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風嘉の白龍 〜花鳥風月奇譚・2〜
ー始まりの場所ー
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盗賊の襲撃事件からほどなく、岩と砂ばかりが続いていた砂漠地帯を抜け、視察団一行は当初の目的の草原地帯へと辿り着いた。
辺り一面どこまでも続く緑の絨毯に、鴻夏が呆然としていると、横から自分の影である暁鴉が、親しげに声をかけてくる。
「いよいよ南方領の本拠地である、草原地帯に入ったよ。初めて見る南方領はどうだい、鴻夏様?」
「…す…ごいのね。遥か彼方まで、ずっと草原が続いているわ…」
そう答えると、暁鴉が楽しげにこう答える。
「はは、そりゃそうさ。この草原は風嘉だけじゃなく、隣の月鷲にまで続いてるからね。そして此処こそが我らが主の始まりの場所。『風嘉の白龍』の本拠地さ」
「ここが璉の…本拠地…」
どこか夢見心地でそう答えながら、鴻夏は何故か目の前の光景から目が離せない。
ほぼ起伏のない地形が延々と続く中、それを彩るかのように、足首まで届くほどの丈の草が、ただひたすら大地を覆い尽くしている。
陽が傾いてきた事もあり、どこからか微かな虫の声が聞こえ、僅かではあるが生き物の存在を感じさせていた。
それでも一番強く思うのは、この自然の雄大さとそれに比べた人という存在の儚さ。
この大地の上では誰もが平等で、運命の示すままに生きるべきだという気がしてくる。
まさしくすべてが『神の思し召し』で、それに抗う事など無駄だとさえ感じていた。
『ここが璉の…始まりの場所…』
ボンヤリと胸の奥から、何とも言えない複雑な想いが込み上げてくる。
まだ十四歳の無名な少年であった璉が、先帝の命を受け、派遣されたという場所。
当時は国一番の激戦区であったという。
そんな所に一人派遣された璉は、初めてこの光景を見た時に、一体何を思ったのか…。
そう感慨深く思いながら、ふと視線を元へと戻した鴻夏は、遥か前方で馬を進める璉を見つけてドキリとする。
少し赤みを増してきた陽の光に照らされ、優雅に白馬を操る姿は、まるで一枚の絵画のように幻想的で、見る者の心を惹きつけた。
そして璉の長い亜麻色の髪が、夕陽に透けてまるで金色の稲穂のように靡いている。
『…綺麗…。あの夜と同じ…』
確か風嘉に来るまでのお忍び旅の途中で、鴻夏は焚き火の灯りに透ける璉の髪に、ひどく見惚れた事があった。
今思えばあの時から、自分は璉の事を意識し始めていたのかもしれない。
そう思った時、ふいに鴻夏の視線に気付いたのか、璉が鴻夏の方へと振り返る。
そして驚き焦る鴻夏を見とめると、璉はふわりと優しげに微笑んだ。
それを見た瞬間、急に鴻夏は自分の記憶に、明らかな違和感を覚える。
『…あ…れ?私、前にもこんな光景を見た事が、あったような…?』
ぼんやりとした記憶であったが、確かもっとずっと小さかった頃に、どこかでこのような光景を見たような気がした。
そして朧げな記憶の中から、脳裏に優しげな声が蘇ってくる。
『…貴女がそう望むのなら、いつかどこかで逢えますよ…』
夕陽に長い髪を靡かせながら、穏やかにそう語ったあの人は、一体誰だったのか…?
顔は思い出せないが、優しく自分の頭を撫でてくれた、白い手の感触は覚えている。
そしてあの人の髪も、今の璉のように夕陽に透けて、美しく金色に輝いていた。
という事はあの人の髪の色も、璉と同じ亜麻色だったという事だろうか…。
結婚するまで一度も城から出た事がなかったのだから、自分とその人が出逢った場所は、間違いなく花胤の皇城内という事になる。
だが鴻夏の記憶する限り、亜麻色の髪の女官・侍女は存在せず、父皇帝の側室の中にも、亜麻色の髪の妃は一人も居なかった。
そうなると、たまたま皇城に来ていた来客者の一人だったのだろうか…?
詳細はまったく思い出せなかったが、何故か鴻夏はチクンと胸が痛むのを感じた。
どうして今の今まで忘れていたのか、そして何故今になって思い出したのか…。
そこに何か意味があるような気がして、鴻夏は思い出そうと必死に記憶を辿ったが、それ以上は何も思い出せなかった。
「鴻夏様…?疲れたのかい?」
ふいに隣から、暁鴉の声が聞こえた。
その声にハッと我に返ると、暁鴉が少し心配そうに鴻夏の様子を伺っている。
それに気付いた鴻夏は、慌てて暁鴉に向かってにこやかに返答した。
「…あ、ごめんなさい、暁鴉。ちょっと思い出したい事があって、つい考え事に夢中になってしまったわ」
「本当に…?具合が悪いとかじゃなくて?」
「ええ、本当に元気よ。ごめんなさい、心配させちゃって…」
重ねてそう言うと、やっと暁鴉も安心する。
そして暁鴉は、鴻夏がそこまで気を取られていた内容について、率直にこう尋ねた。
「…何を思い出そうとしてたんだい?」
「うーんとね…。さっき夕陽に照らされている璉の姿を見てたら、小さい頃にこれと同じような光景を見た気がしたの。うまく思い出せないのだけれど、長い亜麻色の髪の人だったような気がするわ。あれは…誰だったのかしら…?」
再び考え込む鴻夏に、暁鴉が重ねて問う。
「亜麻色の髪…ねぇ?風嘉じゃ珍しくもない色だけど、花胤の後宮にも居るのかい?」
「ううん、そういった髪色の女官や侍女は居なかったはずなのよ。あとお父様の妃の中にも、そういった方は居なかったはずなの。だからお客様とかじゃないかと思うのだけれど…」
自分でそう語りながらも、実は鴻夏自身もその見解に納得出来ていなかった。
そして同じように、鴻夏の話を聞いた暁鴉も、首を捻りながら疑問を投げかける。
「…でも普通の客は、鴻夏様が居た花胤の後宮にまでは、入って来れないだろ?それに夕陽と共に見たって事は、歓迎の宴って訳でもなさそうだし…一体どこで会ったんだい?」
「そう、それなのよね。その場所がどうしても思い出せなくて…。あれは、どこだったのかしら…?」
そう鴻夏が呟いたところで、ふいに列の前方がワッと盛り上がる。
思わずそちらの方に目をやると、夕陽を背に十騎ほどの騎馬の集団が、凄い勢いでこちらに向かって近づいて来ていた。
それを見て、また賊の襲来なのかと鴻夏は身を固くしたが、そんな鴻夏を安心させるかのように暁鴉が力強く説明する。
「大丈夫、鴻夏様。あれは味方だよ。南方領の砦からの出迎えだ」
そう聞いてホッとした鴻夏は、すぐに緊張を解いたが、続けて思わずこう呟く。
「まぁ…!わざわざ外まで出迎えに…?」
「多分、待ちきれなかったんじゃないかな?ここでの主の人気は、絶対だからね」
そう暁鴉が言い終わるが早いか、騎馬の集団が視察団の最前列と合流する。
そして彼等は荒っぽく馬を止めると、一斉に馬から飛び降り、そのまま最前列で待ち構えていた璉の足元へと跪いた。
それを受けて穏やかに微笑みながら、璉が南方軍の兵士達に労いの言葉をかける。
「久しぶりですね、夜刃将軍。わざわざの出迎えご苦労様です」
そう璉が声をかけたのは、頰に大きな傷のある、筋骨たくましい強面の男だった。
浅黒く焼けた肌に無数に走る古い傷痕が、何も言わずとも男の武勇伝を物語っている。
ところがそんな誰もが一目で強者とわかるほどの男が、その大きな身体に似合わずひどく恐縮した様子で、璉に向かってこう答えた。
「いえ、本来ならばもっと早くに出迎えに行くべき所…、遅くなり申し訳ありません」
「いいんですよ。相変わらず月鷲との小競り合いは続いているみたいですし、その影響で盗賊も増えているみたいですね…?」
淡々と璉がそう答えると、夜刃と呼ばれたその男は、その大き過ぎる身体を目一杯縮こませながら、璉に向かって恐縮する。
「…さすが我等が『白龍』、すでにご存知でしたか…。この夜刃の目が行き届いておらず、お恥ずかしい限りです」
「夜刃のせいではありませんよ。月鷲の件は明らかに鴎悧帝の監督不行届ですし、盗賊の件にしても、その余波と言っても過言でないでしょう。砦に着いたら私の方からも、鴎悧帝には遺憾の意を伝えておきます」
そこで一旦言葉が区切った璉は、ふと思い出したかのようにこう呟く。
「ああ…そう言えば、先ほど襲ってきた盗賊の一団を捕らえたんでした。ここは南方領の管轄下ですので、引き渡しても?」
何気ない言葉だったが、途端に目の前の男達の雰囲気がガラリと変わる。
「…盗賊ですと?『白龍』を襲った…?」
ゆらりと怒りの炎を滾らせながら、夜刃将軍以下、すべての南方軍の兵士達から抑えきれない怒りの気配が滲み出す。
