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第三章
第15話:水晶はきちんと仕事をしております
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新兵衛がやって来た翌日の帰り、智恵は理世子と会った。農業関連のシンポジウムに参加するために、東京に来ていたからだ。
「やっぱり都会は、美味しいレストランが多いわ」
「そうだよね~。うちらの地元じゃなかなか……」
理世子がデザートのフルーツタルトを満足げに頬張っている。智恵はマンゴーアイスを口に運びながら、こくこくと頷く。
シンポジウム会場近くにある、創作レストラン。実は智恵の前の会社の近くでもあり、何度か利用したことがある。美味しかった記憶があるので、理世子から連絡をもらったのを幸いに、夕食を食べに来た。
智恵が帰省した時にも会ったので、久しぶりという感じではなかったが、そこは幼なじみで親友同士。相変わらず話題には事欠かずに楽しいひとときをすごした。
ワインを楽しみ、その後は肉料理の盛り合わせや具沢山サラダなどでお腹を満たした。
デザートまでしっかり食べて満足すれば、いい時間になったので店を出た。
「美味しかったね、智恵」
「ねー、また来ようね」
理世子の宿泊するホテルまでは近道があり、人通りは少し少ないものの、それほど治安が悪い場所ではないので、二人で向かう。理世子がチェックインするまでつきあってから、駅に向かうつもりだった。
話しながら歩いていると、智恵のスマホが鳴った。
(……あ、湊さん)
「理世子ごめん、職場の人から電話」
立ち止まって応答すると、案の定、湊だった。
『――こんな時間に悪い。智恵、事務所の鍵持ってたよな? 俺、鍵を事務所に置いたまま帰っちゃったから、少し早く来てほしいんだけど、大丈夫か?』
湊は明日、海外から来日した異類に朝イチで面談することになっているという。本当なら珠緒が行うのだが、明日、彼女は休みを取っている。
「はい、大丈夫ですよ。何時までに行けばいいですか?」
『八時に約束してるから、それまでに開けてくれればいいや』
「了解です。じゃあ――」
智恵が心の中で「八時、八時、と……」と繰り返していたその瞬間――
「いやっ! 何するの!」
十メートルほど離れたところで、理世子の叫び声が聞こえた。スマホを持ったまま勢いよく振り返ると、彼女が黒いワンボックスカーから出てきた男たちに腕を掴まれていた。
「! 理世子!!」
智恵は慌てて駆け寄っていく。湊との通話を切って、一一〇番をする準備をしながら追いつき、理世子の手を引っ張る。
「何してるの! 警察呼ぶわよ!」
しかし男たちはその脅しに怯むでもなく、逆に「おい、この女もだ!」と言いながら、智恵に手を伸ばした。
刹那、バチバチバチッと電気のような音が鳴ったと思うと、智恵の手を握っていた男が叫び声を上げた。
「うわぁああ!」
慌てたように智恵から離れた手からは、しゅう……と音が立ちそうなほどの煙が出ていた。
(こ、これは……)
思わず首から下げているペンダントを握ると、ほんのりと熱を持っている。
「あっちぃ! やけどしたじゃねぇか!」
男は焼け焦げた手の平をふぅふぅと吹く。その間に、別の男がもう一度智恵に手を伸ばすが、やはり電気の爆ぜる音がする。
「なんだよこれ!」
男たちが驚いている隙に、智恵は理世子の手を引き、人のいる方向へ走った。
「待て! お前ら!」
暴漢に待てと言われて待つ馬鹿はいない。智恵はスマホを握りしめたまま、理世子と走った。全速力で走るなんて、高校生以来だ。しんどい。
「ここまで来れば、大丈夫、だよね……!」
人混みを縫うように走り、二人で息を乱しながら駅前の交番に駆け込んだので、警官が目を丸くした。
理世子が青ざめたまま何も話せないでいたので、智恵が今起こったことをすべて説明した。信じてもらえないだろうと思ったので、男がペンダントでやけどを負ったことは話さなかった。
