流星痕

サヤ

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結の星痕

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 しばらくの間、食事をしながら二人だけでの会話が続いた。
 いや、会話と呼ぶにはかなり寒々しい。
 アウラが投げかける問いにフラームが淡々と答えるだけの、簡素な質疑応答。
 質問をし、答えを得る度に、この男の本質が分かるようで分からなくなっていく。
 単純に言ってしまえば、本能のままに生き、行動しているわけだが、どういう感情と思考回路を持っていたらそのような事まで出来るのかと、アウラには理解不能だ。
 風の王国グルミウムの件を、と言い切る彼には、怒りを通り越して呆れすらも出ず、食事もただ不味くなる一方で随分前から手が止まっている。
「お前のような男が皇帝だなんて、この国に同情するよ」
「それは褒め言葉か?生憎続く俺が国を治めるようになってから十余年経つが、これといった問題は起きてはいない」
「皆恐れているんだろ。逆らえば、いつ邪竜にされるか分からないからな。あの事件は、他への見せしめもあった筈だ」
「それは否定しない。もっとも、民間人を相手にする程、俺も暇では無いが、恐怖で縛るというのも、統治の手段の一つだ。先代もやっていたことだ」
 嫌みのつもりで言っても、フラームには何の効果も無い。
「……父様は、そんな事はしなかった」
 ぽつりと漏れた言葉。
 彼と父との比較など、する必要が無い程にかけ離れているが、思わず零れてしまった。
 しかしそれを聞いたフラームは、鼻で笑い返す。
「それは貴殿が、ヴァーユという男のほんの一部しか知らないからそう言えるのだ」
「……なに?」
「貴殿は、歴史には疎いのか?」
 フラームは肉の塊にフォークを突き刺しながら尋ねる。
「歴史はシルフから習ったけど、大まかな事しか知らない」
「なら、貴殿が生まれる少し前まで、世界各国が緊張状態にあり、紛争が勃発していた事は?」
「知ってる。火の帝国ポエニーキス王位継承権を巡った兄弟同士の争いが元で、その影響が世界中で起きていたんだろ?」
「ああそうだ。我が国ポエニーキスの王位は、代々兄弟の中で最も力ある者が継いできた。先代は、元より続いていた世界の紛争に乗じて各々の力を示すように命じた。それが原因で紛争が過激化したのは認めよう」
「迷惑な話だ。……それと父様と、何の関係が?」
「要するに、その紛争の中で、ヴァーユという存在はかなり目立つ物だったんだよ。その名に相応しい、暴風その物。奴とその翼が戦場に立てば、戦況を瞬く間に覆し荒野と変える。奴らによって我が国の兵士が何万と命を落としたことか」
 フラームは楽しそうに話し、酒を一口飲んで続ける。
「そのうち兄弟達は、ヴァーユを打ち負かす事で己の力を示そうと考えるようになった。操獣の技は、その時の一部だな。俺は兄が残した遺品を掘り起こしただけにすぎない」
「父様は進撃などしていない。国を守る為、降りかかる火の粉を振り落としていただけだ」
「内から見ればそうかもしれんが、外から見れば奴は悪魔だったよ。まあ、戦をしていたんだ。どんな聖人君子だろうと、龍を解き放つのは極当然の事。……家が戦を無くしたがっていたのは、奴の行動を見れば分かるさ」
「……」
 アウラが黙っていると、フラームは鼻で笑う。
「祖国の血を半分は引いているとはいえ、王族が他国の、しかも一般人との異例な婚姻。そして、暴風の名を持つ男が、自分の娘に微風などと名付けたとあれば、よほど間抜けていなければ気がつく」
 そう。アウラの名前には、戦争の無い世の中を自由に伸び伸びと生きて欲しい、という願いも込められている。
 しかしアウラは、その望みに答えられているだろうか?
 フラームは、そんなアウラの様子を気にとめる事なく、食事を終えて口元を乱雑に拭う。
「人生、何が起こるか分からんな。近鉄…良い方にも、悪い方にも。そろそろ薬の効果が切れる頃だ。もう質問は無いのか?滅多にない機会だぞ」
 アウラは少し考えを巡らせる。
 聞きたい事はまだまだあるが、おそらくこれが、最後の質問になる。
 だから、残された疑問の中で一番気になっていた事を投げかけた。
「あの日、父様との戦いを三日後と指定したのは何故だ?レグルスの戦いが終わってからと言えば良かった筈。それと、私達が父様の元へ向かう時、あんたはあの言葉をもう一度口にした。その真意は?」
「日にちを指定した理由、か。それを尋ねるということは、分かっているのだろう?」
 悪戯っぽく笑うフラームを見て確信する。
「やはり、私の……」
「ああ。誕生祝いだ。貴殿の洗礼の儀には参加していたからな。ちゃんと覚えているぞ。成人祝いの代わりだよ。おめでとう」
「何がおめでとうだ。あんたに祝われても、何も嬉しくない」
「そうか。それは残念だ。まあ良い。もう一つは、あの言葉の真意か。それこそ気付いていると思ったが?」
「生憎私は、人の心は読めない。もったいぶってないで、さっさと教えてくれ」
 憮然として言うアウラをからかうように、フラームは含み笑いを浮かべる。
「自分の事なのに気付いていないのか?それとも、気付いていないふりをしているのか。俺には貴殿が死に場所を求めているように見えた。だからあの戦いで、家族共々逝くものだと思っていたんだよ」
「……どうして私が、死に場所なんかを?」
「仮にも俺は、朱雀をこの身に宿す者。生き物の魂の形には敏感なんだ。貴殿の魂は随分と焦げ付いている。蒼龍に喰われかけているのだろう?真名は、聞き出せたのか?」
 アウラは何も答えない。
「俺は貴殿が、第二のヴァーユとならぬよう、最高の舞台を用意してやったんだ。それなのに貴殿は戻ってきた。それこそどういうつもりなのか、聞きたいのは俺の方だ」
「死ぬ筈が無いだろう。私の願いは、まだ叶っていない。土の天地エルタニンに戻って、天帝様にお会いしないといけないんだから。それに、お前の用意した舞台で散ってたまるか。私は、故郷に帰るんだ」
 強気で答えると、フラームは「そうだったな」と笑う。

