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結の星痕
エラルドと王国
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夏からゆっくりと冬へと向かう半ばの秋。
高温多湿の季節風が、低温少湿になり、風向きが反対に変わる。
そんな季節の移り変わりを、エラルドは風となった自身の身体で感じていた。
数年ぶりにアウラが帰郷してから、エラルドを含む右翼隊近衛師団は、忙しなく国内を飛び回っていた。
アウラが戻って来るより前、彼女の記憶だけが祠に飛び込んできた時は、彼女の身に一体何が起きたのかと心配になったが、やがて吹き込んで来たアウラ達に関する情報、そしてアウラ自身の帰郷により心底安堵した。
何より美しく、強く成長したアウラと、元気に逞しく育っているルクバットの姿を見れたのが一番の喜びだ。
そしてアウラから、巡礼が順調に進んでいる旨の報告を聞き、エラルド達は少しでも人が住める環境を取り戻そうと動いていた。
王都周辺は聖なる祠が近くにある為、魔物も寄り付かないが、ここより遠く離れた村などでは、狂暴化した魔物が住み着いてしまっている場所も少なくない。
そして何より、人の手が離れてしまったこの国は、今では大いなる自然が主と成り代わっている。
それは王都も例外ではなく、わずか十年足らずで、見上げる程に高く聳え立つ樹木、より多くの日光を浴びようと、縦横無尽に伸びた蔦や野花で、地面や廃屋が覆われてしまっている。
近衛師団はこれらの蔦や野花、成長しすぎた樹木の選定、伐採を行い、王都の景観を整えつつ、徐々にその範囲を都外へと広げている。
エラルドは王宮内部を駆け回り、建物が腐朽しないよう風を通していた。
一つ一つ部屋を回り、いくつもの廊下を渡り、やがて中庭へと続く通路へと出た。
この中庭は客人への観賞用としてよりも、王族の憩いの場としての目的の方が強く、エラルドが特に念入りに手入れをしてきた為、事故前とほとんど差違が無い状態を保っている。
大きく異なる点は、中庭のほぼ中央に植えられている桐がかなり成長したくらいか。
アウラが産まれた記念として、彼女の母タニアが娘の健やかな成長を願って、エラルドと共に植えた物だ。
アウラが空の飛び方を覚えた頃には、既に屋根に届くまで成長しており、王宮の外を見ようとしたアウラが、よく頂上まで登っては父ヴァーユに怒られていたのが、ついこの間のようだ。
そんな事もあり一旦伐採されたのだが、桐の成長速度は速く、昔の通りの姿をしている。
「これだけ立派に育てば、アウラ様が再び戻られた際に、十分な家具を揃えられるな」
そう遠くはない明るい未来に笑みを浮かべ、エラルドは次の場所へ向かう。
エラルドはこの王宮で生まれ、王宮で育った。
母は国王ヴァーユの乳母として、エラルドは同年代であるヴァーユの遊び相手、唯一の友、そして後の盾として彼に尽くしてきた。
王宮の一階、正面から最奥の右角にあるのが、エラルド親子が使っていた部屋だ。
母はエラルドがまだ幼い頃に病死し、残されたエラルドもすぐに近衛師団に入団し、重役を担うようになってからは部屋を移ってしまったので、今は客室に戻っているが思い出深い場所の一つだ。
冬の寒い人気は暖炉の前で母に抱かれながら歌物語を聞かせてもらったり、親子喧嘩をして逃げてきたヴァーユを匿ったり……。
ここには、暖かい思い出が沢山残っている。
「……」
エラルドは部屋をさっと巡り、空気の換気をして次の場所へと移動する。
いくつもの客室を回り、徐々に王宮の核へと近付いて行き、やがて王家の寝室へと続く廊下にたどり着いた。
一番手前にあるのは、国王の剣と盾である近衛師団長達の執務室。
一つは、エラルドの部屋だ。
以前ルクバットと共にこ部屋で過ごし、色んな旅の話を聞かせてもらい、また風の王国についての話を聞かせた。
全てが終わったら、この部屋はいずれ、ルクバットが使うのかしら?それとも、王都内にあるアルカフラーの家を拠点にするか……。いずれにせよ、ここもしっかりと整えておかないと。
