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第二部

その38.ごめんちゃい

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 途中から二人を引き剥がして俺は母さんに連絡するとした。
 今まで休日にお泊りならあったが平日にお泊りは初めてだ。

「もしもし」
『浩太郎、どうかしたの? 今日は帰りが遅いわね、心配したわよもうっ』

 うん、携帯開いたら着信五件あった時点でかなり心配してくれていたのは理解していた。
 なんか母さんが蔵曾によって変化させられてから息子への愛情が前とは比にならないくらい膨らんだ、愛情が深すぎて重くも感じてくるよ母さん。

「今日、泊まる事になったんだ」
『な、なんですって……!?』

 明日の弁当は購買か食堂だな、母さんの弁当が食べられないのはちょっと残念。
 本当に美味しいんだぜ? 具沢山であって、一つ一つちゃんと味付けしてあんの。

『相手は、お、女の子……?』
「えっ……まあ……」

 怪異と神様。
 一応女の子。

『ノアちゃん?』
「違うよ」
『薫ちゃん?』
「違うよ」
『……』

 沈黙。
 その頃蔵曾と鬼全はテレビに釘付けでお互いに抱き合っていた。
 そんなに怖いなら見るなよ。

「別に母さんが思っているような事じゃないから」
『遊びなの!? 遊びの付き合いなの!?』
「そうじゃなくて……」
『付き合う以前の段階でお泊りルートなの!?』
「もう切るからね!」
『あっ! 浩太郎! 母さんにちゃんとせつめ――』

 母さん……息子への余計な詮索は野暮ってもんだぜ?
 念のため携帯の電源も切っておこう。
 連絡も済んだし戻るとして、俺の座っていた場所は二人が抱き合っているために消失。
 後ろの小さなソファに腰を下ろそう。
 食事中は蔵曾が使っていたから座れなかったが見た目からふかふかそうで座りたくてたまらなかった。
 腰が沈むや包み込むような感触、いいねぇソファって。
 テレビを見ようにも二人の背中によって妨害されているが、見なくてもいいか別に。

「あ、あぁ~、ち、ちょっと冷え込んできたかなぁ?」

 怖い話を繰り広げている中、唐突に鬼全が立ち上がってそう言った。

「ソファに座ろっかなぁ?」
「座りたいの? どうぞ?」

 仕方ない、譲るとしよう。
 口調はどこか引っかかるものを感じたが。

「いやいやいや、お前も座りたかったらそこでいいぜぇ!」

 すると鬼全は俺の隣に座って腕をぎゅっと握ってきた。

「私も」

 蔵曾が便乗。
 再び俺は二人に挟まれた。
 ……君達なんなの!?
 救いはテーブルが目の前にあるから何とか手を伸ばせばジュースに手が届く。
 おつまみもカシューナッツがあったのでそれを口に運ぶとした。

「な、なあ……お前は幽霊、見た事あるのか?」
「俺? うーん……」

 ここはどう答えよう。
 蔵曾も気になってるようでこっち向いてきた。
 ここは、そうだな……。

「あるよ」
「マ、マジか!?」
「本当……?」

 嘘だよ。
 二人の反応を見てみよう。

「ああ、あれは長い髪の女性だった……」
「おい、べ、別に無理して話さなくてもいいんだぞ?」
「そ、そう……」

 声のトーンを低くする。

「丁度今の時間でさ……」
「……」
「……」

 二人の口が閉じた。
 ごくん、と唾を飲む音。
 ……楽しい。

「物音がしたんだ」

 気づかれないようにさりげなくを装って足の指をテーブルの足につけた。
 そして、指で突いて――ガタンッ。
 同時に――

「後ろにその女性がぁぁぁあ!」
「うひゃぁぁぁぁあ!」

 鬼全の絶叫。
 後ろを向いてバランスを崩してソファから転げ落ちた。

「はわっ……はふっ……!?」

 蔵曾も鬼全とまったく同じ行動をした。

「嘘だ」
「「……は?」」
「嘘だよ」

 二人が固まる。
 ……楽しかった。

「ごめんちゃい」

 二人に肩パンされました。
 その後は何も無い後ろの壁をちらちらと確認しながらまた元の位置に戻る二人。
 怖いもの見たさに縛られないで解放されるのも一つの手じゃないかなあ。
 番組はようやく終了して時刻は二十一時。
 風呂沸かしてくれてたようだから風呂入るか。
 少しでも玄関に近づくと二人が先回りするからどうあがいてもこの部屋から今日は逃げられない。
 軟禁されているとも言う。

