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純粋な殺意

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 まもなく0時を迎えようとしたころ。珍しく遅くまで開いている飲み屋でウィークは普段の黒コートに身を包み髪をおろして酒場で飲んでいた。どれだけ飲んでも酔えない体質だというのに、これでもかというくらい酒を飲んだ。それは、思い出したくない過去から目を背けるため。しかし、そのグラスにもっていたのは、かつての思い出を彷彿とさせるものだった。

「兄さん、たくさん飲んでくれるのは嬉しいけど大丈夫なのかい?」
「心配どうも。酔えない体なんでね」
「……じゃあ、なんで飲むんだい」
「母はワインが好きだった。大人になって一緒に飲もうと約束したんだ」
「……」
「わかるだろ。もういないんだ。俺が大人になるまで待ってはくれなかった。悲劇はいつだって唐突に訪れる」

 店主は神妙な表情でウィークを見てためらいながらも口を開いた。

「なんで、いなくなったんだ?」
「殺されたんだ。ナーキア王国が城に攻めてきて、俺の目の前で」
「目の前でって。兄さん、もしかして元々は王族だったのか」
「もう10年も前の話さ。ほら、グラスが空になったぞ」

 店主は空いたグラスに酒を注ぎながらウィークの顔をまじまじと見た。すると、驚きの表情を浮かべる。

「に、兄さん。もしかして傭兵のウィークか……?」
「あぁ。心配するな。金ならもってる。お前らの国からたんまりとな」
「悪いことは言わない。すぐに立ち去るんだ。バレたら大変なことになるぞ」
「バレたらどうなる?」
「この国であんたは賞金首だ。捕えれば金がもらえるんだぞ」
「だったら好きにすればいい」
「…………いいんだな。本当にいいんだな」
「いつでも」
 
 二人の会話には突如として冷たい空気が流れる。
 グラスに注がれるワイン。グラスから漏れ始めた瞬間、店主は瓶をカウンターに叩きつけて鋭利な得物にしウィークへと差し向けた。

「うぐっ……」

 店主は腹部に強烈な痛みを感じた。
 自身の腹部に触れると、そこからは血が異常なまでにあふれ出す。すでにウィークは布から槍を取り出し店主をカウンター越しに刺していた。

「血が……止まらない……」
「俺の槍で傷つけた相手はそう簡単に傷を癒せない。少なくとも人間の自然治癒力じゃ無理だ。黄金の槍でも持ってこないとな」
「あんた……なにしに……」
「殺しに来たんだ。裏切者をな」

 その直後、店の扉が開かれ大勢の男がそれぞれ得物をもって入って来た。

「さぁ、来いよ! 血の海で踊ろうかッ!!」

 目覚めたミーアは戦いへの緊張からかそわそわと店の中を歩き回っていた。薄暗い光の中、何を考えてもよくないことばかりが頭に流れる。敗北したら、相手を殺してしまったと。

「あんた、大丈夫かい?」
「え、えぇ……」
「全然大丈夫じゃないでしょ。ちょっと座ってな。いいもの出してあげるから」
「私、お酒飲めませんよ」
「酒じゃないって。紅茶さ。落ち着くよ」

 久しぶりに紅茶を一口飲むと、手が震えはじめそっとソーサーにカップを置いた。

「怖いのかい?」
「……怖いです。でも、そうじゃないんです。お母様がいれてくれた紅茶に味が似ていて……」
「思い出の味ってやつだね」
「だめだ。こんな時に思い出したら、槍がにぶってしまう」
「いいんじゃないの。泣きたいときは泣いちゃいな。じゃないと、心が苦しいままだ。私は、泣きたいときは泣くって決めてる」

 静かに涙が頬を伝いカウンターへと落ちる。
 忘れてなんかいない。王国が燃え上がり朽ちていく姿を一度だって忘れてはいない。だが、心の奥底にしまって思い出さないようにしていた。王国を再起させるその時までは泣かないように我慢していた。
 眠れない夜をたくさん超えて。今までにないほどつらい修行をして、母親に甘えたくてもういなくて。弱い自分と見つめあいながらなんとかここまで来たミーアは、今日ばかりは涙を止めなかった。

