75 / 114
転の流星
託された想い
しおりを挟む
アウラは火の帝国を嫌っている。
それは、国を滅ぼしたのが火の帝国だから……。
でもアウラはベナト兄とは仲良いし、グラン兄の事だって嫌ってない。
さっき見た記憶の中のアウラには、明らかな憎しみが混じっていた。
グラン兄のお父さんは、国を滅ぼした一人みたいだったし。俺は、その日ずっとここにいたから何が起きたのか知らない。
俺はここで、何を見て、何を知らなくちゃいけないんだろう?
先を行くグラフィアスに置いていかれないよう歩く速度を上げ、ルクバットは自分のやるべき事を考えていた。
アウラは、風の王国を復活させる為にバスターになり、五大国巡礼の旅を始めた。
仇敵である火の帝国への復讐ではなく、世界に散らばっているグルミウム国民が、いつでも帰ってこられる場所を望んでの事だ。
皆が無理だと言っている血筋問題は、アウラ自身が王女だから解決している。
あとはアウラの記憶を取り戻して、ここと、火の帝国で巡礼を終えれば、エルタニン天帝に謁見出来て、グルミウムの復国をお願い出来る。
……今の俺に出来る事は、アウラの記憶を取り戻す事。やらなきゃいけない事は、あの日、風の王国で何が起きたかを知る事だ。
母さんが側にいてくれたら、教えてくれたかもしれないけど……。
事件の当事者である母、エラルド。
今のルクバットなら、彼女の姿も声も知覚出来る為、接触出来れば事件について詳しく知れる。
しかし、皆と離れてから、近くに母を感じない。
何処かでアウラの記憶を集めているのかもしれない。
今すぐ知れそうにないのなら……。
「ねえ、グラン兄。聞きたい事があるんだけど」
先を歩くグラフィアスに声を掛ける。
「なんだ?」
「あのさ、風の王国って、何で滅んじゃったのかな?あ、もちろん火の帝国が攻めてきたからってのは知ってる。でも何でそんな事をしたの?それに、王様の転生式をやる日は、グルミウムの人しか知らない筈なのに、どうやって知ったのかな?」
これらの疑問は、あの事件を知るポエニーキス帝国民に聞かないと分からない。
火の帝国の英雄と謳われた男の息子なら、何かしら事情は知っているかもしれない。
しかし、当時のグラフィアスもまだまだ子供だったうえに、彼自身も長い旅をしている。
彼は、何か知っているだろうか?
「……あの人にとっては、きっかけなんて何でも良かったんだろ」
短いため息の後、グラフィアスはぽつりぽつりと話し始めた。
「ポエニーキスの人間は、獣を操る能力を持っている。伝説では、龍さえも従えたと言う。現皇帝の兄が、その伝説を実現させようと操獣の技の研究に力を注いでいた。そして、一部の者は伝説通り、龍を操る力を手に入れた。途中、皇帝の兄は亡くなったが、現皇帝フラームが研究を引き継ぎ、彼が考えたのは、それが実践で使えるかどうか……。そんな時に入った情報が」
「グルミウム国王の、転生式」
ルクバットが呟くように言うと、グラフィアスは静かに頷く。
「でも、どうやって式の日を知ったの?グルミウム国民以外には分からないようにして伝えてるのに」
「密告者がいたんだよ。王族の転生式は形だけの儀式で、当日より前に行われているのが通常だ。けど、ヴァーユ王は本当に当日転生式を行った。万一の事を考え、少なからずバスターも配置された。そこに参加していたバスターの一人が教えてくれたんだよ。皇帝は、王族に力を試せる絶好の機会を逃さなかった。あとは、お前も知ってる通りさ」
グラフィアスが語った事は、受け入れ難く衝撃的な事実だ。
「バスターに、裏切り者?それに、ただ試したかっただけなんて……」
「その話が事実なのだとしたら、やはりあの男を生かしておくわけにはいきませんね」
静まった空気の中、怒りに満ちた声が静かに響く。
「あ、母さん!」
いつからそこにいたのか。
透けた身体の母、エラルドが堅い表情で佇んでいた。
「貴重な話を聞かせてもらったお礼に、あなた達にあの日の出来事を見せてあげましょう。これ以上、あのような悲劇を起こさない為にも」
母が言い終わるのと同時に、目の前に一瞬火柱が立ち上り、そしてグルミウムの御神木が現れた。
