流星痕

サヤ

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結の星痕

始まりの都

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 翌日、身を刺すような寒さの夜を迎え、東の空が白むより前に目を覚ましたシェアトは、ラクダの様子を見ようと一人外へ出た。
 空を見上げれば一面に星が瞬いているのが見え、それを眺めていると自分の存在の小ささを思い知らされる。
 カンテラを片手にラクダを繋ぎ留めてある停留所まで行くと、人の気配を察したラクダがこちらを向いて小さく鳴いた。
 シェアトは自分達がここまで乗ってきたラクダに近付き、そっと頭を撫でる。
「おはよう。今日もよろしくね~」
 それに応えるかのように、ラクダはシェアトの顔をべろりと舐める。
「あはは、くすぐったいよ~」
「おい、そこのお前」
 一人で無邪気に戯れていると、後ろから馴染みの無い声に呼ばれた。
 振り返ると、薄暗い景色の中に、大小様々な三つのシルエットがこちらに近付いてきているのが分かる。
「誰?」
 カンテラを目線の高さまで持ち上げてじっとしていると、やがてそれらの姿がはっきりとしてくる。
「あなた達は、昨日の……」
 それは、昨晩ルクバット達にちょっかいをかけていた三人組だった。
「お前、あの葉っぱと一緒にいた奴だよな?」
「……何の用ですか?」
 ルクバットの事を葉っぱと言われ、ムッとした口調で言葉を返す。
「ちょっと俺達に付き合ってもらうぜ?なに、大人しくしてりゃ、悪いようにはしねーさ」
 どうやら昨日の腹いせに、シェアトを利用しようとしているらしい。
 フォーマルハウトが言うように、ポエニーキス出身者の横柄さは未だに残っているようだ。
 しかし、シェアトも大人しく捕まるような柄ではない。
「お断りします。私達、先を急いでいるので」
「そんな急ぐ事は無いだろ?どうせ目的地は同じなんだからよ。それにしても、あんたサーペンの出身だろ?威勢が良いのはけっこうだが、こんな砂漠で、俺達三人を相手に出来るのか?良いから大人しくしとけよ」
 リーダー格の男がそう嫌みを言いながらニヤニヤと笑い、脇の二人が武器を取り出してじわじわと詰め寄って来る。
「……っ」
 悔しいが、男の言う通りこれだけ水気の無い場所となると、技の威力はいつもより激減してしまう。
 それでもシェアトは相手に屈する事無く、かといってどうすることも出来ずに、相手を睨み付けながらどう切り抜けるか、頭を必死にフル回転させる。
 男達から何かしらの危険を感じ取ったラクダが動揺し始め、自分の気持ちと共に落ち着けようと、握っている手綱にぎゅっ、と力を込める。
 どうしよう?このままじゃダメだ。何とかしてアウラ達を呼ばないと……!
 男達は、もうすぐそこまで迫っている。
「よーし、良い子だ。……へへ、特にあの女にはたっぷりと礼をしないとなぁ」
 男の手がシェアトに触れようとした刹那、


「私に何をしてくれるって?」
 上から声が降ってきたのと同時に、アウラとルクバットがシェアトと男達の間に降り立った。
「……アウラ!ルク君も」
「おはよ、シェアト。軽く準備運動しようと思ってたら、下が騒がしかったからさ。平気?」
「うん、ありがとう」
「てめえは……空を飛ぶって事は、やっぱりそこの葉っぱの仲間か!」
「だったら何だ?」
 忌々しそうな顔を向けて叫ぶ男に、アウラは冷たい視線を返す。
「この国で、葉っぱがデカい顔出来ると思うなよ?今からそれを、たっぷりと教えてやる」
 そうせせら笑いながら、男は腰に挿してあるククリを抜き出し、戦闘体勢を取る。
「シェアト。先に出発の準備をしておいて」
「う、うん。アウラも、気をつけてね」
 アウラに促され、その場から離れようとするが、
「おっと、誰が逃がすか」
 子分二人に回り込まれ、阻止される。
「なあ?そいつにはもう用は無いだろ?」
 そこへ声を掛けてきたのは、大剣を肩で背負いながらこちらに歩いてくるグラフィアスだった。
「俺も準備運動がまだなんだ。なんなら混ぜてくれよ」
「おはよ~、グラン兄」
 武器を構え不敵に笑うグラフィアスに、ルクバットは呑気な挨拶を送る。
 リーダー格の男はそれが気に入らなかったのか、顔を真っ赤にして怒声を上げた。
「てめえ、それでも誇り高き火の帝国ポエニーキスの男か!こんな枯れ草の、しかも女なんかにへらへらしやがって。一体どこの飼い犬だ!」
 しかしグラフィアスは顔色一つ変えず、寧ろ鬱陶しそうにため息をつく。
「朝っぱらから五月蝿い奴だな。自分の目で周りを見ようとしないクズに、飼い犬呼ばわりされる云われは無い。俺は俺に誇りを持って生きてる。お前らみたいな狂犬とは違うんだよ」
「んだと~?」
「ははは、何処かの誰かを思い出すな」
「……」
 怒りで男の手が震えているのを見て、アウラはそう思い出し笑いをするが、それにグラフィアスは何も言わず、男達に声を掛ける。
「さっさと始めようぜ。日が昇ったら準備運動どころじゃ無くなっちまう」
「上等だ。てめらの旅、ここで終わらせてやらぁ!」
 痺れを切らした男達が一斉に飛びかかり、そして……。


