流星痕

サヤ

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転の流星

蒼竜と蒼龍

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「ねえ、やっぱり逃げた方がいいんじゃない?」
「そんな簡単に言うなよ。此処まで散々追い回してきたやつが、そう簡単に逃がしてくれるかよ」
「逃げるのは大賛成ですが、誰かが足留めでもしない限り、まず無理でしょうね」
 シェアトの提案にグラフィアス、次いでフォーマルハウトがそう答える。
 別々の道を選んだはずの彼らと共に、予想をしていなかった本物の邪竜ヴァーユに追われ、元の泉がある場所まで戻ってきた五人。
 邪竜は狭い通路をその強靭な尻尾、鍵爪、牙や風で破壊し、悠然と迫ってくる。
 それぞれが覚悟を決めつつ武器を構えると、双方の間に、ここまで殿を務めてくれた二人の風の戦士が舞い降りる。
 そのうちの一人、隼ことアルマクが邪竜の動きに注意を払いながら口を開く。
「この泉より先は扉に至るまでがかなりの細道。更に、扉より向こうは道がかなり複雑です。案内役がいないと脱出するのはまず不可能」
「つまり、ここでどうにかして、蒼竜を撤退させるしかない、というわけですね」
 ベイドは笑いながら言うが、その顔は緊張で強張っている。
「ごめん、みんな。俺アルマクに呼ばれてここまで来たから、道とか覚えてなくて……」
「そんな泣き声言う暇があるなら、ここできっちり働いて詫びをしろ!」
 落ち込むルクバットに、グラフィアスがそう激を飛ばす。
「でも、撤退させると言ってもどうやって?そもそも蒼竜はどうやってこの洞窟内に入ったの?あんな巨体が入れるような入口なんて、一体どこに?」
「邪竜になったとはいえ、彼はこの国の王です。その身を風に換える事など容易い事。ここは我々が主として動きますから、皆さんは援護をお願いします。それから、あまり私達から離れないようお願いします。防風の強度を保ちたいので」
 シェアトの質問にエラルドが答え、それぞれの身体を東風で覆う。
「邪竜自身の攻撃は当たり前ですが、風にも注意して下さい。下手に当たれば、即座に首が胴体と別れを告げる事になりますから」
「けっ。簡単に言ってくれるぜ。そんな見えないもん、どうしろってんだよ」
 アルマクが冗談ぽく放つ恐ろしい一言を、グラフィアスは首筋に嫌な汗が流れるのを感じながら悪態づく。
 するとルクバットが一歩前に踏み出して、
「てことは、俺達が頑張るしかないね、母さん。アルマク」
 先程までとは大違いの、何とも頼もしい言葉を発した。
「ルクバット……」
「俺だってもう風は読めるんだ。それにアウラは、昔この人にたった一人で立ち向かった。アウラを支えていく為にも、ここで負けてなんていられないよ」
 アウラの力になりたい。
 その想いが、ルクバットに強敵と立ち向かう勇気を与えてくれる。
 息子の思わぬ成長ぶりに呆然とするエラルドだったが、母として、これほど喜ばしい事は無い。
「分かった。けど、決して無理はしないで」
「うん!」
 ルクバットが円月輪を広げて風を纏うと、邪竜が突風に近い咆哮をあげる。
「あちらも準備は整ったようですね。それでは、いきましょう!」
 アルマクの掛け声に合わせ、エラルド、ルクバット、そしてグラフィアス達が続いた。


     †


 桜の香りを追って、祠の最深部へと向かうアウラ。
 匂いが濃くなってきた。父様、一体何処にいるの?
 桜の香りは母の象徴。
 その母はあの日、邪に堕ちた父の手にかかり、その魂は今も父と共にある。
 かつて、父の魔手からアウラを二度も救ってくれた。
 アウラを庇って自身の命を落としたあの日と、バスターとして父に立ち向かい、
片腕を失った日。
 その母が、今度はアウラを何処へ誘おうとしているのだろう。
 父は、こんな所で一体何をしているのだろうか?
 嫌な予感がする。……皆と遭遇していなければいいけど。
 不安が脳裏を過り、胸の鼓動が早まる。
 嫌な予感程よく当たると言うが、こればかりは外れて欲しいと心から願う。


