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14話
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「未央ちゃん……未央ちゃんも俺に言いたいこと、ない? 思ってること全部言って」
崎本はやはりすべて分かっているな、と未央は思った。彼女のなかに言い淀んでいる何かが――溶けきれないしこりが残っていることを悟っているのだ。
少し悲しそうな表情が、それを物語っていた。
未央は覚悟を決め、大きく息を吸った。
「私……私も、崎本さんに謝らなきゃいけないことがあります」
未央は頼りなげな声音で語りだした。小さい頃に歯並びのことで軽いいじめに合ってそれから感情を出せなくなったこと、そのクセを見抜いたのは崎本が初めてだったこと、それから――
「崎本さんが、ずっと私のこと『好き』って言ってくれてたのに、私、一度も返したことなかったです。本当にごめんなさい」
感情を上手く表に出せない未央は、どうしても自分に自信が持てずにいた。以前の彼氏からそれが原因で振られてから、ますますその傾向は強くなり――崎本からクセを指摘された時は、とても嬉しかったと同時に、怖くなった。自分の内面をすべて暴かれそうで。
真澄や崎本の姉と違い、これと言って何もない自分――こんな女に崎本ほどの男が本気になるはずがないのだ――むしろ彼はそうでなければいけないと、自分の内で勝手に崎本昴像を作り上げてしまっていた。
一緒にいた日々の中、彼から向けられた甘い感情にどうしたって心が躍るのを禁じ得なかった。逢瀬を重ねるごとに高まっていく期待する気持ち――それを心の奥底でどうにかねじ伏せ、保身というバリアを張り続けていた。
そうしないと自分を保てなかった――飽きられた時、捨てられた時に壊れてしまわないよう、心を武装する必要があった。
崎本が今までにくれた痺れるほど愛に満ちた言葉に、何も返してこなかったのは──わざとだ。言葉を口にすることで、自分の気持ちがどんどん大きくなってしまいそうで怖かった。のめり込んでしまえばもう抜け出せなくなるし、独占欲も強くなる。未央はそういった重たさを崎本に押しつけたくはなかったし、またそのせいで彼から突き放されることを恐れていた。
要は、崎本の気持ちをまったく信じてはいなかったのだ。
だから彼から「好きだ」と言われても、自分はあえてそれに答えないことで、二人の気持ちに自ら温度差を与え、多少の安心と満足を得ていた。
そんな未央の傲慢さに、崎本は気づいていたのだろう。「好きだ」と口にするたびに、どことなく傷ついた表情をしていた崎本の表情を思い出し、未央は胸が痛くなった。それでも愛情に満ちた言葉を返してこなかったのは、自分に勇気がなかったせいだ。
「こんな私、崎本さんに好きになってもらえる資格ない……」
涙目になっている未央に、崎本が笑みながら息をつき、優しく語りかける。
「――未央ちゃん、俺にちゃんと『好き』って言ってくれてたよ、実は」
「え……」
身に覚えのない未央は眉をひそめる。
「俺に抱かれるたびに、好きだって口走ってたから」
「うそ……」
衝撃を受けたような表情をする未央。
「もしかして、気づいてなかった?」
苦笑いする崎本に、躊躇ってから――こくん、と頷く。
気づいていなかった、というのは、崎本に対して『好き』だと言っていたことに対してではない。セックスの最中にそんなことを口走っていたことに、だ。
まさか自分がそんなことを? ――頭の中を疑問符が駆け巡る。
「だから、未央ちゃんの『好き』を聞きたくていつも抱いてた。もちろん、自分の性欲がないとは言わないけど。未央ちゃんといると抱きたくなるから」
崎本曰く。セックスのたびに崎本が「未央ちゃん、好きだよ」と声をかけると、未央は「私も……好き……っ、昴さん……」と、快感に朦朧としながらも答えていたのだとか。
それを聞いて崎本は調子に乗り、未央に何度も「好き」と言わせていた、と苦笑を交えつつ白状した。