王の盾が使用する部屋だ。
ルクバットがあらかた片付けてくれたとはいえ、エラルド自身の手で、念入りに部屋を改める。
特に不備は見当たらず、重要視するような箇所も見当たらない為、エラルドはふぅ、と一息つく。
よし。残るはあと二つ。
部屋を出て、気合いを入れ直して廊下の更に奥を見つめる。
正面奥にある、両開きの扉になっている部屋は、国王ヴァーユとその妻タニアの寝室。
そしてその手前右側にあるのが、王女アウラの寝室だ。
王宮内で唯一のプライベートを確保する部屋。
故に、いくらエラルドであっても、滅多な事では入室しない。
「失礼致します」
今では主のいない部屋ではあるが、一言述べてから緊張の面持ちで王の寝室へと足を踏み入れる。
テラスへと続く大きな出窓。
そこから日の光が入ってきており、部屋はとても明るい。
二人が休息を取る、天蓋付きの大きな寝台が照らされていて、今でも主の疲れを癒やす為に待機しているようだ。
部屋にあるのは寝台と三面鏡、小さなチェストのみ。
国のトップの部屋にしてはかなり質素に見えるが、忙しい身としては寝る場所さえあればそれで良いのかもしれない。
……少し入らないうちに、空気がだいぶ淀んでしまっている。せっかく立派な出窓がある事だし……。
エラルドは出窓を全開にし、外から新鮮な空気を取り込む。
秋風の、暖かくも爽やかな空気が一気に入り込んできて、天蓋に垂れ下がった薄地のカーテンを揺らす。
ここは、また後で来よう。
二人の神聖な空気を壊したくなくて、エラルドはそっと寝室を後にする。
そして、最後に残したおいたアウラの部屋へと入った。
扉を開けた刹那、アウラの空気がエラルドを迎えてくれ、心底落ち着く。
この部屋はヴァーユ達の寝室とは違い、何度も出入りしている。
エラルドが見立てて作った小さめの寝台。
活発ながらも、母を真似て伸ばした髪を結う為に向き合っていた鏡台。
沢山の本を並べる為の本棚……。
全てがどうあるべきか、かって知ったるアウラの部屋。
ここで、アウラが送った一日の体験談や、親に秘密にして何度も悪戯を計画したりした。
この部屋も前回アウラが使った事で、他の部屋よりも淀みが少ない。
エラルドはごく簡単に室内を片付けて部屋を出、王の寝室の出窓を閉めてから外に出た。
太陽は既に傾き始めており、微かに夕暮れ時を告げている。
「師団長!」
不意に声を掛けられる。
同じ近衛師団の一兵士だ。
「都内の整備、あらかた終了しました。次からは近隣の町村に出向けます」
「そう、ご苦労様。なら、今日の作業はここまでにしましょう。全団員にそう伝えなさい」
「承知致しました」
言伝を伝える為に飛び去った兵士を見送り、エラルドは明後日の方向を見る。
久しぶりに、あそこへ行ってみようかな……。
教会裏にある、特別集合墓地。
此処には王家と、王家に貢献した者達の墓が建てられている。
一番奥の、敷居で囲まれた豪華な墓がグルミウム王家の物。
そしてそれを取り囲むようにして、近衛師団や様々な偉人達の墓がある。
エラルドは、王家の墓から最も離れた場所にある、小さな墓の前に立つ。
母の墓だ。
この下に、母が眠っているわけではない。
あるのは母の遺品のみ。
母の魂は聖霊になるわけでもなく、風に還った。
また、エラルドとは異なり意志無き風のようで、母を感じる事は出来ない。
エラルドは呟くように、墓に語りかける。
「お母様。私は、私の手で貴女の夢を叶える事は出来ませんでした。ですが……」
ふと、王家の墓を見やる。
そこには、先日アウラが刻んだばかりの、ボレアリスの名が刻まれている。
私達の夢は、違う形で実を結ぶかもしれません。
「珍しいですね。お前が一人で此処へ来るなんて」
「なっ!?アルマク様?」
不意に背後から声を掛けられ、一瞬身体が固まる。
そこにいたのは聖霊シルフにして師匠であるアルマク。
声を掛けられるまで全く気付かなかった。
相変わらず恐ろしい人物だ。