「風呂、借りる」

 着替えが無いのは仕方が無い。

「風呂か、ならよしっ」

 俺は囚人かね?
 脱衣所にて。

「浩太郎」
「ちょ、何っ!?」

 蔵曾が入ってきた。

「着替え、作った」
「……おおぅ」

 普段俺がよく使ってる柄パンとシャツ。
 こいつ、神様なだけあって何でもありだよな。

「お前さ、こういう無駄なものは力使って作るんだな。もうパソコンとか家電製品ばんばん作っちゃえばよかったじゃん」
「仕組みが複雑すぎる」
「ギターとかは作ってたじゃん」
「やろうと思えばやれるが疲れる、やりたくない。楽をしたい、働きたくない」

 お前の将来が心配でならないよ。

「……少しは自分でやれよ」
「明日から頑張る」

 女をぶっ飛ばしたいと思ったのは初めてだ。

「……まあこれは貰っとくよ、ありがとな。あれ? 後ろの女の人誰?」
「ふへっ!?」

 俺に飛びついてきた。

「ごめん、嘘」

 楽しい。

「君はとても意地悪」

 弱々しい肩パンをして蔵曾は脱衣所から出て行った。
 敵は弱いとはいえ、今夜俺は敵地で寝る。
 それは不安が無いといったら嘘だ。
 風呂に体を沈めながら、心地良い気分に浸りつつも鬼全の気が変わって今襲ってきたらと考えると少しだけ警戒している。
 蔵曾の手前じゃ襲うつもりは無さそうだがね、心配性は辛いぜ。
 風呂から上がり、なんにも無かった事にほっとして俺は脱衣所を出た。
 二人はテレビを見ているがどこかそわそわしているのは気のせい?
 カーテンが微かに靡くと二人してビクッと見てるし。

「お風呂どうもありがとう」
「お、おうっ! ジュースもあるぞ! 泊まっていくな? 絶対泊まってくよな?」
「泊まっていくよ、それしか選択肢無さそうだし」

 ちょっとドキドキする。
 こいつらがどうであれ見た目は女性だからね。

「あたしもそろそろ風呂入るかなぁ」

 鬼全は蔵曾をちらちらと見て――

「蔵曾、どうだ? い、一緒に入らないか?」
「入ろう」

 キマシタワー。
 じゃなく。
 一人で風呂に入るのは怖いって素直に言えばいいのに。
 二人は今お風呂中。
 お湯の流れる音、弾ける音、わいわいと話す声、二人は楽しいお風呂を堪能している。
 会話が絶えない。
 もうそろそろホラー特集の恐怖心は薄れてきたか?
 このまま退屈な番組を見てるのも暇だし、ちょっと悪戯でもしてやろうかな。
 俺はそっと脱衣所の扉を開けて、すぐ手前にあった照明スイッチに手を伸ばした。
 パチンッ。
 照明を消してみる、といっても浴室の照明は消えていないのでそれほどに怖がるものではないが。
 バシャバシャと浴室で動きがあった。

「ほわぁあ!?」
「は、はわわっ!」

 楽しい。
 浴槽で大慌てになっているのかな? 見れないのが残念だ。

「ひわぁ!」

 ガラッと、浴室の扉が開いた。

「うわぁあ!」

 二人が慌てて出てきた。
 一言で言うなら、この光景はまさに男のロマン。
 母さん俺を生んでくれてありがとう、感謝のひと時。
 そんでもって、全力で二人が向かってくるので全力で逃げる俺。

「体隠せ!」
「いやぁあ!」
「あわぁあ!」
「抱きつくなっ! びしょびしょだ!」

 原因は俺にあるので自業自得だが。

「電気がぁ!」
「電気、電気っ」

 それくらいでビビるなよもうっ!