そこには、今とは違い、実体を持ったエラルドと、幼いアウラの姿があった。
アウラは眠っているのか、目を閉じており、エラルドが彼女を御神木にそっと寄りかからせる。
「申し訳ありません、アウラ様。これ以上、犠牲を増やすわけにはいかないのです。せめて、貴女だけでも……」
アウラの頭を撫でながら謝罪し、御神木を見上げ祈る。
「風よ。どうか我等の希望を、蒼龍の申し子を、明るい未来へとお導き下さい」
数分祈りを捧げた後、ゆっくりと立ち上がり、火の手の上がる広場を見据える。
そこから先、見える景色は断片的に歪み、飛び飛びであった。
目の前で人が倒れたかと思うと、また違う誰かが断末魔をあげる事なく絶命していく。
しかしこれは、記憶が飛んでいるわけではない。
エラルドの行動が、早すぎるのだ。
彼女は風と一体化でもしているのか、相手に気取られる事なく、一瞬にして敵を無力化していく。
ようやく景色が定まったのは、城門広場前、ある二人の男と対峙した時だ。
「親父……」
「レグルス……」
今よりも若いが間違いない。
かつて火の帝国の英雄と謳われた、グラフィアスの父タウケティと、その相棒レグルスだ。
その二人を前に、エラルドは一人、臆する事なく詰問する。
「陛下はどこだ?」
「さーな。知らねーよ。どっかに飛んでいっちまったからな」
それに答えたのはレグルス。
タウケティは、ヴァーユが飛びさっていったであろう方角を見つめている。
「人の中に眠る龍を目覚めさせ従える。大抵の者には効いたが、やはり五大聖獣を従えるには至らず。一般の竜も、永久的に支配下に置くのは無理がある。結果報告としては、こんな所か」
「……お前たちの能力、それにまつわる研究の話は耳にしていたが、その実験の為に、これほどの犠牲を出したというのか?」
「お前らには同情してるぜ。まさか同盟国にこんな事されるなんて、普通思わねーもんな?俺達も、皇帝のワガママには参ってるんだ。けどま、怨んでくれるなよ?成果を出さなきゃ、代わりに俺達が邪竜にされちまうんだからよ」
げらげらと下品に笑うレグルスからは、謝罪の気持ちなど微塵も感じられず、エラルドの神経を逆撫でする。
「ふざけるな!」
激昂し、最速で飛びかかるが、相手も手練れ。
レグルスを一撃で仕留める事は出来ず、激しい火花と、金属の擦れる音が響く。
二人を相手に一人で奮闘するが、やがて騒ぎを聞きつけた敵の増援によって、エラルドは完全に包囲されてしまった。
グルミウムの兵士は、誰一人としてやっては来ない。
「残るはお前だけのようだな。降参しろ。悪いようにはしない」
「誰が降参など!主を亡くし、部下を失い、国すらも滅びようとしている。私だけ戦わずして、生き恥を晒すわけが無いだろ!」
タウケティの呼び掛けに、エラルドは断固として拒否の姿勢を取る。
「うははは!おい、この女気に入ったぞ。俺のペットにしてやるぜ」
にたりと笑うレグルスが左手をかざし、今まで見た事のない蒼い炎を作り始める。
「それで陛下を貶めたんだな」
炎が完全に現れるよりも早く間合いを詰め、レグルスの左手を切り裂く。
「あだっ!いってーな。こうゆうのは待つのが礼儀だろうが!」
「貴様らのような非道な輩に、持つ礼儀など無い!」
間髪入れずにもう一太刀浴びせて腕ごと切り落とそうとするが、周りの兵士が一斉に集まって壁となり阻害される。
「小賢しい!」
「う……」
「が……い、きが」
エラルドが腰に刀を天に突き上げると、壁となった兵士達が急に喉元を押さえて苦しみ出した。
「命繋ぐ風の精よ。汝らの尊さ、彼の者に示せ。キスラロート・ニエンテ!」
刀を横に一閃すると、兵達が次々と斬られ、倒れていく。
ようやく邪魔が片付いた。
そう思い、改めてレグルスを視界に捉えた時、
「おっかねー技だな。酸素を抜いて、真空波でざっくりか。その範囲にいたら、俺の負けだったな」
エラルドは、直感的に己の敗北を悟った。
「うあ……」
レグルスが作り出した蒼い炎に囲まれた瞬間、自身の内側からどす黒い感情が蠢くのを感じた。
「さあ、己の龍を解放しろ!」
そのあまりの苦しさから胸を押さえると、腕が、人の物から竜のそれへと変化しようとしているのが見えた。
このままでは、私まで……!