「ここのところ、若い女性が行方不明になる事件が続いてるからね。それと同じとは限らないけど、本当に気をつけた方がいい」
警官が渋い表情でそう言っていたので、背筋が寒くなる。
理世子が事情聴取されている間に、智恵は電話を一本入れた。
三十分ほど経った頃――
「――智恵、大丈夫だったか!?」
「湊さん……ごめんなさい、いきなり交番に来てほしいなんて言って」
「いいんだ。急に大声が聞こえて、電話が切れたから心配してた。……無事でよかった」
誰かに迎えに来てもらった方がいいかもしれないと警官に言われ、智恵は迷った末に湊に連絡をした。両親や兄が来るには遠すぎるし、ここに着く頃には日付を大きくまたいでしまうからだ。
だから申し訳ないと思いながらも、湊に電話をした。彼は嫌がるでもなく、すぐに駆けつけてくれた。交番に入って来た時の心配そうな顔を見て、智恵はホッとしたのだった。
今日は新月なので、いつもの湊の姿であることも、智恵をホッとさせた。
理世子に湊を紹介すると、
「何よ何よ何よ~、智恵ったら、いつの間にこんなイケメンとつきあってたの?」
さっきまで青ざめていたとは思えないテンションで、理世子が智恵を突いてきた。
「そ、そんなんじゃないから。女二人じゃ怖いし、こっちで頼れる人が湊さんしかいなくて」
「へぇ……そうなんだぁ……」
ニヤニヤする理世子の背中を押しながら、三人で交番を出た。それから話をしながら――主に理世子が二人の出逢いや関係などを探ってくるような会話ばかりだったが、親友の突っ込みをなんとか躱していると、あっという間にホテルに着いた。
理世子はチェックインを済ませた後も、意味深な笑みを浮かべたまま、
「陣川さん! 智恵をよろしくお願いしますねー!」
嬉しそうに言って手を振り、エレベーターに乗っていった。
「……なんだか盛大に勘違いしていたな、彼女」
「すみません、悪い子じゃないんですけど」
ホテルのロビーから外に出ると、湊は「マンションまで送る」と言い、駅に向かって歩いていく。
「……智恵、俺に何か話したいことがあるんじゃないのか?」
見透かされてたように尋ねられ、智恵はドキリとした。
(どうして分かったんだろう……)
不思議だけれど、分かってもらえて嬉しかった。
智恵はペンダントのことを話した。湊に連絡をしたのは、これを伝えたかったというのもある。
「そうか……守護石が仕事をしたのか。……それにしても智恵、お前偉いな。一人で誘拐犯に立ち向かうのは無謀だけど、友達を助けようとした勇気はすごい。それから所長からもらったペンダントをきちんとつけてたのも、偉かった」
湊が微笑みながら、智恵の頭をくしゃりと撫でた。
(普通ならセクハラになるはずなのに……)
彼氏でも夫でもない男に頭を撫でられるのは、今やセクハラだ。大半の女性はそれを気持ち悪く思うのだが。
湊に撫でられてもまったく不快に思わない。ふんわりと心地がよくて、どこか癒やされる。それでいて頬や身体が熱を持ってドキドキする。
もっと撫でてほしいとすら、思ってしまう。
彼が特別美形だからなのかもしれないが、それだけではない何かを感じているのは間違いない。
(どうしてかな……不思議)
ほぅ……と、こっくりとした息を漏らすと、頭の上から湊の真剣な声が落ちてきた。
「守護石が効いたということは……智恵たちを拉致しようとしたのは、異類なのかもしれないな。しかも外類。智恵、ペンダントを見せてみろ」
言われるがままに、智恵はペンダントを外して掲げてみる。
「……あれ?」
珠緒からそれをもらった時、水晶はクリアでキラキラしていた。しかし今見ると、白く濁りくすんでしまっている。
湊はそれを見て何度も頷いた。
「なるほどねぇ……。ここまで濁っているということは、異類に対して守護力が働いたんだ」
「……や、っぱり」
交番で湊を待っている間、ずっと考えていた。あんなに電気のようにバチバチと相手を攻撃するように爆ぜたのは、あの暴漢が異類だったからではないかと、その可能性がチラチラと頭をよぎったのだ。
「所長に妖力込め直してもらわなきゃな。……って、さっきも言ったけど、所長は明日から二日間休みだな。毎年恒例の那須詣だ」
