流星痕

サヤ

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結の星痕

祝杯

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火の帝国ポエニーキスで新年を迎え、街の賑わいが落ち着いてきた頃のカプリコーン上旬。
 アウラ達は、土の天地エルタニンへと戻る準備を進めていた。
 蒼竜との戦いの傷もすっかりと癒え、天候の落ち着いてきた今日は、出立するには最高の状態だ。
「よし。それじゃあ、行こうか」
 帝都の大門で出国手続きを済ませ、砂漠の感触を再び味わおうと一歩前に出した瞬間、
「待て」
 この場に似つかわしくない、低い声に呼び止められた。
 嫌な顔のまま振り返ると、そこには数人の兵士を引き連れたフラーム皇帝が立っている。
「俺に挨拶も無く出国とは、つれないじゃないかアウラ王女?同じ卓の食を囲み、あまつさえ求婚までした仲だと言うのに」
「きゅ、求婚!?」
 嫌みっぽく、鼻で笑うフラーム。
 求婚という言葉に反応し狼狽えるシェアトとは異なり、当のアウラ本人は、その言葉に全く動じず答える。
「皇帝自ら見送りとは、そこまで歓迎されてるとは思ってなかったよ。まだ私達に何か?」
「なに、餞別として、俺から最後の手土産を渡してやろうと思ってな」
 フラームが片手を挙げて合図すると、後ろに控えていた兵士達が複数のラクダを引き連れてきた。
「行きでは何かと苦労しただろう?宮殿で育てたラクダだ。全員が乗れば二晩で砂漠を越えられる」
 皇帝が用意したラクダは、どれも瞳に溌剌とした光を宿しており、足周りの筋肉も発達していてとても丈夫そうだ。
 アウラには、彼のその手厚いもてなしが逆に気持ち悪かった。
「気持ちはありがたいが、何故そこまで私達を気にかける?」
「貴殿は久し振りに現れた、俺がもてなすのに相応しい客人だった。これくらいは当然の事だ。なんなら、このまま彼の地までエスコートしたいくらいにな」
「そんなの、ただの嫌がらせじゃんか」
「ですが、この乗り物はとてもありがたいですよ。受け取っておきましょう」
 フラームの提案にルクバットが噛みつき、ベイドがそう提案する。
 アウラは代表してフラームに返答した。
「だそうだ。このラクダだけ、ありがたく頂戴するよ」
 そして、それぞれがラクダの背中に乗っていく。
 シェアトだけは行きで具合を悪くした事もあり、万が一を考えてフォーマルハウトと同乗し、今度こそ準備が整った。
「それではな、アウラ王女。もう二度と、貴殿と会う事は無いかもしれんが、達者でな」
「私も、あんたの顔を見なくて済むと思うと清々するよ。天帝様からの判決を、首を洗って待ってろよ」
 大した挨拶も無く、アウラは手綱を引いてラクダを砂漠へと向け出発する。
 他の四頭もアウラに続き、フラームは、彼らの影が地平線に消えるまで見送っていた。


   †


「皆、準備は出来た?それじゃ改めて、ルク君の誕生日と、アウラの成人を祝って、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
 土の天地エルタニンに戻ってきてしばらく、五大国巡礼の結果を協会に伝え、天帝への謁見許可が降りるのを待っている間、シェアトがルクバットとアウラの祝賀会を催してくれた。
 ラビ砂漠を渡っている間に、アウラが成人を迎えた事を知り、またルクバットから相談されての催しだ。
 本来、成人の祝いといえば、住んでいる土地の長から讃辞の言葉を戴き、貴族であれば聖霊からの祝福を受け、夜は親族で盛大に祝うのがどこの国でも同じ習わしだ。
 今回は何もかもが異例だが、それでも二人はとても喜んでくれていた。
「俺、こんなに沢山の人に祝われたの初めてだよ」
「そうだね。普段は私と二人か、たまにベナトが祝ってくれるだけだったから、こんなに賑わしいのは本当に久し振りだ」
 そうグラスを傾けているアウラは、いつもと同じテンションに見えるが、やはりどこか楽しげだ。
「それにしても、何だか変な感じ。年齢で言えば私の方が上なのに、アウラは成人してて、私はまだなんだもん」
「でも、シェアトの誕生日もあと二月もすればくるし、水の王国サーペンは二十歳だから、数ヶ月の差だよ。その時は、フォーさんの誕生日と一緒に、また皆で祝おう」
 アウラがそう話を振ると、フォーマルハウトは気恥ずかしそうに「ありがとうございます」とはにかんだ。
 すると、ルクバットだけが少し慌てた様子を見せる。
「え?シェアト姉も大人になるってことは、成人してないの俺だけってこと?」
「ピスケスの月になったらそうなるね。グラフィアスなんか十五で成人だし」
「えー!なにそれずるい!俺も早く成人したい」
「どうした急に。成人したからといって、何かが変わるわけでもないぞ?」
「あるよ!だってアウラは大人で、俺は子供なんでしょ?そんなの対等じゃないじゃん。それに……」
「それに?」
 黙るルクバットに先を促すと、一旦俯けた顔をばっと上げて勢い良く叫ぶ。
「俺だけ、お酒飲めないじゃん!」
「……」
 一瞬、時の流れが止まり、
「……ふ」
 誰からというわけでもなく、一斉に笑い声が飛び交う。
「真剣な顔して何を言うかと思ったら」
「笑い事じゃないよ。俺は大真面目に言ってるの!」
「そんなに飲みたきゃ、飲めばいいだろ?」
「グラフィアス、それは違法」
 グラフィアスが手に持っていた酒瓶を渡そうとすると、シェアトが咎める。
「まあまあ、遅かれ早かれ、皆成人するんですから、その時に好きなだけ飲めば良いんですよ」
 そう言うベイドが手にしているのは酒ではなくバナナジュースだ。
「そういえば、ベイドさんが飲酒されてあるところ、見たこと無いです」
「嗜む程度には飲めますよ?ただ、脳の老化を早めるので、好きではありませんね。それよりも、必要な栄養を摂取する方が大切です」
 なんとも研究者らしい答えだ。
「フォーさんは?」
「僕はけっこう強いみたいで、よく知り合いに付き合わされていました」
 苦笑気味に言うフォーマルハウトは、確かに強めの酒を顔色一つ変えずに飲んでいる。
 すると、少し考え事をしていたアウラが口を開く。
「あー、でも、ルクバットはあまり飲まない方が良いかもしれない」
「え、何でさ?」
「エルはお酒弱かったし、シグマは飲むと人が変わって、手がつけられなかったみたいだから」
「そうなの?うーん、父さんのそんなところ、想像つかないや」
「お酒って、けっこう遺伝するみたいだからね。ルク君は私とベイドさんと一緒に、大人しくジュース飲んでよっか」
 そう慰めるようにジュースを手渡すと、ルクバットは渋々それを受け取る。
「ルクバットも納得したみたいだし、もう一度乾杯しとく?」
 いたずらっぽく笑うアウラが軽くグラスを持ち上げると再び乾杯の音頭が上がり、夜遅くまで祝賀会は盛り上がった。