「くっ……!私は、グルミウム王国、右翼隊近衛師団の、エラルドだ……。貴様らの、玩具などには、死んでもならん!」
「なっ!てめえ、自分で」
このまま邪竜に墜ちるくらいならと、腰刀を逆手に、自らの腹に深く突き刺す。
そして不適に笑い、
「ただでは死なんぞ……!」
最後の力を振り絞り、再び武器を天へと突き上げた……。
ふと、名を呼ばれた気がして目を開けると、飛び込んできたのは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたアウラだった。
彼女と交わす少ない会話、薄れゆく意識の中で、エラルドの心は安堵に満ちていた。
アウラを護る事が出来た。
そしてこれからも、護り続ける事が出来る。
グルミウムの、希望を……。
ルクバット。私の……。
アウラの悲しき残響が響く中、エラルドの意識は途絶え、元の通路に戻ってきた。
「アウラ様は、国を取り戻そうと奮闘されている。生まれたての国はか弱く、再び狙われる可能性は少なくない。その為にも、次代を担うあなた達には知って欲しかった。……ルクバット」
「あ、はい」
「私は、アルマク様のような聖霊にもなれなかった、実体なき風。どうかこの先も、私の代わりにアウラ様を護ってあげてね」
「……勿論だよ。アウラは俺にとっても大切な人だもん」
それを聞いたエラルドはにこりと笑い、ルクバットを抱きしめた。
「ごめんなさい。本当はもっと近くで、あなたの成長を見ていたかった。寂しい思いをさせて、不甲斐ない母さんを、どうか許して」
「母さん……」
抱きしめられている感覚はまるでないが、それでも、紛れもない温もりが伝わってくる。
「大丈夫だよ。母さんの事はいつもアウラから聞いてたし、母さんの刀がいつも俺達を守ってくれてた。そりゃ、寂しい時もあったけど、今の俺は、いつでも母さんを感じられる。だから平気だよ」
自分の正直な気持ちを、精一杯の笑顔と共に伝える。
それを聞いたエラルドは、泣きそうな笑顔で、ありがとうと笑った。
「なら私は、あなた達全員を、無事にここから出す事だけに集中しましょう」
そう真剣な顔つきで、まやかしの愛刀を作り出す。
「いきなり物騒な話だな。近くに邪竜の記憶でもあるのか?」
グラフィアスの質問に対し、エラルドは小さく首を振り、衝撃的な事実を告げた。
「いいえ。記憶などと、優しい物ではありません。今ここには、本物のヴァーユ王が眠っておられます。そして今、王は目覚められた。ここから先は、決して気を許さぬように」
それは、国を滅ぼしたのが火の帝国だから……。
でもアウラはベナト兄とは仲良いし、グラン兄の事だって嫌ってない。
さっき見た記憶の中のアウラには、明らかな憎しみが混じっていた。
グラン兄のお父さんは、国を滅ぼした一人みたいだったし。俺は、その日ずっとここにいたから何が起きたのか知らない。
俺はここで、何を見て、何を知らなくちゃいけないんだろう?
先を行くグラフィアスに置いていかれないよう歩く速度を上げ、ルクバットは自分のやるべき事を考えていた。
アウラは、風の王国を復活させる為にバスターになり、五大国巡礼の旅を始めた。
仇敵である火の帝国への復讐ではなく、世界に散らばっているグルミウム国民が、いつでも帰ってこられる場所を望んでの事だ。
皆が無理だと言っている血筋問題は、アウラ自身が王女だから解決している。
あとはアウラの記憶を取り戻して、ここと、火の帝国で巡礼を終えれば、エルタニン天帝に謁見出来て、グルミウムの復国をお願い出来る。
……今の俺に出来る事は、アウラの記憶を取り戻す事。やらなきゃいけない事は、あの日、風の王国で何が起きたかを知る事だ。
母さんが側にいてくれたら、教えてくれたかもしれないけど……。
事件の当事者である母、エラルド。
今のルクバットなら、彼女の姿も声も知覚出来る為、接触出来れば事件について詳しく知れる。
しかし、皆と離れてから、近くに母を感じない。
何処かでアウラの記憶を集めているのかもしれない。
今すぐ知れそうにないのなら……。
「ねえ、グラン兄。聞きたい事があるんだけど」
先を歩くグラフィアスに声を掛ける。
「なんだ?」
「あのさ、風の王国って、何で滅んじゃったのかな?あ、もちろん火の帝国が攻めてきたからってのは知ってる。でも何でそんな事をしたの?それに、王様の転生式をやる日は、グルミウムの人しか知らない筈なのに、どうやって知ったのかな?」
これらの疑問は、あの事件を知るポエニーキス帝国民に聞かないと分からない。
火の帝国の英雄と謳われた男の息子なら、何かしら事情は知っているかもしれない。
しかし、当時のグラフィアスもまだまだ子供だったうえに、彼自身も長い旅をしている。
彼は、何か知っているだろうか?