湊曰く、珠緒は明日から栃木県に行くという。実は彼女が殺生石から復活した日が明日らしく、毎年この日は史跡で祈りを捧げてくるそうだ。
それもまた珠緒の贖罪の一部なのだろうと、智恵は思った。
かつて『日本三大悪妖怪』とも言われた傾国の美女は、現代社会ではこうして品行方正に生きて、功徳を積んでいるのだ。
案内所で働くようになってまだほんの数ヶ月だが、智恵は珠緒を尊敬していた。
彼女からもらった守護石が、昨夜の智恵を救ってくれた。次に会った時にはお礼を言わねばとペンダントを見る。
湊は黙ったまま己のくちびるを指で擦りながら、何かを考えている様子を見せ、そして。
「――智恵、所長が帰って来るのは明後日だし、それまで護衛をしてやるよ」
「え」
「大きな護りを発動したから、その水晶は効力が薄れてる。それに守護力を補填できるのは所長だけだ。だから、それまでは俺が守護石の代わりをしてやるよ。誰もそばにいないよりマシだろ?」
当たり前だ、と言わんばかりに提案され、智恵は戸惑う。
「え、でもいいんですか……?」
「智恵が案内所に来てくれたから、俺の負担も軽くなったし、そのお礼だ。……それに、心配で仕事も手につかなくなるくらいなら、俺が送り迎えをして安心したい」
(仕事も手につかなくなる……?)
そんなに自分のことを考えてくれているのかと、智恵は嬉しいやら面映ゆいやらで、さらに頬が熱くなってしまった。きっと真っ赤になっているだろう……辺りは暗いので、気づかれていないといいのだけれど。
「あ……ありがとうございます、湊さん」
智恵が住んでいるマンションに到着すると、湊は辺りを見回す。部屋の前までついてきてくれて、フロアもくまなくチェックしてくれた。
「怪しい人影はなさそうだ。……智恵が部屋に入ったら帰るから、俺にかまわずすぐに鍵をかけろよ? 部屋に怪しいところとかあれば、すぐに連絡するんだ」
「分かりました。ありがとうございます、送ってくれて」
「また明日な」
智恵は部屋に入ると、ドアを閉める直前に「おやすみなさい」と告げる。
「おやすみ」
優しい声音で返ってきた言葉は、智恵の心にじんわりと沁みて、なんだか切なくなった。
「やっぱり都会は、美味しいレストランが多いわ」
「そうだよね~。うちらの地元じゃなかなか……」
理世子がデザートのフルーツタルトを満足げに頬張っている。智恵はマンゴーアイスを口に運びながら、こくこくと頷く。
シンポジウム会場近くにある、創作レストラン。実は智恵の前の会社の近くでもあり、何度か利用したことがある。美味しかった記憶があるので、理世子から連絡をもらったのを幸いに、夕食を食べに来た。
智恵が帰省した時にも会ったので、久しぶりという感じではなかったが、そこは幼なじみで親友同士。相変わらず話題には事欠かずに楽しいひとときをすごした。
ワインを楽しみ、その後は肉料理の盛り合わせや具沢山サラダなどでお腹を満たした。
デザートまでしっかり食べて満足すれば、いい時間になったので店を出た。
「美味しかったね、智恵」
「ねー、また来ようね」
理世子の宿泊するホテルまでは近道があり、人通りは少し少ないものの、それほど治安が悪い場所ではないので、二人で向かう。理世子がチェックインするまでつきあってから、駅に向かうつもりだった。
話しながら歩いていると、智恵のスマホが鳴った。
(……あ、湊さん)
「理世子ごめん、職場の人から電話」
立ち止まって応答すると、案の定、湊だった。
『――こんな時間に悪い。智恵、事務所の鍵持ってたよな? 俺、鍵を事務所に置いたまま帰っちゃったから、少し早く来てほしいんだけど、大丈夫か?』
湊は明日、海外から来日した異類に朝イチで面談することになっているという。本当なら珠緒が行うのだが、明日、彼女は休みを取っている。
「はい、大丈夫ですよ。何時までに行けばいいですか?」
『八時に約束してるから、それまでに開けてくれればいいや』
「了解です。じゃあ――」
智恵が心の中で「八時、八時、と……」と繰り返していたその瞬間――
「いやっ! 何するの!」
