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4_にえそだつ

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「やまがみさま、ここのゆは、たいへんきもちがいいです」



 岩場の温泉に肩まで浸かり、童子わらしは横にいる山神さまを見上げて話しかけました。
 童子の強い希望で山神さまも一緒に温泉に入ってはおりますが、その大きな体では足先を少し濡らすだけです。


「ねぇ、やまがみさま。どうせなら、もっとふかくしませんか?」
「あまり深く掘ると、お前が溺れるかもしれぬ。危ないのは駄目だ」
「それなら、やまがみさまのせなかに、のせてくださいませ。やまがみさまのせなかは、とってもあんしんですから」
「最近は何かと理由をつけては、すぐ われの背から降りていくくせに。まったくこんなときだけ。我を手玉にとるとは、なんと末恐ろしい童子か」
「てだま? とは、なんですか?」
「手玉にとるとは、つまり、あれだ、相手を自分の思い通りに動かそうとすることなどを意味する」
「はい! べんきょうになります!」
「……お前、分かっておらんな」


 山神さまはぶつぶつ文句を言いながらも、そそくさと背中に童子を移動させました。童子の安全を確認すると、足元の岩をその大きな手足であっという間に移動させてしまいます。童子は湯で温められた桃色の頬をさらに赤くして、すごいすごいと興奮しながら見ているのでした。





 山神さまが治癒の願いを込めて熱心に舐めた童子の目は、今では一人で歩きまわれるほどに回復しておりました。


 その目で見上げる山神さまは、赤黒い毛並みに覆われております。
 見上げるほどに大きな山神さまのお顔には、白目のない八個の赤い目。その首は梟のようにぐるりと回り、たくさんの目で全てを見渡します。
 力の強い大きな手は地面に届くほど長く、それでいて器用に動きました。下半身には毛がなく、昆虫のような節だった六本の大きな足が、ぎぃしゃ、ぎぎぎぃと不思議な音を立て、幼虫の腹脚のような長い尻尾は動くたびにぬたぬたと湿った音を立てるのでした。

 童子はそんな異形の山神さまを見て、村の爺さまが教えてくれた宝石とはこのような物に違いないと、山神さまの赤い目を褒め称えます。赤黒い毛並みは柔らかく絹のようで、ぬめる尻尾はひんやりとしていて気持ちが良いと言ってききません。

 そんなことを言われたことのない山神さまは、嬉しいやら恥ずかしいやら。童子にどう褒められても、ただ黙っているのでした。






「ふむ。こんなものか。少し湯が濁ったな」
「あ! もしかしてこれが、にごりゆですか? やまのけものがきずをいやす、めいとう、だとか。むらのじいさまが、いっていました」
「いや、これは岩を退けたから、巻きあげられた砂で水が濁っただけだ。時間がたてば落ち着くだろう。まぁ効能は、名湯に間違いないがな」


 山神さまがゆっくりと湯に身を沈めました。するとざぶんざざぁと波が立ち、湯が溢れます。波にあおられた童子は、山神さまの背中にしがみ付きながら、無邪気にきゃっきゃと喜んでいるのでした。





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