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第二章

第6話:吸血鬼は昼も活動的です

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「国会中に貧血で倒れそうになるんですよ……」
「処方された鉄分のサプリメントで……補ってもダメですか?」
「倍以上飲んでもしんどいですね……」
「そうなんですね。それはお辛そうです」

 智恵の目の前にいるのは、有名若手代議士の蘇芳すおう雅彦まさひこだ。初めてここで姿を見た時には驚いた。
 ――まさか彼が、吸血鬼だなんて思わなかったから。
 何せ、昼夜問わず精力的に動くはずの国会議員だ。
 衆議院の本会議は昼間に開催されるし。蘇芳が真昼の炎天下で、力強く選挙演説をしている映像なども見たことがある。
 そういった一連の行動は身体に悪くはないのかと、他人事ながら心配してしまう。
 しかし現代医療というのは、人間が思うよりもだいぶ進歩しているらしい。遮光剤サンブロック――つまり、吸血鬼用の日焼け止め、というものが存在する。頭用、顔と身体用、眼球用など、髪の先からつま先まで全身をカバーしてくれる代物だそう。
 それで日光の下に出ることが可能になるのだから、素晴らしい発明だと思う。
 おまけに今は吸血鬼用の人工血液があるので、人から吸わなくても暮らしていける。
 技術革新バンザイ、である。

「ともかく、かかりつけの先生に相談されるのが一番だと思いますよ?」

(それにしても……まさか国会議員の中にも、異類がいるなんてね)

 世界の政財界では多くの『異類』が活躍していると、湊から聞いてはいた。そういった資産家階級の異類たちの支援があるからこそ『異類生活支援案内所』が存続できているのだそうだ。
 特に吸血鬼は、一族が皆優秀で結束も固い。他の異類よりも格上だという自負も、並々ならないものがあるという。
 蘇芳も当然ながら資産家の御曹司で、前回の衆議院議員選挙で初当選を果たした。スーツの襟では議員バッジがこれでもかと主張していて、その隣には『S』をもじったロゴのバッジがついている。これは蘇芳家の一員であることの証明なんだとか。智恵はそれを聞いた時「自分の家のロゴがあるなんて、セレブだなぁ」と、感心したものだ。

「確かにそうなんですが……あなたとお話ししていると気持ちが安らぐので、つい、ここを訪れてしまうのですよ」

 蘇芳は柔和な笑顔を浮かべながら、肩をすくめた。

「そうおっしゃっていただけると、私も嬉しいです。ありがとうございます」

 今、目の前で悩みを打ち明けてくる吸血鬼議員は、実は智恵が初めてカウンセリングを請け負った異類だ。
 智恵を見るなり『あなたとは長いつきあいになりそうだ』と笑った口元には、人より若干目立つ犬歯が光っていた。
 蘇芳は他の吸血鬼よりも貧血を起こしやすく、医師から鉄分のサプリメントを処方されていた。
 医師、とは言っても、普通のクリニックに通っているわけではない。
 この『案内所』に登録している、異類専門医だ。
 その名のとおり『異類生活支援案内所』は、異類の生活に関する情報発信や支援を行っているのだが、実は意外と様々な部署がある。
 まず大きく分けて『総合案内課』『妖怪課』『幽霊課』『稀人課』『婚活課』『不動産課』『健康増進課』がある。
 総合案内課は智恵や湊が所属している部署で、窓口兼庶務――つまり雑務などを担当している。そしてこの度、資格を持つ智恵が入ったことで、カウンセリングも業務の一つに加わった。
 しかし智恵が加わったせいか、はたまたカウンセリングを請け負うことになったせいか分からないが、案内課で時間を潰す異類たちが格段に増えてしまった。それが智恵たちの目下の悩みだ。
 妖怪課は主に妖怪や幻獣の子どもたちを集め、人間社会の中でうっかり元の姿に変異しないよう訓練する部署。通称『保育園』だ。
 大人になれば変化へんげは意のままになるが、子どもは上手く制御できない。その方法を、大人たちが教えていくのだそう。
 幽霊課はこの世に未練を残した霊が成仏するために、寺社と提携しながらあれこれと助力する、別名『成仏支援課』。
 未練の元を解決したり、気が済むまで話を聞いたり、恨みを残さないよう諭したりもする。幽霊相手のカウンセリング担当だ。
 稀人課は、タイムスリップしてきた稀人に現代社会で生きる術を叩き込む『生活支援』がメインだ。
 婚活課は異類向けの結婚相談所、不動産課は異類が住みやすい町や物件を紹介する部署。
 その他にも細々とした担当者はいるが、ここを訪れる異類の大半はこれらを目的としている。
 蘇芳が処方されているサプリメントも、普通の人間向けではなく、当然吸血鬼向けのものだ。
 それでも体調はあまりよくないらしく、こうしてたびたびやって来る。智恵が勤めるようになってから、もう三度目だ。
 直接クリニックに行けばいいのに……と思わなくもないのだが、智恵と話すことで癒やされるという異類は少なくないので、自分で役に立てるのならと、話し相手になっている。
 プライドの高い吸血鬼、しかも国会議員が、ただの庶民である智恵をここまで頼ってくれるのも、異情共親者の能力の賜なのだろうか。
 なんだか不思議だなぁと思いつつ、嬉しくもあった。

