は必死になんとか耐え抜き、俺はすぐに学校を辞めた。
人生が向いていない、本当に。
高校くらいは卒業しろとの父の御達しを受け、仕方なく定時制の学校を選んだ。編入手続きをほとんどしてくれたおかげで俺はただ軽い試験を受けて話をして終わりだ。後日にはすぐに合格の通知がきた、結果については父が何かしらの影響を与えたに違いないと確信した。
テストも酷い点数だっただろうし、面接もいいとは言えなかった。正直落ちたと思ったのに。
ともあれ、学校に通う事になった。昼間部の定時制学校であり、午後の四時間しか受けなくていい。
学校に行けなかった人や家庭の事情がある人、本人に何かしら事情がある人などが通いやすいようにと設けられているらしい。
青春なんて待っているわけもなく、ただ通う。誰かが悪意を持って傷つけてこようとするような連中は、意外と少なかった。いじめられるのは変わりないのだけど。
しかしそれは本当に、助かる。別に辛いとかじゃない。流石にもう慣れた。相手をするだけで疲れるっていうものだ、あの手の連中は。そういう意味で、連中が少ないと、助かる。
後半は慣れからか倦怠感が徐々に体を蝕んできて引きこもりそうにはなったがそれでも高校は卒業しようと頑張った。俺、人生向いてる?
父は特に何も言ってくれない。
別に言葉を求めたところで完璧超人の父が歩んだ経験から抽出される言葉なんか俺の耳には入っていかないけど。
父の再婚相手である義母は喜んでくれてはいたが、義母とはどう接していいのか分からずにギクシャクしていて、これといった反応はできなかった。
高校生活はどうだったか、というとただただ孤独。
ここでもいじめられていたけれど、既に慣れが生じていて贖う事もせずにいた。
中学の時の二の舞になったら退学になってしまう、仕方がなかった。
何とか高校を卒業して就職はしたけれど待っていたのは劣悪と言える環境の――所謂ブラック企業というやつだった。
めげずに働いたものの、それがどうやら駄目だったようだ。散々こき使われて体を壊して、更には横領の罪まで着せられそうになっている。
馬が合わなかった上司の仕業に違いない、俺が休職中というのを利用して今頃せっせと手を回している事だろう。最悪だ、本当に。
この会社に入ってから、碌な目に遭わなかったな。
碌な目に……など、今に始まった事ではないか。最初から、そうだった。環境はいつだって最悪だったね。
磨耗していく心はそろそろ限界を迎えている。
神様がいるのなら、助けて欲しい――なんて。今まで神様に祈った事あったっけ? いいやなかったな。今更祈るのも馬鹿らしい。神様なんていたら一人くらい軽く救ってくれるはず、そうだろう? 何もしないって事はいないんだ、ああ、神様はいない。終わり。
――楽になるにはどうすればいいか。
今は便利な世の中だ、インターネットで簡単に調べられる。
首吊りか、睡眠薬か、飛び降りか――意外と死ぬ方法は結構あるんだな……なんて思いながら、この中から後は好みで選ぶわけだ。
ちなみに俺は飛び降りを選択した。
他とは違ってこれといった準備の必要もなく、苦しんで死ぬ事もないだろうし。
何より俺をこき使った会社に最後の嫌がらせができるのは、我ながら名案だと思った。
会社の屋上から見る風景は、特に心を震わせない。
遺書の上に靴を揃えて置いた、遺書の内容は……上司への恨みや人生の辛みにどうでもいい妬みと空行を埋めるために思いついた嫉みを綴った。
正直、書いているうちにどうでもよくなっていた。
どうせ死ぬのだからと、深くは考えなかった。
さあ、飛び降りるとしよう。
フェンスを越えて、建物の端へと立つ。
軽く深呼吸をする。
下を見て、通行人の具合を確認。
巻き込みたくはないし、クッションになって奇跡的に助かった! なんて事にも避けたい。
通勤ラッシュも過ぎて午前中の中途半端な時間帯とあってそれほど通行人は多くなかった。
頃合を見て、俺は頭から落ちるとした。
「さよなら」
体を、重力に預ける。
視界が180度変わり、ここからは建物を見ながら落下を待つ。
何秒掛かるのだろう。
下を見ながらなら死ぬ瞬間もはっきりとするのだけれど、どうにも地面が迫る光景というのは見る気になれなかった。
目を閉じて、終わりを待とう。
ただそれだけでいい。
今まで逃げ出すばかりだった、最後も、現実から逃げ出して、見る事すら止めようとしている。
ゆっくりと瞼を閉じようとしたその時――
妙なものが、見えた。