「ち。胸くそ悪い」
 ラクダを引いて砂漠を行くグラフィアスが心底不機嫌に悪態をつく。
「全くだ。あれじゃ準備運動し足しにもならない」
「めちゃくちゃ弱かったよね、あの人達」
 アウラ、ルクバットも続き、それぞれ不満を漏らす。
 威勢良く飛びかかってきた三人は、ものの数分で完全に伸びてしまい、雇い主のキャラバン隊員に悪態をつかれながら世話になっていた。
 ひたすら砂漠を歩いていただけのグラフィアスにとって、少しは運動になるかと思っていたのだが期待外れも良いところだ。
「多分、あの人達が弱いんじゃなくて、あなた達三人が強すぎるだけだと思うんだけど……。さっきの人達、流石にもう追ってこないよね?」
「あれだけ派手にやられて赤っ恥かいて、それでもまだ挑んでくるようなら余程のバカか、でなきゃ諦めの悪い勇者だよ」
 シェアトの心配も意に返さず、グラフィアスはさも退屈そうに言う。
「良いじゃないですか。もう少しすれば暇だなんて言ってられなくなるかもしれませんよ?ほら」
 昨日と変わらずラクダに乗っているベイドが前方を指差す。
 その先には、果てしない空と大地の境界線に混じっていくつかの建物が見える。
 蜃気楼で無ければあそこが目的地、火の帝国ポエニーキスの帝都フォボスだ。
 そこでの巡礼を終えた時、アウラは再びあの皇帝と相対する事になる。
「……行こう」
 アウラは今までより一層重い口振りで先を促し、一歩一歩進んで行く。