十メートルほど離れたところで、理世子の叫び声が聞こえた。スマホを持ったまま勢いよく振り返ると、彼女が黒いワンボックスカーから出てきた男たちに腕を掴まれていた。
「! 理世子!!」
智恵は慌てて駆け寄っていく。湊との通話を切って、一一〇番をする準備をしながら追いつき、理世子の手を引っ張る。
「何してるの! 警察呼ぶわよ!」
しかし男たちはその脅しに怯むでもなく、逆に「おい、この女もだ!」と言いながら、智恵に手を伸ばした。
刹那、バチバチバチッと電気のような音が鳴ったと思うと、智恵の手を握っていた男が叫び声を上げた。
「うわぁああ!」
慌てたように智恵から離れた手からは、しゅう……と音が立ちそうなほどの煙が出ていた。
(こ、これは……)
思わず首から下げているペンダントを握ると、ほんのりと熱を持っている。
「あっちぃ! やけどしたじゃねぇか!」
男は焼け焦げた手の平をふぅふぅと吹く。その間に、別の男がもう一度智恵に手を伸ばすが、やはり電気の爆ぜる音がする。
「なんだよこれ!」
男たちが驚いている隙に、智恵は理世子の手を引き、人のいる方向へ走った。
「待て! お前ら!」
暴漢に待てと言われて待つ馬鹿はいない。智恵はスマホを握りしめたまま、理世子と走った。全速力で走るなんて、高校生以来だ。しんどい。
「ここまで来れば、大丈夫、だよね……!」
人混みを縫うように走り、二人で息を乱しながら駅前の交番に駆け込んだので、警官が目を丸くした。
理世子が青ざめたまま何も話せないでいたので、智恵が今起こったことをすべて説明した。信じてもらえないだろうと思ったので、男がペンダントでやけどを負ったことは話さなかった。
「ここのところ、若い女性が行方不明になる事件が続いてるからね。それと同じとは限らないけど、本当に気をつけた方がいい」
警官が渋い表情でそう言っていたので、背筋が寒くなる。
理世子が事情聴取されている間に、智恵は電話を一本入れた。
三十分ほど経った頃――
「――智恵、大丈夫だったか!?」
「湊さん……ごめんなさい、いきなり交番に来てほしいなんて言って」
「いいんだ。急に大声が聞こえて、電話が切れたから心配してた。……無事でよかった」
誰かに迎えに来てもらった方がいいかもしれないと警官に言われ、智恵は迷った末に湊に連絡をした。両親や兄が来るには遠すぎるし、ここに着く頃には日付を大きくまたいでしまうからだ。
だから申し訳ないと思いながらも、湊に電話をした。彼は嫌がるでもなく、すぐに駆けつけてくれた。交番に入って来た時の心配そうな顔を見て、智恵はホッとしたのだった。
今日は新月なので、いつもの湊の姿であることも、智恵をホッとさせた。
理世子に湊を紹介すると、
「何よ何よ何よ~、智恵ったら、いつの間にこんなイケメンとつきあってたの?」
さっきまで青ざめていたとは思えないテンションで、理世子が智恵を突いてきた。
「そ、そんなんじゃないから。女二人じゃ怖いし、こっちで頼れる人が湊さんしかいなくて」
「へぇ……そうなんだぁ……」
ニヤニヤする理世子の背中を押しながら、三人で交番を出た。それから話をしながら――主に理世子が二人の出逢いや関係などを探ってくるような会話ばかりだったが、親友の突っ込みをなんとか躱していると、あっという間にホテルに着いた。
理世子はチェックインを済ませた後も、意味深な笑みを浮かべたまま、
「陣川さん! 智恵をよろしくお願いしますねー!」
嬉しそうに言って手を振り、エレベーターに乗っていった。
「……なんだか盛大に勘違いしていたな、彼女」
「すみません、悪い子じゃないんですけど」
ホテルのロビーから外に出ると、湊は「マンションまで送る」と言い、駅に向かって歩いていく。
「……智恵、俺に何か話したいことがあるんじゃないのか?」
見透かされてたように尋ねられ、智恵はドキリとした。
(どうして分かったんだろう……)
不思議だけれど、分かってもらえて嬉しかった。
智恵はペンダントのことを話した。湊に連絡をしたのは、これを伝えたかったというのもある。
