グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅴ

第222話 開戦に向けて③

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 ユキの攻撃を受けてナナは肩で息をしており、阿倍野は地面に叩きつけられていてと、かなりカオスな状況になった。
 しかしこんな状況でも年長者のアイコが大きく咳払いをして話を強引に本筋に戻してくれた。

「と、とにかく……! 3軍を分けて新キョウト都市へ侵入、京都駅で合流して二条城を目指す。そこまでのユキちゃんの考えはわかったわ。その後はどう考えているの?」

 ユキはアイコの質問に仕切り直しと言わんばかりに1つ息を吐いて答えた。

「ああ、そうだな。戦局が上手く行って3軍が新キョウト都市内で揃っても、そこから全軍でのさらなる進軍は難しいと考えている。何故なら全方位から上級グール、特級グールが大量に群がってくるはずだからだ」

 ユキの答えにアイコがさらに質問を重ねた。

「しかし、そのグールの大群を殲滅させないと新キョウト都市の奪還は成らないんじゃないかしら?」

 ユキは頷いた。

「宝条マスターの言う通りだ。しかし、足を止めて敵の大群と戦う、進軍しながら大群と戦う。そしてただの有象無象の大群を相手にするのと、指揮系統が確立された軍隊としての大群を相手にすることはそれぞれ全く違う」

 ここで阿倍野が起き上がり、ポンと手を打った。

「ああ。つまり、京都駅にたどり着いた以降はオレたちは司令役となる人型グールを狙う。ということですね?」

 阿倍野の発言にユキが若干鬱陶しそうな顔を浮かべた。

「そうだ、こちらの連合軍は京都駅周辺でグールの大群を押さえつつ、時間を掛けて二条城を目指してもらう。だが同時に少数の別働隊のみが二条城に先行して指揮役の人型グールの始末とラク兄さんの救出を行う」

「少数の別働隊ですか?」

 聞いたのは阿倍野だ。

「ここにいる私とこの配下たちだ。この者たちはこのワイズという組織のトップの4人だ。それなりに役に立つ。あとはリュウセイ、宝条マスター。お前たちも精鋭を連れて一緒に来い。そしてセイ、ナナもだ」

 ユキはそう言って周囲に控えたワイズの幹部たちに目をやった。
 確かにこの4人は全員がSS級相当の実力があるのは間違いないだろう。

「セイちゃんたちも? ……その人員はどういう理由で選んだの?」

 アイコが少し怪訝そうな顔を浮かべた。
 ユキや阿倍野、アイコは人型グールと充分以上に戦えるだろう。補佐役として精鋭を連れていくことも理解出来る。
 しかしオレとナナはまだそこまでの実力はないだろう。
 そういう意味の質問だ。

「単純に人型グールと戦える面子だがな。そしてラク兄さんを救出するには、おそらくセイとナナの存在が必要になる」

「おそらく?」

 またしても阿倍野がユキへ疑問を呈した。

「ああ。ラク兄さんは自らにかなり強力な封印術を課しているようだ。攻撃してくるグールを自動反撃する類の結界のようのものだ。そのあたりは遠方感知で確認はできている。しかし、本人の意識はどうやらない」

「い、意識がない!?」

 オレは驚いて声を上げた。

「うるさいぞ。それぐらいのことをしなければグールの大群を1人で押さえることなどできなかったのだろう。そしてそこから1秒も休まず何十年という期間耐えきることも出来なかった」

「……」

(そうなのか? ラクは一体どうやって……?)

「ラク兄さんは自らを犠牲にして人類全体を守っている。しかしその守りが破られるのはもうすぐそこまでに迫っている。そのラク兄さんの封印を解くには、私か、兄、姉の存在が必要と予測している。そこでは人型グールも何体出てくるか分からん。何しろ人型グールも何十年かけてもラク兄さんを殺すことはできなかった。その戦神ラクが復活するとなると向こうも必死で止めにくるはずだ。ラク兄さんの元に辿り着き、封印を解く。それがこの戦争の勝因になる」

「予測。ですか」

 阿倍野がポツリと呟いた。

「……さっきからなんだ? 長期間に渡る充分な調査の結果による予測だ。文句でもあるのか、リュウセイ」

 ユキがギロリと阿倍野を睨んだ。

「いえいえ。ユキさんがそこまで言うのなら納得しますし、従います。しかし、大群のグールとの戦いには誰か指揮官が必要です。オレたちが揃っても抜けるとなると代役が必要だとは思いますね。そうですね、オレはアベルあたりが適任と思いますが?」

「な! オレですか!? しかし!」

 ずっと黙っていた伊達が明らかに不満そうに声を上げた。

「アベル。京都駅で起こるであろう戦いはお前が指揮を取れ。私もそう考えていた」

 ユキも阿倍野の言葉に続いた。

「ゆ、ユキさん! しかしオレはあのディリップって言う人型グールを……」

「黙れ。それに指揮役は3軍ともそれぞれ違う。新トウキョウ都市軍はアベル。新オオサカ都市軍はゲンスイ。そして私達からはソラとクルミだ」

「え……? クルミ?」
「私も……?」

 伊達と美作が戸惑いを見せた。
 ワイズの桜海クルミは伊達と、楢地ソラは美作とどうやら昔深い仲だったようだ。それはオレにも分かったが、そんな人選をユキがしたことに驚いたのだ。