「……ん。あれ?」
 とうに日付が変わった夜更け深く、厠から自分の部屋へと戻ろうと広間の前を通ると、扉の隙間から冷たい風が吹き込んできた。
 窓、閉め忘れたのかな?
 その広間は先ほどまで祝賀会を開いていた場所で、最後に戸締まりの確認をしたはずと小首を傾げながら、あまり音を立てないようにそっと扉を引き開けた。
「……あ」
 扉正面にある出窓に、片足を投げ出して座り、グラスを片手に月を見上げているアウラがいた。
 どうやらその出窓が開いていた事で、夜風が中に入ってきていたようだ。
 気配に気付いたアウラがこちらを振り返り、にこりと微笑む。
「やあ、まだ起きてたんだ。シェアトも飲む?」
「それはこっちの台詞。それと、さっきもいったけど、未成年の飲酒は犯罪です。……眠れないの?」
 彼女のすぐ近くまで行くと、アウラはゆっくりと空を眺めた。
「そんなとこ。……ほら、今日の月、空気が澄んでるからすごく綺麗だよ。風も穏やかで、とても気持ち良いんだ。なんか寝るのがもったいなくてさ」
 アウラに習って、シェアトも空を見上げる。
 そこには、宵闇の世界を煌々と照らす、鮮やかな満月がやさしい光をたたえていた。
「こうやってさ、のんびりと月を眺めていられるのも、あと少しかなって思うと、離れられないんだ」
 月を見上げたままアウラは言う。
 最初はどういう意味かと思ったが、ややあって理解する。
「……そっか。風の王国グルミウムが元に戻ったら、アウラは一国の主になるんだもんね」
「……うん。そうなったら絶対、こんな事してられないだろ?」
「そうかもね。私も、同盟国の代表として、頑張って働かないとな」
「寂しい言い方だな。代表としてだけなの?」
 にやりと、いたずらっぽく笑うアウラ。
 シェアトも思わず笑って返す。
「まさか。代表よりも、アウラの親友として、役に立ちたいよ」
「ふふ、ありがとう」
 そこに、一段と冷たい風が吹き込みますシェアトは思わず身震いする。
「大丈夫?」
 心配したアウラがシェアトに触れ、
「冷たっ!……え?」
 触れられた衣服越しでも分かる程にアウラの手は冷たく、思わず確かめてみると、彼女の身体は氷のように冷え切っていた。
「こんなに冷え切って……。ダメだよこんなに冷やしちゃ。風邪ひくよ?」
「……そんなに冷えてた?あまり気付かなかったな」
 心配するシェアトに対して、アウラはあっけらかんと答える。
「もう……。夜風の当たり過ぎは身体に毒だよ?」
「分かった分かった。もう寝るよ」
 小言から逃げるように、アウラら身軽に出窓から降りる。
「それじゃお休み。良い夢を」
「うん、お休み。アウラもね」
 互いに挨拶を済ませ、アウラは部屋から出て行く。
 それを見届けたシェアトは、もう一度空を見上げた。
 アウラ。なんだか寂しそうな顔をしてた。でも、何で?アウラが王女様に戻っても、今みたいに頻繁に会えなくなっても、私達は親友。……そう、だよね?
 いくら疑問を浮かべても、天上の月はただ静やかな輝きを放つのみで、何も答えてはくれない。
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