「崎本さん……」
「あと、一つ確認したいんだけど。未央ちゃんこの間俺に『セフレ』云々言ってたけど、俺たちちゃんと恋人としてつきあってたよね? 少なくとも、俺は初めてセックスした時に『俺の彼女になってくれる?』って聞いたし、未央ちゃんも頷いてOKしてくれたよね?」
「え?」
「……え?」
崎本の言葉に驚く未央。そしてそんな彼女を見て驚く崎本。
そんな会話を交わした覚えは一切ない。だからこそ、二人の関係に名前をつけられずに不安を覚えていたのだ。
「そんなこと……言ってました?」
「ちょっと待って、もしかして未央ちゃんそれも覚えてない? ……そっか、そういうことか」
「え? え?」
一人で合点がいったように頭を掻く崎本。未央は状況がつかめず、首を傾げるばかりだ。
「あのね、未央ちゃんってセックスの最中の会話とかを全部忘れちゃうタチなんだと思う。だから自分が『好き』って言ったことも覚えてないし、俺がつきあおうって言ったこともまったく記憶に残らなかったんだよ。たまにそういう人がいるとは聞いたことあるけど、まさか未央ちゃんがそうだとは思わなかった」
「どうもそうみたいですね……まったく覚えてない……」
自分にまつわる意外な事実に呆然とする未央。
普段、どうしても感情を抑えてしまいがちでいる分、セックスの時はまるでエネルギーを解放するように声を上げてしまう。全身の毛穴が全開になり、そこからすべての澱が出ていくような感覚が快感となって未央を襲うのだ。
そうして内側に溜まっているものを出し尽くしてしまうので、終わった後は屍のようにぐったりとしてしまう。
「俺はね、未央ちゃん。身体だけが目当てじゃなくて、心だって欲しくてたまらないんだよ。未央ちゃんは自分には何もない、って言うけどそんなことない。仕事を真面目にするところとか、嬉しいのを我慢しちゃうところとか、俺に冷たいツッコミを入れたりするところとか、いざという時は腹が据わるところとか、全部大好きだよ。顔だってすごく可愛い。俺には天使に見えるよ」
崎本が未央を抱きしめる。痛いほどの力で、彼女を捕まえる。
「お願いだから、俺のこと捨てないで。前にも言ったけど、俺、未央ちゃんに逃げられたら餓死するから」
震えていた。力強く未央を抱くその腕と身体が、そして訴える声が、不安で戦慄いている。
気弱になっているヒョウが、めいっぱいの力でガゼルを捕らえようと必死になっている。そんな崎本の様子に、胸が痛くなる。それは決して嫌な痛みではない――嬉しくて……言葉にならないほど幸せな痛みだ。
未央は両腕を崎本の背中に回し、ぎゅ、と力を込める。崎本の身体が微かに揺れた。そして決意したように目を閉じ、息を止めた。寸時の後、崎本の胸の中で長く息を吐いた。そして、
「……いの?」
「ん?」
「ほんとに私でいいの?」
これが最後の確認、と言わんばかりに崎本を見上げる。そこには、慈愛と色気に満ちて解けた顔があった。
「未央ちゃんがいいんだよ。君じゃなきゃダメなんだ」
未央の心にずっとずっと留まり続けていた、わだかまりやしこり――淀んだ何かが溶けていくのを感じた。
目の前の景色が今、曇りをすべて拭き去ったように鮮やかになった。
未央は崎本の腕から抜け出し、両手を伸ばして彼の顔を引き寄せる。そして躊躇いもなくくちびるを崎本のそれに重ねて、すぐに解放した。
顔は少し上気していたが、隠すことなく言葉を紡ぐ。
「――好き。昴──さん、好きです」
(やっと……やっと言えた)
そう呟く未央は誰にも見せたことのないような、喜びに蕩けきった笑みを湛えていた。固く閉ざされていた蕾が花開いたような、何の淀みも憂いもない混じりっけなしの笑顔を目の当たりにし、崎本はぽかんと口を開いたまま頬を染めた。
未央が今度は少しくちびるを尖らせ、更に続ける。
「私、可愛く甘えるのとか苦手だし、絶対芹沢さんの方が美人だし、お姉さんの顔とか見慣れてるだろうし……。だから昴さんが私のことを好きだと言ってくれるのも、何だか非現実的って感じで。……でも、ちゃんと昴さんのこと好き、ですから」
