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第五話 望月周子。
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望月明日香の観察をしてみる。
まあ、観察と言っても大したもんじゃあない。ちらちら遠くから横目で彼女の様子を窺う程度。
やはりクラスでの立ち位置は良好、友人関係も広くこれといって何か不満を抱えていたり苛められていたりしているわけではない。
彼女が何かしらストレスを抱えている理由――それは俺がこうして見る日常生活では見れないとなると、家庭内の問題であろうか。
ストレスを軽減させてあげるためにも、彼女に楽しい日常生活を送ってもらうよう俺達が支えてあげるべきか。
彼女の秘密を知ってしまったのだから、それくらいはしてあげたい。
「何をちらちら見てるのよ」
「ん? いや別に」
俺の視界に芙美が入り込んできた。
「あんまり見ると気づかれるよ」
「まあそれはそれで」
「構わないっての? ストレスに繋がっちゃうよ」
「そうか……」
それを言われると視線を変えざるを得ない。
「順風満帆って感じで、ストレスを抱いてるようには見えないよな」
「そうね。あの子ったら、強がりだから」
「強がりねえ……」
逆にそれがよくないのかもしれない。
強がり――我慢していると同じじゃないのか。
「問題は、家庭内?」
「……どうして?」
「だって、学校生活では不満は持ってないだろう? 消去法で考えるに、家庭内で問題を抱えてそれがストレスに繋がってると考えるのが普通じゃないか?」
「わたしからはこれといって何か言うつもりはないけど、ただ……」
「ただ?」
「そういうところ、無駄に勘がいいよねあんた」
「そりゃどうも」
正解のようだ。
だからといって嬉しさは特にはない。我ながらあざとい一面があるよなと改めて実感する。
お姉さんとも関係はよくないのかもしれないなこれは。
放課後になり、今日はいつもの秘密の部室へと行くとした。
なんでも明日香が部室で過ごしたいのだとか。
というわけで今日は三人で部室にてコーヒーをすするとする。
「この秘密基地って感じがいいわねえ」
部屋を使っているのを気づかれないように電灯もつけていない。室内を照らすは窓から射しこむ光のみ。
あくまでこっそりと使用している。
室内を満たすコーヒーの香り、ソファのふんわり感、この居心地の良さは最高だ。
昼休みなんかはここで軽く昼寝でもしたいところだね。
「先輩が教えてくれたのよ」
「その先輩は?」
「もう卒業しちゃったわ」
「あら、そうなの」
「ならこの部屋は俺達の自由にしていいわけだ」
「とっくにもう自由にしてるけどね」
それもそうだな。
何か漫画本なんかをここに持ってこようかな。
在学中はここを憩いの場として利用させてもらおうじゃないの。
するとその時、部室の扉が開いた。
「ここは……ん? きみ達何をしている」
「えっ、あっ……」
現れたのは、明日香の姉――周子さんだった。
風紀委員の腕章をつけている、どうやら見回りでやってきたようだ。
「むっ、明日香」
「お、お姉ちゃん……」
二人は視線を交差させると、ほんの少しだけ硬直した。
なんというか、気まずい雰囲気が漂っている。
「ここで何をしているの、明日香」
「べ、別に……」
「ここは元々演劇部の部室だったはずよね、今は使われていないとはいえ勝手に使用するのは感心しないわね」
「その……」
どんどん明日香の言葉が尻すぼみしていく。
「あのっ、ここは別に明日香が勝手に使ってたわけじゃなくてわたしが使ってて……」
「ふむ、きみは?」
「わ、わたしは一年六組、佐久間芙美です」
「同じく一年六組、日比野京一です」
とりあえず挨拶をしておく。
「明日香のクラスメイトか」
腕を組んで、一瞥してくる。
鋭い眼光だ。言葉が出ずに頷くしかなかった。
「あ、駄目……」
「むっ、どうした明日香」
すると明日香が席を立って、自身の体を抱きしめた。
まさか。
明日太に切り替わるんじゃあないだろうな。
「あ、明日香っ――」
時既に遅し。
