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番外編
番外編3「水科家の人々」1話
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「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。依里佳のことは咲の写真と話で家族には知れ渡ってるし、それに人となりも俺が話してあるし。何にも心配することないよ」
信号待ちしている間、篤樹は助手席に座る依里佳の手を握って彼女を落ち着かせる。しかし本人からしてみれば、そんなことで解ける緊張ではなく、近づけば近づくほど、身体が硬くなっていくのが分かる。
「そ、そんなこと言われても無理……」
何せ篤樹の実家へ向かっているのだから。
「ほんとに大丈夫だから。……唯一の心配事と言ったら、咲のことくらいかな」
「……咲ちゃん?」
「依里佳を好きなあまり、あいつが何かとんでもないことをするんじゃないかって。何だか嫌な予感がするんだ」
「それこそ心配しすぎじゃないかな……?」
「だといいけど。っていうか、今日実家に行くこと、咲には絶対言うな、って言ってあるけどね」
「そうなの?」
「念のためだよ。ほんとに咲は何をするか分からないから」
篤樹が「依里佳を俺の家族に紹介したい」と言いだしたのは、つきあって一ヶ月近く経ったお盆前のことだった。休みの間に実家に顔出しがてら、依里佳を連れて行きたかったらしい。
それを聞いた陽子は依里佳よりも大はしゃぎし、
『美容院予約しようか? トリートメントとかしてもらう?』
『何ならエステとか行っちゃう?』
『あー……何だか私が緊張しちゃうんだけど』
と、家の中を右往左往して俊輔に諌められていた。そんな義姉の姿を見ていたら、逆に自分は一時冷静になった。しかしやはり水科家へ近づくとともに、緊張は増していき――
「私……気に入ってもらえるかな……?」
顔を強張らせた依里佳に、篤樹は笑う。
「少なくとも咲にはめちゃくちゃ気に入られてるみたいだから、安心していいよ」
水科家は桜浜から三十分ほど車を走らせた羽ノ丘という閑静な高級住宅街にある。住宅地に入るや否や大きな家が立ち並び、いかにも富裕層の香りが漂い始めた。
その中でも、ひときわ大きく目立つ邸宅が水科家だった。
(え、ちょっとこれは大きすぎじゃない……?)
依里佳は大きな目をさらに見開いた。
蓮見家の何倍もある洋館が門の向こう側に見える。派手で豪奢というわけではないが、落ち着いた佇まいの歴史を感じさせる石造りの建物だ。
煉瓦の門柱には青銅で出来た表札があり、そこには【水科】と彫られていた。
「あの……立派なお宅だね……」
「あははは、そうだね。でも気にしなくていいから」
(そんなこと言ったって無理! ますます緊張しちゃうよ)
あっけらかんと笑う篤樹を尻目に、依里佳の身体はますます強張り、心臓はこの上なく逸る。手の平には汗まで滲んできた。
門構えだけでさえもかなり立派な家であることがうかがえる。門柱には防犯カメラが取りつけてあるし、門扉は車一台が余裕で通ることの出来る幅広さだ。
篤樹が車のサンバイザーにつけてあるリモコンを押すと、門扉が左右に開いた。二人が乗った車は敷地内へと入り、家……と言うよりもはやお屋敷と呼ぶに相応しい大きな玄関の前の車寄せに横づけされた。
「さ、着いたよ」
そう言われ、ビクリと震えた依里佳は不安げな表情を篤樹に向ける。
「――そんなに緊張してるの?」
穏やかに尋ねられ、こくこくとうなずく。
元々緊張しやすい性質な上に、恋人の実家におよばれなどという痺れるイベントを前にして、ナーバスになるなと言う方が無理なわけで。
吐きそうだし、泣きそうだ。
「安心して、俺がついてるから」
篤樹が依里佳の頬に手を添え、くちびるを捉えようと顔を近づけた。
「だ、だめ! 口紅取れちゃうから!」
慌てて顔を逸すと、
「大丈夫だよ」
笑いながら、再びキスをしかけてくる。
「だ、めだって……ば……っ」
何度も顔を背けて、しまいには彼の顔を押さえて防御する依里佳。当の篤樹はクスリと笑みこぼして。
「……少しは緊張取れた?」
悪戯っ子のような表情で聞いた。依里佳はきょとんとして、それから、
「……もしかして、わざと?」
と、眉をひそめた。
「まぁね」
「もう……」
緊張を解すための戯れだと分かり、依里佳は、ほぅ、と息をついて肩の力を抜いた。すると、
「スキあり」
すかさず篤樹が依里佳の頬にキスをした。
「っ、こら!」
「可愛いなぁ、依里佳」
腕を叩く依里佳に抵抗もせず、あはははと笑う篤樹。
少しだけ拗ねてはみたけれど、彼のお陰で多少緊張が解けたのも事実で。依里佳は大きく深呼吸をし、
「……行こっか」
呟くように言って、最後に自分の服装のチェックをする。今さらではあるが、念のためだ。
今月買ったネイビーのシャツワンピースは膝丈ほどのフレアスカート。ウエストの前にリボンがついているところと、袖が丸っこく可愛らしいところが気に入って買ったものだ。それに白いサマーパンプスを合わせている。