それを感じて視察団の面々は完全に気圧され気味だったが、当の本人だけはまるで気にした風もなく、さらりとこう答えた。
「まぁ襲ってきたとはいえ、こちらが何の一団かもわかってなかったみたいですけどね。ああ、安心して下さいね?こちらも怪我人は出ましたが、全員無事です。彼等も私が出たら、すぐ大人しく投降して下さいましたよ」
ニッコリ笑って璉がそう答えると、更に男達の気配が物騒なものになる。
そしてそれは少し離れた場所に居た鴻夏にもわかるほどで、かなり殺気立っている南方軍の兵士達を見ながら、鴻夏は先ほど自分達を襲ってきた盗賊達に心底同情した。
この様子では引き渡された途端、有無を言わさず極刑が待っているのは間違いない。
『…うわぁ。これで私が璉の奥さんって言ったら、何か殺されそう…』
青くなりながらも、冗談交じりににそう思ったところで、くるりと璉がこちらを向いた。
そして鴻夏が嫌な予感に囚われた瞬間、いきなり璉がにこやかに鴻夏を呼ぶ。
「鴻夏、こちらへ」
あまりの事に凍りついた鴻夏に対し、一斉にザッと南方軍の兵士達がこちらを向く。
その気配を感じ、思わず鴻夏は頭を抱えて、この場から逃げ出したくなった。
『ちょっとぉぉ~っ、璉⁉︎今は絶対呼んだらダメな時でしょー⁉︎』
心の中でそう叫ぶが、璉の方は気付かないのか、そのまま鴻夏が来るのを待っている。
それを見て『終わった…』と一人思いながら、鴻夏は仕方なく暁鴉に手伝ってもらい、輿から地上へと降り立った。
途端にザワッと周囲がどよめき立つ。
癖もなく流れる艶やかな黒髪に真珠色の肌、夕陽を映して琥珀のように煌めく金の瞳。
細い身体の線を活かした風嘉風の衣装は、白を基調としながらも細かく金糸で刺繍が施された物で、上品でありながらも充分な華やかさを兼ね備えている。
そして赤く染まった夕陽に照らされ、白いベールを風に靡かせながら、草原に降り立った鴻夏は、母親譲りの端正な容貌もあいまって、人間とは思えないほど神秘的で美しかった。
思わず南方軍の兵士達も含め、その場に居た全員が鴻夏の美しさに見惚れたが、鴻夏自身はかなり動揺していたため、その事にはまったく気づいていない。
そして否応なく周囲の注目が集まる中、内心ひどく緊張しながらも、鴻夏は表面上は何事もないかのように装いながら、実に優雅な足取りで璉の元へと歩いて行く。
そして人々が自然と道を譲る中、鴻夏は誰にも邪魔される事なくその間を通り抜け、すぐに璉の前へと辿り着いた。
すると待ち構えていた璉が、スッと鴻夏の手を取り、南方軍の兵士達へと向き直る。
そして穏やかながらもはっきりとした声で、璉はその場に居る者達にこう告げた。
「さて皆にも紹介しよう。彼女が私の正妃の鴻夏だ。今回の視察を機に、君達にもきちんと紹介しておきたくて、同行してもらった。鴻夏、こちらは夜刃将軍と南方軍の兵士達。古くから私を支えてくれていた人達だよ」
そう言って璉は、にこやかに双方を引き合わせてくれたが、相手の方はそれをどう受け取ったのか、まるで鴻夏の事を品定めするかのように、鋭い視線を送ってくる。
そして不躾なほど、ジロジロと頭のてっぺんからつま先まで眺められた鴻夏は、そのまま相手にフンと鼻で笑われてしまった。
それを受けて、鴻夏は内心カチンとくる。
それでも彼等の事を、とても大事にしているらしい璉と他の皆の手前、鴻夏は冷静に何事もなかったかのように笑顔で応対した。
「南方軍の砦の皆様でいらっしゃいますね?花胤国より陛下に嫁がせていただきました、斎 鴻夏と申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
そう言いながら優雅に一礼してみせると、さすがに璉の手前、無視は出来ないと思ったのか、皆を代表して夜刃将軍がこう答える。
「…いかにも南方軍の夜刃と申します。陛下のご厚意により、未熟者ながら将軍職を務めさせていただいております。後ろは同じ砦を護る我が配下達です」
そこで一旦言葉を区切ると、夜刃は口元に小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、冷ややかに鴻夏に対しこう宣う。
「陛下が御成婚されたとの噂は、南方領でも聞き及んでおりましたが、なるほど…確かにお美しい。陛下の権勢を彩る宝石としては、一級品でございますな」
何の容赦もなく、『お前は見た目だけのお飾りの妃だ』と皆の前でこき下ろされ、さすがの鴻夏もサッと顔色を変える。
すると璉がスッと鴻夏を庇って前に出て、静かながらも厳しい口調でこう告げた。
「…言葉が過ぎますよ、夜刃。鴻夏は私が選んだ妃です。貴方は私が、見目の良さだけで彼女を選んだとでも思っているのですか?」
そう言って静かに見下ろす璉の冷たい視線に、夜刃将軍が青くなってガタガタと震え出す。
どう見ても常人より縦も横もかなり大きい夜刃将軍が、一見すると片手で捻り殺せそうなほど細身の璉に脅える姿は、違和感しかなかった。
だが璉の放つ気は圧倒的で、ただそこに居るだけで、その場の気温が一気に下がったかのような錯覚に陥いる。
完全に璉に主導権を握られた南方軍の兵士達は、全員雷に打たれたかのように、その場で冷や汗を掻きつつ平伏した。
そして震える声で、夜刃将軍がこう呟く。
「い…いえ、失礼しました、『白龍』。私が浅はかでございました…」
「詫びる相手を間違えてますよ、夜刃?私ではなく、鴻夏に対して謝ってください」
きっぱりとそう言われ、実に不満そうながらも、夜刃将軍が鴻夏に対し頭を下げる。
そしてさも仕方ないといった雰囲気で、彼は小さく詫びの言葉を口にした。
「…申し訳ありません、お妃様。言葉が過ぎました」
「…いえ…」
そう答えるのが、精一杯だった。
確かに夜刃将軍の言い様には腹が立ったが、ある意味それは真実でもあった。
今のところ、自分は風嘉の皇后として何の役にも立っておらず、彼等の尊敬に値するような事は何一つ出来ていない。
この南方領で妄信的とも言うべき人気を誇る璉が、明らかに世間知らずだと分かる姫を娶った事が、よほど気に入らないのだろう。
『やっぱり付いてくるべきではなかったわ。今の私では、彼等に認められるような事は、何一つ出来ない…』
そう思いながら、鴻夏は泣き出したい気持ちを抑えるのが精一杯だった。
何となく予想はしていたが、南方軍の兵士達の璉への心酔ぶりは想像以上で、そしてその璉の隣に立つ相手として、自分はあまりにも未熟過ぎた。
これではお飾りと罵しられても、仕方がない。
だがそれでもその場は、夜刃将軍が頭を下げた事により、一応の解決は為された。
そしてもうすぐ陽が落ちる事もあり、一行はそのまま本日の野営の準備に入る。
それを椅子に座って眺めながら、鴻夏は誰もが分かるほどひどく落ち込んでいた。
そしてそれを見兼ねた暁鴉が、そっと優しく鴻夏に慰めの言葉をかける。
「気にする事はないよ、鴻夏様。連中は基本誰が嫁に来ようが、気に入らないんだから」
「…でも今の私が、璉の妃としてあまりにも不釣り合いなのは事実だわ。璉はこの風嘉にとってかけがえのない、唯一無二の存在なのに、その妃がこんな世間知らずの小娘じゃ、納得がいかなくて当たり前よね…」
自分で言っていて泣きそうになりながら、鴻夏が自嘲気味に吐き捨てると、意外にも暁鴉はそれを全面否定する。
「それは違うよ、鴻夏様。あんたはあんたにしか出来ない事を、ちゃんとやってる。そしてそれは、他の誰にも出来ない事さ」
「…私にしか…出来ない事…?」
まったく心当たりのない鴻夏が首を傾げると、暁鴉はきっぱりとこう告げる。
「…いつも通りにしてりゃいいんだよ。連中は会ったばかりで、しかも最初からあんたの事を色眼鏡で見てる。でもきっとここから皇都に戻る頃には、奴等にも鴻夏様の本当の魅力が伝わって、その考え方も変わってるさ」
妙に確信めいた口調でそう言われ、鴻夏は信じられないとばかりに暁鴉を見返す。
しかしそれっきり、暁鴉は特に何も教えてはくれなかった。
そうこうしているうちに、あっという間に今夜の野営の準備が終わり、鴻夏は今回の旅に同行してくれた数少ない侍女等に呼ばれて、静かにその場を後にする。
おそらく明日には、本来の目的地である南方領の砦に辿り着くだろう。
そしてそこには夜刃将軍らのように、『風嘉の白龍』に心酔している、大勢の南方軍の兵士達が待ち構えているに違いない。
はたして自分は、たった数日の滞在で彼等に璉の正妃として認めてもらえるのだろうか?
