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第二部

その40.馬鹿、阿呆、馬鹿、阿呆

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「おお、美味いな」
「うんうん、美味しいぜ」
「あ、ありがとう」

 平和な空気がテーブルの周辺にだけ訪れた。
 ポテチが床に転がってたので勝手に取ってテーブルに広げた。
 お茶にポテチも悪くはない。

「今のうちにパソコン見てみる?」
「それはいい案だぜ薫」

 思えば蔵曾はパソコンから離れたのだ、フリーになったのならそこへ向かうのは至極当然。
 俺達はパソコンの画面に手を伸ばし、ボタンを押した。
 画面に光が灯り、蔵曾が先ほどまで何をやっていたのかがあらわになるわけだが、映ったのは――女の子。
 画面下部分にはゲーム特有の見覚えのある枠があり、そこには『ずっと、一緒にいて?』という台詞。

「あっ」

 蔵曾が画面を見て固まった。
 俗に言うギャルゲーというものではないかな。
 薫はエンターを押して勝手に話を進めてしまっていた。

「ちょっと」

 動こうにも動けない、蔵曾の前には豊中さんが立ちはだかっているのだから。
 話を進めて別の展開になるエロゲーだったら、俺は蔵曾を氷点下並みの冷たい目で見ていたであろう。
 三人でしばらくゲームを進めていたが、普通のギャルゲーで安心したよ。
 ……つまり、ギャルゲーにハマって引きこもっていたというお前のここ最近の行動も把握できた。

「これ、は?」
「ノアは知らないかこういうの」

 小さく頷いた、頬を少し赤らめて。

「ギャルゲーっつうのこれ」
「ギャルゲー?」
「女の子の好感度を上げて、恋愛成就を目的として進めていくんだ。複数いるから自分好みの子を選べるのも面白い要素だ」

 調子に乗ると爆弾がついて大変な目に遭うがね。
 ……って、俺はギャルゲーについて何故語ってるんだ?

「こ、浩太郎君もやった事、あるの?」
「まあ……」
「俺と浩太郎は中学時代、トキメイテメモリーズというギャルゲーを二人で頑張って攻略していたんだ」

 余計な事言うなこの野郎。

「あ、選択肢出た」

 ギャルゲーでは欠かせない三つの選択肢。
 このキャラクター、時下栄華の『わたしの事、どう思う?』に対して与えられた選択肢は、『好きだよ』『別に、普通』『は?』だ。
 この子は見た目的に個性的でもなく、キャラクターとしては一番最初に用意されている子かな?
 ショートヘアの赤毛、現実にこんな子がいるわけないぜまったくよ。

「どれ選ぶ?」
「『は?』だな」

 即答。

「やめて」

 蔵曾がじりじりと近寄ってくる。
 そんでもって、豊中さんに首根っこをつかまれるも抱きかかえているものだけは絶対に離さんと、再び膠着状態。

「逆に、ありか……」
「ない、絶対ない」

 何か後ろがうるさいな。

「ノアはどれがいいと思う?」
「わ、私は……一番、上の……」
「『好きだよ』か、しかし時には相手にマイナスな印象を与えるかもしれないぞ?」
「そ、そう?」
「『別に、普通』ってのもなあ……ノアはそう言われたらどうする?」

