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The time has come④

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「へー、アルも『こぐまのパスカル』好きなんだー。わたしも小さい頃よく読んでたなぁ。」
向かい合わせになるようにアルを膝の上に乗せるエミリア。
この短時間でアルはすっかりエミリアに懐いてしまった。
「ねえ様がよく僕に読んでくれるの。僕の兄弟はにい様ばっかりなんだけど、一人だけねえ様がいて、すごく美人で優しいの。」
キラキラした笑顔で姉について語る姿から、本当に姉のことが大好きなんだと伝わってくる。
先程は兄と姉に関する質問に答えなかったので、もしかしたらあまり兄弟仲が良くないのではないかと思っていたエミリアだったが、姉のことは好いているようなので、さては兄と折り合いが悪いのだろうか、と考える。
憶測が正しいのであれば、アデーラがレネを連れて戻ったら、アルの姉の方を探してもらった方が良さそうだ。
「そうなんだ。わたしにも弟がいてね、弟が小さい時はわたしも絵本読んであげてたよ。」
「じゃあ僕にも後で絵本読んで!」
「いいわよ。でも、お姉さんはこれから大事な用事があるから、それが終わってからね。」
もし自分に子供がいたらこんな感じかなぁ、とアルのサラサラの金髪を優しく撫ぜる。
結婚していれば、自分にもこのくらいの年齢の子供がいてもおかしくはない。
「やったぁー!」
エミリアの約束に喜ぶ声も可愛らしく、エミリアはアルみたいな子供が欲しいなぁ、と思う。
結婚すらまだなのだが。

「エミリア様、入ってもよろしいでしょうか。」
ノックの音とともに、ドアの向こうからレネの声が聞こえる。
知らない人物の声を聞いて、きゅっとエミリアの胸元に抱きつくアルを安心させるように、背中を優しくぽんぽんと叩きながら、「どうぞ」とエミリアは返事をする。
扉を開けて部屋に入ったレネの後ろには、レネを呼びに行ったアデーラと、見知らぬ青年がいた。
ゆるくウェーブがかった赤髪をオールバックにし、華やかな社交服に身を包んだ青年は、どう見ても使用人では無く客人のようだが、パーティの招待客だとしたら何故今こんなところにいるのだろうかとエミリアは疑問に思い、つい青年をじっと見つめてしまう。
エミリアの視線に気づいた青年ににこりと微笑まれ、知らない男性を不躾に見てしまったことを恥じ、軽く会釈をしてからぱっと視線をレネの方に逸らす。
「エミリア様、アデーラから事情は伺っております。そちらのご子息の兄上様と折良くお会いしましたので、お連れ致しました。」
レネの言葉を聞き、アルがエミリアの胸元から顔を上げる。
「にい様…………」
「アル、このいたずらっ子め。どうやってここまでついてきたんだ?」
はぁ、と呆れたようにため息を吐きながら弟の方へと歩み寄る。
控えの間は狭いので、背の高い青年の長い足では数歩で目的の人物へと辿り着いた。
青年は跪くと、優雅な仕草でまずはエミリアの右手を取り軽く手の甲に口づける。
「美しい姫君、我が弟が大変ご迷惑をお掛けしました。」
「い、いえ……とても可愛らしい弟さんで……。」
近くで見ると、顔立ちはアルとあまり似ていないが、その端正な容姿にどぎまぎしてしまう。
瞳はアルと同じ色だが、天使のようにキラキラとした弟の瞳とは違い、妖しげな色を含んだ様な美しいアンバーの瞳に見つめられると、吸い込まれてしまいそうだ。
「おいで、アル。」
エミリアが大したことも言えずにいるうちに、青年がエミリアの膝の上からアルを抱き上げる。
「にい様やだー!エミリアねえ様がいいー!」
足をばたつかせながら抵抗するが、軽々と抱き抱えられてしまう。
ぷくっと頬を膨らませて怒る姿も愛らしい。
「やだじゃない。アルが急にいなくなって、母上も父上も心配してたんだよ。」
「………ごめんなさい。」
「それじゃあお姉さん達にごめんなさいしてから、母上と父上に電話しに行こうか。」
しゅんとして大人しく抱かれる弟に優しく微笑むと、アルはこくんと頷いた。
「エミリアねえ様、めいわくかけちゃってごめんなさい。皆さんも、ごめんなさい。」
素直に謝るアルに自然と笑顔が溢れる。
「ううん、大丈夫よ。むしろわたしは、アルとお話しできて楽しかったわ。」
兄と折り合いが悪いのではないかと心配していたが、青年は優しそうであるし、この様子では心配なさそうだ。
兄と姉に勝手について来たことがバレないように口を噤んでいただけなのだろう、とエミリアは安心した。
「僕が悪い子だって怒ってない……?さっき約束したとおり、後で絵本読んでくれる?」
「怒ってないし、もちろん後で絵本も読んであげる。でも、アルのお兄様がいいよ、って言ったらね?」
エミリアの言葉に、反省の色はどこへやら、アルは瞳を輝かせて兄を見つめる。
「にい様!いい?」
「いいよ。ただし、アルがこの後も良い子にしてたらね。」
「うん!」
「それじゃあ、私達は一旦お暇しようか。
そろそろパーティの始まる時間ですし。本当に、お忙しい時にお騒がせしました。エミリア姫、後ほどまた改めてお詫びをさせて下さい。
レネ君、申し訳ないのだけど電話を貸してもらえるかな。」
青年の言葉に頷き、レネが電話機へ案内するため部屋のドアを開ける。
と、青年よりも背の高い人物がちょうど扉を開けた先に現れた。
「おっと、すまないレネ。」
「いえ、こちらこそ不注意で申し訳ありません、アレクセイ様。」
やって来たのはエミリアの弟のアレクだ。
レネも背が低い方ではないが、10cmほど差のある長身で筋肉質のアレクと並ぶと、華奢なレネはとても小柄に見える。
「姉上。時間になっても姉上がいらっしゃらないので、母上と父上に様子を見に行くよう言われて来たのですが……客人が来ていたのですか?」
アレクに頭を下げてから部屋を出て行ったレネと、後ろに続いて出て行った子供連れの青年を横目で見送った後、扉を閉めて部屋の中へ入る。
「大変!もう会場前に行かないといけない時間だったわね!わざわざアレクに迎えに来させちゃってごめんなさい。客人というか……ちょっと事情があって。時間が無いから、詳しいことは後で説明するわね!
とにかくすぐに向かうから、アレクは先に戻ってお母様とお父様に心配しないで、って伝えてちょうだい。」
「……分かりました。」
状況が飲み込めず納得していない様子だったが、時間がないのも事実であるのでアレクは仕方なく言われるままに部屋を出て会場へ戻った。
「アデーラ、悪いんだけどちゃちゃっとドレスと髪の毛直してもらっていい?」
「もちろんです!すぐにお直しします!」
アルを抱き抱えていた為少し乱れたドレスを手早く直し、髪型も綺麗に整える。
エミリアの髪は長くないので、今日は髪を結い上げたりはせずに両サイドを編み込み、ティアラをつけている。
「よし!できました!」
「ありがとう。じゃあ、急いで会場前に向かいましょうか。」
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