不安はつきないけれど、それでも鴻夏は強く拳を握り締め、決意も新たに前を向いた。
『出来なくてもやる!そのくらいの気持ちで挑まないと、私は璉の隣に立ち続けていられなくなる。それだけは嫌だ!私は他の誰にも、この場所を譲るわけにはいかないわ!』
誰に聞かせるわけでもない、当の璉にすらも言えない鴻夏の強く激しい想い。
確かに璉との出逢いは、単なる運命の悪戯だったのかもしれない。
けれど璉という人間に惹かれ、彼と彼の仲間と共にこの国を支えて行こうと決めたのは、間違いなく鴻夏自身の意志だった。
今はまだ大した事は出来ないけれど、それでもいつか璉の助けとなる人物になりたい。
今は皆に護られてばかりだけれど、いつか自分も大好きな皆を護れるようになりたい。
だからこそ鴻夏は、今こんな事ぐらいで躓いている暇はないのである。
そして鴻夏は、明夜に砦で開かれるであろう宴に向けて、頭の中で作戦を立て始める。
とにかく今が最悪な状態なら、逆にこれ以上は悪くなりようもないのだから、あとはひたすら上げるのみである。
『見てなさい、絶対彼等にも認めさせてやるんだから!』
すっかり元の元気を取り戻した鴻夏は、意気揚々と自らの天幕の中へと消えて行く。
その後を追いつつ、暁鴉は一人苦笑しながら同じく天幕の中へと消えていった。
その夜、鴻夏が璉と二人きりになれたのは、日付が変わろうとしている深夜だった。
おそらく明日も砦に着いたら歓迎の宴があるだろうに、南方軍の兵士達は久し振りの璉との再会が嬉しいらしく、『白龍』『白龍』と璉と呼んでは、璉の側を付いて回っていた。
お陰で鴻夏と視察団の者達は、なかなか璉に近づけず、やっと声を掛けれてもあっという間に南方軍の兵士達に邪魔されてしまう。
まるで璉は自分達の物だと主張するかのように、彼等は常に璉を取り囲み、他の者達を一切寄せ付けようとはしなかった。
もちろんそれは鴻夏に対してもそうで、夕食の時も鴻夏は璉と話せず、屈強な男達の壁に阻まれ姿を見る事すら叶わなかった。
正直ここまで徹底的に璉に近づけないとなると、最初はなるべく大目に見ようと思っていた鴻夏も、だんだん不安になってくる。
急に璉の存在が遠くなってしまったようで、鴻夏は母親を見失った子供のように、寂しくて不安で仕方がなかった。
『思えば私、随分と璉に甘えていたのね…。当たり前のように、いつも璉が側に居てくれていたから、いつの間にかそれが当然だと思ってしまってたわ…』
自嘲気味にそう思いながら、鴻夏は今更ながらに気付いてしまう。
思えば花胤に居た頃は、父皇帝には何ヶ月も会えないのが普通だった。
だが璉はいつも忙しい合間を縫って、必ず鴻夏との時間を作ってくれていた。
あの不思議な後宮での暮らしも、最初こそ驚いたものの、慣れてしまえばとても賑やかで楽しくて、寂しいなんて思う暇もないまま、毎日があっという間に過ぎていった。
だから今こうして離れてみると、自分がいかに皆に甘やかされていたのかがよくわかる。
シン…と静まり返った天幕の中で、ただ一人取り残された鴻夏は、一人で寝るには広すぎる寝台の上で深い溜め息をつく。
先程なかなか終わりそうもない璉と南方軍の兵士達との会話を横目に、鴻夏は一足先に寝所へと戻って来ていた。
ここは皇帝の天幕だから、いずれ璉はここに戻って来るのだろうが、あの様子ではそれが一体いつになるのかはわからない。
「…璉に会いたいな…」
思わずポツリとそう呟く。
口にしてしまった事で余計に寂しさ募ったが、鴻夏はそれを振り払うように首を横に振ると、そっと寝台に横になろうとした。
すると突然、そんな鴻夏の身体を誰かが背後からふわりと抱き締める。
あまりの事に驚いて振り返ろうとした鴻夏の耳に、聞き覚えのある優しい声が響いた。
「…私も会いたかったですよ、鴻夏」
「れ、璉っ⁉︎え、いつの間に…?」
振り仰いだ先に見えたのは、間違いなく自分の夫である璉の顔だった。
先程まで南方軍の兵士達に囲まれ、かなりの量を飲まされていたはずなのに、顔色は変わらず口調もしっかりとしている。
しかもいつ天幕に入ってきたのか、鴻夏はその気配にまったく気付けなかった。
そしてその段階になってようやく、鴻夏は先程の何気ない呟きを、璉本人に聞かれてしまっていた事にひどく焦る。
慌てて誤魔化そうとしたが、そう易々と上手い言い訳など出ては来なかった。
「あ、あの…その…、まだ南方軍の皆さんと話してたんじゃ…?」
「ああ、どうせ切りがないので、強引に終わらせてきました。一年振りなので、しつこく纏わり付かれても仕方ないかなと大目に見てたんですけど、そのせいで鴻夏に寂しい思いをさせてしまいましたね…。すみません」
にこりといつも通りの優しい笑顔を見せながら、璉が軽く鴻夏の頰に口付ける。
それだけで嘘のように安心してしまう自分が居て、鴻夏は自分で自分の感情に驚いた。
そしてすっかり璉に甘えたくなってしまった鴻夏は、璉の腕の中で自ら身体の向きを変えると、珍しく自分から璉へと抱きつく。
自らの胸に猫のように擦り寄ってくる鴻夏を、璉は優しく抱き締め直し、その頭をそっと撫でてくれた。
それがとても気持ち良くて、鴻夏は目を閉じて、しばらくうっとりとその感覚に浸る。
そして規則正しい璉の鼓動を聴きながら、優しく抱き締められているだけで、鴻夏の機嫌はあっさりと直ってしまった。
すると鴻夏が落ち着いたのを確認したのか、今度は璉からこんな言葉が漏れる。
「…今日は本当にすみませんでした」
「璉…?」
「鴻夏には、たくさん嫌な思いをさせてしまいましたね…。彼等も普段はとても気の良い人達なのですが、どうも私に対して思い入れがあり過ぎるようで、基本私に関わる人達に攻撃的なんですよ」
困ったように苦笑して詫びる璉に、鴻夏は思わずくすりと笑う。
正直あれはもう執着と言うべきもので、まるで自分の母親を他の子供に取られまいと必死になる小さな子供と一緒だった。
かく言う自分も、先程までは似たような気持ちだったので、あまり人の事も言えないのだが、それでも鴻夏はつい思った事をそのまま口にしてしまう。
「…覚悟はしてたけど、予想以上に南方軍の人達は、璉の事が大好きなんだぁって思ったわ。さっき璉にまったく近づかせて貰えなかった時、あの人達は私と違って、滅多に璉に会えないんだから、仕方がないとは思ってたんだけど…」
「…そうですね。彼等とは長く苦楽を共にしてきたので、私も他の領の兵士達とは思い入れが違います。けれど彼等はあくまでも部下で、それ以上でもそれ以下でもありません。だから鴻夏が私の側に居たいのなら、彼等に遠慮する事なく私の側に居ていいんですよ?貴女は私の大切な…愛しい妃なのですから」
その言葉を聞いた瞬間、鴻夏は一瞬で世界が止まったのかと思った。
ずっと璉に大事にされている自覚はあったが、実際に璉が自分の事をどう思っているのかは、まったく分からなかった。
むしろ璉は優しいから、世間知らずの自分の事を見かねて、保護者のように保護してくれているだけかもしれないとも思っていた。
だから初めて『大切で愛しい妃』と言われた嬉しさで、思わずポロリと涙が零れる。
そして鴻夏は、まだその言葉が信じられないといった風に無意識にこう呟いた。
「わ…私が、璉の…?ほ、本当に?」
「…言った事、なかったですか…?」
突然泣き出した鴻夏を見て、さすがの璉も焦ったのか、珍しく感情も露わにそう尋ねる。
『言われた事ない』と素直に鴻夏が伝えると、少々バツが悪そうに璉がこう答えた。
「そうですか…。もうとっくに伝えてしまってるものだと思っていました…すみません。でもそれじゃ鴻夏は、何で私が貴女と結婚したと思ってたんですか…?」
そう問われ、鴻夏は少し考え素直に答える。
「…璉は優しいから、世間知らずの私を見かねて、保護…的な…?」
それを聞いた途端、今度は璉が額に手をやり、溜め息交じりに天を仰ぐ。
「…あのですね…。いくら私でも、慈善事業で結婚まではしませんよ?まぁ付き合うくらいなら一定期間の事なんで、仕事とあらば我慢もしますけど…結婚となれば話は別です」
「え…?」
「大体、鴻夏は私を美化し過ぎなんですよ。私はそこまで出来た人間ではありませんから…」