「俺が消しただけだよ! ただの悪戯!」
「「……えっ」」
 開いた口が塞がらないとはまさに二人の表情を描写するにはもってこいだ。

「てへぺろ」
「このっ!」
「馬鹿、阿呆」

 すぐさま全裸の二人にぼこぼこにされる俺。
 でも幸せです。
 二人は風呂に入りなおし、俺はソファに身を沈めて脱衣所への接近禁止を言い渡された。
 言い渡されても動きを封じられてないのでどうにでもなるのだが流石にもう一回照明を消すのは止めておこう。
 びしょびしょになるのはごめんだ。
 床も俺が拭くはめになったしな。

 ピンポーン。

 寛いでいると、玄関のチャイム音。
 どうしよう?
 こんな夜中に来客? 誰か親しい人でもいるのかな?
 ドアの覗き穴から見てみると女性が立っていた。
 どこかで見た事があるな。
 ……あっ、お隣さんだ。
 何か用件があるなら聞いておくか。

「あの、今鬼全はお風呂でして」
「あら? あらあら! あらぁ~」

 なんですかねそのにんまり顔。

「鬼全ちゃんの彼氏君?」
「違います」
「あらぁ~」

 何があらぁ~なの?

「彼氏予定?」
「違います」
「あらぁ~?」

 なんでクエスチョンマークを添えたの?
 お隣さんは十代後半? 二十代前半くらいかな? 大学生? 中々の美人、ストライクゾーンに入ってます。

「これ、鬼全ちゃんに渡してくれる? 作りすぎちゃったの」
「あ、はい。解りました」
「実は作りすぎちゃったというより、作ってあげたの。あの子、何かと可愛くてねぇ。面倒みたくなっちゃうのよぉ」

 見た目はあれだがな、何気にいい子ですよね。
 受け取った小鍋は香りからしてカレーかな?

「君もあの子には優しくしてね♪ お部屋もお洒落になるようにしてあげたしこれから色々教えてあの子の魅力を引き出すから、綺麗になるわよぉ」

 部屋の配置がやけに所々女の子っぽい感じが出てたのは貴方の入れ知恵か。
 実に過ごしやすくて助かりましたよ。
 だが鬼全がいくら綺麗になっても……敵は敵なんだよなあ。

「うーん……」
「悩まないでっ!?」
「解りました……努力します」

 意地悪ならしたくなるんですよね。
 用件はそれだけらしく、それじゃっとお隣さんは帰っていった。
 周りに慕われていい環境に置かれてるよね鬼全って。
 風呂上りの鬼全に俺はお隣さんからカレーを貰ったのを告げると鬼全は大喜びしていた。

「明日の朝はカレーだ!」

 朝からカレーもたまにはいいね。
 それと、風呂上りの鬼全を見て思った。

「……君ってスッピンでもめちゃ可愛いね」
「か、可愛い!?」

 いつもはメイクしてるのでパンクしてる感が強いが風呂上りはピアスも無くスッピンであるにも関わらずそこにはただの美少女がいた。
 余計なものをつけすぎていたんだな。

「て、てめぇ、そ、そんな事言ってもあたしを丸め込もうとしても無駄だぞ!」
「そういうつもりじゃなかったんだけどな……傷ついたから帰ろうかな……」
「言い過ぎた! 可愛いって言ってくれてぱねぇくらい嬉しい! だから泊まっていけ!」