明日香の体は見る見るうちに切り替わっていき、明日太となった。
「なっ……」
その光景を目の当たりにして、周子さんはたじろいだ。
そりゃあ驚くだろう、目の前にいた少女が少年となったのだから。
「まったく、そうやっていつも威圧するから駄目なんだよ姉さんは」
「なっ、なんだ……? き、きみは、一体……」
「僕かい? 僕は明日太だ」
「あ、明日太……?」
「明日香の別人格さ、ふんっ、こうして面と向かって話をするのは初めてだね」
まるで意趣返しのように、今度は明日太が腕を組んで鋭い眼光で周子さんを見つめていた。
気まずい雰囲気から、ぴりっとした雰囲気へと変化する。その雰囲気を醸し出す明日太――纏う怒気。
「頭ごなしに押し付けようとしないでもらいたいね。明日香のストレスに繋がる」
「あ、明日香はどこに行ったの!」
「今は引っ込んでもらった。明日香じゃあ言いたいことが言えないんでね、僕が代わりに言ってやろうっていうわけだ」
「て、手品か何かね……? ふっ、驚いたわ……やるじゃない明日香」
「おいおい、今の光景を目の当たりにしてまだ信じないのか」
「明日香は後ろの更衣室にでも隠れているの? そうなのね、まったく……くだらないことを……!」
「話を聞いてもらいたいもんだね」
周子さんはすぐさまに更衣室を調べに行った。
「むっ、いない……。テーブルの下か!」
「いやいないけど」
「どこに隠れたのだ!」
「だから僕の中に引っ込んでるんだって」
「何をわけの分からないことを言っているのだ君は!」
「はあ……困ったね、こうも信じないものなのか」
未だに部屋中を探し回っている周子さんを見つめて明日太は嘆息を漏らしていた。
どうしたものかね、俺達もどうしていいのやら分からない。
「あの、周子さん……」
「隙をついてもう部室から出ていったのか、そうなのね!」
「いや違いますけど……」
どうしよう、暴走列車がそのまま脱線していっているような感じ。
どこかで止めたいのだけど止まる気配がない。
「と、兎に角! ここは勝手に使っちゃ駄目よきみ達! 分かったわねっ、明日香、どこなの!」
そう言って部室から出ていってしまった。
嗚呼……どうして話を聞いてくれないのか。
まあ、観察と言っても大したもんじゃあない。ちらちら遠くから横目で彼女の様子を窺う程度。
やはりクラスでの立ち位置は良好、友人関係も広くこれといって何か不満を抱えていたり苛められていたりしているわけではない。
彼女が何かしらストレスを抱えている理由――それは俺がこうして見る日常生活では見れないとなると、家庭内の問題であろうか。
ストレスを軽減させてあげるためにも、彼女に楽しい日常生活を送ってもらうよう俺達が支えてあげるべきか。
彼女の秘密を知ってしまったのだから、それくらいはしてあげたい。
「何をちらちら見てるのよ」
「ん? いや別に」
俺の視界に芙美が入り込んできた。
「あんまり見ると気づかれるよ」
「まあそれはそれで」
「構わないっての? ストレスに繋がっちゃうよ」
「そうか……」
それを言われると視線を変えざるを得ない。
「順風満帆って感じで、ストレスを抱いてるようには見えないよな」
「そうね。あの子ったら、強がりだから」
「強がりねえ……」
逆にそれがよくないのかもしれない。
強がり――我慢していると同じじゃないのか。
「問題は、家庭内?」
「……どうして?」
「だって、学校生活では不満は持ってないだろう? 消去法で考えるに、家庭内で問題を抱えてそれがストレスに繋がってると考えるのが普通じゃないか?」
「わたしからはこれといって何か言うつもりはないけど、ただ……」
「ただ?」
「そういうところ、無駄に勘がいいよねあんた」
「そりゃどうも」
正解のようだ。
だからといって嬉しさは特にはない。我ながらあざとい一面があるよなと改めて実感する。
お姉さんとも関係はよくないのかもしれないなこれは。
放課後になり、今日はいつもの秘密の部室へと行くとした。
なんでも明日香が部室で過ごしたいのだとか。
というわけで今日は三人で部室にてコーヒーをすするとする。
「この秘密基地って感じがいいわねえ」
部屋を使っているのを気づかれないように電灯もつけていない。室内を照らすは窓から射しこむ光のみ。