そう言い切った後に、少し恥ずかしそうに笑って、
「――好きです、昴さん。愛してます」
と添え、火照った自分の頬を手の平で包んだ。
「……」
なおも固まったまま動かない崎本に、未央は不安を覚え、
「昴さん? どうしました?」
顔を覗き込んだ。崎本は口元を手で覆っていた。その顔は依然うっすらと赤らんでいる。
「いや……『可愛く甘えるのが苦手』とか嘘でしょ。未央ちゃんが可愛すぎて……俺どうしたらいいの」
「大げさですよ」
未央がクスクスと笑い出す。崎本の前ではもう我慢しなくてもいいのだとばかりに、いろんな表情を見せる。次々に出てくる新しい顔に、崎本は眩しそうに笑む。
「俺たち、これで晴れて恋人同士ってことでいいよね?」
未央に念を押した。
「……はい」
照れながら頷く彼女に崎本が更に確認するように言葉を継ぐ。
「これでお互いの誤解とか諸々全部相殺、ってことでいいよね?」
「は……い」
若干訝しみながらも再度頷く未央を満足そうに眺めた後、
「――じゃあ、これからは俺から未央ちゃんへのおしおきの時間ね」
にこやかに不穏なことを宣言する崎本。
「……え?」
「この間、未央ちゃん俺のこと『気持ち悪い』って言ってくれたよね? 俺が未央ちゃんをセフレ扱いしてる――とかで責めてくれたよね?」
「あー……」
知らなかったとは言え、無実だった崎本に自分でも相当酷いことを言い放ったという自覚があった未央は、何も言い返せなかった。
「あれ、俺かなりヘコんだんだけど。ショックであれからよく眠れなかったんだよね……」
落ち込んだ様相でそう述べる崎本の双眸の下には、確かにうっすらと隈が出来ていた。
「ごめんなさい……ほんとに……本心じゃ、なかったんです」
「……責任、取ってくれる?」
可愛らしく笑みながら首を傾げる崎本――これは明らかに未央の弱みを確実に掴んだ上での仕草で。そう分かっていても逆らえない未央は、
「はい……でもどうやって?」
と、不安げに彼を見上げた。
「とりあえず、風呂貸して」
崎本はスーツのジャケットを脱いだ。
崎本はやはりすべて分かっているな、と未央は思った。彼女のなかに言い淀んでいる何かが――溶けきれないしこりが残っていることを悟っているのだ。
少し悲しそうな表情が、それを物語っていた。
未央は覚悟を決め、大きく息を吸った。
「私……私も、崎本さんに謝らなきゃいけないことがあります」
未央は頼りなげな声音で語りだした。小さい頃に歯並びのことで軽いいじめに合ってそれから感情を出せなくなったこと、そのクセを見抜いたのは崎本が初めてだったこと、それから――
「崎本さんが、ずっと私のこと『好き』って言ってくれてたのに、私、一度も返したことなかったです。本当にごめんなさい」
感情を上手く表に出せない未央は、どうしても自分に自信が持てずにいた。以前の彼氏からそれが原因で振られてから、ますますその傾向は強くなり――崎本からクセを指摘された時は、とても嬉しかったと同時に、怖くなった。自分の内面をすべて暴かれそうで。
真澄や崎本の姉と違い、これと言って何もない自分――こんな女に崎本ほどの男が本気になるはずがないのだ――むしろ彼はそうでなければいけないと、自分の内で勝手に崎本昴像を作り上げてしまっていた。
一緒にいた日々の中、彼から向けられた甘い感情にどうしたって心が躍るのを禁じ得なかった。逢瀬を重ねるごとに高まっていく期待する気持ち――それを心の奥底でどうにかねじ伏せ、保身というバリアを張り続けていた。
そうしないと自分を保てなかった――飽きられた時、捨てられた時に壊れてしまわないよう、心を武装する必要があった。
崎本が今までにくれた痺れるほど愛に満ちた言葉に、何も返してこなかったのは──わざとだ。言葉を口にすることで、自分の気持ちがどんどん大きくなってしまいそうで怖かった。のめり込んでしまえばもう抜け出せなくなるし、独占欲も強くなる。未央はそういった重たさを崎本に押しつけたくはなかったし、またそのせいで彼から突き放されることを恐れていた。