当の本人は、エラルドの動揺を楽しむようにくすりと笑う。
「どうしてここに?」
「私は別に、祠に住んでいる訳では無いですからね。貴女の気配を感じて、珍しいと思いましてね」
「はぁ……」
「一人で此処に来るのは、この墓を建てた時以来ですね。どういった心境の変化です?」
そうだった。この墓は、アルマク様も一緒に建てたんだ。
「……ただ、母に報告していただけです」
「ああ……。そういえば貴女のお母様は、貴女の名が王家の墓に刻まれる事を望んでいましたものね。良かったじゃないですか、願いが叶って」
「はい。ですが……」
「自身が望んだ形では無かった。アウラのお恵みでは納得出来ない。そんな顔ですね」
「……」
アルマクには、嘘をつけそうにない。
「良いじゃないですか。あの子が言った通り、真実など殆どの者には分からない事。あれに名前が刻まれれば、貴女は王家の人間として見なされる」
「確かに、周りの者からすればそうなるでしょう。ですがそれでは、あまり意味が無いように思います」
「そう……?当事者がそう言うのなら、そうなのでしょうね。でも、アウラがそんな単純な考えだけで、あれにお前の名前を刻むとは思えないけど?」
「どういう意味ですか?」
つかみ所の無いアルマクの言葉。
「さあ?私も、あの子が最終的に何をするかは知りませんから」
「え?アルマク様もご存知無いのですか?」
彼女との会話には驚かされてばかりだ。
五大国巡礼を終えた後、アウラがどのようにして国を建て直すのか。
それをまさか、アルマクすらも知らないとは。
アルマクはまるで、子供のように屈託なく笑う。
「ええ、聞いていません。最初から結末が分かっているお話ほど、つまらない物は無いでしょう?」
「そんな子供みたいな」
「ふふふ。エラルド。私達は既にこの世を去った身の上。支援こそすれど、表舞台には立てない。見守りましょう。あの子が紡いだ調べが、どんな詩として紡がれるのか」
「……そうですね」
ふと、空を見上げる。
空は蒼く澄み渡り、遥か上空で、一羽の鷹が太陽の輪郭をなぞるように、ゆっくりと輪を描いて飛んでいた。
高温多湿の季節風が、低温少湿になり、風向きが反対に変わる。
そんな季節の移り変わりを、エラルドは風となった自身の身体で感じていた。
数年ぶりにアウラが帰郷してから、エラルドを含む右翼隊近衛師団は、忙しなく国内を飛び回っていた。
アウラが戻って来るより前、彼女の記憶だけが祠に飛び込んできた時は、彼女の身に一体何が起きたのかと心配になったが、やがて吹き込んで来たアウラ達に関する情報、そしてアウラ自身の帰郷により心底安堵した。
何より美しく、強く成長したアウラと、元気に逞しく育っているルクバットの姿を見れたのが一番の喜びだ。
そしてアウラから、巡礼が順調に進んでいる旨の報告を聞き、エラルド達は少しでも人が住める環境を取り戻そうと動いていた。
王都周辺は聖なる祠が近くにある為、魔物も寄り付かないが、ここより遠く離れた村などでは、狂暴化した魔物が住み着いてしまっている場所も少なくない。
そして何より、人の手が離れてしまったこの国は、今では大いなる自然が主と成り代わっている。
それは王都も例外ではなく、わずか十年足らずで、見上げる程に高く聳え立つ樹木、より多くの日光を浴びようと、縦横無尽に伸びた蔦や野花で、地面や廃屋が覆われてしまっている。
近衛師団はこれらの蔦や野花、成長しすぎた樹木の選定、伐採を行い、王都の景観を整えつつ、徐々にその範囲を都外へと広げている。
エラルドは王宮内部を駆け回り、建物が腐朽しないよう風を通していた。
一つ一つ部屋を回り、いくつもの廊下を渡り、やがて中庭へと続く通路へと出た。
この中庭は客人への観賞用としてよりも、王族の憩いの場としての目的の方が強く、エラルドが特に念入りに手入れをしてきた為、事故前とほとんど差違が無い状態を保っている。
大きく異なる点は、中庭のほぼ中央に植えられている桐がかなり成長したくらいか。
