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第一部

その4.揉みしだかれました

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「目が覚めて変わっちまったのはお前だけじゃないのさ」
「は、はあ……」

 男だった時の薫を思い出そうとしているのか、ノアはしばらく薫をじっと見ての歩行。
 彼女とすれ違う通行人の誰もが視線を奪われてちょっとした前方不注意をしてしまっていた。
 それほどに綺麗になったのだ、ノアは。
 あの、ノアが。
 あの、ノアがだ。
 二人の変化に今のところ俺しか気づけていないのは妙な話だがな。
 そんでもって薫はノアを、ノアは薫の変化に気づけていた、変化があるもの同士は変化に気づける……としたら――

「俺ってどこか変わった?」

 先ずは左右の美少女に聞いてみるとしよう。

「いんや、いつもと変わらず冴えないどこにでもいるような凡人臭がすごい浩太郎だ」
「ぶちころすぞ」
「えっと……いつもより、くっきり見える?」

 ノアは俺の顔をまじまじと見て言う。
 くっきりは……違うんじゃないかな。

「目がよくなっただけだろ、普段ぼやけてたまるか。調子の悪いテレビか俺は」
「存在はぼやけてたけどな」
「張り倒すぞ!」

 どちらかといえば俺よりノアのほうが存在はぼやけてただろ。

「存在のぼやけ具合なら、負けない」

 どこか自信満々にそう言うがノアよ、それは言ってて悲しくならないかね。

「今のところお前は輝いて見えるけどな」
「か、輝いてる!?」

 うおっ、眩しっ。
 その容姿がとても眩しいよ、羨ましいよ、悔しいよ。

「まあ、今のノアなら男は皆寄ってくるっしょー。つーか俺にも寄ってくるんじゃねーかこれ」
「かもね」

 薫は男が寄ってきたらどうするんだろ、告白とかされないかな。反応を見てみたい。
 学校に到着するや、これといって二人に対して大きな反応は見られなかった。かといって何も反応がなかったわけでもない。
 要するに、視線だ。
 二人の間に立っているから俺は巻き添えで二人への視線を感じられていた。
 その中でもノアへの視線は多い。
 周囲を歩く生徒を観察するに、ノアへの視線はこの学校にいるのは当然のように見慣れている感じであり、彼らの顔を見ると好意や羨望の――所謂学園のアイドルを見るような眼差しなのだ
 明らかにノアの存在感、評価は変わっている。
「ノアさんおはようございます!」
「お、おは、よう」
「薫ちゃーん、おはよう!」
「おはようさん、なんかやたら挨拶されるな」
 二人とも人気者だね。
 さて。
 ……俺はというと、何もなかった。
 うん、何も……だ。
 あえて何かあったとすれば、俺がどうしてノアと薫の間にいるのかという疑問に銜えて羨みと殺意の視線を感じたくらいだ。
 感じたくなった、切実に思う。
 しかも最悪な事に、ノアは胸のボタンが取れていて手で押さえている。
 その隣には俺。
 となると、逃れられない誤解が生じる。

「ノアさん、胸がはだけてるけど大丈夫!?」
「いつかやると思ってたけど……! まさかノアちゃんにやるなんて!」

 クラスメイトが駆け寄ってくる。
 俺が何かしたかのような空気になっているのだが……しかもいつかやると思ってたって、俺は一体どんな奴だと思われていたのだろうか。
 分が悪いな、必死に誤解を解こうと発言しても被害が拡大しそうだ。
 ここは薫とノアに任せよう。
 その頼みを含んだ視線を送り、薫はちゃんと受け取ってくれて間に入った。

