流星痕

サヤ

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転の流星

決断の日

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 グルミウムの真夏、レオの月は、南国ポエニーキスの次に厳しいと言われているが、適度な雨と爽やかな風がよく吹いている為、農作物がよく育ち、かつ水遊び等には最適な暑さだ。
 無事アウラの記憶を取り戻した一行は、自分達が乗ってきた飛行船の修理が完了するまでの間、思い思いに過ごしていた。
 アウラは主に国内を飛び回り、各地の現状把握に勤しみ、たまに祠に籠もっては衣服がボロボロの状態で戻ってくる。
 ルクバットは母エラルドの元で空の飛び方や剣の稽古をつけてもらっている。
 グラフィアスはふらりと外へ出ては、何処で何をしているのか分からず、また都内にいる時は何を思ったのか、おもむろに城下内の整備をしていた。
 ベイドは兄シェリアクと共に飛行船の修理をする傍ら、祠で手に入れた義手の解明を、昼夜問わずに熱心に行っている。
 フォーマルハウトは書き溜めておいた報告書を本国に送り、グラフィアスと共に城下内の瓦礫の撤去等をしていたが、国より返事が届いてからはあてがわれた自室に籠もるよになってしまった。
 そしてシェアトはというと、城下内の整備をした後、アウラに薦められた泉で、一人水浴びをしていた。
 それは白より北部に連なる峰の一角にあり、聖なる祠からもさほど遠くない為、シルフ達の憩いの場となっているそうだ。
 今もこの場にシルフ達がいるのかはシェアトには分からないが、爽やかな風が吹く度に、木々の擦れる音が静かな空間に広がる。
 両手で水を掬ってみると、透明感に溢れていて臭みも無く、水浴びなどしなければそのまま飲み水としても使えそうだ。
 ここの水は、西にある川の水を森林が吸い上げて湧き出た物ね。……水も木々も綺麗に育ってる。魔物も凶暴化していないし、住居さえ整えば、いつでも人が暮らせそう。
 シェアトは全身を身に委ね、木々の間から覗く蒼い空を見上げる。
 アウラが正真正銘、グルミウムの王女であると証明されてから、グルミウムの復興は、よりはっきりとした形で浮かび上がってきた。
 五大国巡礼の最後の一つ、火の帝国ポエニーキスでの巡礼を終え、土の天地エルタニンの住まう世界の王、テール天帝の許可を得るだけだ。
 言葉にすれば簡単だが、課題はまだまだ山積みだ。
 最初の難関は火の帝国ポエニーキス
 風の王国グルミウムを滅亡に追いやった本命国で、現皇帝は当時のままフラーム
 彼の返答次第では、アウラの夢はそこで潰えてしまう。
 更に火の帝国ポエニーキスの巡礼は、昔から他国と比べて成功率が極めて低いと言われている。
 一体、どんな内容なんだろう?……でも、ここまで来たんだから、やるしかないよね?アウラ。
 アウラに語りかけるよう空に向かって微笑むと、さぁ、と微風が水面を撫でた。
「……」
 静かな場所。雲一つ無い晴天。
 不意に一人だと自覚すると、今までの気持ちが一気に萎み、重くなる。
 考えているのは、先程と変わらずアウラについてだが、その感情は、今まで抱いていたものとは真逆にある。
 ふとした瞬間に思い返してしまう、聖なる祠で見たアウラの記憶。
 アウラが、シェアトの父を殺した記憶。
 あの記憶は、事実なのかな?それとも、噂が重なり合って生まれた偽り?バスターは邪竜の討伐が主な仕事だし、邪竜は元々人間。……あんな風に、目の前で邪竜になってしまった人と、戦った事もあるかもしれない。でも、どうしてあれがお父さんだったんだろう?お父さんは、バスターになるために家を出て行った。なのにどうして、あんな風に邪竜に?やっぱりあれは、噂が混じった偽りの記憶なのかな?
「……もし本当だったら、アウラはなんで、嘘をついたんだろう?」
 以前アウラには、父親の消息を知らないか尋ねた事がある。
 その時彼女は、父であるヴェガの名前を反復し、知らないとはっきりと答えている。
 真実を伝えたら、シェアトを傷付けてしまうと思ったのだろうか?
 もしそうだとしたら、あの記憶は嘘偽りの無い本物という事になる。
「……」
 分からない。
 いくら一人で考えてみても、答えなど出るはずがない。
 辺りはいつの間にか風も止み、完全な無が支配している。
「……」
 ちゃぷ、と水の中へ、ゆっくりと身体を沈める。
 目を閉じずにいると、水はやがて顔を覆い、視界が歪んだ。
 世界がゆらゆらと揺れて、はっきりと見えそうで見えない。
 それはまるで、今のシェアトの気持ちを現しているかのようだった。


