流星痕

サヤ

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結の星痕

皇帝と王女

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「入るぞ」
 ノックも無く、ただその言葉と共に入ってきたのは、火の帝国ポエニーキス皇帝フラーム。
 彼は入って来るなり、寝台の上で眠るアウラの元へとずかずかと近寄っていく。
「アウラに近寄るな!」
「皇帝陛下が直々においでになるとは、一体どのようなご用件ですか?出来れば時間を改めてもらいたいのですが」
 全員満身創痍ながらも、男性陣がアウラを庇うように皇帝の前で進行をはばむが、フラームは特に気にする事なくその場からアウラの様子を窺う。
「……よもや、戻ってくるとはな」
 そう呟いたかと思うと、
「彼女が目を覚ましたなら俺の元へ来るよう伝えておけ。二人だけで話がしたい」
 それだけ言い残してくるりと踵を返し、すぐに出て行った。
「何なんだよあいつ、本当に勝手だな」
「彼の傍若無人さは今に始まった事ではないですし、そもそもこの国の皇帝ですから」
「だったらアウラは風の王国グルミウムの王女だよ」
 フォーマルハウトの言葉に対して、ルクバットはそう口を尖らせ不平不満を垂れる。
 そんな折、アウラがもぞりと動き、目を覚ました。
「アウラ!身体は平気?どこか痛い所とかは無い?」
 身を乗り出してアウラの顔を下から覗き込むようにするルクバット。
 数日前とは立場が逆転しているが、身体を起こしたアウラは左手の掌を握ったり開いたりして感触を確かめる。
「……うん、大丈夫。問題ないよ。大した怪我もないし、むしろ身体がすごく軽い。……それよりさっき、あいつが来てた?」
「あ、うん。起きたら来いって」
「そっか」
 短く返事をして、アウラは寝台から抜け出す。
「アウラ、まさか行くの?……だったら俺達も一緒に」
「いいよ。あいつは私と二人だけで話がしたいんだろ?」
「でもアウラ、あいつと二人で会うなんて危険じゃないの?」
 食い下がるルクバットに、アウラはポンと片手を頭にやって撫でる。
「心配しすぎだな。大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくるから。それより皆も、ちゃんと身体を休めておいてよ」
 そのままアウラは片手をひらひらと振って、一人で行ってしまった。


 謁見の間の近くにいた兵士に皇帝に呼ばれた旨を伝えると、何故か食堂へと通された。
 中央に設置された長テーブルの上座では、フラームが豪華な食事に囲まれて座っている。
「来たか。流石に目覚めるのも早いな。一緒に祝いの宴でもどうだ?少しは飲めるのだろう?」
 フラームの言葉で近くにいた兵士が、アウラを食事が置かれてある下座、フラームと相対する席へと誘導する。
 促されるまま席へとつくと、杯に赤紫の液体が並々と注がれていく。
「……」
 見た目は葡萄酒のようだが、そこから立ち上る香りは別物で、かなり甘い。
 確かにアウラは酒を飲める年齢ではあるが、これを飲む気にはなれずフラームを一瞥する。
「祝宴の乾杯で、何故真実薬を飲まなければならないんだ?」
「ほお、知っていたか。なに、少し貴殿と腹を割って話をしたかっただけだ。この通り、俺も同じ物を飲んでいるぞ」
 フラームは手に持つ杯を軽く持ち上げそう言うが、ここからでは中身は確認出来ないし、そもそも見た目だけでは判断が出来ない。
「それが真実薬だという証拠は、私からでは判断出来ない」
「疑り深いな。なら、その杯に入っている物は俺がいただこう。それに、貴殿は飲まなくても良いぞ。俺が嘘をつかないという証を見せたかっただけだからな。こうでもしなければ、俺の話は信用出来まい?」
 そう言ってフラームは、アウラの為に配られた杯を一気に飲み干した。
 確かに、真実薬を飲めば嘘はつけなくなるが……。
「一体、貴方は何を考えているんだ?」
「別に何も?腹を割って話がしたいと言っただろう?さあ、何でも尋ねるがいい。俺に聞きたい事は山ほどあるはずだ」
「……」
 確かに、彼に聞きたい事は沢山ある。
 彼の真意は不明だが、嘘をつく事が出来ない今なら絶好の好機だ。
「……あの日、風の王国グルミウムを襲った日の真相を知りたい」
「真相?」
「父様の転生式が行われる日にちは、グルミウム国民と、護衛に当たった一握りのバスターだけに知らされていた。そのバスターの一人が、あんたに密告したと聞いている」
「ああ。そのようだな」
 曖昧な返事をしつつ、フラームは酒で食べ物を流し込むようにして話を続ける。
「俺にグルミウムの件を離してきたのはタウケティだった。信頼出来るバスターからの情報だとな。当時、操獣の技の効果を確かめたかった俺はすぐに調査をし、それが真実である事を突き止め、当然計画を練ったさ。効果を試すのに、五大聖獣を相手に出来るのはまたとないチャンスだったからな。後は、貴殿の知る通りだ。……しかし驚いたぞ。義理堅いあいつが、あのような情報を寄越してくるとはな。余程、そのバスターの想いに答えたかったのだろう」
「……ベナトシュ」
 脳裏に、ベナトシュの最期が過る。
「そのバスターは、昔この国を追放されたと言っていた。私には、彼が犯罪者には見えない」
「そうか。悪いが、その件については俺も詳しくは無い。奴を追放したのは俺の兄だからな。俺自身はあいつを気に入っていたよ兄弟共々、優秀な戦士だったからな。……罪名は確か国家に対する反逆だったと思うが、本当の理由はもっと単純だろう」
 ベナトとタウケティが兄弟?……なる程。家名を汚した事への償いか。
 ベナトシュがした事は決して許される事では無いが、彼もそれだけ必死だったのだろう。
「彼はもう灰に還った。遺品は今は土の天地エルタニンにあるけれど、せめてそれだけでも、故郷で眠らせてあげられないだろうか?」
「構わんぞ。そもそも兄が死んだ時点で、そいつの罪は消えている。そもそも罪とは呼べないとは思うが、アンタレス家はつくづく義理堅い連中だな。遺品の輸送は、こちらで手配しておこう」
「……感謝する」
 そう礼を述べるが、フラームは一向に気にも止めずに酒を飲み、肉を頬張る。
 ここまで単調な会話を続けてきたが、未だにこの男の事が理解出来ない。
「……あんたは、何の為に生きているんだ?」
 唐突に浮かんだ疑問。
 フラームは不思議そうな顔をし、そして答えた。
「お前は、生きる為に理由が必要なのか?」
「……」
「俺に、生きる為の理由など無い。俺が生きている理由と言うなら話はまた別だ。俺が生きている理由は、兄弟の中で一番俺が強かったからだ。そうでなければ、こうして俺は皇帝の座についていないし、そもそも生きてすらいない。……少しは食べたらどうだ?食事はまだ続くぞ」
 そう勧めつつ、フラームは続々と食べ物を口へと運んでいく。
「……」
 しばらくしてアウラも、手身近にあった果物に手を伸ばした。
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