要は、崎本の気持ちをまったく信じてはいなかったのだ。
だから彼から「好きだ」と言われても、自分はあえてそれに答えないことで、二人の気持ちに自ら温度差を与え、多少の安心と満足を得ていた。
そんな未央の傲慢さに、崎本は気づいていたのだろう。「好きだ」と口にするたびに、どことなく傷ついた表情をしていた崎本の表情を思い出し、未央は胸が痛くなった。それでも愛情に満ちた言葉を返してこなかったのは、自分に勇気がなかったせいだ。
「こんな私、崎本さんに好きになってもらえる資格ない……」
涙目になっている未央に、崎本が笑みながら息をつき、優しく語りかける。
「――未央ちゃん、俺にちゃんと『好き』って言ってくれてたよ、実は」
「え……」
身に覚えのない未央は眉をひそめる。
「俺に抱かれるたびに、好きだって口走ってたから」
「うそ……」
衝撃を受けたような表情をする未央。
「もしかして、気づいてなかった?」
苦笑いする崎本に、躊躇ってから――こくん、と頷く。
気づいていなかった、というのは、崎本に対して『好き』だと言っていたことに対してではない。セックスの最中にそんなことを口走っていたことに、だ。
まさか自分がそんなことを? ――頭の中を疑問符が駆け巡る。
「だから、未央ちゃんの『好き』を聞きたくていつも抱いてた。もちろん、自分の性欲がないとは言わないけど。未央ちゃんといると抱きたくなるから」
崎本曰く。セックスのたびに崎本が「未央ちゃん、好きだよ」と声をかけると、未央は「私も……好き……っ、昴さん……」と、快感に朦朧としながらも答えていたのだとか。
それを聞いて崎本は調子に乗り、未央に何度も「好き」と言わせていた、と苦笑を交えつつ白状した。
「崎本さん……」
「あと、一つ確認したいんだけど。未央ちゃんこの間俺に『セフレ』云々言ってたけど、俺たちちゃんと恋人としてつきあってたよね? 少なくとも、俺は初めてセックスした時に『俺の彼女になってくれる?』って聞いたし、未央ちゃんも頷いてOKしてくれたよね?」
「え?」
「……え?」
崎本の言葉に驚く未央。そしてそんな彼女を見て驚く崎本。
そんな会話を交わした覚えは一切ない。だからこそ、二人の関係に名前をつけられずに不安を覚えていたのだ。
「そんなこと……言ってました?」
「ちょっと待って、もしかして未央ちゃんそれも覚えてない? ……そっか、そういうことか」
「え? え?」
一人で合点がいったように頭を掻く崎本。未央は状況がつかめず、首を傾げるばかりだ。
「あのね、未央ちゃんってセックスの最中の会話とかを全部忘れちゃうタチなんだと思う。だから自分が『好き』って言ったことも覚えてないし、俺がつきあおうって言ったこともまったく記憶に残らなかったんだよ。たまにそういう人がいるとは聞いたことあるけど、まさか未央ちゃんがそうだとは思わなかった」
「どうもそうみたいですね……まったく覚えてない……」
自分にまつわる意外な事実に呆然とする未央。
普段、どうしても感情を抑えてしまいがちでいる分、セックスの時はまるでエネルギーを解放するように声を上げてしまう。全身の毛穴が全開になり、そこからすべての澱が出ていくような感覚が快感となって未央を襲うのだ。
そうして内側に溜まっているものを出し尽くしてしまうので、終わった後は屍のようにぐったりとしてしまう。
「俺はね、未央ちゃん。身体だけが目当てじゃなくて、心だって欲しくてたまらないんだよ。未央ちゃんは自分には何もない、って言うけどそんなことない。仕事を真面目にするところとか、嬉しいのを我慢しちゃうところとか、俺に冷たいツッコミを入れたりするところとか、いざという時は腹が据わるところとか、全部大好きだよ。顔だってすごく可愛い。俺には天使に見えるよ」
崎本が未央を抱きしめる。痛いほどの力で、彼女を捕まえる。