 三人で選択肢の話し合いをする中、真面目に考えているのはノアだけだと思われる。

「……傷つく、かも?」
「だよなあ!」
「ああ、選択肢は決まった」

 薫と視線が交差した。

「やめて、ほんとにやめて」

 後ろで何か変な声が聞こえるな。

『は?』

 ヘッドホンから選択したのを表す効果音が聞こえてきた。

『な、何よ……! そんな冷たい態度とらなくたっていいじゃない!』

 続いて、時下栄華と思われる音声が流れた。
 薫はエンターキーを叩くと、画面には誰も映らず、枠では『彼女を怒らせてしまったようだ』の文章。

「すぐぶち切れるタイプだったんだな、これは読めなかった」
「最近の若者って怖いわー」
「わーっ」

 後ろから悲鳴が聞こえてきた。
 どうかしたのかな、俺達は振り向かないから状況が解らん。

「わ、私のせいかな……」
「ノアのせいじゃないよ。この時下栄華の性格が悪いだけだ」
「間違いない」
「馬鹿、阿呆、馬鹿、阿呆」

 ノアが不安そうに後ろを振り返っていた。
 大丈夫さ、後ろの奴は豊中さんに任せればいい。

「よし、セーブしよう」
「やめてっ」
「大抵こういうのはここらへんで、っと」

 薫はマウスを操作して、セーブ画面を見つけてすぐにセーブ。

「あっ……ううう!」

 楽しいなあ。

「ほら、さっさとそれよこしなさいっ!」

 隙が出来た。
 蔵曾は大事に抱きかかえていた妙な配達物を奪われ、取り返そうとするも豊中さんは蔵曾の背中に腰を下ろして身動きを取れないようにしてしまった。
「ああああぁ……」
 じたばたと手足を動かすがもう無駄だ。
 豊中さんはびりびりと容赦なく包みをはがしていった。
 何が入ってる?
 俺達の興味は既にパソコンから離れていた。
 ふと……。
 豊中さんの手が止まった。
 口を大きく開けて、固まってしまっている。
 どうしたんだ?

「豊中さん……?」

 反応が無い、時を止められてしまったかのように。
 蔵曾は両手で顔を覆ってずっと呻いている。
 よほどの物が入っていた、として。
 何が入っている……?
 豊中さんが固まるほど衝撃的なもの……興味が無いと言ったら嘘になる。
 俺は固まっている豊中さんが手に持っているそれを、そっと手に取った。

「……これ、は」
「ううう」

 蔵曾がまた呻きだした。

「……こ、これは、何?」
「……アレ、だよな?」

 何なのか解らないノアと、何なのか解った薫。
 俺はこの箱の右下に書かれているR-18というマークを見て、ノアになんて説明すればいいんだと、しばらくパッケージを見つめるしかなかった。
 ……ハーレムものの、エロゲー。
 説明するとしたら素直にこれしかないという結論に至ったのは五分後の事である。

「蔵曾、お前さぁ……」

 蔵曾を正座させて四人で囲んで見下ろした。

「違う」
「何が違うんだよ」
「手違い、きっと手違い」
「手違いなら砕くわ」

 豊中さんは両手でエロゲーの箱を掴み、ミシミシと音を立てていた。

「違わなかった」
「へー」

 箱がもう限界だと悲鳴を上げている。

「懇願」

 土下座しやがった。
 神様の土下座、貴重だよこれ。
 箱を潰すのはやめたものの、少し拉げていた。

「どうしてこんなの買ったの?」
「ラノベの資料」
「……ふざけてるの?」

 必死に蔵曾は首を横に振った。
 ……エロゲーをやってどんな資料集めをしようとしてたんだお前は。

「ギャルゲーも、恋愛についての、資料集め」
「にしては楽しんでたよな」
「ふひひって言ってた」

 両手でまた蔵曾は顔を覆った。
 フードを深々とかぶって完全に視界遮断に入ってしまっている。
 どうしたものか……。
 俺達はそれぞれ視線を交差させて全員でため息をついた。
 こいつはいつも間違った方向に走りやがる。
 それを再確認したのだ。

「これは没収」
「えっ」

 それはちょっとと言いたげに、蔵曾は豊中さんへ勢いよく顔を向けた。
 折角買ったエロゲーの箱を拉げられて、しかも没収となると少し可哀想に思えてきた。

「それだけは」

 蔵曾は豊中さんの足にひっしりと手を絡めて更なる懇願。
 時代劇でこんな光景見たな。

「あのギャルゲーも没収」
「勘弁」
「あんなのあったらあんた外出ないでしょ」
「明日から出る」

 今日からって言わない時点で信頼度がゼロに等しいんだよなあ。

「没収決定」
「浩太郎、助けて」

 ……と言われましても。
 俺が止めに入ったら豊中さんの装着してる鉄製グローブの餌食になりそうで怖い。
 それに、だ。

「お前引きこもりすぎなんだよ、明らかにこれらのゲームはお前に悪い影響を与えてる」
「……」

 しゅん、と頭を垂れる。

「う、うん……よくない、かなと……」
「ですよねえ、流石ノア様、解ってらっしゃる」

 俺にも同感して。

「ほ、ほどほどなら、いいかも」
「ほどほど、ですか……」

 豊中さんはノアの意見は絶対に否定しようとしないよな。

「どうであれ、しばらくは禁止だな」
「くっ」

 何が「くっ」だよ。

「では、これらは私が預かるという事で」
「ちゃんとパソコンを有効活用しろよ」
「有効活用してる」
「お前の言う有効活用はエロゲーとギャルゲーの攻略なのかおい」

 早くラノベ書け。
 あとついでに俺を長身のイケメンにしろ。
 
 それからは豊中さんに蔵曾の説教を任せて俺達は帰るとした。
 このご時勢、神様もギャルゲーやエロゲーにはまって引きこもるようだ。
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