そう言って珍しく感情のままに、璉が鴻夏に本音をぶちまける。
それを聞いて鴻夏はますます、なぜ璉が自分と結婚したのかわからなくなってしまった。
そして不思議そうにポカンとしている鴻夏に向かって、璉が困ったようにこう告げる。
「だからですね…。私が鴻夏と結婚したのは、私がしたかったからなんです。これでも結構悩んだんですよ?年齢差もありますし、私は期間限定の皇帝ですからね」
「え、え?で、でもじゃあ何で『契約結婚』だなんて、言い方を…?」
確か結婚を決めた際に、璉には『契約結婚』として持ちかけられた覚えがあった。
それを聞いて、璉が素直にこう答える。
「それは…まぁ、確かにそういう一面もあったというのは事実です。ただ私の方としては、別に無理に結婚しなくても、問題はなかったんですよ」
「え、じゃあ何で、わざわざ私と結婚…?」
もっともな疑問を口にした鴻夏に、ますます璉が言いづらそうにこう答える。
「それは…私がこの縁談を断ったら、貴女は別の誰かに嫁がなければならなくなるじゃないですか。それはちょっと…何というか私の方が嫌で我慢出来なかったんですよね…」
ボソッと照れ臭そうに璉にそう言われ、鴻夏の顔が茹でダコのように真っ赤になる。
けれどすぐに思い直した鴻夏は、率直に璉に向かって文句を口にした。
「そ…それならそうと最初から、『結婚してください』って言えばいいじゃない!なんで『契約結婚』だなんて言い方を…⁉︎」
「それは…そう言っておいた方が、鴻夏の方が決断しやすいと思ったんですよ。考えてもみてください。突然出会ったよく知らない男と結婚して、知らない国で暮らす事になるんですよ?普通は迷うし、嫌でしょう」
さらりとそう言われ、確かに最初は璉のもっともらしい条件に騙されて結婚したようなものだから、グッと鴻夏は言い澱む。
でも逆にそう言われた事で、鴻夏はふいに気付いてしまった。
何故 璉がそこまでして、自分と結婚してくれたのか、そして何故話した覚えもないのに、璉は自分の秘密を知っていたのか…?
考えられる可能性は一つ。
自分は昔、花胤の皇城内で璉と会っている⁉︎
「璉…。私と貴方、ずっと昔に会ってる…?」
ポツリと迷いながらもそう呟くと、璉は穏やかにこう答える。
「そうですね…確かに会ってますよ。貴女がずっと小さい頃にね」
「え!いつ、どこで⁉︎」
そう言って喰いさがると、くすりと璉が余裕の笑みでこう答える。
「…内緒です。まぁ多分わからなくても当然だと思いますよ。当時の貴女はかなり小さかったですし、私も少々変装してましたしね」
「え、ズルい!なんで教えてくれないの⁉︎あ、あと実は出逢っていたのは凛鵜の方で、璉が私だと勘違いしてるって事はないのよね⁉︎」
ふと璉が出逢ったのが、自分ではなく双子の弟の凛鵜の可能性もある事に気付いた鴻夏が、慌ててその事を確認すると、くすくすと笑いながら璉ははっきりとそれを否定する。
「…凛鵜皇子ではありませんよ。間違いなく貴女です。確かに見た目はそっくりかもしれませんが、鴻夏と凛鵜皇子では纏っている気が違いますから」
「…纏っている…気?」
キョトンとしてそう尋ねると、璉がニッコリ笑ってこう答える。
「そう、気です。貴女が『花胤の陽の姫』と呼ばれ、凛鵜皇子が『花胤の陰の皇子』と呼ばれる所以です」
そう言うと、璉はこれでこの話はおしまいとばかりに、強引に話を打ち切った。
そして鴻夏が再度反論する前に、その身体を抱き締めたまま、ころりと寝台に横になる。
途端に慌ててもがき出した鴻夏を抑え込み、軽々とその口唇を塞ぐと、あっさりと鴻夏の抵抗はなくなった。
それを確認しそっと口唇を離すと、璉は急に大人しくなった鴻夏の頭を優しく撫で、もう一度優しく腕の中に抱き締め直す。
「…もう寝ましょう。明日もまだ砦までの旅が続きます。多分、明日の夕方までには着くと思いますが、少しでも身体を休めておいてください」
「…はい…」
何とかそう答えたものの、しっかりと璉に抱き締められている事で、鴻夏はドキドキしてとても眠れる状態ではなくなっていた。
だがすぐに疲れていたのか、璉が先に寝息を立て始めると、それを確認した鴻夏にも安心したからか急に眠気が襲ってくる。
そして暖かい璉の腕の中で微睡ながら、鴻夏は無意識にこう呟いていた。
「…璉…大好き…」
そう言い終わるが早いか、鴻夏はスヤスヤと穏やかな寝息を立て始める。
するとそれを確認し、実はただ寝たふりをしていただけの璉が、ポツリとこう呟いた。
「…まったくあんな可愛い事言われて、眠れないのはこっちの方ですよ。わかってるんですかねぇ…」
優しく鴻夏の頭を撫でながら、璉は仕方なさそうに溜め息をつく。
年齢よりあどけない鴻夏の寝顔を眺めていると、脳裏にふと出逢った頃の小さかった鴻夏の姿が鮮やかに蘇ってきた。
「確かまだ十歳ぐらいでしたかね…?あの頃から鴻夏はとても可愛いらしい容姿をしていましたけど、年齢を重ねてさらに見違えるほど綺麗になりましたよね…」
そう言いつつ、璉はくすりと笑う。
あの当時、秘密裏に花胤の内情を探るため、大胆にも璉は花胤帝の側室の一人に成り代わり後宮へと潜り込んでいた。
そしてその調査の最中に、偶然まだ幼い鴻夏と出逢ってしまったのだ。
たまたま通りがかった後宮の中庭で、璉は花胤帝の子供達が争っている事に気がついた。
よく見ると、大勢でたった一人の子供を取り囲み、数に物を言わせて虐めている。
よくある身分差による虐めかと、自らも体験してきた事だけに、璉はさして感慨もなくその場を去ろうとした。
ところがその時に、意味なく他の異母兄姉達に虐められていた子供…鴻夏は、幼いながらも毅然とした態度でこう言い放ったのだ。
『弱い人の気持ちが分からない者に、上に立つ資格などない』と。
そのキラキラした力強い金の瞳に惹かれ、璉は思わず陰ながら鴻夏を助けてしまった。
多分後にも先にも仕事の最中に、正体がバレてしまう危険を冒してまで、他の事に手を出したのは初めてであった。
そして璉は花胤帝の側室のフリをしたまま、怪我をした鴻夏の手当てをし、すぐに足が付かないよう花胤の後宮を後にしたのだ。
だから鴻夏がその事を覚えていなくても、実はそれは当たり前の事なのである。
『まぁ覚えていられても困るんですけどね。仕事とは言え、女装までしてましたし…』
そう当時二十代前半で若かった璉は、その身体の線が細かった事もあり、化粧をして女装をしていれば、意外と何の違和感もなく後宮に馴染めてしまっていた。
本来ならこういった仕事は女性の『影』の分野なのだが、当時は花胤の後宮に馴染めるほど教養のある者が居らず、仕方なく璉が女装して潜入する羽目になったのである。
だが一番困ったのが、その女装姿が意外と好評で、その後も何件かそういった案件に駆り出されてしまった事であった。
『あれは…出来れば忘れたい黒歴史ですよねぇ…。お偉い方々の夜のお相手もそうですが、仕事じゃなければやりませんよ…』
正直今までの人生で、何の後ろ暗いところもない鴻夏と違い、璉の人生はその大半が後ろ暗いところだらけである。
もちろんそれは生きてきた環境に依るところが大きいが、仕事と言われれば特に気にもせず、何でもやってきた璉自身にもかなりの問題があった。
だからこそ逆に、一点の曇りもないほど綺麗な鴻夏にかえって惹かれてしまうのである。
一つ溜め息をついて、璉は自分の腕の中で安らかに眠る鴻夏の頭を優しく撫でる。
明日には、いよいよ南方領の本拠地に入る。
自分が十年以上の時を過ごした懐かしい砦だが、今までは特に何の感慨も湧かなかった。
だが今回は鴻夏が一緒に居るというだけで、まったく違うものに感じている。
漠然と何かが変わる予感を感じながら、璉も少しでも休もうと目を閉じた。
『風嘉の白龍』の本拠地まで、あと少し。
歴史に残る事件まで、あと数日であった。
辺り一面どこまでも続く緑の絨毯に、鴻夏が呆然としていると、横から自分の影である暁鴉が、親しげに声をかけてくる。
「いよいよ南方領の本拠地である、草原地帯に入ったよ。初めて見る南方領はどうだい、鴻夏様?」
「…す…ごいのね。遥か彼方まで、ずっと草原が続いているわ…」