アウラが産まれた記念として、彼女の母タニアが娘の健やかな成長を願って、エラルドと共に植えた物だ。
アウラが空の飛び方を覚えた頃には、既に屋根に届くまで成長しており、王宮の外を見ようとしたアウラが、よく頂上まで登っては父ヴァーユに怒られていたのが、ついこの間のようだ。
そんな事もあり一旦伐採されたのだが、桐の成長速度は速く、昔の通りの姿をしている。
「これだけ立派に育てば、アウラ様が再び戻られた際に、十分な家具を揃えられるな」
そう遠くはない明るい未来に笑みを浮かべ、エラルドは次の場所へ向かう。
エラルドはこの王宮で生まれ、王宮で育った。
母は国王ヴァーユの乳母として、エラルドは同年代であるヴァーユの遊び相手、唯一の友、そして後の盾として彼に尽くしてきた。
王宮の一階、正面から最奥の右角にあるのが、エラルド親子が使っていた部屋だ。
母はエラルドがまだ幼い頃に病死し、残されたエラルドもすぐに近衛師団に入団し、重役を担うようになってからは部屋を移ってしまったので、今は客室に戻っているが思い出深い場所の一つだ。
冬の寒い人気は暖炉の前で母に抱かれながら歌物語を聞かせてもらったり、親子喧嘩をして逃げてきたヴァーユを匿ったり……。
ここには、暖かい思い出が沢山残っている。
「……」
エラルドは部屋をさっと巡り、空気の換気をして次の場所へと移動する。
いくつもの客室を回り、徐々に王宮の核へと近付いて行き、やがて王家の寝室へと続く廊下にたどり着いた。
一番手前にあるのは、国王の剣と盾である近衛師団長達の執務室。
一つは、エラルドの部屋だ。
以前ルクバットと共にこ部屋で過ごし、色んな旅の話を聞かせてもらい、また風の王国についての話を聞かせた。
全てが終わったら、この部屋はいずれ、ルクバットが使うのかしら?それとも、王都内にあるアルカフラーの家を拠点にするか……。いずれにせよ、ここもしっかりと整えておかないと。
王の盾が使用する部屋だ。
ルクバットがあらかた片付けてくれたとはいえ、エラルド自身の手で、念入りに部屋を改める。
特に不備は見当たらず、重要視するような箇所も見当たらない為、エラルドはふぅ、と一息つく。
よし。残るはあと二つ。
部屋を出て、気合いを入れ直して廊下の更に奥を見つめる。
正面奥にある、両開きの扉になっている部屋は、国王ヴァーユとその妻タニアの寝室。
そしてその手前右側にあるのが、王女アウラの寝室だ。
王宮内で唯一のプライベートを確保する部屋。
故に、いくらエラルドであっても、滅多な事では入室しない。
「失礼致します」
今では主のいない部屋ではあるが、一言述べてから緊張の面持ちで王の寝室へと足を踏み入れる。
テラスへと続く大きな出窓。
そこから日の光が入ってきており、部屋はとても明るい。
二人が休息を取る、天蓋付きの大きな寝台が照らされていて、今でも主の疲れを癒やす為に待機しているようだ。
部屋にあるのは寝台と三面鏡、小さなチェストのみ。
国のトップの部屋にしてはかなり質素に見えるが、忙しい身としては寝る場所さえあればそれで良いのかもしれない。
……少し入らないうちに、空気がだいぶ淀んでしまっている。せっかく立派な出窓がある事だし……。
エラルドは出窓を全開にし、外から新鮮な空気を取り込む。
秋風の、暖かくも爽やかな空気が一気に入り込んできて、天蓋に垂れ下がった薄地のカーテンを揺らす。
ここは、また後で来よう。
二人の神聖な空気を壊したくなくて、エラルドはそっと寝室を後にする。
そして、最後に残したおいたアウラの部屋へと入った。
扉を開けた刹那、アウラの空気がエラルドを迎えてくれ、心底落ち着く。
この部屋はヴァーユ達の寝室とは違い、何度も出入りしている。
エラルドが見立てて作った小さめの寝台。
活発ながらも、母を真似て伸ばした髪を結う為に向き合っていた鏡台。
沢山の本を並べる為の本棚……。
全てがどうあるべきか、かって知ったるアウラの部屋。
ここで、アウラが送った一日の体験談や、親に秘密にして何度も悪戯を計画したりした。
この部屋も前回アウラが使った事で、他の部屋よりも淀みが少ない。