「そういえばあんたが寝ている間にあの男前が一度戻って来たよ」
「何をしに来たんですか?」
「伝えなければいけないことがあるみたいで手紙を書いてた。あんたのポケットに入ってるはずだよ。あとで確認しときな」

 ミ瞬間、町のほうから物音が聞こえてきた。
 
「なんだか外が騒がしいね。町の中心のほうからか。何かあったのかね」

 涙を拭き窓を開けて耳を澄ませると、遠くの方から何かが壊れ割れる音や、人の悲痛な叫びが響くのが聞こえる。

「もしかしてあの人が!」
「行くのかい?」
「はい。紅茶、ありがとうございました。また来ます!」

 そういうとミーアは現場へと向かった。

「また来ますね……か。その時まで私が生きてれば、話し相手になってもらおうかな。純白のお姫様」

 現場に到着すると広場には得物を持った人たちが群がり何か対してそれを振るっている。吹き上がる血しぶき。人々の間から姿が見えるとミーアは言った。

「ウィーク!!!」

 その声と共にウィークはお互いを隔てる町の人間を一突きし、一瞬で肉片へと変え消滅させた。

「なぜこんなことを。変装していればバレなかったのに」
「さぁ、なんでだろうな」
「あなたは怖いんだ。自分の心が浄化されていくのが」
「俺が浄化される? 面白いことを言うようになったな」
「あなたは時折優しさを見せる。私を殺さなかったり、手合わせをしてくれたり、助けてくれたりサハランさんを気遣ったり。でも、一度殺しという世界に踏み入れてしまったから、戻ることを拒絶してるのよ!」
「だったらどうするよ。俺を止めるか?」
「もう殺させません!」

 黄金の槍を握りウィークへと立ち向かった。黄金の槍と漆黒の槍がぶつかり周囲には衝撃波が発生し、ウィークを捕えようとしていた人々は吹き飛ばされる。

「俺らが戦えば被害は広がるぞ」
「でも、これでわかったことがあるわ。あなたもまだ、その槍を本当に使いこなせてはいない。だって、私の力ではあなたに及ばないはずなのに、今、この瞬間私は押し負けてはいない!」
「ちっ……。だったら実力で押し切る!」

 ウィークは力を緩めミーアの体制を崩すと石突で腹を突き一気に飛ばした。地面に体を叩きつけられてもすぐに立ち上がり再びウィークへと槍を振るった。

「槍は突くもんだ。お嬢さん!」
「そんなことしたら死んじゃうでしょうが!」

 再び交わる二本の槍。
 しかし、音に誘われ兵士たちが集まっていた。

「貴様ら何をしている! いや、あいつは裏切者の傭兵ウィークじゃないか!」
「俺が裏切者? そういう風に言われてるわけかい」
「奴を王の下へ連れて行く。どれだけ痛めつけてもいいが命だけは残せ。それとあの黄金の槍を持った女も捕まえろ。町の平和を乱す悪党だ!」

 全方位を囲まれ屋根の上には弓兵。咄嗟に二人は背中合わせとなり周囲を見渡した。

「ようやくお出ましか操り人形どもめ」
「ここまで計算だとでも言うの?」
「君が来ること以外はな」
「あなたの殺戮を止めるためよ」
「なら、殺さずにこの場を切り抜けてみろ!」
 
 ウィークは屋根の上へと跳躍し弓兵を一人ずつ殺し始めた。ミーアは止めようと跳躍しようとするが周りの兵士が一斉に襲い掛かり対処に追われる。殺さないように意識をしながら、一人、また一人と確実に黄金の槍で気絶させていく。
 急変した状況がミーアに考える隙を与えない。だが、むしろそのおかげで無駄な恐怖を感じず生きることと生かすことだけに集中し戦いを進めることができた。
 