     †


「アウラー!見て見て、ほらー!」
 上空で嬉しそうにはしゃぎ、こちらに向かって大きく手を振るルクバット。
 アウラは彼に向かって手を振り返し、小さく息をつく。
「この短期間で随分飛べるようになったな。やっぱりエルは教えるのが上手だね。私なんて、浮かぶ事しか教えれなかったのに」
 すぐ隣の、若草の香りを含む風にそう言うと、風はさわりとざわめいた。
「その基本がしっかりと出来ていましたからね。それにアウラ様は元々上手でしたからね。人に教える為のコツがよく分からなかったのでしょう」
 聖なる祠を出てからは、人の形を保てなくなったエラルドだが、アウラは優しい彼女の風を、しっかりと感じる。
「ふふふ、そうかもね」
 もう一度ルクバットを見ると、テスト飛行をしていた飛行船の周りをぐるぐると飛んでいた。
 飛行船の方も修理が終わり、航空機能も問題無さそうだ。
「どうやら、出立の時が来たようですね」
 聖霊シルフのアルマクが、肩にちょこんと乗りながら言う。
「次に貴女が帰って来た時、風邪の王国グルミウムは新たな風を吹かすのですね」
「うん。必ず帰ってくるから、それまでの間はまた、留守を頼むね」
「ふふふ、もう千年近く祠を守護してきた私から言わせれば、たかが数ヶ月など一瞬ですよ。それよりも、少しでも人が暮らしやすいように環境を整える方が苦労します。そうでしょう?エラルド」
「そうですね。植物の成長は早いですから、野生化しないよう管理するのは流石に骨が折れます」
「悪いね。もう少しの辛抱だから」
 アルマクの数ヶ月など一瞬という言葉が、今のアウラにとって一番嬉しい言葉だ。
 十年近くにも及ぶ努力が、ようやく実を結ぼうとしているのだと、実感出来る。
 そんなたわいのない雑談をしていると、飛行船がゆっくりと降下して着地し、続いてルクバットも降りてきた。
「アウラ、俺の飛び方どうだった?」
「うん。自由に飛べてた。もう完全に風を読めてる。これでようやく、一人前の風使いだな。おめでとう」
「ありがとう!母さんと練習した甲斐があったよ」
「けど、ちょっとスピードの出しすぎよ。普段はもう少しゆっくり飛びなさい」
「はーい、気をつけまーす」
 母に注意されたと言うのに、両手を頭の後ろに組んで、とても嬉しそうに笑うルクバット。
 そして飛行船から拡声器を通してベイドの声が流れてきた。
「皆さん、お待たせしました。テストも問題ありません。いつでも飛べますよ」
「ありがとう、ベイド卿。すぐに出発しよう」
 そうアウラが答えると、ルクバットが驚いた顔をする。
「え、もう行くの?」
「ああ。もうここでの用事は済んだからね。それに、あまり長居すると気まずいやつもいるだろ?」
 ちらり、と目線だけをグラフィアスの方へやると、ルクバットも理解出来たようでああ、と声を潜める。
「そっか。父さん達は、グラン兄の事、よく思ってないもんね」
「そう言う事。あいつも柄にも無く、瓦礫の撤去なんかしてたくらいだ。早く出た方がいいだろ?」
 黙々と街づくり整備をしていたグラフィアスの姿を思い出すだけで、今でも笑いが込み上げてくる。
 ルクバットも同じように軽く笑い、分かったよと頷き、アルマクとエラルドへと向き直る。
「じゃ、アルマクに母さん。行ってくるね。次帰ってきた時は俺、もっとすごい風使いになってるから。その時は母さん、俺と勝負してね」
 そのまま一気に駆け出し、飛行船に乗ろうとしていたグラフィアスとシェアトに抱きつき、そのまま和気あいあいと中へ入っていった。
「……」
 それを見届け、ふいに腰刀を手に持つ。
 この重みも、今ではすっかり身体に馴染んでいる。
「次に此処へ戻ってくる時には、必ず父様達も連れてくる。そうしたら、エルも一緒に弔ってあげるからね。父様達と、同じ墓で」
「なっ!?」
 エラルドは最初嬉しそうに聞いていたが、最後の一言には面食らったようで、珍しく声を荒らげた。
「何を馬鹿な事を!あそこは王家の墓ですよ?私が入るべき場所は、歴代近衛師団長の慰霊碑か、夫の……」
「いいんだよ」
 なおも続けようとするエラルドの言葉を遮り、アウラは優しい口調で言う。
「慰霊碑やアルカフラーの墓所よりも、エルはあそこで眠るべきだ」
「アリスの名を刻んでいただいただけでもう十分です。私の、無意味エラルドな名など……」
「こんな状態じゃ、どうせ真実なんて誰にも分からないし、誰にも文句は言わせない」
 それは、アウラの確固たる意志。
 随分前から抱いていた、我が儘にも等しい願い。
 エラルドが、アウラに対して強く出れない事を知っていて言っている。
「アルマク様!貴女からも何か言ってください。こんなの、横暴すぎます」
 エラルドは助けを求めるようにアルマクを見るが、彼女は悪戯っぽく笑う。
「そうですね……。まあ、別に良いんじゃないですか?」
「アルマク様!」
「良いじゃないですか。私はあまり伝統には興味ありませんが、昨今この国を支えたのは間違い無く貴女ですし、今後も、王のすぐ側に仕えたとしても、誰も文句など言いませんよ」
「初代近衛師団長のお許しも出た事だし、決まりだね」
 にやりと笑うと、エラルドは諦めたように重いため息をつく。
「……謀りましたね?もう、好きになさってください」
「ふふ、ありがとう」
 渋々ながらも承諾してくれたエラルドと、協力してくれたアルマクに礼を言う。
 そこで飛行船の中にいたルクバットが顔を出してきた。
「アウラー!早く行こうよー」
「ああ、今行く。それじゃ、行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ。道中、お気をつけて」
 改めて二人に挨拶し、ようやく飛行船へと向かう。
 そして、入口の縁に手を掛けようと伸ばした瞬間、唐突に扉が閉じてしまった。
 いや、正確には違う。
 入口が土壁に覆われて、アウラの搭乗を拒んだのだ。
「ついに動きましたね。やはり、こうなってしまいましたか」
 冷静なアルマクに、アウラも動揺する事なく答える。
「ま、分かってた事だけどね」
 ゆっくりと後ろを振り向き、土壁を作り出した本人と対峙する。
 そこには、槍の穂先を剥き出しにし、何とも苦しそうな表情で、こちらと目を合わせようとしないフォーマルハウトが立っていた。
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