メイクも比較的薄めを心がけて、自分が出来得る限りの【清楚さ】を演出してみた。
(多分大丈夫……だよね)
うん、と自身にうなずき、依里佳は車を降りた。
信号待ちしている間、篤樹は助手席に座る依里佳の手を握って彼女を落ち着かせる。しかし本人からしてみれば、そんなことで解ける緊張ではなく、近づけば近づくほど、身体が硬くなっていくのが分かる。
「そ、そんなこと言われても無理……」
何せ篤樹の実家へ向かっているのだから。
「ほんとに大丈夫だから。……唯一の心配事と言ったら、咲のことくらいかな」
「……咲ちゃん?」
「依里佳を好きなあまり、あいつが何かとんでもないことをするんじゃないかって。何だか嫌な予感がするんだ」
「それこそ心配しすぎじゃないかな……?」
「だといいけど。っていうか、今日実家に行くこと、咲には絶対言うな、って言ってあるけどね」
「そうなの?」
「念のためだよ。ほんとに咲は何をするか分からないから」
篤樹が「依里佳を俺の家族に紹介したい」と言いだしたのは、つきあって一ヶ月近く経ったお盆前のことだった。休みの間に実家に顔出しがてら、依里佳を連れて行きたかったらしい。
それを聞いた陽子は依里佳よりも大はしゃぎし、
『美容院予約しようか? トリートメントとかしてもらう?』
『何ならエステとか行っちゃう?』
『あー……何だか私が緊張しちゃうんだけど』
と、家の中を右往左往して俊輔に諌められていた。そんな義姉の姿を見ていたら、逆に自分は一時冷静になった。しかしやはり水科家へ近づくとともに、緊張は増していき――
「私……気に入ってもらえるかな……?」
顔を強張らせた依里佳に、篤樹は笑う。
「少なくとも咲にはめちゃくちゃ気に入られてるみたいだから、安心していいよ」
水科家は桜浜から三十分ほど車を走らせた羽ノ丘という閑静な高級住宅街にある。住宅地に入るや否や大きな家が立ち並び、いかにも富裕層の香りが漂い始めた。
その中でも、ひときわ大きく目立つ邸宅が水科家だった。
(え、ちょっとこれは大きすぎじゃない……?)
依里佳は大きな目をさらに見開いた。
蓮見家の何倍もある洋館が門の向こう側に見える。派手で豪奢というわけではないが、落ち着いた佇まいの歴史を感じさせる石造りの建物だ。
煉瓦の門柱には青銅で出来た表札があり、そこには【水科】と彫られていた。
「あの……立派なお宅だね……」
「あははは、そうだね。でも気にしなくていいから」
(そんなこと言ったって無理! ますます緊張しちゃうよ)
あっけらかんと笑う篤樹を尻目に、依里佳の身体はますます強張り、心臓はこの上なく逸る。手の平には汗まで滲んできた。
門構えだけでさえもかなり立派な家であることがうかがえる。門柱には防犯カメラが取りつけてあるし、門扉は車一台が余裕で通ることの出来る幅広さだ。
篤樹が車のサンバイザーにつけてあるリモコンを押すと、門扉が左右に開いた。二人が乗った車は敷地内へと入り、家……と言うよりもはやお屋敷と呼ぶに相応しい大きな玄関の前の車寄せに横づけされた。
「さ、着いたよ」
そう言われ、ビクリと震えた依里佳は不安げな表情を篤樹に向ける。
「――そんなに緊張してるの?」
穏やかに尋ねられ、こくこくとうなずく。
元々緊張しやすい性質な上に、恋人の実家におよばれなどという痺れるイベントを前にして、ナーバスになるなと言う方が無理なわけで。
吐きそうだし、泣きそうだ。
「安心して、俺がついてるから」
篤樹が依里佳の頬に手を添え、くちびるを捉えようと顔を近づけた。
「だ、だめ! 口紅取れちゃうから!」
慌てて顔を逸すと、
「大丈夫だよ」
笑いながら、再びキスをしかけてくる。
「だ、めだって……ば……っ」
何度も顔を背けて、しまいには彼の顔を押さえて防御する依里佳。当の篤樹はクスリと笑みこぼして。
「……少しは緊張取れた?」
悪戯っ子のような表情で聞いた。依里佳はきょとんとして、それから、
「……もしかして、わざと?」
と、眉をひそめた。
「まぁね」
「もう……」
緊張を解すための戯れだと分かり、依里佳は、ほぅ、と息をついて肩の力を抜いた。すると、
「スキあり」
すかさず篤樹が依里佳の頬にキスをした。
「っ、こら!」
「可愛いなぁ、依里佳」
腕を叩く依里佳に抵抗もせず、あはははと笑う篤樹。
少しだけ拗ねてはみたけれど、彼のお陰で多少緊張が解けたのも事実で。依里佳は大きく深呼吸をし、
「……行こっか」
呟くように言って、最後に自分の服装のチェックをする。今さらではあるが、念のためだ。
今月買ったネイビーのシャツワンピースは膝丈ほどのフレアスカート。ウエストの前にリボンがついているところと、袖が丸っこく可愛らしいところが気に入って買ったものだ。それに白いサマーパンプスを合わせている。
メイクも比較的薄めを心がけて、自分が出来得る限りの【清楚さ】を演出してみた。
(多分大丈夫……だよね)
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