「応援を呼べ!」
「了解!」

 馬を走らせ駐屯地へと向かう兵士。
 遠くからその様子を見ていたレイはすぐに野営地点へと戻りボルトックとウォースラーにこのことを伝えた。

「町の方で音が聞こえた途端兵士が駐屯地へ急ぐのを確認した」
「よし、三人で駐屯地へ向かうぞ。ウォースラー起きろ」
「あれ、もう出番……?」
「思ったより動きが早かったな。状況を確認し増援が町へ行くようなら防ぐぞ。レイは粗方片付いたら町に近づいて様子を確認するんだ」

 町の中ではミーアと兵士たちの攻防が続いていた。黄金の槍の力で複数の兵士を一度に相手することはできたが、連携の取れた動きに翻弄され少しずつ疲労がたまり動きにが鈍くなっていた。

「はぁ……はぁ……」
「疲弊してるぞ! 畳みかけろ!」

 一時は槍の力に恐れを抱いていた兵士たちだったが、扱う人間が未熟だと理解し残った兵士たちは一斉に襲い掛かる。増援も含めて30人の兵士がすべての方向から押し寄せ絶体絶命。

「まだだ。もっと、もっと強くならないといけないんだ! この程度で負けてちゃ王国は取り戻せない!!」

 ミーアの気持ちに反応するように黄金の槍が光を放つ。

「とても優しい光……。傷が、傷が治っていく!」

 黄金の光は粒子となりミーアの傷口へ付着し、痛々しい傷跡を一瞬で治していった。それだけじゃない。疲弊していた体力までも回復していたのだ。

「槍が私に応えてくれた。私はもっと、もっともっと前へ進むんだ!」

 さっきまでのミーアとは全く比べ物にならない卓越した動き。黄金の槍がミーアに回避できる動きをイメージさせ、ミーアはそれに従い動いていた。さらに、相手の急所へ半自動的に向かっていった。
 次々と倒れていく兵士。だが、誰一人として兵士は死んでいない。貫くのではなく突いて痛みだけを与えて気絶させていった。
 残り人数も少なくなり、兵士たちの士気が失われつつあるころ、空か人が落ちてきた。それは兵士ではないがジャクボウ王国のエンブレムを胸元につけている男性だった。すると、後ろからゆったりとウィークが歩いてきた。

「どうだ。今まで完璧にやってきたお前が、ただの雑兵に無様な姿をさらす気分は」
「もしかしてこの人が」
「あぁ、スバラシア王国への攻撃作戦を考え、俺を裏切った情報官だ」

 その時、ミーアは違和感を覚えた。点と点が線で繋がりそうだというのに、なぜかそれを拒絶する自分自身がいた。

「はは……。まさかお前が帰ってくるとはな。あれだけ痛めつけたというのに。やはり念入りに捜索し殺しておくべきだった」
「新たな強化兵士はまだ準備中だろう。その上ミッドガンと主力な部隊は国を離れている。だから来たんだ。それに、お前がここへ来ることは知ってた。こっちだってただ気を伺っていただけじゃないのさ」
「お前を殺すために雇った傭兵が次々と殺されているのは知っていたさ。だがな、その槍の深淵に手を伸ばす覚悟のないお前がよもや女を連れてくるとは」

 バイザッドはミーアの姿を見ると大きく笑い始めた。誰が見てもピンチなのは明白なのに、この期に及んで腹を抱えて笑っていた。

「おいおい冗談だろウィーク。なんでこいつがいるんだよ」
「あなた、私のことを知っているの?」
「知っている? 知っているに決まってるさ。スバラシア王国の城へ侵入した際に君を何度か目にしている。王国崩壊後、君の姿と三騎士の姿がないことはわかっていたが、よもや君までこいつに加担しているとは驚きだ。あんなことがあったのに」
「私は王国を再起するために戦う道を選んだ。それだけです」
「だったらもっといい仲間を探した方が良い。こいつだけは避けるべきだろう」
「……どういうこと?」
「もしかして知らないのか? だめだなウィーク。無垢なお嬢様を騙すだなんて」

 バイザッドはウィークに対し道化師のように笑いながら言った。すると、ウィークはバイザッドへと近づき表情を一切変えずに太ももを刺した。強烈な痛みに悶えている中、二度三度とさらに刺す。まるで口封じをするように。