     †


 火の帝国ポエニーキスの帝都フォボス。
 ラビ砂漠の終わりの先に建てられたこの都は、近くに活火山を有しており、砂漠にいた時とはまた違った熱気がある。
 帝都入りしたアウラ達は、昨日のような邪魔が入らないよう頭巾を購入し、アウラとルクバットそれぞれの髪色を隠した。
「アウラは要らないんじゃないの?」
 とルクバットが言うが当のアウラは、
「良いんだよ」
 と優しく笑ってその髪を隠していた。
 グルミウム国民の髪色は、緑を主としているが、ルクバットが言うようにアウラは蒼天。
 アウラが産まれた際にも、王女の髪色が噂として流れるくらいに珍しい色だ。
 確かに隠す必要は無いだろうが、同じグルミウム国民としてそうしたいのだろう。
 買ったばかりの荒布に覆われていく美しい髪を眺めていると、とある疑問が浮かんでくる。
「あの、突然すみません。アウラさんの髪は、どうしてそんな色なんですか?」
 フォーマルハウトの唐突な質問に、アウラの動きがぴたりと止まり、小首を傾げる。
「あ、いや、変な意味では無いんです。ただグルミウムの人には珍しい色なので……。王族となると特に……」
 失言だったかと戸惑いながらもそう弁解すると、アウラは納得したように頷いた。
「確かに珍しい色だと思うよ。でも私の場合、母様がサーペンの血を引いてる人だから、その影響じゃないかな?」
「そう、なんですか?」
 初耳だ。
 その情報はシェアトも初めて知ったようで、とても驚いた顔をしている。
「へえ、知らなかった。そんな事、歴史では学ばなかったし、天子様達も何も仰ってなかったよ」
「まあ、王家は五大聖獣の血が汚れないよう、国内の親しい者と結ばれるのが普通だもんね。母様は混血で、一応半分はグルミウムの系統なんだ。でもやっぱり世間体とかがあって、公言は出来なかったんじゃないなな?私も詳しくは知らないんだ。ちゃんと聞いておくべきだったよ」
 残念そうに言いながら髪をしっかりと隠し終えたアウラは、一つ気合いを入れ直す。
「よし。それじゃ、早速用件を終わらせに行こうか」
 彼女が見据える先には、ポエニーキスを統べる皇帝、フラームの居城が聳え立っている。
 アウラの声はとても穏やかだったが、内心はどう思っているのだろう?
 フォーマルハウトが記憶する限り、アウラのポエニーキスに対する感情は憎悪だけだ。
 全てを憎みきったあの瞳は、今でも鮮明に覚えている。
 アウラは今でも、ポエニーキスを憎んでいるのだろうか?そもそも、許せる事など出来るのだろか?
 一株の不安を抱きながら、そっと彼女を見る。
「……」
 横から覗き込んだその瞳は、フォーマルハウトが予想していたよりも遥かに穏やかな色を湛えていた。
 決して慈愛に満ちた物では無いが、それでもあの憎悪に満ちた禍々しい光は、そこには無い。
「……ん?どうしたの、フォーさん」
 呆けて見つめていると、不意にアウラと目が合った。
「あ、いえ!すみません、不躾で。ただその、少し安心しました。思っていたより穏やかな表情をしていたので」
「ああ……。ふふ、みたいに、酷い顔をしてると思った?」
 クスクスと笑う。
 あの日とは、自分が処刑された日の事を指しているのだろう。
「大丈夫だよ。ここで失敗したら、この十年に渡る努力が無駄になってしまう事くらい、ちゃんと理解してる。不本意ではあるけど、あいつから承認を得るまではバスターとしてきっちりやるつもりさ」
 そう微笑むアウラだが、直後に「けど……」と語尾を濁す。
「頭では、そう理解してるつもりだけど……いざあいつを目の前にした時、あいつの言動、行動を見て、最後まで冷静でいられるか、正直解らない。あの時のように嘲け笑われても冷静でいられる程、私は大人じゃないし、そもそも私には、あいつを赦す事なんて一生出来ないからね」
「アウラさん……」
 後者の言葉が、本音だろう。
 当たり前だ。
 国を滅ぼされ、家族を狂わされ、ましてや自分の命すらも奪った相手を、赦せる筈が無い。
 それでも、そんな相手と正面から向き合おうとしているのだから、やはり彼女は、強い女性だ。
 改めて抱く、尊敬の意。
 少しでも彼女の役に立てるように、不安を取り除いてあげられるようにと、フォーマルハウトも微笑み返す。
「大丈夫。貴女には僕達がついています。それに、実は天帝様から親書を預かってきているんです。ですから、いくらフラーム皇帝とはいえ、不当な理由で貴女の願いを取り下げる事は出来ませんよ」
「天帝様から……?」
 呟くように繰り返し、アウラは目を丸くさせる。
 その驚きようはもっともだろう。
 天帝と言えば世界の最高権力者。
 そうであるが故に決して自らは動かず、世を見守るだけの存在なのだから、アウラは勿論の事、他の皆も興奮したようにはしゃいだ。
「まさかあの天帝様が動かれるとは……。これは、グルミウムの再興はほぼ確実と言えるのではないですか?」
「すごいよアウラ!本当にすごいことだよ、おめでとう、良かったね」
「ああ、ありがとう。でも、みんな喜ぶのはちょっと早いよ。巡礼はこれからなんだから」
「アウラなら絶対大丈夫だよ。これまでだって上手く出来てたんだし、俺信じてるからね」
 ベイド、シェアト、ルクバットがはしゃぐ中、アウラもつられて微笑む。
「ありがとう。なら、もう行こう。早く終わらせて、皆に良い知らせを届けてあげよう」
 そして歩き出したと思ったら、アウラはすぐに立ち止まり、
「巡礼の間はいつものように自由にしてて良いから。……なんなら、ここを離れる時まで好きにして構わないからね」
 とだけ言い加えて再び歩き出す。
 アウラの横を歩いているルクバットは「どうしたの?急に」と首を傾げていたが、彼女の言葉はその場に立ち止まり、動こうとしないグラフィアスに向けられた物だとすぐに気付いた。
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