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地龍と小鳥
しおりを挟む共に過ごすようになってから、初めて迎えたある春の日。
小鳥のレーシュは恋の歌を高らかにさえずり、青い花を地龍のグレイに捧げた。
グレイは何百年と飽きるくらい生きてきたからこそ、幼さの残る小鳥のまっすぐさが眩しかった。
(斯様にいじらしい求愛を断る術など、我は知らぬ)
グレイはおずおずと、レーシュの花を、そしてそこに込められた愛を受け取った。
そこからさらに一年を共に過ごした。
小鳥のレーシュは種族の差異を気にする様子もない。小さな体に似合わぬ大きな心と愛を内に秘めたレーシュに、グレイの想いは深まるばかり。
このままの夫婦で満足だと、レーシュは言う。しかし、もはやグレイの方が我慢がならぬ。
春は森の動物たちの繁殖期。
すっかり恋に浮かれた鳥どもが、レーシュの周りをうろちょろするのだ。怒りのあまり、グレイの魔力が暴走するのも時間の問題だった。
いっそそれならばと、グレイは魔力が一番増幅される満月の晩に、自らの全魔力を注ぎ込んだ古の魔法を展開するに至ったのだ。
青く発光するグレイのただならぬ姿に、レーシュは慌てて巣穴から飛び出した。
しかし鳥目の小鳥に何ができる訳でもなく、グレイの周りを飛びながらピーヒョョョと力なく鳴くだけだ。
こうして身に宿す全魔力でもって姿形を変えたグレイは、そのまま地に倒れた。体の内側から発光していた青い光が収まるにつれ、グレイの体は縮んでいく。
最後には、小鳥より二回りほど大きな青い鳥が横たわっていた。
「レーシュ。まだ怒っておるのか?」
「私は最初から怒っていません。ただ、心配をしただけです」
「そうか。それはすまなかった」
「とっても心配した。私がいくら呼びかけても、グレイは朝まで目を覚まさなかったんだよ。私、すごく、すごくすごく心配したんだよ。なんで何も相談をしてくれなかったの? 私はそんなに頼りない?」
尾羽を震わせながら背中を向ける小鳥の姿を見て、ひどく傷付けたのだとよくやく理解したグレイは、何と言ったら良いのか分からずに狼狽える。
「まさか! レーシュは素晴らしい伴侶だとも。これは、その、つまり、……ただの我の嫉妬なのだ」
「グレイが? 私に?」
「他の鳥どもにな、レーシュを取られたらどうしようかとな、嫉妬をしたのだ。不安にさせて、すまなかった」
「私は、グレイの伴侶だよ」
「ああ」
「他の鳥になびいたりしないよ」
「ああ、もちろん。レーシュの気持ちを疑った訳ではない。あまりに幸せでな。添いとげたいと、そう思ったのだよ」
(レーシュ亡き世界で生き存えるなど、とうてい耐えきれぬ……)
聞かせるつもりの無い小さな声は、優しい森のざわめきに紛れて、晴れた空に消えていった。グレイは愛しのレーシュに、羽を広げてにっこりと笑ってみせる。
「さて、レーシュは我の青い瞳が好きだといっておったからの。どうだろうか。この青い鳥の我は好かぬか?」
「まさか! どんなグレイも好きに決まってる! グレイの瞳と一緒で、光の角度で青い色が変わるんだね。尾羽も長くてとっても綺麗」
「魔力も底をついた今となっては、我もただの非力な鳥だ。レーシュに森のことを、たくさん教えてもらわねばならぬ」
「うん! 森のことなら私にまかせて! 全部、私が教えてあげる!」
レーシュは羽を膨らませると、ふるふると誇らしげに尾羽を動かした。
「まずは一緒に巣をつくろう! 二人の巣だよ! グレイはどんな巣が好み?」
グレイはそんな小さな小鳥に頭を擦りよせて、ピピピピと楽しそうに高く鳴いた。
もう名前を忘れた哀れな地龍は何処にもいない。
グレイは初めての愛を捧げてくれた小鳥のそばで、また自らも初めて愛を知り、ようやく土に還る意味を知ったのだ。
グレイが得たその愛は、永遠の命よりも、得難く大切なものなのだそうです。
二匹の小鳥のお話は、またいつか。幸せな最期を迎える、またその時に。
さあさ、皆さま、おやすみなさい。
楽しい物語の続きは、きっとあなたの夢の中。
(地龍の愛 おしまい)
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