そう答えると、暁鴉が楽しげにこう答える。
「はは、そりゃそうさ。この草原は風嘉だけじゃなく、隣の月鷲にまで続いてるからね。そして此処こそが我らが主の始まりの場所。『風嘉の白龍』の本拠地さ」
「ここが璉の…本拠地…」
どこか夢見心地でそう答えながら、鴻夏は何故か目の前の光景から目が離せない。
ほぼ起伏のない地形が延々と続く中、それを彩るかのように、足首まで届くほどの丈の草が、ただひたすら大地を覆い尽くしている。
陽が傾いてきた事もあり、どこからか微かな虫の声が聞こえ、僅かではあるが生き物の存在を感じさせていた。
それでも一番強く思うのは、この自然の雄大さとそれに比べた人という存在の儚さ。
この大地の上では誰もが平等で、運命の示すままに生きるべきだという気がしてくる。
まさしくすべてが『神の思し召し』で、それに抗う事など無駄だとさえ感じていた。
『ここが璉の…始まりの場所…』
ボンヤリと胸の奥から、何とも言えない複雑な想いが込み上げてくる。
まだ十四歳の無名な少年であった璉が、先帝の命を受け、派遣されたという場所。
当時は国一番の激戦区であったという。
そんな所に一人派遣された璉は、初めてこの光景を見た時に、一体何を思ったのか…。
そう感慨深く思いながら、ふと視線を元へと戻した鴻夏は、遥か前方で馬を進める璉を見つけてドキリとする。
少し赤みを増してきた陽の光に照らされ、優雅に白馬を操る姿は、まるで一枚の絵画のように幻想的で、見る者の心を惹きつけた。
そして璉の長い亜麻色の髪が、夕陽に透けてまるで金色の稲穂のように靡いている。
『…綺麗…。あの夜と同じ…』
確か風嘉に来るまでのお忍び旅の途中で、鴻夏は焚き火の灯りに透ける璉の髪に、ひどく見惚れた事があった。
今思えばあの時から、自分は璉の事を意識し始めていたのかもしれない。
そう思った時、ふいに鴻夏の視線に気付いたのか、璉が鴻夏の方へと振り返る。
そして驚き焦る鴻夏を見とめると、璉はふわりと優しげに微笑んだ。
それを見た瞬間、急に鴻夏は自分の記憶に、明らかな違和感を覚える。
『…あ…れ?私、前にもこんな光景を見た事が、あったような…?』
ぼんやりとした記憶であったが、確かもっとずっと小さかった頃に、どこかでこのような光景を見たような気がした。
そして朧げな記憶の中から、脳裏に優しげな声が蘇ってくる。
『…貴女がそう望むのなら、いつかどこかで逢えますよ…』
夕陽に長い髪を靡かせながら、穏やかにそう語ったあの人は、一体誰だったのか…?
顔は思い出せないが、優しく自分の頭を撫でてくれた、白い手の感触は覚えている。
そしてあの人の髪も、今の璉のように夕陽に透けて、美しく金色に輝いていた。
という事はあの人の髪の色も、璉と同じ亜麻色だったという事だろうか…。
結婚するまで一度も城から出た事がなかったのだから、自分とその人が出逢った場所は、間違いなく花胤の皇城内という事になる。
だが鴻夏の記憶する限り、亜麻色の髪の女官・侍女は存在せず、父皇帝の側室の中にも、亜麻色の髪の妃は一人も居なかった。
そうなると、たまたま皇城に来ていた来客者の一人だったのだろうか…?
詳細はまったく思い出せなかったが、何故か鴻夏はチクンと胸が痛むのを感じた。
どうして今の今まで忘れていたのか、そして何故今になって思い出したのか…。
そこに何か意味があるような気がして、鴻夏は思い出そうと必死に記憶を辿ったが、それ以上は何も思い出せなかった。
「鴻夏様…?疲れたのかい?」
ふいに隣から、暁鴉の声が聞こえた。
その声にハッと我に返ると、暁鴉が少し心配そうに鴻夏の様子を伺っている。
それに気付いた鴻夏は、慌てて暁鴉に向かってにこやかに返答した。
「…あ、ごめんなさい、暁鴉。ちょっと思い出したい事があって、つい考え事に夢中になってしまったわ」
「本当に…?具合が悪いとかじゃなくて?」
「ええ、本当に元気よ。ごめんなさい、心配させちゃって…」
重ねてそう言うと、やっと暁鴉も安心する。
そして暁鴉は、鴻夏がそこまで気を取られていた内容について、率直にこう尋ねた。
「…何を思い出そうとしてたんだい?」
「うーんとね…。さっき夕陽に照らされている璉の姿を見てたら、小さい頃にこれと同じような光景を見た気がしたの。うまく思い出せないのだけれど、長い亜麻色の髪の人だったような気がするわ。あれは…誰だったのかしら…?」
再び考え込む鴻夏に、暁鴉が重ねて問う。
「亜麻色の髪…ねぇ?風嘉じゃ珍しくもない色だけど、花胤の後宮にも居るのかい?」
「ううん、そういった髪色の女官や侍女は居なかったはずなのよ。あとお父様の妃の中にも、そういった方は居なかったはずなの。だからお客様とかじゃないかと思うのだけれど…」
自分でそう語りながらも、実は鴻夏自身もその見解に納得出来ていなかった。
そして同じように、鴻夏の話を聞いた暁鴉も、首を捻りながら疑問を投げかける。
「…でも普通の客は、鴻夏様が居た花胤の後宮にまでは、入って来れないだろ?それに夕陽と共に見たって事は、歓迎の宴って訳でもなさそうだし…一体どこで会ったんだい?」
「そう、それなのよね。その場所がどうしても思い出せなくて…。あれは、どこだったのかしら…?」
そう鴻夏が呟いたところで、ふいに列の前方がワッと盛り上がる。
思わずそちらの方に目をやると、夕陽を背に十騎ほどの騎馬の集団が、凄い勢いでこちらに向かって近づいて来ていた。
それを見て、また賊の襲来なのかと鴻夏は身を固くしたが、そんな鴻夏を安心させるかのように暁鴉が力強く説明する。
「大丈夫、鴻夏様。あれは味方だよ。南方領の砦からの出迎えだ」
そう聞いてホッとした鴻夏は、すぐに緊張を解いたが、続けて思わずこう呟く。
「まぁ…!わざわざ外まで出迎えに…?」
「多分、待ちきれなかったんじゃないかな?ここでの主の人気は、絶対だからね」
そう暁鴉が言い終わるが早いか、騎馬の集団が視察団の最前列と合流する。
そして彼等は荒っぽく馬を止めると、一斉に馬から飛び降り、そのまま最前列で待ち構えていた璉の足元へと跪いた。
それを受けて穏やかに微笑みながら、璉が南方軍の兵士達に労いの言葉をかける。
「久しぶりですね、夜刃将軍。わざわざの出迎えご苦労様です」
そう璉が声をかけたのは、頰に大きな傷のある、筋骨たくましい強面の男だった。
浅黒く焼けた肌に無数に走る古い傷痕が、何も言わずとも男の武勇伝を物語っている。
ところがそんな誰もが一目で強者とわかるほどの男が、その大きな身体に似合わずひどく恐縮した様子で、璉に向かってこう答えた。
「いえ、本来ならばもっと早くに出迎えに行くべき所…、遅くなり申し訳ありません」
「いいんですよ。相変わらず月鷲との小競り合いは続いているみたいですし、その影響で盗賊も増えているみたいですね…?」
淡々と璉がそう答えると、夜刃と呼ばれたその男は、その大き過ぎる身体を目一杯縮こませながら、璉に向かって恐縮する。
「…さすが我等が『白龍』、すでにご存知でしたか…。この夜刃の目が行き届いておらず、お恥ずかしい限りです」
「夜刃のせいではありませんよ。月鷲の件は明らかに鴎悧帝の監督不行届ですし、盗賊の件にしても、その余波と言っても過言でないでしょう。砦に着いたら私の方からも、鴎悧帝には遺憾の意を伝えておきます」
そこで一旦言葉が区切った璉は、ふと思い出したかのようにこう呟く。
「ああ…そう言えば、先ほど襲ってきた盗賊の一団を捕らえたんでした。ここは南方領の管轄下ですので、引き渡しても?」
何気ない言葉だったが、途端に目の前の男達の雰囲気がガラリと変わる。
「…盗賊ですと?『白龍』を襲った…?」
ゆらりと怒りの炎を滾らせながら、夜刃将軍以下、すべての南方軍の兵士達から抑えきれない怒りの気配が滲み出す。
それを感じて視察団の面々は完全に気圧され気味だったが、当の本人だけはまるで気にした風もなく、さらりとこう答えた。
「まぁ襲ってきたとはいえ、こちらが何の一団かもわかってなかったみたいですけどね。ああ、安心して下さいね?こちらも怪我人は出ましたが、全員無事です。彼等も私が出たら、すぐ大人しく投降して下さいましたよ」
