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番外編
番外編3「水科家の人々」12話(終)
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「――それ、何もらったの?」
信号待ちの時に篤樹が依里佳の膝に乗っている紙袋を一瞥した。
「プリザーブドフラワーみたい……、ん?」
袋の中を覗き込みながらそう答える依里佳が、グラスドームの下に何かがあるのを見つけた。
「どうしたの? 依里佳」
「何か封筒みたいなのが……」
そっと取り出してみると、やはり封筒で。中にはカードが封入されていた。表紙に【Thank you】と書かれたシンプルなものだ。開いてみると、
【蓮見依里佳様
今日は仕事のため中座をしてしまい、申し訳ありませんでした。短い時間ではありましたが、貴女とお会い出来てとても嬉しかったです。
そして咲のわがままを聞いていただき、どうもありがとうございました。咲が女性にあそこまで懐くのはとても珍しく、私や妻も驚きました。
また、貴女といる篤樹がとても幸せそうで、本当に安心しました。
依里佳さん、貴女は水科家に新しい風を吹き込んでくれる素晴らしい方だとお見受けしました。どうぞこれからも、篤樹のことをよろしくお願い申し上げます。 水科嘉紀】
達筆な字でそう書かれていた。そしてその下には、
【追伸 篤樹から、依里佳さんは映画がお好きだと伺いました。海堂ホールディングス系列の映画館のもので恐縮ですが、シネマカードを同封いたしますので、甥御さんとの映画鑑賞の時にでもお使いいただければ幸甚に存じます(篤樹と一緒に映画をご覧になる時には、ちゃんと篤樹に払わせてください)。】
とあり、封筒にはシネコンのギフトカードが確かに同封されていた。
「シネマカード……お父様がくださったみたい、だよ?」
「そっか、一応気を遣ってくれたんだな。早々に退場しちゃったから」
「……皆さん、私にすごく気を遣ってくれて……いいご家族だね、篤樹」
愛おしそうに封筒を撫でる依里佳。
「そう?」
「静恵さんもいい人だし……あそこで篤樹は育ったんだね」
篤樹自身から、そして幸希からも聞かされた彼らの複雑な生い立ちと家庭環境。でも水科家の家族からはそんなことは一切感じさせないほどの温かさが伝わってきた。
優しくも威厳のある父、穏やかで茶目っ気のある母、家族想いの兄、そして明るく可愛らしい妹――蓮見家とはまた違った素敵な家庭だと依里佳は思った。
「依里佳、今日はほんとにありがとう。咲のわがままにつきあってくれて。……嫌にならなかった? 正直に言っていいよ?」
ステアリングを握りながら、篤樹がクスリと笑う。
「あー……うん。ちょっとびっくりしたし、最初は無理だって思ってたし、すごく恥ずかしかったけど。でもメイクとかきれいにしてもらえたり、お姫様みたいなドレス着られたし、実はちょっと嬉しかったりもしたんだ。女の子はみんなああいうドレスに一度は憧れるものだし」
幼い頃は絵本やアニメで見たシンデレラに憧れ、ドレスをねだったこともある。だから手が込んだドレスを見せられた時、秘かに心が踊ったことは否めない。
「あのドレスもほんとによく依里佳に似合ってて、きれいだったよ」
「……ありがと。それにしても咲ちゃん、よくあそこまで衣装とかステージとか凝ってくれたよね。私のために大金かけて……ちょっと申し訳なかった」
「あぁ、いいんだよ。あれは依里佳のためというより、結局咲が自分の欲求を満たしたかっただけなんだし」
「あはは、それはそうかもね。でも、翔もいろいろもらったみたいで……私の家族にも気を遣ってくれて、嬉しかったよ」