あくまでこっそりと使用している。
室内を満たすコーヒーの香り、ソファのふんわり感、この居心地の良さは最高だ。
昼休みなんかはここで軽く昼寝でもしたいところだね。
「先輩が教えてくれたのよ」
「その先輩は?」
「もう卒業しちゃったわ」
「あら、そうなの」
「ならこの部屋は俺達の自由にしていいわけだ」
「とっくにもう自由にしてるけどね」
それもそうだな。
何か漫画本なんかをここに持ってこようかな。
在学中はここを憩いの場として利用させてもらおうじゃないの。
するとその時、部室の扉が開いた。
「ここは……ん? きみ達何をしている」
「えっ、あっ……」
現れたのは、明日香の姉――周子さんだった。
風紀委員の腕章をつけている、どうやら見回りでやってきたようだ。
「むっ、明日香」
「お、お姉ちゃん……」
二人は視線を交差させると、ほんの少しだけ硬直した。
なんというか、気まずい雰囲気が漂っている。
「ここで何をしているの、明日香」
「べ、別に……」
「ここは元々演劇部の部室だったはずよね、今は使われていないとはいえ勝手に使用するのは感心しないわね」
「その……」
どんどん明日香の言葉が尻すぼみしていく。
「あのっ、ここは別に明日香が勝手に使ってたわけじゃなくてわたしが使ってて……」
「ふむ、きみは?」
「わ、わたしは一年六組、佐久間芙美です」
「同じく一年六組、日比野京一です」
とりあえず挨拶をしておく。
「明日香のクラスメイトか」
腕を組んで、一瞥してくる。
鋭い眼光だ。言葉が出ずに頷くしかなかった。
「あ、駄目……」
「むっ、どうした明日香」
すると明日香が席を立って、自身の体を抱きしめた。
まさか。
明日太に切り替わるんじゃあないだろうな。
「あ、明日香っ――」
時既に遅し。
明日香の体は見る見るうちに切り替わっていき、明日太となった。
「なっ……」
その光景を目の当たりにして、周子さんはたじろいだ。
そりゃあ驚くだろう、目の前にいた少女が少年となったのだから。
「まったく、そうやっていつも威圧するから駄目なんだよ姉さんは」
「なっ、なんだ……? き、きみは、一体……」
「僕かい? 僕は明日太だ」
「あ、明日太……?」
「明日香の別人格さ、ふんっ、こうして面と向かって話をするのは初めてだね」
まるで意趣返しのように、今度は明日太が腕を組んで鋭い眼光で周子さんを見つめていた。
気まずい雰囲気から、ぴりっとした雰囲気へと変化する。その雰囲気を醸し出す明日太――纏う怒気。
「頭ごなしに押し付けようとしないでもらいたいね。明日香のストレスに繋がる」
「あ、明日香はどこに行ったの!」
「今は引っ込んでもらった。明日香じゃあ言いたいことが言えないんでね、僕が代わりに言ってやろうっていうわけだ」
「て、手品か何かね……? ふっ、驚いたわ……やるじゃない明日香」
「おいおい、今の光景を目の当たりにしてまだ信じないのか」
「明日香は後ろの更衣室にでも隠れているの? そうなのね、まったく……くだらないことを……!」
「話を聞いてもらいたいもんだね」
周子さんはすぐさまに更衣室を調べに行った。
「むっ、いない……。テーブルの下か!」
「いやいないけど」
「どこに隠れたのだ!」
「だから僕の中に引っ込んでるんだって」
「何をわけの分からないことを言っているのだ君は!」
「はあ……困ったね、こうも信じないものなのか」
未だに部屋中を探し回っている周子さんを見つめて明日太は嘆息を漏らしていた。
どうしたものかね、俺達もどうしていいのやら分からない。
「あの、周子さん……」
「隙をついてもう部室から出ていったのか、そうなのね!」
「いや違いますけど……」
どうしよう、暴走列車がそのまま脱線していっているような感じ。
どこかで止めたいのだけど止まる気配がない。
「と、兎に角! ここは勝手に使っちゃ駄目よきみ達! 分かったわねっ、明日香、どこなの!」
そう言って部室から出ていってしまった。
嗚呼……どうして話を聞いてくれないのか。
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