「お前が王女だろうとなかろうと、そんな事、俺にはもう関係ない」
「?……グラフィアス」
 突然、聞き覚えのある声が響き、その主の名を呼ぶが、返事も彼の姿も見えない。
「……?」
 不思議に首を傾げ足を止めていると、
「俺はお前を超える。お前を倒すのは俺だ。それだけは絶対に忘れるな」
 再び声だけが響いてきた。
 そして、また違う個所から、
「私は、アリスとアウラ様。両方の友人でいたい。あなたは、私の友達でいてくれる?」
「シェアト……」
 どこか悲しげな、シェアトの声だけが聞こえてきた。
「勿論友達だ。今も、これからだって……」
「では何故、貴女は嘘をつくのですか?」
「ベイド郷!私は別に、嘘なんて」
「いいえ、ついています。貴女は私達だけでなく、自分自身にさえ、嘘をつき続けている、大嘘つき者です」
「……っ!」
 この声の正体は記憶の欠片か、それとも噂が彼等の声を借りているのか。
 あるいは、彼等のが漏れ出た物か……。
 ベイドの声は更に追求してくる。
「貴女は本当は、何者なんですか?偽りの人生を歩み続けている貴女は、生きているのか死んでいるのか、この先は、生き続けるのか死んだままなのか。それがはっきりしないようでは、私達は貴女についていく事など、到底出来ません」
「私は、別に……」
 上手く返事が出来ない。
 この声達は、自分を責めている。
 中途半端な人生を送ってきた自分にこのままついていっても良いのかと、悩んでいる。
 それはまるで、今の自分の気持ちを代弁しているかのようだ。
 そこにまた一つ、新しい声が加わる。
 アウラが最も聞き慣れた、安心する声。
「俺は、アウラでもアリスでも、ずっと一緒にいるよ。力になりたいんだ。けど、アウラには素直に生きてほしいな」
「……ルクバット」
 その後、最も聞き慣れない、気弱な声が、やんわりと口を挟む。
「でもそれでは、何の解決にもなっていない。貴女が何者なのか。これからどう生き、どう死んでいくのか。その答えを出さない限り、貴女は死んだまま。明日は来ない」
「わ、たしは……」
 私は、アウラ。グルミウム王家の生き残り。でも、私の半生は、バスターとして、ボレアリスとして生きてきた。
 なら私はアウラではなく、ボレアリス?……それでも、この身に宿る蒼龍は、紛れもなく五大聖獣の末裔。
 自問自答する中、桜の香りが一層濃くなる。
 そして、皆の声が一つとなって更に尋ねる。
「君は、誰?」
 私は……。
 そんな中、


「……」
 自分を呼ぶ、とても懐かしい声がした。


     †


「はぁっ!」
 荒れ狂う風と、それを迎え撃つ苛烈な風。
 二つの風がぶつかり合い、行き場を無くした風が、周りに被害を撒き散らしながら広がる。
「まるで台風同士の戦いだな。これじゃ、この広間もあんま持たないぞ」
「彼の動きを封じましょう。補佐をお願いします」
 衝撃で落ちてくる岩石を砕きながらグラフィアスが吠えると、アルマクがそう助けを求めた。
 それに最初に答えたのはベイドとシェアト。
「ならまずは私達が。いきますよ、シェアト!」
「はい!泡蛇バブル・セルパン
 シェアトが叫ぶと、邪竜の周囲に蛇を模した泡が現れ、鎖となってその巨体に幾重にもなって巻き付いた。
「まだいきますよ。プリズンVボルト
 ベイドがその鎖目掛けて銃弾を撃ち込むと、高電圧の電流が邪竜の身体を駆け巡る。
「ガァ!」
 水を通した電気に感電したのか、邪竜は硬直し、攻撃が止む。
「囲みます!ロックウォール!」
 フォーマルハウトが槍を振り上げると、邪竜の足元の地面が隆起し、相手を完全に閉じ込める。
「あの中の酸素濃度を最大限に上げます。エラルドは真空で防御の用意!」
「はい!」
 アルマクの素早い指示が飛び、そしてグラフィアスを見て一言微笑む。
「一つ、大きな花火をお願いします」
「任せろ」
 既に準備を整えていたグラフィアスは、不適な笑みで答えた。
「行くぞマリド。ヴェルメヘル・スコーチ!」
 構えていた大剣を、岩目掛けて振り下ろすと、炎魔神、マリドがそこへ突撃した。
 岩の中にある高濃度の酸素と反応したマリドは、本来以上の威力を見せた。
 そして、エラルドが作り出した真空の壁のおかげで、周りにはいくばくかの衝撃が走るだけで、大した被害は出ていない。
「流石の蒼竜も、これだけやれば……」
「ガァアアッ!!」
 それなりの手応えを感じ、そう笑いを零すも束の間、爆煙の中から怒りに満ちた邪竜の咆哮が響き渡る。
「嘘だろ。どんな化け物だよ……」
 笑みは、冷や汗へと変わる。
 確かに手応えはあった。
 倒せないにしても、それなりの重傷を負わせた自信はあった。
 渾身の一撃すら、邪竜ヴァーユには届かないのか。
 煙が引きはじめ、敵のシルエットが見えてくる。
「くっ」
 満身創痍の中、一同は再び身構えるが、すぐにある違和感に気付いた。
「え、何あれ?」
 動く影が、二つある。
「もう一匹、いる?」
 よく聞けば、声が二つあるのにも気付けた。
「まさか、あれって……」
 煙が完全に引き、その正体が露わになる。
 一方は、邪竜の身体を締め付けるように絡みつき、相手のコウモリのような翼に
食らいつく蒼き龍。
「蒼龍!?」
 皆が驚きを隠せない中、二頭の竜の戦いは続いた。
 邪竜は尻尾や爪で応戦するが、蒼龍は力を緩める事なくどんどんと締め上げていく。
 先の戦いで消耗したのか、邪竜はやがて一際大きく鳴き、その身を風に変えて何処かへと消え去った。
「……」
 蒼龍は、その風の流れ行く先を静かに見つめている。
「あれは、一体……」
 呟くようにベイドが言うと、
ルクバットが笑顔で、涙ながらに答えた。
「この世界で蒼龍になれる人なんて、一人しかいないよ」
 蒼龍は一度こちらを認め、
その大きな身体を屈めた。
 その身体はどんどんと小さくなっていき、やがて人の姿へと変わる。
 皆がそこへ駆け寄ると、小さな寝息を立てて横たわる、右腕に義手を着けた、蒼天の髪の少女がそこにいた。
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