――ビルの壁に、椅子を置いて座る少女の姿。
それはあまりにも、不思議な光景だった。その髪も、黒のドレスも、体も、重力には縛られていない状態だ。
彼女との目が合ったその瞬間、全てが停止した。
睨むように、そして蔑むように俺を見ている。
彼女は溜息をついていた、心底呆れたかのように。
会った事はない、十代半ばと思われるこの少女――碧い瞳が特徴的で、日本人ではないであろう白い肌に白い髪、纏う雰囲気は幻想的。
しかしこの状況、一体なんなのだろうか。
落下中の自分は今……停止している。
音も無く静かな世界となっていたが、先ほどの彼女の溜息は聞こえていた。
これは、幻覚か何かなのだろうか。
走馬灯とは……明らかに違う。
もしかして人間は死ぬ瞬間にこういう状況が待っているのだろうか。見知らぬ子がただこちらを見ている、少し恐怖すら抱くこの状況……。
彼女はすっと腰を上げて、俺のもとまで歩いてくる。
ぺたぺたと、裸足が壁を踏んでいく音は生々しい。
やや屈んで、俺と目線の位置を合わせて彼女は、口を開いた。
「――馬鹿め」
その瞬間、停止していた体は重力に掴まり落下を再開した。
彼女のいた場所を見るも、もうその姿はない。
一体なんだったのか、死に際の幻覚だったのか、そんな思考を巡らせた瞬間に、頭蓋が砕ける音と肉が潰れる音、骨が折れる音などが一瞬だけ聞こえると同時に俺の意識は……途切れた。
人には向き不向きがあると思うが、俺にはきっと人生そのものが向いていないのだと思う。
周りの環境さえもよろしいとは言えない。自分が恵まれていない環境にいる事を知ったのは一体いつの頃だっただろう。
仏壇に置かれている母の写真は誰に向けた微笑なのか。少なくとも自分には向けられなかった微笑で、向けて欲しかった微笑だった。今はもう、叶わない。
父は仕事人間で俺に愛情の注ぎ方というものを知らなかった。
流石に成長期の頃にこのままではまずいとは思ったのか、それなりに父からの動きはあった。
しかし家族との会話そのものを蔑ろにしてきたのだ、今更向き合おうとしても距離が縮むわけではない。手遅れというやつなのだ。
父は諦めて、俺も諦めた。お互いに苦しくなるだけなら止めようっていう話。それは正しくなくて、けれど正しくて。
……やめよう、家庭の事は。
じゃあ次は何だ、学校での事でも? っていう話になるのだがこれもまた自分は人生そのものが向いていなくて、環境が悪くて、っていうね。
常に孤独が住み着き、沈んでいく心は他人に見透かされ、そこを突かれて気がついたら虐げられる側として立たされていた幼少期。
中学の頃には、それが我慢できずに反抗をしてみたのだが、学校側は俺が悪と決め付けて、どうしてか俺が処罰されてしまった。そこからは変人のレッテルを貼られて高校まで貼られっぱなしだった。
自ら剥がそうとも思わなかったが、まあ最悪な学生生活だったね。
誰も助けてはくれない、勇気を振り絞って反抗してもそれが悪とされる。
高校は一年目で既に俺の立ち位置は不良やクラスの陰湿な奴らに目をつけられていたので、これまた中学と同じか悪化するかのパターンが待っている。
こちらから手を出すのは駄目なのは学んだ。一年は必死になんとか耐え抜き、俺はすぐに学校を辞めた。
人生が向いていない、本当に。
高校くらいは卒業しろとの父の御達しを受け、仕方なく定時制の学校を選んだ。編入手続きをほとんどしてくれたおかげで俺はただ軽い試験を受けて話をして終わりだ。後日にはすぐに合格の通知がきた、結果については父が何かしらの影響を与えたに違いないと確信した。
テストも酷い点数だっただろうし、面接もいいとは言えなかった。正直落ちたと思ったのに。
ともあれ、学校に通う事になった。昼間部の定時制学校であり、午後の四時間しか受けなくていい。
学校に行けなかった人や家庭の事情がある人、本人に何かしら事情がある人などが通いやすいようにと設けられているらしい。
青春なんて待っているわけもなく、ただ通う。誰かが悪意を持って傷つけてこようとするような連中は、意外と少なかった。いじめられるのは変わりないのだけど。
しかしそれは本当に、助かる。別に辛いとかじゃない。流石にもう慣れた。相手をするだけで疲れるっていうものだ、あの手の連中は。そういう意味で、連中が少ないと、助かる。
後半は慣れからか倦怠感が徐々に体を蝕んできて引きこもりそうにはなったがそれでも高校は卒業しようと頑張った。俺、人生向いてる?