「とにかく蘇芳さん、担当の医師せんせいにサプリの見直しを相談されたらどうでしょうか。会期中はお忙しいとは思いますが、健康第一ですので、お時間を見つけて行ってみてください」
「そうですね。……成宮さん、いつもお世話になっているお礼に、今度お食事でもいかがですか? 先日うちの党の幹事長から、美味しいフレンチのお店を教わったのですよ。よければ」
「い、いえいえ! とんでもないです! これもお仕事ですので、お気になさらないでください!」

 代議士先生の行きつけなんて、高級なレストランに決まっているではないか。想像しただけで緊張してしまう。それに、社交辞令を鵜呑みにして、のこのこ行くほど図々しくもないのだ。
 丁重に辞退すると、蘇芳はわずかに憂いを帯びた表情を見せた。

「そうですか? でも……」
「私なんかを誘うお時間があるなら、クリニックに行ってください! お願いですから! お顔の色もあまり優れないようですし、心配です」
「ご心配、ありがとうございます。残念ですが、今日のところは諦めます。でも、私のことを気遣ってくださって、ありがとうございます。明日にでもクリニックに行ってきますね。……では、所長に挨拶をしてから帰ります」

 両手のこぶしをぎゅっと握りながら力説をすると、蘇芳はしぶしぶながら引き下がった。所長室に行き、珠緒と雑談でもして帰るのだろう。
 カウンターで蘇芳の後ろ姿を見送ってから、ほぅ、と息をつく。窓の外を見ると、珍しく晴れている。梅雨の晴れ間というやつだ。

(こんな天気のいい中、外を歩ける吸血鬼、か……)

 本当に便利な世の中になったものだと、智恵は心の底から感心した。

 智恵の仕事は本来なら受付業で、訪れた異類たちに用件を聞き、適切な部署に振り分けるのがメインの仕事。
 しかし資格を持っているということで、いつの間にかカウンセリングが主な業務になってしまった。半分は愚痴聞き係だ。
 数々の異類の愚痴を聞いてアドバイスをして、早一ヶ月が経った。
 一ヶ月前、湊から研修を受けた。研修という名がついてはいたが、要は異類やこの組織に関する説明と、智恵がやるべき仕事、守るべき規則などの確認が大半だった。
 何せ智恵は人ならざるものに接した経験はあるものの、異類全般に関してはド素人だ。物語や伝承などで薄っぺらい知識はあっても、本当に知っているとは言えない。
 だから湊から教わったことは、すべてが新鮮だった。
 特に『稀人』については、存在すら知らなかったので興味深かった。
 原因も規則性も方法も、まったく分からない。とにかくある日突然、現れるのだそう。しかも必ず過去からやって来るのだという。これまで、未来から稀人が来たことはないらしい。
 現代の技術をもってしても、タイムスリップの謎は解明できていないが、どこに出現したかは察知可能になっているらしい。
 智恵は研修の一環として、五年前にタイムスリップしてきた女性と面談をした。
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