「しかし、その強気がいつまで保つかな。貴殿の魂が燃え尽きるのも時間の問題だろう。生まれたての国がすぐに頭を失えば、その後の展開など先が見える。それをどうする?」
 今まで幾度となく同じ質問をされてきたが、アウラに残された時間が少ない事を、ここまで的確に突いてきたのは、フラームが初めてだ。
 いつもはこの手の話題はすぐにはぐらかしているのだが、今回はフラームの鼻を明かしてやりたくなった。
 そこでアウラは、テーブルに残されていた真実薬をぐいと煽り、誰にも話した事の無い自身の計画を語った。
 話が進につれ、フラームの顔は驚きに満ちていく。
「……これが、私の願いの全てだ」
 全てを語り終えた後、彼はしばらく呆然としており、それがとても痛快だった。
「……ふ。くくく、ふはははは」
 アウラが快感の余韻に浸っていると、フラームが急に腹を抱えて笑い出す。
「いや、すまん。決して馬鹿にしているわけではない。ただ、あまりに突拍子な話だったものでな。全く、ここまで俺を楽しませてくれる者はそうはいないぞ」
「別に私は、あんたを楽しませる為に話したわけじゃない。色々と話してくれた礼だ」
「フハハ。それはそうだ。たが、貴殿のその願いは、あらゆる者を裏切る形とならないか?」
「上辺だけ見ればそうかもしれない。けど、私の願いはもうこれしかない。今はダメでも、皆には理解してもらえると信じている」
「なるほど。その様子では、意思は堅そうだ。ますます気に入ったぞ、アウラ王女。そんな貴殿に一つ、俺から提案だ。これもまた、幸せの形」
 フラームはおもむろに立ち上がり、アウラの側までやってくる。
「どうだ?俺の后にならないか?そうすれば、火の帝国ポエニーキス風の王国 グルミウムは一つとなり、より強固な物となる。どうだ?悪くは無かろう?」
 アウラの顎に手を添え、囁くようにそう提案し、二人の唇が重なる……。


「……」
 刹那、フラームの動きがピタリと止まり、真紅の瞳と深緑の瞳が交差する。
 彼の喉元には、アウラが瞬時に作り出したハルピュイアが突き付けられており、既に一筋の赤い雫が零れ、これ以上の進行を頑なに拒否している。
「后?それこそ本末転倒だ。あそこは私の国だ。誰にも縛られない、自由な風の王国。二度と、お前に汚させたりなどさせない。よく覚えておけ」
「……。ふ、嬉しい言葉だ」
 フラームは満足そうにアウラから離れ、踵を返す。
「今宵の食事は楽しめたぞ。年末をこの国で過ごすのなら、ゆっくりするが良い。ではな、アウラ王女。良い年末年始と、良い余生を」
 そう言い残して、フラームは食堂から出て行った。


 今年も残り七日足らず。
 アウラ達は療養も兼ねて、火の帝国ポエニーキスで年を越す事にした。
 長いようで短い、アウラの怒涛のような一年は、こうしてゆっくりと過ぎていく。
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