「お前たちなら足並みも揃えやすいだろう。そして、人型グールの誰がどこに現れるかは、その場にならなければどうせ分からん。人型グールは私たち別働隊以外にも当然襲い掛かってくるだろう。そこで対応できるだけの戦力も必要だ」

「そ、そうですか……」
「分かりました」

 伊達と美作もとりあえずは納得した様子だ。

「人型グールも本当に何体いるか分からんぞ。お前ら元東京ギルドの7人に全軍を任せる。必ずグールを殲滅しろ」

 7人、とは伊達と美作だけではなく、最上、相馬、毛利も入っているのだろう。

「東京ギルド……」

 伊達の呟きと共に沈黙が場に満ちた。
  
 伊達と美作の顔を見たユキは少し口調を強めて言った。

「どうやらお前たちはまだよく分かっていないようだから改めて言っておく」

「?」

「今回の戦争は新センダイ都市や新ヒロシマ都市を奪還したときよりも苛烈で大規模なものになる。そしてこの戦争に敗れると言うことは人類の敗北を意味している。いいか? もう後はないと思え。出し惜しみはするな」

 ユキがじっとオレたち、阿倍野、アイコを見た。

「……もちろん、分かっています」
「ええ。私たちの出せる最高戦力を出すつもりよ」

 阿倍野とアイコも強い瞳で言葉を出した。

「だけど、ユキさんには申し訳ないがこれも言っておきます」

 阿倍野がそう言うと、ユキがピクリと反応した。

「なんだ?」

「万が一ラクさんの救出が成らなくても、グールをある程度壊滅出来れば次回に繋がる。オレはそう考えてます。戦局によっては新キョウト都市の奪還が完全には成らなくとも、新トウキョウ都市は戦果は充分として戦争を見切ることもあり得えます」

(え!? 見切る!? そんな……)

 ユキはしばらく黙ったあと、口を開いた。

「戦神ラクの救出。それが勝利条件だ。それがならなければ人類に勝利はない」

 そう言うユキの口調は固かった。

「まあ、そこの同意は無理だと思ってました。いざと言うときにオレたちが撤退する。その可能性は知っておいて下さい」

 阿倍野の言葉にユキが舌打ちをした。

「お前はやはりいけ好かない……、ラク兄さんの元へ辿り着ければお前らは用済みだ。それからは好きにすればいい」

 ユキがそう言った後、アイコがふうと息を吐いて言葉を出した。

「ユキちゃん。リュウセイの想定は最悪の場合よ。私たちは必ずラクちゃんを助け出す。そしてグールに勝つわ」

「……当然だ」

 沈黙が場を包んだ。
 何となく気まずい空気が流れている。

「なあ、ユキ」

 オレは思わずユキに話し掛けた。

「……」

 ユキは黙ってオレの方をじろりと見た。

「兄ちゃんはな、この時代に放り出されてからずっと目標にしてたことがあるんだ。怪物に襲われても、死にかけてもその目標は変わってないぞ」

「何の話だ。口を閉じてろ」

「オレの目標は兄妹を全員見つけて一緒に暮らすことだ」

「……ふん」

 ユキはうっとうしそうに顔を逸した。

「オレはまあ、ナナは見つけたし、ユキ。お前にも会えた。後はラクだ」

「兄ちゃん……」

「だから、オレは何があろうとラクを助け出す。ラクが、弟が困っている時に助けてやるのが兄ちゃんってもんだろ?」

 ユキはため息をついた。

「そんな簡単な話ではない」

「いや、簡単な話だよ。ラクを助けるにはグールを倒すしかない。兄妹で揃って暮らすには、グールを倒すしかない。だったら」

 オレは一度言葉を切ってユキを見直した。

「だったら、グールを倒す。それしか道はない」

「ウチも同じ。ラクは何としても助ける。姉さんだからね」

 ナナも決意の眼差しでユキを見つめている。
 オレもナナもラクを何としても助ける。
 その気持ちはどうしてもユキに伝えたかった。

 多分、それがオレたち3人に共通していることだからだ。

「ふっ、相変わらずの減らず口だ」

 少しの沈黙の後、ユキが笑った。
 オレたちに見せる始めての笑顔だった。

「少しは期待してやる。すぐに死んだりするなよ」

「バカにするな! 当たり前だ!」
「ホント、偉そうになっちゃってさ」

 オレとナナは小言をユキに返したが、ユキは特に腹を立てたりはしていなかった。

「セイ、ナナ。リュウセイ、宝条マスター、アベル、ゲンスイ。よく聞け。決戦は1月20日だ。そこから3軍で同時に新キョウト都市へと侵攻を開始する。遅れるなよ、いいな?」

「ああ!! オレたちでラクを助けるぞ!!」

 また、グールとの大きな戦いが始まる。
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