エラルドはごく簡単に室内を片付けて部屋を出、王の寝室の出窓を閉めてから外に出た。
太陽は既に傾き始めており、微かに夕暮れ時を告げている。
「師団長!」
不意に声を掛けられる。
同じ近衛師団の一兵士だ。
「都内の整備、あらかた終了しました。次からは近隣の町村に出向けます」
「そう、ご苦労様。なら、今日の作業はここまでにしましょう。全団員にそう伝えなさい」
「承知致しました」
言伝を伝える為に飛び去った兵士を見送り、エラルドは明後日の方向を見る。
久しぶりに、あそこへ行ってみようかな……。
教会裏にある、特別集合墓地。
此処には王家と、王家に貢献した者達の墓が建てられている。
一番奥の、敷居で囲まれた豪華な墓がグルミウム王家の物。
そしてそれを取り囲むようにして、近衛師団や様々な偉人達の墓がある。
エラルドは、王家の墓から最も離れた場所にある、小さな墓の前に立つ。
母の墓だ。
この下に、母が眠っているわけではない。
あるのは母の遺品のみ。
母の魂は聖霊になるわけでもなく、風に還った。
また、エラルドとは異なり意志無き風のようで、母を感じる事は出来ない。
エラルドは呟くように、墓に語りかける。
「お母様。私は、私の手で貴女の夢を叶える事は出来ませんでした。ですが……」
ふと、王家の墓を見やる。
そこには、先日アウラが刻んだばかりの、ボレアリスの名が刻まれている。
私達の夢は、違う形で実を結ぶかもしれません。
「珍しいですね。お前が一人で此処へ来るなんて」
「なっ!?アルマク様?」
不意に背後から声を掛けられ、一瞬身体が固まる。
そこにいたのは聖霊シルフにして師匠であるアルマク。
声を掛けられるまで全く気付かなかった。
相変わらず恐ろしい人物だ。
当の本人は、エラルドの動揺を楽しむようにくすりと笑う。
「どうしてここに?」
「私は別に、祠に住んでいる訳では無いですからね。貴女の気配を感じて、珍しいと思いましてね」
「はぁ……」
「一人で此処に来るのは、この墓を建てた時以来ですね。どういった心境の変化です?」
そうだった。この墓は、アルマク様も一緒に建てたんだ。
「……ただ、母に報告していただけです」
「ああ……。そういえば貴女のお母様は、貴女の名が王家の墓に刻まれる事を望んでいましたものね。良かったじゃないですか、願いが叶って」
「はい。ですが……」
「自身が望んだ形では無かった。アウラのお恵みでは納得出来ない。そんな顔ですね」
「……」
アルマクには、嘘をつけそうにない。
「良いじゃないですか。あの子が言った通り、真実など殆どの者には分からない事。あれに名前が刻まれれば、貴女は王家の人間として見なされる」
「確かに、周りの者からすればそうなるでしょう。ですがそれでは、あまり意味が無いように思います」
「そう……?当事者がそう言うのなら、そうなのでしょうね。でも、アウラがそんな単純な考えだけで、あれにお前の名前を刻むとは思えないけど?」
「どういう意味ですか?」
つかみ所の無いアルマクの言葉。
「さあ?私も、あの子が最終的に何をするかは知りませんから」
「え?アルマク様もご存知無いのですか?」
彼女との会話には驚かされてばかりだ。
五大国巡礼を終えた後、アウラがどのようにして国を建て直すのか。
それをまさか、アルマクすらも知らないとは。
アルマクはまるで、子供のように屈託なく笑う。
「ええ、聞いていません。最初から結末が分かっているお話ほど、つまらない物は無いでしょう?」
「そんな子供みたいな」
「ふふふ。エラルド。私達は既にこの世を去った身の上。支援こそすれど、表舞台には立てない。見守りましょう。あの子が紡いだ調べが、どんな詩として紡がれるのか」
「……そうですね」
ふと、空を見上げる。
空は蒼く澄み渡り、遥か上空で、一羽の鷹が太陽の輪郭をなぞるように、ゆっくりと輪を描いて飛んでいた。
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