ニッコリ笑って璉がそう答えると、更に男達の気配が物騒なものになる。
そしてそれは少し離れた場所に居た鴻夏にもわかるほどで、かなり殺気立っている南方軍の兵士達を見ながら、鴻夏は先ほど自分達を襲ってきた盗賊達に心底同情した。
この様子では引き渡された途端、有無を言わさず極刑が待っているのは間違いない。
『…うわぁ。これで私が璉の奥さんって言ったら、何か殺されそう…』
青くなりながらも、冗談交じりににそう思ったところで、くるりと璉がこちらを向いた。
そして鴻夏が嫌な予感に囚われた瞬間、いきなり璉がにこやかに鴻夏を呼ぶ。
「鴻夏、こちらへ」
あまりの事に凍りついた鴻夏に対し、一斉にザッと南方軍の兵士達がこちらを向く。
その気配を感じ、思わず鴻夏は頭を抱えて、この場から逃げ出したくなった。
『ちょっとぉぉ~っ、璉⁉︎今は絶対呼んだらダメな時でしょー⁉︎』
心の中でそう叫ぶが、璉の方は気付かないのか、そのまま鴻夏が来るのを待っている。
それを見て『終わった…』と一人思いながら、鴻夏は仕方なく暁鴉に手伝ってもらい、輿から地上へと降り立った。
途端にザワッと周囲がどよめき立つ。
癖もなく流れる艶やかな黒髪に真珠色の肌、夕陽を映して琥珀のように煌めく金の瞳。
細い身体の線を活かした風嘉風の衣装は、白を基調としながらも細かく金糸で刺繍が施された物で、上品でありながらも充分な華やかさを兼ね備えている。
そして赤く染まった夕陽に照らされ、白いベールを風に靡かせながら、草原に降り立った鴻夏は、母親譲りの端正な容貌もあいまって、人間とは思えないほど神秘的で美しかった。
思わず南方軍の兵士達も含め、その場に居た全員が鴻夏の美しさに見惚れたが、鴻夏自身はかなり動揺していたため、その事にはまったく気づいていない。
そして否応なく周囲の注目が集まる中、内心ひどく緊張しながらも、鴻夏は表面上は何事もないかのように装いながら、実に優雅な足取りで璉の元へと歩いて行く。
そして人々が自然と道を譲る中、鴻夏は誰にも邪魔される事なくその間を通り抜け、すぐに璉の前へと辿り着いた。
すると待ち構えていた璉が、スッと鴻夏の手を取り、南方軍の兵士達へと向き直る。
そして穏やかながらもはっきりとした声で、璉はその場に居る者達にこう告げた。
「さて皆にも紹介しよう。彼女が私の正妃の鴻夏だ。今回の視察を機に、君達にもきちんと紹介しておきたくて、同行してもらった。鴻夏、こちらは夜刃将軍と南方軍の兵士達。古くから私を支えてくれていた人達だよ」
そう言って璉は、にこやかに双方を引き合わせてくれたが、相手の方はそれをどう受け取ったのか、まるで鴻夏の事を品定めするかのように、鋭い視線を送ってくる。
そして不躾なほど、ジロジロと頭のてっぺんからつま先まで眺められた鴻夏は、そのまま相手にフンと鼻で笑われてしまった。
それを受けて、鴻夏は内心カチンとくる。
それでも彼等の事を、とても大事にしているらしい璉と他の皆の手前、鴻夏は冷静に何事もなかったかのように笑顔で応対した。
「南方軍の砦の皆様でいらっしゃいますね?花胤国より陛下に嫁がせていただきました、斎 鴻夏と申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
そう言いながら優雅に一礼してみせると、さすがに璉の手前、無視は出来ないと思ったのか、皆を代表して夜刃将軍がこう答える。
「…いかにも南方軍の夜刃と申します。陛下のご厚意により、未熟者ながら将軍職を務めさせていただいております。後ろは同じ砦を護る我が配下達です」
そこで一旦言葉を区切ると、夜刃は口元に小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、冷ややかに鴻夏に対しこう宣う。
「陛下が御成婚されたとの噂は、南方領でも聞き及んでおりましたが、なるほど…確かにお美しい。陛下の権勢を彩る宝石としては、一級品でございますな」
何の容赦もなく、『お前は見た目だけのお飾りの妃だ』と皆の前でこき下ろされ、さすがの鴻夏もサッと顔色を変える。
すると璉がスッと鴻夏を庇って前に出て、静かながらも厳しい口調でこう告げた。
「…言葉が過ぎますよ、夜刃。鴻夏は私が選んだ妃です。貴方は私が、見目の良さだけで彼女を選んだとでも思っているのですか?」
そう言って静かに見下ろす璉の冷たい視線に、夜刃将軍が青くなってガタガタと震え出す。
どう見ても常人より縦も横もかなり大きい夜刃将軍が、一見すると片手で捻り殺せそうなほど細身の璉に脅える姿は、違和感しかなかった。
だが璉の放つ気は圧倒的で、ただそこに居るだけで、その場の気温が一気に下がったかのような錯覚に陥いる。
完全に璉に主導権を握られた南方軍の兵士達は、全員雷に打たれたかのように、その場で冷や汗を掻きつつ平伏した。
そして震える声で、夜刃将軍がこう呟く。
「い…いえ、失礼しました、『白龍』。私が浅はかでございました…」
「詫びる相手を間違えてますよ、夜刃?私ではなく、鴻夏に対して謝ってください」
きっぱりとそう言われ、実に不満そうながらも、夜刃将軍が鴻夏に対し頭を下げる。
そしてさも仕方ないといった雰囲気で、彼は小さく詫びの言葉を口にした。
「…申し訳ありません、お妃様。言葉が過ぎました」
「…いえ…」
そう答えるのが、精一杯だった。
確かに夜刃将軍の言い様には腹が立ったが、ある意味それは真実でもあった。
今のところ、自分は風嘉の皇后として何の役にも立っておらず、彼等の尊敬に値するような事は何一つ出来ていない。
この南方領で妄信的とも言うべき人気を誇る璉が、明らかに世間知らずだと分かる姫を娶った事が、よほど気に入らないのだろう。
『やっぱり付いてくるべきではなかったわ。今の私では、彼等に認められるような事は、何一つ出来ない…』
そう思いながら、鴻夏は泣き出したい気持ちを抑えるのが精一杯だった。
何となく予想はしていたが、南方軍の兵士達の璉への心酔ぶりは想像以上で、そしてその璉の隣に立つ相手として、自分はあまりにも未熟過ぎた。
これではお飾りと罵しられても、仕方がない。
だがそれでもその場は、夜刃将軍が頭を下げた事により、一応の解決は為された。
そしてもうすぐ陽が落ちる事もあり、一行はそのまま本日の野営の準備に入る。
それを椅子に座って眺めながら、鴻夏は誰もが分かるほどひどく落ち込んでいた。
そしてそれを見兼ねた暁鴉が、そっと優しく鴻夏に慰めの言葉をかける。
「気にする事はないよ、鴻夏様。連中は基本誰が嫁に来ようが、気に入らないんだから」
「…でも今の私が、璉の妃としてあまりにも不釣り合いなのは事実だわ。璉はこの風嘉にとってかけがえのない、唯一無二の存在なのに、その妃がこんな世間知らずの小娘じゃ、納得がいかなくて当たり前よね…」
自分で言っていて泣きそうになりながら、鴻夏が自嘲気味に吐き捨てると、意外にも暁鴉はそれを全面否定する。
「それは違うよ、鴻夏様。あんたはあんたにしか出来ない事を、ちゃんとやってる。そしてそれは、他の誰にも出来ない事さ」
「…私にしか…出来ない事…?」
まったく心当たりのない鴻夏が首を傾げると、暁鴉はきっぱりとこう告げる。
「…いつも通りにしてりゃいいんだよ。連中は会ったばかりで、しかも最初からあんたの事を色眼鏡で見てる。でもきっとここから皇都に戻る頃には、奴等にも鴻夏様の本当の魅力が伝わって、その考え方も変わってるさ」
妙に確信めいた口調でそう言われ、鴻夏は信じられないとばかりに暁鴉を見返す。
しかしそれっきり、暁鴉は特に何も教えてはくれなかった。
そうこうしているうちに、あっという間に今夜の野営の準備が終わり、鴻夏は今回の旅に同行してくれた数少ない侍女等に呼ばれて、静かにその場を後にする。
おそらく明日には、本来の目的地である南方領の砦に辿り着くだろう。
そしてそこには夜刃将軍らのように、『風嘉の白龍』に心酔している、大勢の南方軍の兵士達が待ち構えているに違いない。
はたして自分は、たった数日の滞在で彼等に璉の正妃として認めてもらえるのだろうか?
