グールムーンワールド

神坂 セイ

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CHAPTER Ⅱ

第76話 宝条アイコ②

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 ギルドマスタールームで宝条の話は続いていた。

「武蔵野班のみんなを呼んだのは実はこの佐々木くんも関係していてね」

 宝条はこちらへちらっと視線を向けた。何と言うか、宝条は優しい眼差しで、何故そんな目を向けられるのかとオレの頭は疑問符だらけだ。

「セイくんが?」
「なんやろ」
「新トウキョウ関連か?」

「ええ、そうよ。今日新トウキョウから、7名の隊員がこの都市に転移してきた。転移は阿倍野ギルドマスターの能力によってよ」

 武蔵野たちがほおおと感嘆の息を吐いた。

「阿倍野ギルドマスター」
「転移ってセイくんが言ってたやつか」
「そんなことが出来るんか」

「ええ、彼ならそういうこともできる。ただ、今回は今までにない人数ね。いつもは2、3人だから」

(そうなのか。やっぱり初めてではないんだな)

「それに同時に大量の物資も送信されたから、これでわたしの研究もはかどるわ。柊班が処理してるはずよ」

「ふーん」
「そうなんや、そら良かった」
「でもそれはオレらに関係あるんか?」

「そうね。彼は……ある特殊な事情を抱えていてね。グールから優先的に狙われる体質なの」

「え? やっぱりそうなんですか?」

 オレは思わず宝条に質問をした。
 オレの言葉に反応した宝条がオレのことを見た。

「セイちゃんは、100年前から転移してきた、そうね?」

(阿倍野さんから全部聞いてるんだよな)

「は、はい」

「は? 100年前?」
「転移してきたって?」
「どういうことや?」

(武蔵野くんたちにも説明しないとな……)

「オレは、気が付いたらこの時代にいたんだよ。まだ1年も経ってないけどその前は2025年で生活してたんだ。たまたま近くの都市の隊員に助けられて、討伐隊員になったんだ、」

 オレは武蔵野達に返事をした。

「はああ!?」
「なんやそれ!?」
「そんなことあるんか!?」

 かなり驚いている。また、当然だ。
 宝条がオレの話に続けて説明を始めた。

「理由は分からないけど、彼はその転移の影響でグールから優先的に狙われるみたいなの。それに、かなりいろいろな身体能力も発現してるのよね?」

「ええと能力というか、経絡開放や強化感覚が発現しています。お陰で何とか今までも生き残れました」

「……」

 宝条が気の毒そうにオレを見つめた。

(え? な、何でだ?)

「そのあたりは阿倍野ギルドマスターから聞いているわ。そこで武蔵野班は次回の討伐任務からしばらく彼を加えてちょうだい」

(ええ?)

「セイくんを?」
「オレらと一緒に任務に行くんか?」
「でもそれはおもしろそうやな」

「戦闘の様子を記録して、特殊体質の研究材料にする。あとはわたしの開発の一助にもなるし。そして彼は上級グールから狙われるから護衛の意味もあるわ」

「護衛……」

「ええ、都市外部にて任務にあたる場合、新トウキョウの資料から判断するとおそらくB級群体レベルから襲撃されるはずよ」

「B級群体か!」
「そりゃなかなかきついわ」
「オレらじゃなきゃ厳しいわな」

「その、なんでオレはグールから狙われるんでしょうか?」

「……それはまだはっきりとは分からないわ」

(はっきりとは? ぼんやりとは分かるのか?)

「武蔵野班の次回任務は3日後、本当は明日、セイちゃんと顔合わせさせるつもりだったけどまあいいわ。親交を深めておいて」

「おお! セイくん」
「ほんなら今日は歓迎会やな!」
「一緒にメシ食おうで!」

「え? ちょっとまだ、宝条さんに聞きたいことがあるんだけど……、オレのことを知っているのも不思議だし……」

 オレは何となくこの場が解散しそうな雰囲気だったので慌てて今の疑問を口にした。

「セイちゃん、任務についての色々細かいことは明日話すとして、私のことはやっぱり覚えてないわよね?」

 宝条が改めてオレに聞いてきたが、オレは全く覚えが無い。

「ええと、どこかで会ったことがあるんですか? でもこの世界でそんなに過ごしてないけど、すみません。オレ本当に覚えがないんですよ……」

 オレはこんなにオレのことを気にしてくれている人を思い出せないのが申し訳ない。

「ふふふ、それはそうよね。会ったことがあるのは100年以上前よ」

「え!?」

「アイちゃんて言えば思い出すかな?」

(アイちゃん……て!)