「違う違う、俺がノアのおっぱい揉みたくて服を引っ張ったらボタンが取れただけだ」

 薫に任せた俺が馬鹿だったよ。

「か、薫さんに……揉みしだかれました……」
「そ、そうなの……」

 意味深に言うなよ。クラスの男子達の目に野獣が宿ったじゃないか。
 それよりもだ。 
 教室に入っても二人への接し方はいつもとは違って、彼らにとってはいつものようにという不可解な光景は続いた。 
 今までのノアは教室に入っても誰一人としておはようの挨拶はしないし近寄りもしない。
 しかし今日はどうだ? 誰もがノアの顔を見たら蜜たっぷりの花を見つけたミツバチのように笑顔で近づいてくるではないか。
 ボタンが取れた? すぐに裁縫道具を取り出してノアのもとへ駆け寄ってボタンは元通り。
 更にはノアが席につくや数人が取り囲んで昨日の番組は面白かっただの最近の面白いニュースは何だなの積極的にノアの興味を引こうとしたような話し方。
 何人かの男子はノアに近づきたいも尊すぎて近づけない――みたいなもどかしさを醸し出していた。
 この豹変っぷりはどうしたものか。
 クラスでは薫も女子の人気者になっているのか、薫にもまた女子生徒が数人張り付いていた。
 俺はというと……誰も近づいてこなかった。
 うん、誰も……だ。
 教室に入った時の皆の反応を見たか?
 最初に入ってきたノアには絶世の美女との邂逅、続く薫にはクラスでの人気者の到着、最後はというと完全に皆が視線を外して無反応ときた。
 あからさまな態度にこいつら全員ぶっとばしたくなってきた。

「浩太郎ー!」
「こ、浩太郎君……!」

 そんな俺に、二人が助けを求めてきた。
 助けを求められてもな、困るのは俺なんだよ。
 周りにいた女子共を引き連れられると俺だけ完全に場違いだ。

「なんかやべーんだけど」
「あのっ、ど、どうすればいいかなっ?」
「知らんがな! 普通に話でもしてればいいだろ……」

 俺を巻き込まないでくれ、頼むから。
 現状を理解するために冷静に考える時間が欲しいのだ。

「どうしたの? 忍野なんて放っておいてこっちで話しようよ」
「そうそう、薫ちゃんはまぁ……彼は一応友達? なんだっけ? だから分かるけどノアちゃんは忍野と仲良かったっけ?」

 彼女達は俺と薫が友達同士なのは把握しているらしい。
 ちなみに一応じゃなくてちゃんとした友達だからなそこのモブちゃん。

「えっと……あのっ」

 クラスメイトと話しなれていないからかな、口篭るばかりですんなりとノアの口からは言葉が出てこない。

「こいつさ、ノアの幼馴染」

 薫がノアの代わりに答える。
 そう、俺とノアは幼馴染。
 知る人物はとても少ない、みんなどんな反応を示すのかは大体予想できる。
 その結果、俺はちょっと凹むよ、ああ、絶対凹むよ。

「えっ? 嘘ー!?」
「本当に!? 信じられない!」
「幼馴染にしては地味! 凡人!」

 ほら、こうなる。
 最後に発言した奴は軽く一本背負いしてやりたい。
 朝から騒がしいなあもう、うっとおしくなってきたぜ。
 そろそろ先生が来てくれるし、そうなりゃあこいつらは席に戻って解散だ、早く来てくれ先生。

「薫、ノア、面倒だから後は頑張れ!」

 この騒がしい中で、ノアと薫のヘルプに対して俺は眉間にしわを寄せるのみで机に突っ伏すとした。

「おいおいそりゃないぜ浩太郎!」
「こ、心細いの……」 
「んな事言われてもな、俺にはどうする事もできないの!」

 二人して揺らすな。
 静かな朝を迎えさせてくれよ、つーか席につくなりこんな騒がしい始まりは初めてだな。

「ほら、チャイム鳴ったぞ! 散れ散れ!」
「ちっ、浩太郎のくせに」
「二人を独り占めしやがって……浩太郎のくせに」
「独り占めなんかしてねえしくせにくせにってやめろこら! 傷つくぞ!」