父は特に何も言ってくれない。
別に言葉を求めたところで完璧超人の父が歩んだ経験から抽出される言葉なんか俺の耳には入っていかないけど。
父の再婚相手である義母は喜んでくれてはいたが、義母とはどう接していいのか分からずにギクシャクしていて、これといった反応はできなかった。
高校生活はどうだったか、というとただただ孤独。
ここでもいじめられていたけれど、既に慣れが生じていて贖う事もせずにいた。
中学の時の二の舞になったら退学になってしまう、仕方がなかった。
何とか高校を卒業して就職はしたけれど待っていたのは劣悪と言える環境の――所謂ブラック企業というやつだった。
めげずに働いたものの、それがどうやら駄目だったようだ。散々こき使われて体を壊して、更には横領の罪まで着せられそうになっている。
馬が合わなかった上司の仕業に違いない、俺が休職中というのを利用して今頃せっせと手を回している事だろう。最悪だ、本当に。
この会社に入ってから、碌な目に遭わなかったな。
碌な目に……など、今に始まった事ではないか。最初から、そうだった。環境はいつだって最悪だったね。
磨耗していく心はそろそろ限界を迎えている。
神様がいるのなら、助けて欲しい――なんて。今まで神様に祈った事あったっけ? いいやなかったな。今更祈るのも馬鹿らしい。神様なんていたら一人くらい軽く救ってくれるはず、そうだろう? 何もしないって事はいないんだ、ああ、神様はいない。終わり。
――楽になるにはどうすればいいか。
今は便利な世の中だ、インターネットで簡単に調べられる。
首吊りか、睡眠薬か、飛び降りか――意外と死ぬ方法は結構あるんだな……なんて思いながら、この中から後は好みで選ぶわけだ。
ちなみに俺は飛び降りを選択した。
他とは違ってこれといった準備の必要もなく、苦しんで死ぬ事もないだろうし。
何より俺をこき使った会社に最後の嫌がらせができるのは、我ながら名案だと思った。
会社の屋上から見る風景は、特に心を震わせない。
遺書の上に靴を揃えて置いた、遺書の内容は……上司への恨みや人生の辛みにどうでもいい妬みと空行を埋めるために思いついた嫉みを綴った。
正直、書いているうちにどうでもよくなっていた。
どうせ死ぬのだからと、深くは考えなかった。
さあ、飛び降りるとしよう。
フェンスを越えて、建物の端へと立つ。
軽く深呼吸をする。
下を見て、通行人の具合を確認。
巻き込みたくはないし、クッションになって奇跡的に助かった! なんて事にも避けたい。
通勤ラッシュも過ぎて午前中の中途半端な時間帯とあってそれほど通行人は多くなかった。
頃合を見て、俺は頭から落ちるとした。
「さよなら」
体を、重力に預ける。
視界が180度変わり、ここからは建物を見ながら落下を待つ。
何秒掛かるのだろう。
下を見ながらなら死ぬ瞬間もはっきりとするのだけれど、どうにも地面が迫る光景というのは見る気になれなかった。
目を閉じて、終わりを待とう。
ただそれだけでいい。
今まで逃げ出すばかりだった、最後も、現実から逃げ出して、見る事すら止めようとしている。
ゆっくりと瞼を閉じようとしたその時――
妙なものが、見えた。
――ビルの壁に、椅子を置いて座る少女の姿。
それはあまりにも、不思議な光景だった。その髪も、黒のドレスも、体も、重力には縛られていない状態だ。
彼女との目が合ったその瞬間、全てが停止した。
睨むように、そして蔑むように俺を見ている。
彼女は溜息をついていた、心底呆れたかのように。
会った事はない、十代半ばと思われるこの少女――碧い瞳が特徴的で、日本人ではないであろう白い肌に白い髪、纏う雰囲気は幻想的。
しかしこの状況、一体なんなのだろうか。
落下中の自分は今……停止している。
音も無く静かな世界となっていたが、先ほどの彼女の溜息は聞こえていた。
これは、幻覚か何かなのだろうか。
走馬灯とは……明らかに違う。
もしかして人間は死ぬ瞬間にこういう状況が待っているのだろうか。見知らぬ子がただこちらを見ている、少し恐怖すら抱くこの状況……。
彼女はすっと腰を上げて、俺のもとまで歩いてくる。
ぺたぺたと、裸足が壁を踏んでいく音は生々しい。
やや屈んで、俺と目線の位置を合わせて彼女は、口を開いた。
「――馬鹿め」
その瞬間、停止していた体は重力に掴まり落下を再開した。
彼女のいた場所を見るも、もうその姿はない。
一体なんだったのか、死に際の幻覚だったのか、そんな思考を巡らせた瞬間に、頭蓋が砕ける音と肉が潰れる音、骨が折れる音などが一瞬だけ聞こえると同時に俺の意識は……途切れた。
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