「そうか……守護石が仕事をしたのか。……それにしても智恵、お前偉いな。一人で誘拐犯に立ち向かうのは無謀だけど、友達を助けようとした勇気はすごい。それから所長からもらったペンダントをきちんとつけてたのも、偉かった」
湊が微笑みながら、智恵の頭をくしゃりと撫でた。
(普通ならセクハラになるはずなのに……)
彼氏でも夫でもない男に頭を撫でられるのは、今やセクハラだ。大半の女性はそれを気持ち悪く思うのだが。
湊に撫でられてもまったく不快に思わない。ふんわりと心地がよくて、どこか癒やされる。それでいて頬や身体が熱を持ってドキドキする。
もっと撫でてほしいとすら、思ってしまう。
彼が特別美形だからなのかもしれないが、それだけではない何かを感じているのは間違いない。
(どうしてかな……不思議)
ほぅ……と、こっくりとした息を漏らすと、頭の上から湊の真剣な声が落ちてきた。
「守護石が効いたということは……智恵たちを拉致しようとしたのは、異類なのかもしれないな。しかも外類。智恵、ペンダントを見せてみろ」
言われるがままに、智恵はペンダントを外して掲げてみる。
「……あれ?」
珠緒からそれをもらった時、水晶はクリアでキラキラしていた。しかし今見ると、白く濁りくすんでしまっている。
湊はそれを見て何度も頷いた。
「なるほどねぇ……。ここまで濁っているということは、異類に対して守護力が働いたんだ」
「……や、っぱり」
交番で湊を待っている間、ずっと考えていた。あんなに電気のようにバチバチと相手を攻撃するように爆ぜたのは、あの暴漢が異類だったからではないかと、その可能性がチラチラと頭をよぎったのだ。
「所長に妖力込め直してもらわなきゃな。……って、さっきも言ったけど、所長は明日から二日間休みだな。毎年恒例の那須詣だ」
湊曰く、珠緒は明日から栃木県に行くという。実は彼女が殺生石から復活した日が明日らしく、毎年この日は史跡で祈りを捧げてくるそうだ。
それもまた珠緒の贖罪の一部なのだろうと、智恵は思った。
かつて『日本三大悪妖怪』とも言われた傾国の美女は、現代社会ではこうして品行方正に生きて、功徳を積んでいるのだ。
案内所で働くようになってまだほんの数ヶ月だが、智恵は珠緒を尊敬していた。
彼女からもらった守護石が、昨夜の智恵を救ってくれた。次に会った時にはお礼を言わねばとペンダントを見る。
湊は黙ったまま己のくちびるを指で擦りながら、何かを考えている様子を見せ、そして。
「――智恵、所長が帰って来るのは明後日だし、それまで護衛をしてやるよ」
「え」
「大きな護りを発動したから、その水晶は効力が薄れてる。それに守護力を補填できるのは所長だけだ。だから、それまでは俺が守護石の代わりをしてやるよ。誰もそばにいないよりマシだろ?」
当たり前だ、と言わんばかりに提案され、智恵は戸惑う。
「え、でもいいんですか……?」
「智恵が案内所に来てくれたから、俺の負担も軽くなったし、そのお礼だ。……それに、心配で仕事も手につかなくなるくらいなら、俺が送り迎えをして安心したい」
(仕事も手につかなくなる……?)
そんなに自分のことを考えてくれているのかと、智恵は嬉しいやら面映ゆいやらで、さらに頬が熱くなってしまった。きっと真っ赤になっているだろう……辺りは暗いので、気づかれていないといいのだけれど。
「あ……ありがとうございます、湊さん」
智恵が住んでいるマンションに到着すると、湊は辺りを見回す。部屋の前までついてきてくれて、フロアもくまなくチェックしてくれた。
「怪しい人影はなさそうだ。……智恵が部屋に入ったら帰るから、俺にかまわずすぐに鍵をかけろよ? 部屋に怪しいところとかあれば、すぐに連絡するんだ」
「分かりました。ありがとうございます、送ってくれて」
「また明日な」
智恵は部屋に入ると、ドアを閉める直前に「おやすみなさい」と告げる。
「おやすみ」
優しい声音で返ってきた言葉は、智恵の心にじんわりと沁みて、なんだか切なくなった。
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