翔は依里佳が着替えている間に帰ってしまったのだが、りゅうのぬいぐるみを抱えて満足げに去って行ったそうだ。
「俺は、俊輔さんも陽子さんも翔くんも……蓮見家の人たちみんな大好きだよ。……だから依里佳にも、俺の家族のことを好きになってもらえたら嬉しい。……フィーリングが合う合わないはあるから、無理強いはしないけどね」
「あはは、大丈夫だよ、きっと」
家族全員が篤樹のことを愛しているということが分かったし、依里佳のことを歓迎してくれていたように思う。彼女自身も水科家の人々を好きになれそうだと感じていた。
「ありがとう、依里佳」
「そういえば篤樹、さっき大きな荷物積んでたけど、あれ何なの?」
玄関先で挨拶をしている時に、篤樹がハッチバックに段ボール箱をいくつか積んでいたのが視界に入った。
「あぁ……いろいろ持たされたんだ。静恵さんが作った料理だとか食材だとか、実家に届いた俺宛ての郵便とか、服とか……ね」
篤樹がやや含みのある口振りで答えたことに、依里佳は気づかない。
「そっか、やっぱり心配されてるんだね、食生活とか」
「みたいだね。それに、静恵さんの料理は美味いから。……あ、今日の夕飯に一緒に食べる?」
「いいの?」
依里佳の目が輝く。美味しいものを食べるのは大好きだ。
「もちろん。……じゃあ、俺の部屋に行く?」
「うん」
「……楽しみだなぁ」
「私も楽しみ~」
気持ちを躍らせる依里佳の姿を見て、篤樹はニッコリと笑った。
二人が口にした「楽しみ」という言葉――依里佳と篤樹では指し示す目的語が違っていることに、この時の依里佳は知る由もなく。ましてや、篤樹の脳内では、咲から耳打ちされた言葉が現在進行形でリフレインしているだなんて、気づくはずもなかった。
『それにね、あっくん――撮影が終わったら、この衣装はあっくんにあげるから。どう使うも……あっくんの自由だよ?』
<終>
何だかんだ言って、言い含められちゃうんだろうなぁ。依里佳逃げてー! ……という事案。
この後の展開、一応書くつもり……です(多分)。
信号待ちの時に篤樹が依里佳の膝に乗っている紙袋を一瞥した。
「プリザーブドフラワーみたい……、ん?」
袋の中を覗き込みながらそう答える依里佳が、グラスドームの下に何かがあるのを見つけた。
「どうしたの? 依里佳」
「何か封筒みたいなのが……」
そっと取り出してみると、やはり封筒で。中にはカードが封入されていた。表紙に【Thank you】と書かれたシンプルなものだ。開いてみると、
【蓮見依里佳様
今日は仕事のため中座をしてしまい、申し訳ありませんでした。短い時間ではありましたが、貴女とお会い出来てとても嬉しかったです。
そして咲のわがままを聞いていただき、どうもありがとうございました。咲が女性にあそこまで懐くのはとても珍しく、私や妻も驚きました。
また、貴女といる篤樹がとても幸せそうで、本当に安心しました。
依里佳さん、貴女は水科家に新しい風を吹き込んでくれる素晴らしい方だとお見受けしました。どうぞこれからも、篤樹のことをよろしくお願い申し上げます。 水科嘉紀】
達筆な字でそう書かれていた。そしてその下には、
【追伸 篤樹から、依里佳さんは映画がお好きだと伺いました。海堂ホールディングス系列の映画館のもので恐縮ですが、シネマカードを同封いたしますので、甥御さんとの映画鑑賞の時にでもお使いいただければ幸甚に存じます(篤樹と一緒に映画をご覧になる時には、ちゃんと篤樹に払わせてください)。】
とあり、封筒にはシネコンのギフトカードが確かに同封されていた。
「シネマカード……お父様がくださったみたい、だよ?」
「そっか、一応気を遣ってくれたんだな。早々に退場しちゃったから」
「……皆さん、私にすごく気を遣ってくれて……いいご家族だね、篤樹」