 楽しい(今日こう感じるの何回目?)。

「少しでも襲おうとしたらすぐに帰るからね」
「襲わない、神様に誓って!」

 神様今後ろでジュース飲んでるよ。
 それからすぐに鬼全はお隣さんに酒を持っていってしばらく帰ってこなかった。
 隣で酒でも飲んで楽しんでいたようで、返ってきた頃にはちょっと頬が赤くなっている始末。
 風呂上りだと蔵曾は流石にいつものフードは頭から深くかぶりはせず、大きめのシャツとショートパンツといった服装で寛いでいた。
 お前は普段ももっと服装のバリエーションを増やすべきだ。
 如何に自身の持つ魅力を殺しているのか、そろそろ自覚してどんどん魅力を表に出すべきだぜ。

「羽根無し」

 早速と言わんばかりに蔵曾は扇風機を取り出した。

「羽根無し?」
「扇風機」
「せんぷーき?」
「風出る」
「風出る!?」

 鬼全に現代のちょっとした家電製品であれ説明するには補足が必要だな。
 扇風機を起動して風を起こすと、二人は扇風機の前で感激していた。

「ぱねぇ……!」
「文明の利器」
「明日買ってくるかな……」
「お勧め」

 蔵曾の部屋がどんどん生活感溢れていくね。
 眠気もそろそろ纏い始めてきた。
 俺はソファに横たわってゆっくりテレビを見ながらそのまま寝る態勢。
 しばらく扇風機を堪能していた蔵曾だったが、こいつも眠気が迫ってきたのか、俺の腹に頭を乗せてきた。

「いい感じ」
「いい感じ――じゃねぇよ」

 腹に力を込めたり緩めたりの繰り返しで蔵曾の頭を揺らしてやる。

「うぐぐっ」
「はあ……疲れた」

 運動不足かな。

「なあ、お前らって仲いいよな」
「えっ? そうかな?」
「お前らってどういった関係?」

 そのうち聞かれるかなあとは思ってた。
 どう答えよう……?

「パンを銜えて走ってたら曲がり角でぶつかって、それ以来よく一緒に遊ぶ」

 何その昭和を感じさせる少女マンガ的演出。

「……ぱねぇな!」

 納得するの!?

「いいなあ、あたしは家族以外全然知り合えなかったから……」

 怪異は人付き合いも大変そうだ。
 人間の社会は出た事はあまりないのかな? だからこそ今まで接したかったけど接せずというもやもやを発散したい衝動と、親しみやすいお隣さんとか大家さんとかがマッチして良い環境が出来上がったのかもしれない。

「私、友達、違う?」
「お、おお……そうだったな! お前、友達だ!」

 そして俺を見て、

「お前は敵!」
「……うん」

 別に悲しくなんかねえし、疎外感なんか感じてねえし……。



 目が覚めて見慣れた天井じゃないとまだ夢の中かな? と思ってしまう。
 ……ああ、俺は鬼全の部屋に泊まったんだったな。
 鬼全の部屋は芳香が覆ってくれている。
 隅に置かれた芳香剤のおかげであろう、目覚めてからすぐに心がリラックスできる。
 俺はソファで一夜を過ごしたがこのソファ……いい柔らかさで寝心地は快適だった。
 すっかり熟睡しちまったな。
 今は何時かな。
 カーテンに光が遮られているも外はすっかり朝になっていて光が漏れていた。
 静謐な室内に鳥の鳴き声が届いて清々しい朝を演出している。
 ベッドを見ると鬼全は腹を出してぐーすか寝てやがる、幸せそうな顔だ、そっとしておこう。
 まだ時計は買っていないようで壁を見ても時計は掛けられておらず、携帯の電源を入れて時刻を確認。 
 七時……起きる時間が体に染み付いているのかもな、いつもと変わらない起床時間だ。
 蔵曾は昨日と変わらず俺の腹に頭を乗せて未だに熟睡。
 そっと体を起こして蔵曾の頭をソファに沈めて、俺は小さなキッチンへ向かった。
 小鍋に火をつけて朝食の準備だ。
 食器はまだあまり揃えていないようで、まちまちの食器ばかりになってしまった。
 スプーンも少ないな、箸で食うか……。
 二人はまだ熟睡中、俺と違って学校が無いからのんびりできていいなほんと。
 カレー食ったら学校行こうっと。
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