「え!!? も、もしかして近所に住んでたアイちゃん!?」

「ふふ、思い出した? 無理も無いよね。見た目も変わっちゃってるし。苗字も変わったからね」

「はあ?」
「近所に住んでたって?」
「どういうことや?」

 武蔵野たちも色々気になっているようだが、オレは今それどころではない。

「……いや、言われて見れば確かに何となく面影がある……、だけど! それは100年前の話だろ? おかしくないですか?」

「わたしはバイオナノワクチンの影響で身体的にいくつかの見た目が変わったの。そして延命老化遅延の効力も効いているからね。阿倍野くんだって見た目は若いけど、100歳越えだって聞かなかった?」

「え? じゃあ本当の本当にアイちゃん? 今は120いくつってこと?」

「わたしはもうすぐ126歳よ。でも女性に年齢を聞くのは感心しないわね」

「あ、ああ、ごめん。で、でも本当にアイちゃんなら! 100年前、2025年の8月1日以降のことを教えてくれないか!? ナナ、ラク、ユキがどうなったか知らないか!? オレはその日の夜にこの世界に来たんだ!」

「……」

(え? 急に黙って何だよ!)

「パンデミックが起こった時からナナちゃんに会ってないわ。だから今はどうなったかも分からないわ……」

「……」

(そ、そんな……、あ、でも!)

「で、でも新トウキョウ都市でアイちゃんは、新オオサカ都市のギルドマスターはオレの母ちゃんと一緒にバイオナノワクチンを作ったんだって聞いたぞ。それってアイちゃんのことだろ? それが本当ならオレの家族の事も何か知ってるんじゃないのか!?」

 宝条は少し顔を伏せて続けた。

「……確かに、わたしはリンさんと一緒にワクチンを開発したわ。だけど、それはパンデミックからは10年も経ったあとよ。最初の混乱の時、ナナちゃんは行方不明になっていたわ……、もちろんあなたもよ」

「行方不明……」

 オレは頭がぐわんぐわんと揺れるのを感じた。
 このグールだらけの世界になってから、みんなが行方不明になった。その意味を感じて。

「なあなあ」
「ちょっとええか?」
「ふたりはどういう関係なん?」

 しばらく黙って話を聞いていた武蔵野達も色々と気になっているようだ。

「あ、ああ。オレとアイちゃんは近所で幼馴染だったんだ。オレが2つ年上で、子供のころから良く一緒に遊んでたんだ。それとオレは少し年の離れた妹と弟がいて、たまに面倒を見てもらったりしてたんだ。昔はアイちゃんとは毎日のように会ってたな。大人になってからは2人とも仕事で忙しくてあんまり会ってなかったけど……」

「へえー、そんなことあるんか」
「すごいなあ、自分」
「はじめて聞くことばっかりや」

「セイちゃん、リンさんの話を教えるわ」

「え?」

 突然のことに心臓がどくんと脈打った。

「リンさんとセイドウさんは2020年に亡くなった。あなたはそう聞いてるわよね?」

「聞いてるどころか、葬式までやった。……遺体は無い状態でだったけど」

「ええ、そうよね……」

 宝条は少し考えてから、オレを見た。

「100年前に何があったかを話しましょう」

 オレは思いがけず、亡くなったはずの親父と母ちゃんの話を聞けることになった。
 
 オレからすると、5年前に亡くなった両親だ。だけど、本当は死んでいなかったらしい。

 時間転移と何か関係があるのか?
 オレは速まる鼓動を抑え、宝条の言葉を待った。
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