「お願いだから、俺のこと捨てないで。前にも言ったけど、俺、未央ちゃんに逃げられたら餓死するから」
震えていた。力強く未央を抱くその腕と身体が、そして訴える声が、不安で戦慄いている。
気弱になっているヒョウが、めいっぱいの力でガゼルを捕らえようと必死になっている。そんな崎本の様子に、胸が痛くなる。それは決して嫌な痛みではない――嬉しくて……言葉にならないほど幸せな痛みだ。
未央は両腕を崎本の背中に回し、ぎゅ、と力を込める。崎本の身体が微かに揺れた。そして決意したように目を閉じ、息を止めた。寸時の後、崎本の胸の中で長く息を吐いた。そして、
「……いの?」
「ん?」
「ほんとに私でいいの?」
これが最後の確認、と言わんばかりに崎本を見上げる。そこには、慈愛と色気に満ちて解けた顔があった。
「未央ちゃんがいいんだよ。君じゃなきゃダメなんだ」
未央の心にずっとずっと留まり続けていた、わだかまりやしこり――淀んだ何かが溶けていくのを感じた。
目の前の景色が今、曇りをすべて拭き去ったように鮮やかになった。
未央は崎本の腕から抜け出し、両手を伸ばして彼の顔を引き寄せる。そして躊躇いもなくくちびるを崎本のそれに重ねて、すぐに解放した。
顔は少し上気していたが、隠すことなく言葉を紡ぐ。
「――好き。昴──さん、好きです」
(やっと……やっと言えた)
そう呟く未央は誰にも見せたことのないような、喜びに蕩けきった笑みを湛えていた。固く閉ざされていた蕾が花開いたような、何の淀みも憂いもない混じりっけなしの笑顔を目の当たりにし、崎本はぽかんと口を開いたまま頬を染めた。
未央が今度は少しくちびるを尖らせ、更に続ける。
「私、可愛く甘えるのとか苦手だし、絶対芹沢さんの方が美人だし、お姉さんの顔とか見慣れてるだろうし……。だから昴さんが私のことを好きだと言ってくれるのも、何だか非現実的って感じで。……でも、ちゃんと昴さんのこと好き、ですから」
そう言い切った後に、少し恥ずかしそうに笑って、
「――好きです、昴さん。愛してます」
と添え、火照った自分の頬を手の平で包んだ。
「……」
なおも固まったまま動かない崎本に、未央は不安を覚え、
「昴さん? どうしました?」
顔を覗き込んだ。崎本は口元を手で覆っていた。その顔は依然うっすらと赤らんでいる。
「いや……『可愛く甘えるのが苦手』とか嘘でしょ。未央ちゃんが可愛すぎて……俺どうしたらいいの」
「大げさですよ」
未央がクスクスと笑い出す。崎本の前ではもう我慢しなくてもいいのだとばかりに、いろんな表情を見せる。次々に出てくる新しい顔に、崎本は眩しそうに笑む。
「俺たち、これで晴れて恋人同士ってことでいいよね?」
未央に念を押した。
「……はい」
照れながら頷く彼女に崎本が更に確認するように言葉を継ぐ。
「これでお互いの誤解とか諸々全部相殺、ってことでいいよね?」
「は……い」
若干訝しみながらも再度頷く未央を満足そうに眺めた後、
「――じゃあ、これからは俺から未央ちゃんへのおしおきの時間ね」
にこやかに不穏なことを宣言する崎本。
「……え?」
「この間、未央ちゃん俺のこと『気持ち悪い』って言ってくれたよね? 俺が未央ちゃんをセフレ扱いしてる――とかで責めてくれたよね?」
「あー……」
知らなかったとは言え、無実だった崎本に自分でも相当酷いことを言い放ったという自覚があった未央は、何も言い返せなかった。
「あれ、俺かなりヘコんだんだけど。ショックであれからよく眠れなかったんだよね……」
落ち込んだ様相でそう述べる崎本の双眸の下には、確かにうっすらと隈が出来ていた。
「ごめんなさい……ほんとに……本心じゃ、なかったんです」
「……責任、取ってくれる?」
可愛らしく笑みながら首を傾げる崎本――これは明らかに未央の弱みを確実に掴んだ上での仕草で。そう分かっていても逆らえない未央は、
「はい……でもどうやって?」
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