ホントの恋を教えてください。(旧題:恋をさけんであなたの前で)

沢渡奈々子

文字の大きさ
上 下
34 / 41
番外編

番外編3「水科家の人々」12話(終)

しおりを挟む
「――それ、何もらったの?」
 信号待ちの時に篤樹が依里佳の膝に乗っている紙袋を一瞥した。
「プリザーブドフラワーみたい……、ん?」
 袋の中を覗き込みながらそう答える依里佳が、グラスドームの下に何かがあるのを見つけた。
「どうしたの? 依里佳」
「何か封筒みたいなのが……」
 そっと取り出してみると、やはり封筒で。中にはカードが封入されていた。表紙に【Thank you】と書かれたシンプルなものだ。開いてみると、

【蓮見依里佳様 
 今日は仕事のため中座をしてしまい、申し訳ありませんでした。短い時間ではありましたが、貴女とお会い出来てとても嬉しかったです。
 そして咲のわがままを聞いていただき、どうもありがとうございました。咲が女性にあそこまで懐くのはとても珍しく、私や妻も驚きました。
 また、貴女といる篤樹がとても幸せそうで、本当に安心しました。
 依里佳さん、貴女は水科家に新しい風を吹き込んでくれる素晴らしい方だとお見受けしました。どうぞこれからも、篤樹のことをよろしくお願い申し上げます。 水科嘉紀】

 達筆な字でそう書かれていた。そしてその下には、

【追伸 篤樹から、依里佳さんは映画がお好きだと伺いました。海堂ホールディングス系列の映画館のもので恐縮ですが、シネマカードを同封いたしますので、甥御さんとの映画鑑賞の時にでもお使いいただければ幸甚に存じます(篤樹と一緒に映画をご覧になる時には、ちゃんと篤樹に払わせてください)。】

 とあり、封筒にはシネコンのギフトカードが確かに同封されていた。
「シネマカード……お父様がくださったみたい、だよ?」
「そっか、一応気を遣ってくれたんだな。早々に退場しちゃったから」
「……皆さん、私にすごく気を遣ってくれて……いいご家族だね、篤樹」
 愛おしそうに封筒を撫でる依里佳。
「そう?」
「静恵さんもいい人だし……あそこで篤樹は育ったんだね」
 篤樹自身から、そして幸希からも聞かされた彼らの複雑な生い立ちと家庭環境。でも水科家の家族からはそんなことは一切感じさせないほどの温かさが伝わってきた。
 優しくも威厳のある父、穏やかで茶目っ気のある母、家族想いの兄、そして明るく可愛らしい妹――蓮見家とはまた違った素敵な家庭だと依里佳は思った。
「依里佳、今日はほんとにありがとう。咲のわがままにつきあってくれて。……嫌にならなかった? 正直に言っていいよ?」
 ステアリングを握りながら、篤樹がクスリと笑う。
「あー……うん。ちょっとびっくりしたし、最初は無理だって思ってたし、すごく恥ずかしかったけど。でもメイクとかきれいにしてもらえたり、お姫様みたいなドレス着られたし、実はちょっと嬉しかったりもしたんだ。女の子はみんなああいうドレスに一度は憧れるものだし」
 幼い頃は絵本やアニメで見たシンデレラに憧れ、ドレスをねだったこともある。だから手が込んだドレスを見せられた時、秘かに心が踊ったことは否めない。
「あのドレスもほんとによく依里佳に似合ってて、きれいだったよ」
「……ありがと。それにしても咲ちゃん、よくあそこまで衣装とかステージとか凝ってくれたよね。私のために大金かけて……ちょっと申し訳なかった」
「あぁ、いいんだよ。あれは依里佳のためというより、結局咲が自分の欲求を満たしたかっただけなんだし」
「あはは、それはそうかもね。でも、翔もいろいろもらったみたいで……私の家族にも気を遣ってくれて、嬉しかったよ」
 翔は依里佳が着替えている間に帰ってしまったのだが、りゅうのぬいぐるみを抱えて満足げに去って行ったそうだ。
「俺は、俊輔さんも陽子さんも翔くんも……蓮見家の人たちみんな大好きだよ。……だから依里佳にも、俺の家族のことを好きになってもらえたら嬉しい。……フィーリングが合う合わないはあるから、無理強いはしないけどね」
「あはは、大丈夫だよ、きっと」
 家族全員が篤樹のことを愛しているということが分かったし、依里佳のことを歓迎してくれていたように思う。彼女自身も水科家の人々を好きになれそうだと感じていた。
「ありがとう、依里佳」
「そういえば篤樹、さっき大きな荷物積んでたけど、あれ何なの?」
 玄関先で挨拶をしている時に、篤樹がハッチバックに段ボール箱をいくつか積んでいたのが視界に入った。
「あぁ……いろいろ持たされたんだ。静恵さんが作った料理だとか食材だとか、実家に届いた俺宛ての郵便とか、……ね」
 篤樹がやや含みのある口振りで答えたことに、依里佳は気づかない。
「そっか、やっぱり心配されてるんだね、食生活とか」
「みたいだね。それに、静恵さんの料理は美味いから。……あ、今日の夕飯に一緒に食べる?」
「いいの?」
 依里佳の目が輝く。美味しいものを食べるのは大好きだ。
「もちろん。……じゃあ、俺の部屋に行く?」
「うん」
「……楽しみだなぁ」
「私も楽しみ~」
 気持ちを躍らせる依里佳の姿を見て、篤樹はニッコリと笑った。
 二人が口にした「楽しみ」という言葉――依里佳と篤樹では指し示す目的語が違っていることに、この時の依里佳は知る由もなく。ましてや、篤樹の脳内では、咲から耳打ちされた言葉が現在進行形でリフレインしているだなんて、気づくはずもなかった。


『それにね、あっくん――撮影が終わったら、この衣装はあっくんにあげるから。使も……あっくんの自由だよ?』



<終>



 何だかんだ言って、言い含められちゃうんだろうなぁ。依里佳逃げてー! ……という事案。
 この後の展開、一応書くつもり……です(多分)。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。