 扉が開き、先生のご到着。
 取り巻き達も渋々ながら解散、五人くらいに浩太郎のくせにと言われる始末で気分は最悪だぜ。
 俺は上体を起こすや、

「さあ席について! 今日も元気に授業しましょう!」
「は?」

 そんな中、またまた虚を突かれた。
 口をぽっかりと開けて俺と同じ反応をしたのは他二人、勿論それは薫とノアだ。
 いつもなら「皆さんおはようございます授業をはじめますので席についてください」といったロボット口調が聞こえてくるはずだった。
 それと、特にこれといって特徴の無い地味な先生が来るはずだった。
 ――はずだった、のだ。
 教壇には爽やかさ溢れる先生が立っていた。
 見間違いじゃなく、おそらくとか多分とか付けたいけれど、妥協してきっとと付けよう――きっと長波先生だ。
 俺達三人は顔を見合わせて、視線を長波先生に戻した。
 薫やノアと違って面影はかなり残っている、元々素材が良かったからなのかな。

「おはよう! んん~? 今日は挨拶がちょっと小さいかな? 元気がないぞぉ~?」

 ……いつも無表情の長波先生が満面の笑みではきはきとした口調になってる。
 これも、メモ帳女のせいか?
 とすると、長波先生は薫やノアの変化に気づいているはず。
 様子を伺ってみるも特に何の反応は無く、仮面でもかぶったのかのように笑顔が崩れないので無表情の時より不気味だった。
 長波先生の担当は国語。
 いつもは退屈すぎて拷問に近いのだけれど、ハイテンションで分かりやすく生徒を楽しませるような授業は退屈なんか置いてけぼりだ。
 ちょくちょくと作者の小ネタを話したりして何気に楽しかった。
 休み時間にて、周りに聞かせられる内容ではないので俺達は教室の角で肩をくっつけて縮まって話し合いを始める。

「長波先生、すごかったね」
「ああ、今まで足りないものを手に入れたかのようだったな」
「すごく、ハイテンション」

 あのハイテンションをお前にも分けてやりたかったよノア。

「ねーねー、今日はどうして忍野なんかと一緒にいるのー?」
「私達とお話しましょーよー!」
「ノアちゃん薫ちゃん構ってよー!」

 すみませんねモブの皆さん、俺達三人は重要な会議をしているので邪魔しないでもらえます?
 ――とか言ったらきっとぶっ飛ばされるだろうな。
 しかし忍野なんかって、何だ。どんだけ俺はこのクラスでの評価が低いんだよ。
 更には俺が二人と話をしていると男子生徒らからの殺意が増幅されていっているし評判がダダ下がりなのでは?

「何か変わった事無かったか先生に直接聞いてみる?」
「そ、それ、いいかも?」
「またメモ帳女がうんたらで終わりじゃないかな。聞いても無駄だと思う」

 薫やノアとの件で、聞いてみてもメモ帳女が絡んでいる以外これといって何も分からずだ。
 先生に聞いても同様あろう、ならば――

「それよりメモ帳女を探したほうがいいとは思うんだよな俺は」
「そ、それ、いいかも?」

 ノアはそればっかりだな。

「近くにいるかな……?」
「可能性は高いな」
「どうしてそう思うんだ?」
「俺達を見て何かメモしてたろ? こんな事をどうやってやったか、何が目的かはまったく分からないけど、少なくとも観察したいんだろう。じゃあ俺達を観察できる距離にいる」

 なるほど、と二人が頷く。
 そして顔を見合わせていた。お互いに、観察されている事に対して良い気分ではないといった様子。

「何の話ー?」
「ちょっとー」
「もしもしー」

 しかし外野がうるさいな。
 これじゃあ落ち着いて話もできない。

「昼休みにでもまた話をしよう、それまでは二人とも俺に近づかないで欲しいな」
「えーなんでだよ?」
「な、何故っ? わ、私……何か嫌われる事でも、し、したかな?」
「このままだと俺はお前ら以外のクラスメイトを敵に回してしまいそうだ」

 特に後ろにいる女子生徒達。
 二人は後ろを見て、ようやく納得してくれた様子。

「仕方ないな」
「ご、ごめんなさい……」

 二人とも女子高生を堪能してくれ。
 俺はいつもの退屈な高校生活を送るから。
 ちくしょうめ。
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