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番外編
番外編3「水科家の人々」4話
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「――どうせネットしかしないくせに、どうしてあんなハイスペックなPC買ったんだよ。高かっただろ?」
ノックの後、そんなことを言いながら篤樹が客間へ戻って来た。続いて百合子も。
「どうせ買うなら高性能なものが欲しいじゃない? それにパソコンくらいで悩んでケチケチしたくないし」
「あぁ……いるいる。家電でも何でも、使いこなせないくせにやたら多機能なやつがいいって信じて疑ってなくて、絶対高いのを買う世代ね」
「酷いわ篤樹、私そこまでおばさんじゃないわよ?」
「いやいやいや、もう立派なおばさんだから」
こんな会話を交わしている二人を見ていたら、親子の絆に、血の繋がりというものはそんなに重要な要素ではないのかも知れない──なんて思わされる。
少なくとも、彼らの中ではそうなんだと。
「……ん? 依里佳どうしたの?」
無意識に顔を綻ばせていたようで、篤樹にそれを指摘された。
「ううん、仲がいいなぁ、って思って」
「あら、仲よさそうに見える?」
「えぇ、とても」
まんざらでもない様子の百合子に、依里佳まで何だか嬉しくなる。篤樹はこの家で幸せに囲まれて育ったということが分かったから。
「放っておいてごめんね、依里佳。大丈夫だった?」
篤樹が依里佳の隣に腰を下ろし、彼女の頭を撫でる。
「うん、大丈夫だよ。幸希さんとお話ししてたから」
「何の話をしてたの?」
篤樹の問いに、依里佳ではなく幸希が口を開いた。
「――篤樹が小学五年生の頃、ダンゾウに子供用そりを引かせて、じいさんの家の中を走り回った挙句、値打ちものだった壺を木っ端微塵にしたこととか?」
「何だよそれ。そんなこと言ったら兄貴だって、じいさん秘蔵の天目茶輪でダンゾウにエサをあげてただろ。じいさん血圧上がってひっくり返ってたし」
幸希と篤樹が過去の武勇伝を暴露し合う。【ダンゾウ】とは、篤樹と幸希の父方の祖父――つまり嘉紀の父が飼っていた秋田犬のことで、戦国時代の忍者から名前を取ったそうだ。
「二人ともやんちゃだったんですね」
依里佳が笑った。その時、
「――依里佳様、来てる!?」
ノックとほぼ同時に客間の扉が勢いよく開き、水科家の末っ子、咲が早足で入って来た。百合子がやれやれと眉根を寄せる。
「咲……もう少し静かに入ってらっしゃい」
「……これのどこがおとなしくなったんだよ」
篤樹がボソリと呟いた。
「あっくんひどいよぉ! 依里佳様と一緒に帰って来るって、前もって教えてくれないんだから!」
登場するなり、咲は頬を膨らませて篤樹に詰め寄る。
「おまえに知らせるとロクなことにならないと思ったからだよ。っていうか、どうして依里佳が来てるって分かったんだよ?」
「……ごめん、私。内緒だって知らなかったから、メッセージで咲ちゃんに話しちゃった」
依里佳がバツが悪そうに手を挙げた。水科家に着く前に篤樹が「咲には内緒にしている」と話していた時には言い出せなかったが、二日ほど前、咲に、
【咲ちゃんこんばんは。明後日、お宅に伺うことになりました。お世話になります。】
と、メッセージを送ったのだ。それに対し咲の返事は、
【ほんとですか!? 依里佳様に会えるんですね! 楽しみにしてます!】
テンション高めではあるが、比較的普通の文面だった。
「依里佳ぁ……」
「わ、私だって、咲ちゃんに会えるの楽しみ、だった……し……」
責めるような篤樹に、依里佳は決まりが悪くなり言葉尻を濁す。
「でも依里佳様が連絡をくれたおかげで間に合ったの!」
咲がパンっと、小気味いい音を立てて手を叩いた。
「……何がだよ?」
「実は依里佳様にお願いが――」
訝しがる篤樹をよそに、咲が言葉を継ぐ――と同時に、依里佳が再び手を挙げた。
「あの、咲ちゃん? その【依里佳様】っていうの、やめてもらえるかな? いくら何でもそれはちょっと……」
様、なんていう柄じゃないし――依里佳は恥ずかしそうに呟いた。
「え~、でも依里佳様は依里佳様だし……って、あ、じゃあ【お姉様は】? あたし、姉妹がいないからそう呼んでみたかったんですっ」
「えっと……まぁ、それならまだいい、か……」
「じゃあ決まりですねっ。……で、依里佳お姉様にお願いがありますっ」
依里佳の隣に座り、ずい、と迫る咲。
「な、何?」
突然の申し出に、依里佳は身構える。一体何を言われるのだろうか。
「あたし、来週誕生日なんです! それで……お姉様からバースデープレゼントが欲しいなぁ~って」
「あ、そうなの? おめでとう咲ちゃん。何が欲しいの? お財布が許せば何でもプレゼントするよ?」
ちょこん、と首を傾け、手を合わせておねだりをする咲に、そんなことか、と、依里佳はホッとして笑う。
「ううん、お姉様のお財布には一切響かないプレゼントだから大丈夫!」
「?」
咲はニッコリと威勢よく立ち上がり、客間を出て行った。少ししてまた勢いよくドアが開いたかと思うと、