不安はつきないけれど、それでも鴻夏は強く拳を握り締め、決意も新たに前を向いた。
『出来なくてもやる!そのくらいの気持ちで挑まないと、私は璉の隣に立ち続けていられなくなる。それだけは嫌だ!私は他の誰にも、この場所を譲るわけにはいかないわ!』
誰に聞かせるわけでもない、当の璉にすらも言えない鴻夏の強く激しい想い。
確かに璉との出逢いは、単なる運命の悪戯だったのかもしれない。
けれど璉という人間に惹かれ、彼と彼の仲間と共にこの国を支えて行こうと決めたのは、間違いなく鴻夏自身の意志だった。
今はまだ大した事は出来ないけれど、それでもいつか璉の助けとなる人物になりたい。
今は皆に護られてばかりだけれど、いつか自分も大好きな皆を護れるようになりたい。
だからこそ鴻夏は、今こんな事ぐらいで躓いている暇はないのである。
そして鴻夏は、明夜に砦で開かれるであろう宴に向けて、頭の中で作戦を立て始める。
とにかく今が最悪な状態なら、逆にこれ以上は悪くなりようもないのだから、あとはひたすら上げるのみである。
『見てなさい、絶対彼等にも認めさせてやるんだから!』
すっかり元の元気を取り戻した鴻夏は、意気揚々と自らの天幕の中へと消えて行く。
その後を追いつつ、暁鴉は一人苦笑しながら同じく天幕の中へと消えていった。
その夜、鴻夏が璉と二人きりになれたのは、日付が変わろうとしている深夜だった。
おそらく明日も砦に着いたら歓迎の宴があるだろうに、南方軍の兵士達は久し振りの璉との再会が嬉しいらしく、『白龍』『白龍』と璉と呼んでは、璉の側を付いて回っていた。
お陰で鴻夏と視察団の者達は、なかなか璉に近づけず、やっと声を掛けれてもあっという間に南方軍の兵士達に邪魔されてしまう。
まるで璉は自分達の物だと主張するかのように、彼等は常に璉を取り囲み、他の者達を一切寄せ付けようとはしなかった。
もちろんそれは鴻夏に対してもそうで、夕食の時も鴻夏は璉と話せず、屈強な男達の壁に阻まれ姿を見る事すら叶わなかった。
正直ここまで徹底的に璉に近づけないとなると、最初はなるべく大目に見ようと思っていた鴻夏も、だんだん不安になってくる。
急に璉の存在が遠くなってしまったようで、鴻夏は母親を見失った子供のように、寂しくて不安で仕方がなかった。
『思えば私、随分と璉に甘えていたのね…。当たり前のように、いつも璉が側に居てくれていたから、いつの間にかそれが当然だと思ってしまってたわ…』
自嘲気味にそう思いながら、鴻夏は今更ながらに気付いてしまう。
思えば花胤に居た頃は、父皇帝には何ヶ月も会えないのが普通だった。
だが璉はいつも忙しい合間を縫って、必ず鴻夏との時間を作ってくれていた。
あの不思議な後宮での暮らしも、最初こそ驚いたものの、慣れてしまえばとても賑やかで楽しくて、寂しいなんて思う暇もないまま、毎日があっという間に過ぎていった。
だから今こうして離れてみると、自分がいかに皆に甘やかされていたのかがよくわかる。
シン…と静まり返った天幕の中で、ただ一人取り残された鴻夏は、一人で寝るには広すぎる寝台の上で深い溜め息をつく。
先程なかなか終わりそうもない璉と南方軍の兵士達との会話を横目に、鴻夏は一足先に寝所へと戻って来ていた。
ここは皇帝の天幕だから、いずれ璉はここに戻って来るのだろうが、あの様子ではそれが一体いつになるのかはわからない。
「…璉に会いたいな…」
思わずポツリとそう呟く。
口にしてしまった事で余計に寂しさ募ったが、鴻夏はそれを振り払うように首を横に振ると、そっと寝台に横になろうとした。
すると突然、そんな鴻夏の身体を誰かが背後からふわりと抱き締める。
あまりの事に驚いて振り返ろうとした鴻夏の耳に、聞き覚えのある優しい声が響いた。
「…私も会いたかったですよ、鴻夏」
「れ、璉っ⁉︎え、いつの間に…?」
振り仰いだ先に見えたのは、間違いなく自分の夫である璉の顔だった。
先程まで南方軍の兵士達に囲まれ、かなりの量を飲まされていたはずなのに、顔色は変わらず口調もしっかりとしている。
しかもいつ天幕に入ってきたのか、鴻夏はその気配にまったく気付けなかった。
そしてその段階になってようやく、鴻夏は先程の何気ない呟きを、璉本人に聞かれてしまっていた事にひどく焦る。
慌てて誤魔化そうとしたが、そう易々と上手い言い訳など出ては来なかった。
「あ、あの…その…、まだ南方軍の皆さんと話してたんじゃ…?」
「ああ、どうせ切りがないので、強引に終わらせてきました。一年振りなので、しつこく纏わり付かれても仕方ないかなと大目に見てたんですけど、そのせいで鴻夏に寂しい思いをさせてしまいましたね…。すみません」
にこりといつも通りの優しい笑顔を見せながら、璉が軽く鴻夏の頰に口付ける。
それだけで嘘のように安心してしまう自分が居て、鴻夏は自分で自分の感情に驚いた。
そしてすっかり璉に甘えたくなってしまった鴻夏は、璉の腕の中で自ら身体の向きを変えると、珍しく自分から璉へと抱きつく。
自らの胸に猫のように擦り寄ってくる鴻夏を、璉は優しく抱き締め直し、その頭をそっと撫でてくれた。
それがとても気持ち良くて、鴻夏は目を閉じて、しばらくうっとりとその感覚に浸る。
そして規則正しい璉の鼓動を聴きながら、優しく抱き締められているだけで、鴻夏の機嫌はあっさりと直ってしまった。
すると鴻夏が落ち着いたのを確認したのか、今度は璉からこんな言葉が漏れる。
「…今日は本当にすみませんでした」
「璉…?」
「鴻夏には、たくさん嫌な思いをさせてしまいましたね…。彼等も普段はとても気の良い人達なのですが、どうも私に対して思い入れがあり過ぎるようで、基本私に関わる人達に攻撃的なんですよ」
困ったように苦笑して詫びる璉に、鴻夏は思わずくすりと笑う。
正直あれはもう執着と言うべきもので、まるで自分の母親を他の子供に取られまいと必死になる小さな子供と一緒だった。
かく言う自分も、先程までは似たような気持ちだったので、あまり人の事も言えないのだが、それでも鴻夏はつい思った事をそのまま口にしてしまう。
「…覚悟はしてたけど、予想以上に南方軍の人達は、璉の事が大好きなんだぁって思ったわ。さっき璉にまったく近づかせて貰えなかった時、あの人達は私と違って、滅多に璉に会えないんだから、仕方がないとは思ってたんだけど…」
「…そうですね。彼等とは長く苦楽を共にしてきたので、私も他の領の兵士達とは思い入れが違います。けれど彼等はあくまでも部下で、それ以上でもそれ以下でもありません。だから鴻夏が私の側に居たいのなら、彼等に遠慮する事なく私の側に居ていいんですよ?貴女は私の大切な…愛しい妃なのですから」
その言葉を聞いた瞬間、鴻夏は一瞬で世界が止まったのかと思った。
ずっと璉に大事にされている自覚はあったが、実際に璉が自分の事をどう思っているのかは、まったく分からなかった。
むしろ璉は優しいから、世間知らずの自分の事を見かねて、保護者のように保護してくれているだけかもしれないとも思っていた。
だから初めて『大切で愛しい妃』と言われた嬉しさで、思わずポロリと涙が零れる。
そして鴻夏は、まだその言葉が信じられないといった風に無意識にこう呟いた。
「わ…私が、璉の…?ほ、本当に?」
「…言った事、なかったですか…?」
突然泣き出した鴻夏を見て、さすがの璉も焦ったのか、珍しく感情も露わにそう尋ねる。
『言われた事ない』と素直に鴻夏が伝えると、少々バツが悪そうに璉がこう答えた。
「そうですか…。もうとっくに伝えてしまってるものだと思っていました…すみません。でもそれじゃ鴻夏は、何で私が貴女と結婚したと思ってたんですか…?」
そう問われ、鴻夏は少し考え素直に答える。
「…璉は優しいから、世間知らずの私を見かねて、保護…的な…?」
それを聞いた途端、今度は璉が額に手をやり、溜め息交じりに天を仰ぐ。
「…あのですね…。いくら私でも、慈善事業で結婚まではしませんよ?まぁ付き合うくらいなら一定期間の事なんで、仕事とあらば我慢もしますけど…結婚となれば話は別です」
「え…?」
「大体、鴻夏は私を美化し過ぎなんですよ。私はそこまで出来た人間ではありませんから…」
そう言って珍しく感情のままに、璉が鴻夏に本音をぶちまける。
それを聞いて鴻夏はますます、なぜ璉が自分と結婚したのかわからなくなってしまった。
そして不思議そうにポカンとしている鴻夏に向かって、璉が困ったようにこう告げる。
「だからですね…。私が鴻夏と結婚したのは、私がしたかったからなんです。これでも結構悩んだんですよ?年齢差もありますし、私は期間限定の皇帝ですからね」
「え、え?で、でもじゃあ何で『契約結婚』だなんて、言い方を…?」
確か結婚を決めた際に、璉には『契約結婚』として持ちかけられた覚えがあった。
それを聞いて、璉が素直にこう答える。
「それは…まぁ、確かにそういう一面もあったというのは事実です。ただ私の方としては、別に無理に結婚しなくても、問題はなかったんですよ」
「え、じゃあ何で、わざわざ私と結婚…?」
もっともな疑問を口にした鴻夏に、ますます璉が言いづらそうにこう答える。
「それは…私がこの縁談を断ったら、貴女は別の誰かに嫁がなければならなくなるじゃないですか。それはちょっと…何というか私の方が嫌で我慢出来なかったんですよね…」
ボソッと照れ臭そうに璉にそう言われ、鴻夏の顔が茹でダコのように真っ赤になる。
けれどすぐに思い直した鴻夏は、率直に璉に向かって文句を口にした。
「そ…それならそうと最初から、『結婚してください』って言えばいいじゃない!なんで『契約結婚』だなんて言い方を…⁉︎」
「それは…そう言っておいた方が、鴻夏の方が決断しやすいと思ったんですよ。考えてもみてください。突然出会ったよく知らない男と結婚して、知らない国で暮らす事になるんですよ?普通は迷うし、嫌でしょう」
さらりとそう言われ、確かに最初は璉のもっともらしい条件に騙されて結婚したようなものだから、グッと鴻夏は言い澱む。
でも逆にそう言われた事で、鴻夏はふいに気付いてしまった。
何故 璉がそこまでして、自分と結婚してくれたのか、そして何故話した覚えもないのに、璉は自分の秘密を知っていたのか…?