「もしかして罪滅ぼしのつもりか……? だったら真実を言わなきゃな」

 もう一度ウィークが刺そうとした瞬間、ミーアが漆黒の槍を止めた。間髪入れずにバイザッドが言う。

「お前がスバラシアの女王を殺したんだろうがよ!!」
「えっ……」

 ミーアが動揺し力を緩めた直後、漆黒の槍はバイザッドの顔を貫いた。血しぶきが二人に降りかかる。
 ずっと頭の中にあった違和感。同時に認めたくないというミーアの心は、裏切られたような衝撃が駆け巡る。ウィークは誰に雇われ何をしたのか。なぜ裏切られたのか。なぜジャクボウ王国が支配する町に裏切者がいるのか。なぜ、兵士たちの前に女王の生首を晒したことを知っているのか。すべてが繋がる。ウィークはジャクボウ王国に雇われたのなら全部が繋がってしまうのだ。
 ミーアは一心不乱でウィークへと襲い掛かる。

「どうして、どうしてお母様を!!!!」
「それが俺の仕事だ」

 ウィークの返事はあまりにも冷たいものだった。許しを請うわけでもなく懺悔するわけでもなく、まるでそれが当然の行いだといわんばかり。

「あざ笑うために近づいたわけ!? 少しでも優しい人間だと思ったのに。最低な傭兵だったなんて!!」
「ならどうする。俺を殺すか?」
「…………」

 今のミーアの中にあったのは純粋な殺意だった。人を殺したくないと理想を抱きながらも、母親を殺した正体がわかり、心も体も制御ができていない。黄金の槍はより一層光を強め、ウィークの力を圧倒していた。このまま押し切ればウィークの心臓を貫くことができる。今なら復讐が果たせる。だが、ミーアはあともう少しのところで迷いが生じた。

「殺したいくらい憎い! なのに、どうして。どうして私はこの槍で貫くことができないの!」
「殺す覚悟を持て。その手を血に染めろ。その先に見えるものがある。所詮、守るだけでは終わらないんだ」
「あなたのように殺戮の闇に溺れはしない!」
「兵士たちを殺さなかったよな。その先に待っているものが何かわかっているのか?」
「何をいいたいの」
「兵士たちは目覚め、いずれはこの町を再び支配する。そして、以前よりも縛りはきつくなるだろう。それをわかっているのか?」
「そ、それは……」

 一瞬の隙を見逃さず、ミーアの力を受け流し漆黒の槍を天高く投げた。そして、いくつもの黒い光が周囲で気絶する兵士たちに次々と降りそそぎ心臓を貫いた。
 気づけば辺りは真っ赤に染まり見るも無残な光景が広がった。
 
「な……なんてことを……」
「これが戦うということだ」
「なんでそんな風に平然と人が殺せるの……」
「そうすることでしか前に進めないからだ」
「まだみんな生きていたのに!」
「だったらなぜ守らなかった。なぜその黄金の槍で俺を貫かなかった。俺一人を殺すのに躊躇した結果がこれだ。それだけの力を手にしているのに、君はこいつらを守れなかったんだ。それは、君自身わかっているからだ。こいつらがやっていることに対し報いが必要だと」
「それは……」
「天罰を下したなんて綺麗ごとを言うつもりはない。だが、俺と出会って一度でも理想を果たせたか? 俺は俺を襲ってくる町民も殺した。それは俺が進む道だからだ。君は何を守った? 何を救った? 理想を掲げるのは結構だが、これが今の実力だと知れ」

 そういうとウィークは落ちてくる槍を掴み去ろうとした。

「どこへ行くの!」
「ここでの目的は果たした。もう用はない」

 ウィークを止めたかった。
 だが、周りに広がる血の海が、自身の弱さの結果だと認識すると、体はまったく動こうとしなかった。あの日、王国が崩壊した日に強くなろうと決意し、黄金の槍の力を以前より使えるようになったのに、いまだに弱い自分に何ができるのかと絶望した。
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