愛おしそうに封筒を撫でる依里佳。
「そう?」
「静恵さんもいい人だし……あそこで篤樹は育ったんだね」
篤樹自身から、そして幸希からも聞かされた彼らの複雑な生い立ちと家庭環境。でも水科家の家族からはそんなことは一切感じさせないほどの温かさが伝わってきた。
優しくも威厳のある父、穏やかで茶目っ気のある母、家族想いの兄、そして明るく可愛らしい妹――蓮見家とはまた違った素敵な家庭だと依里佳は思った。
「依里佳、今日はほんとにありがとう。咲のわがままにつきあってくれて。……嫌にならなかった? 正直に言っていいよ?」
ステアリングを握りながら、篤樹がクスリと笑う。
「あー……うん。ちょっとびっくりしたし、最初は無理だって思ってたし、すごく恥ずかしかったけど。でもメイクとかきれいにしてもらえたり、お姫様みたいなドレス着られたし、実はちょっと嬉しかったりもしたんだ。女の子はみんなああいうドレスに一度は憧れるものだし」
幼い頃は絵本やアニメで見たシンデレラに憧れ、ドレスをねだったこともある。だから手が込んだドレスを見せられた時、秘かに心が踊ったことは否めない。
「あのドレスもほんとによく依里佳に似合ってて、きれいだったよ」
「……ありがと。それにしても咲ちゃん、よくあそこまで衣装とかステージとか凝ってくれたよね。私のために大金かけて……ちょっと申し訳なかった」
「あぁ、いいんだよ。あれは依里佳のためというより、結局咲が自分の欲求を満たしたかっただけなんだし」
「あはは、それはそうかもね。でも、翔もいろいろもらったみたいで……私の家族にも気を遣ってくれて、嬉しかったよ」
翔は依里佳が着替えている間に帰ってしまったのだが、りゅうのぬいぐるみを抱えて満足げに去って行ったそうだ。
「俺は、俊輔さんも陽子さんも翔くんも……蓮見家の人たちみんな大好きだよ。……だから依里佳にも、俺の家族のことを好きになってもらえたら嬉しい。……フィーリングが合う合わないはあるから、無理強いはしないけどね」
「あはは、大丈夫だよ、きっと」
家族全員が篤樹のことを愛しているということが分かったし、依里佳のことを歓迎してくれていたように思う。彼女自身も水科家の人々を好きになれそうだと感じていた。
「ありがとう、依里佳」
「そういえば篤樹、さっき大きな荷物積んでたけど、あれ何なの?」
玄関先で挨拶をしている時に、篤樹がハッチバックに段ボール箱をいくつか積んでいたのが視界に入った。
「あぁ……いろいろ持たされたんだ。静恵さんが作った料理だとか食材だとか、実家に届いた俺宛ての郵便とか、服とか……ね」
篤樹がやや含みのある口振りで答えたことに、依里佳は気づかない。
「そっか、やっぱり心配されてるんだね、食生活とか」
「みたいだね。それに、静恵さんの料理は美味いから。……あ、今日の夕飯に一緒に食べる?」
「いいの?」
依里佳の目が輝く。美味しいものを食べるのは大好きだ。
「もちろん。……じゃあ、俺の部屋に行く?」
「うん」
「……楽しみだなぁ」
「私も楽しみ~」
気持ちを躍らせる依里佳の姿を見て、篤樹はニッコリと笑った。
二人が口にした「楽しみ」という言葉――依里佳と篤樹では指し示す目的語が違っていることに、この時の依里佳は知る由もなく。ましてや、篤樹の脳内では、咲から耳打ちされた言葉が現在進行形でリフレインしているだなんて、気づくはずもなかった。
『それにね、あっくん――撮影が終わったら、この衣装はあっくんにあげるから。どう使うも……あっくんの自由だよ?』
<終>
何だかんだ言って、言い含められちゃうんだろうなぁ。依里佳逃げてー! ……という事案。
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