考えられる可能性は一つ。
自分は昔、花胤の皇城内で璉と会っている⁉︎
「璉…。私と貴方、ずっと昔に会ってる…?」
ポツリと迷いながらもそう呟くと、璉は穏やかにこう答える。
「そうですね…確かに会ってますよ。貴女がずっと小さい頃にね」
「え!いつ、どこで⁉︎」
そう言って喰いさがると、くすりと璉が余裕の笑みでこう答える。
「…内緒です。まぁ多分わからなくても当然だと思いますよ。当時の貴女はかなり小さかったですし、私も少々変装してましたしね」
「え、ズルい!なんで教えてくれないの⁉︎あ、あと実は出逢っていたのは凛鵜の方で、璉が私だと勘違いしてるって事はないのよね⁉︎」
ふと璉が出逢ったのが、自分ではなく双子の弟の凛鵜の可能性もある事に気付いた鴻夏が、慌ててその事を確認すると、くすくすと笑いながら璉ははっきりとそれを否定する。
「…凛鵜皇子ではありませんよ。間違いなく貴女です。確かに見た目はそっくりかもしれませんが、鴻夏と凛鵜皇子では纏っている気が違いますから」
「…纏っている…気?」
キョトンとしてそう尋ねると、璉がニッコリ笑ってこう答える。
「そう、気です。貴女が『花胤の陽の姫』と呼ばれ、凛鵜皇子が『花胤の陰の皇子』と呼ばれる所以です」
そう言うと、璉はこれでこの話はおしまいとばかりに、強引に話を打ち切った。
そして鴻夏が再度反論する前に、その身体を抱き締めたまま、ころりと寝台に横になる。
途端に慌ててもがき出した鴻夏を抑え込み、軽々とその口唇を塞ぐと、あっさりと鴻夏の抵抗はなくなった。
それを確認しそっと口唇を離すと、璉は急に大人しくなった鴻夏の頭を優しく撫で、もう一度優しく腕の中に抱き締め直す。
「…もう寝ましょう。明日もまだ砦までの旅が続きます。多分、明日の夕方までには着くと思いますが、少しでも身体を休めておいてください」
「…はい…」
何とかそう答えたものの、しっかりと璉に抱き締められている事で、鴻夏はドキドキしてとても眠れる状態ではなくなっていた。
だがすぐに疲れていたのか、璉が先に寝息を立て始めると、それを確認した鴻夏にも安心したからか急に眠気が襲ってくる。
そして暖かい璉の腕の中で微睡ながら、鴻夏は無意識にこう呟いていた。
「…璉…大好き…」
そう言い終わるが早いか、鴻夏はスヤスヤと穏やかな寝息を立て始める。
するとそれを確認し、実はただ寝たふりをしていただけの璉が、ポツリとこう呟いた。
「…まったくあんな可愛い事言われて、眠れないのはこっちの方ですよ。わかってるんですかねぇ…」
優しく鴻夏の頭を撫でながら、璉は仕方なさそうに溜め息をつく。
年齢よりあどけない鴻夏の寝顔を眺めていると、脳裏にふと出逢った頃の小さかった鴻夏の姿が鮮やかに蘇ってきた。
「確かまだ十歳ぐらいでしたかね…?あの頃から鴻夏はとても可愛いらしい容姿をしていましたけど、年齢を重ねてさらに見違えるほど綺麗になりましたよね…」
そう言いつつ、璉はくすりと笑う。
あの当時、秘密裏に花胤の内情を探るため、大胆にも璉は花胤帝の側室の一人に成り代わり後宮へと潜り込んでいた。
そしてその調査の最中に、偶然まだ幼い鴻夏と出逢ってしまったのだ。
たまたま通りがかった後宮の中庭で、璉は花胤帝の子供達が争っている事に気がついた。
よく見ると、大勢でたった一人の子供を取り囲み、数に物を言わせて虐めている。
よくある身分差による虐めかと、自らも体験してきた事だけに、璉はさして感慨もなくその場を去ろうとした。
ところがその時に、意味なく他の異母兄姉達に虐められていた子供…鴻夏は、幼いながらも毅然とした態度でこう言い放ったのだ。
『弱い人の気持ちが分からない者に、上に立つ資格などない』と。
そのキラキラした力強い金の瞳に惹かれ、璉は思わず陰ながら鴻夏を助けてしまった。
多分後にも先にも仕事の最中に、正体がバレてしまう危険を冒してまで、他の事に手を出したのは初めてであった。
そして璉は花胤帝の側室のフリをしたまま、怪我をした鴻夏の手当てをし、すぐに足が付かないよう花胤の後宮を後にしたのだ。
だから鴻夏がその事を覚えていなくても、実はそれは当たり前の事なのである。
『まぁ覚えていられても困るんですけどね。仕事とは言え、女装までしてましたし…』
そう当時二十代前半で若かった璉は、その身体の線が細かった事もあり、化粧をして女装をしていれば、意外と何の違和感もなく後宮に馴染めてしまっていた。
本来ならこういった仕事は女性の『影』の分野なのだが、当時は花胤の後宮に馴染めるほど教養のある者が居らず、仕方なく璉が女装して潜入する羽目になったのである。
だが一番困ったのが、その女装姿が意外と好評で、その後も何件かそういった案件に駆り出されてしまった事であった。
『あれは…出来れば忘れたい黒歴史ですよねぇ…。お偉い方々の夜のお相手もそうですが、仕事じゃなければやりませんよ…』
正直今までの人生で、何の後ろ暗いところもない鴻夏と違い、璉の人生はその大半が後ろ暗いところだらけである。
もちろんそれは生きてきた環境に依るところが大きいが、仕事と言われれば特に気にもせず、何でもやってきた璉自身にもかなりの問題があった。
だからこそ逆に、一点の曇りもないほど綺麗な鴻夏にかえって惹かれてしまうのである。
一つ溜め息をついて、璉は自分の腕の中で安らかに眠る鴻夏の頭を優しく撫でる。
明日には、いよいよ南方領の本拠地に入る。
自分が十年以上の時を過ごした懐かしい砦だが、今までは特に何の感慨も湧かなかった。
だが今回は鴻夏が一緒に居るというだけで、まったく違うものに感じている。
漠然と何かが変わる予感を感じながら、璉も少しでも休もうと目を閉じた。
『風嘉の白龍』の本拠地まで、あと少し。
歴史に残る事件まで、あと数日であった。
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