「じゃ~ん!! これを着た依里佳お姉様の写真を撮らせてくださいっ」
そう叫んで咲が差し出したものは――
ノックの後、そんなことを言いながら篤樹が客間へ戻って来た。続いて百合子も。
「どうせ買うなら高性能なものが欲しいじゃない? それにパソコンくらいで悩んでケチケチしたくないし」
「あぁ……いるいる。家電でも何でも、使いこなせないくせにやたら多機能なやつがいいって信じて疑ってなくて、絶対高いのを買う世代ね」
「酷いわ篤樹、私そこまでおばさんじゃないわよ?」
「いやいやいや、もう立派なおばさんだから」
こんな会話を交わしている二人を見ていたら、親子の絆に、血の繋がりというものはそんなに重要な要素ではないのかも知れない──なんて思わされる。
少なくとも、彼らの中ではそうなんだと。
「……ん? 依里佳どうしたの?」
無意識に顔を綻ばせていたようで、篤樹にそれを指摘された。
「ううん、仲がいいなぁ、って思って」
「あら、仲よさそうに見える?」
「えぇ、とても」
まんざらでもない様子の百合子に、依里佳まで何だか嬉しくなる。篤樹はこの家で幸せに囲まれて育ったということが分かったから。
「放っておいてごめんね、依里佳。大丈夫だった?」
篤樹が依里佳の隣に腰を下ろし、彼女の頭を撫でる。
「うん、大丈夫だよ。幸希さんとお話ししてたから」
「何の話をしてたの?」
篤樹の問いに、依里佳ではなく幸希が口を開いた。
「――篤樹が小学五年生の頃、ダンゾウに子供用そりを引かせて、じいさんの家の中を走り回った挙句、値打ちものだった壺を木っ端微塵にしたこととか?」
「何だよそれ。そんなこと言ったら兄貴だって、じいさん秘蔵の天目茶輪でダンゾウにエサをあげてただろ。じいさん血圧上がってひっくり返ってたし」
幸希と篤樹が過去の武勇伝を暴露し合う。【ダンゾウ】とは、篤樹と幸希の父方の祖父――つまり嘉紀の父が飼っていた秋田犬のことで、戦国時代の忍者から名前を取ったそうだ。
「二人ともやんちゃだったんですね」
依里佳が笑った。その時、
「――依里佳様、来てる!?」
ノックとほぼ同時に客間の扉が勢いよく開き、水科家の末っ子、咲が早足で入って来た。百合子がやれやれと眉根を寄せる。
「咲……もう少し静かに入ってらっしゃい」
「……これのどこがおとなしくなったんだよ」
篤樹がボソリと呟いた。
「あっくんひどいよぉ! 依里佳様と一緒に帰って来るって、前もって教えてくれないんだから!」
登場するなり、咲は頬を膨らませて篤樹に詰め寄る。
「おまえに知らせるとロクなことにならないと思ったからだよ。っていうか、どうして依里佳が来てるって分かったんだよ?」
「……ごめん、私。内緒だって知らなかったから、メッセージで咲ちゃんに話しちゃった」
依里佳がバツが悪そうに手を挙げた。水科家に着く前に篤樹が「咲には内緒にしている」と話していた時には言い出せなかったが、二日ほど前、咲に、
【咲ちゃんこんばんは。明後日、お宅に伺うことになりました。お世話になります。】
と、メッセージを送ったのだ。それに対し咲の返事は、
【ほんとですか!? 依里佳様に会えるんですね! 楽しみにしてます!】
テンション高めではあるが、比較的普通の文面だった。
「依里佳ぁ……」
「わ、私だって、咲ちゃんに会えるの楽しみ、だった……し……」
責めるような篤樹に、依里佳は決まりが悪くなり言葉尻を濁す。
「でも依里佳様が連絡をくれたおかげで間に合ったの!」
咲がパンっと、小気味いい音を立てて手を叩いた。
「……何がだよ?」
「実は依里佳様にお願いが――」
訝しがる篤樹をよそに、咲が言葉を継ぐ――と同時に、依里佳が再び手を挙げた。
「あの、咲ちゃん? その【依里佳様】っていうの、やめてもらえるかな? いくら何でもそれはちょっと……」
様、なんていう柄じゃないし――依里佳は恥ずかしそうに呟いた。
「え~、でも依里佳様は依里佳様だし……って、あ、じゃあ【お姉様は】? あたし、姉妹がいないからそう呼んでみたかったんですっ」
「えっと……まぁ、それならまだいい、か……」
「じゃあ決まりですねっ。……で、依里佳お姉様にお願いがありますっ」
依里佳の隣に座り、ずい、と迫る咲。
「な、何?」
突然の申し出に、依里佳は身構える。一体何を言われるのだろうか。
「あたし、来週誕生日なんです! それで……お姉様からバースデープレゼントが欲しいなぁ~って」
「あ、そうなの? おめでとう咲ちゃん。何が欲しいの? お財布が許せば何でもプレゼントするよ?」
ちょこん、と首を傾け、手を合わせておねだりをする咲に、そんなことか、と、依里佳はホッとして笑う。
「ううん、お姉様のお財布には一切響かないプレゼントだから大丈夫!」
「?」
咲はニッコリと威勢よく立ち上がり、客間を出て行った。少ししてまた勢いよくドアが開いたかと思うと、
「じゃ~ん!! これを着た依里佳お姉様の写真を撮らせてくださいっ」
そう叫んで咲が差し出したものは――
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