「……あの人にとっては、きっかけなんて何でも良かったんだろ」
短いため息の後、グラフィアスはぽつりぽつりと話し始めた。
「ポエニーキスの人間は、獣を操る能力を持っている。伝説では、龍さえも従えたと言う。現皇帝の兄が、その伝説を実現させようと操獣の技の研究に力を注いでいた。そして、一部の者は伝説通り、龍を操る力を手に入れた。途中、皇帝の兄は亡くなったが、現皇帝フラームが研究を引き継ぎ、彼が考えたのは、それが実践で使えるかどうか……。そんな時に入った情報が」
「グルミウム国王の、転生式」
ルクバットが呟くように言うと、グラフィアスは静かに頷く。
「でも、どうやって式の日を知ったの?グルミウム国民以外には分からないようにして伝えてるのに」
「密告者がいたんだよ。王族の転生式は形だけの儀式で、当日より前に行われているのが通常だ。けど、ヴァーユ王は本当に当日転生式を行った。万一の事を考え、少なからずバスターも配置された。そこに参加していたバスターの一人が教えてくれたんだよ。皇帝は、王族に力を試せる絶好の機会を逃さなかった。あとは、お前も知ってる通りさ」
グラフィアスが語った事は、受け入れ難く衝撃的な事実だ。
「バスターに、裏切り者?それに、ただ試したかっただけなんて……」
「その話が事実なのだとしたら、やはりあの男を生かしておくわけにはいきませんね」
静まった空気の中、怒りに満ちた声が静かに響く。
「あ、母さん!」
いつからそこにいたのか。
透けた身体の母、エラルドが堅い表情で佇んでいた。
「貴重な話を聞かせてもらったお礼に、あなた達にあの日の出来事を見せてあげましょう。これ以上、あのような悲劇を起こさない為にも」
母が言い終わるのと同時に、目の前に一瞬火柱が立ち上り、そしてグルミウムの御神木が現れた。
そこには、今とは違い、実体を持ったエラルドと、幼いアウラの姿があった。
アウラは眠っているのか、目を閉じており、エラルドが彼女を御神木にそっと寄りかからせる。
「申し訳ありません、アウラ様。これ以上、犠牲を増やすわけにはいかないのです。せめて、貴女だけでも……」
アウラの頭を撫でながら謝罪し、御神木を見上げ祈る。
「風よ。どうか我等の希望を、蒼龍の申し子を、明るい未来へとお導き下さい」
数分祈りを捧げた後、ゆっくりと立ち上がり、火の手の上がる広場を見据える。
そこから先、見える景色は断片的に歪み、飛び飛びであった。
目の前で人が倒れたかと思うと、また違う誰かが断末魔をあげる事なく絶命していく。
しかしこれは、記憶が飛んでいるわけではない。
エラルドの行動が、早すぎるのだ。
彼女は風と一体化でもしているのか、相手に気取られる事なく、一瞬にして敵を無力化していく。
ようやく景色が定まったのは、城門広場前、ある二人の男と対峙した時だ。
「親父……」
「レグルス……」
今よりも若いが間違いない。
かつて火の帝国の英雄と謳われた、グラフィアスの父タウケティと、その相棒レグルスだ。
その二人を前に、エラルドは一人、臆する事なく詰問する。
「陛下はどこだ?」
「さーな。知らねーよ。どっかに飛んでいっちまったからな」
それに答えたのはレグルス。
タウケティは、ヴァーユが飛びさっていったであろう方角を見つめている。
「人の中に眠る龍を目覚めさせ従える。大抵の者には効いたが、やはり五大聖獣を従えるには至らず。一般の竜も、永久的に支配下に置くのは無理がある。結果報告としては、こんな所か」
「……お前たちの能力、それにまつわる研究の話は耳にしていたが、その実験の為に、これほどの犠牲を出したというのか?」
「お前らには同情してるぜ。まさか同盟国にこんな事されるなんて、普通思わねーもんな?俺達も、皇帝のワガママには参ってるんだ。けどま、怨んでくれるなよ?成果を出さなきゃ、代わりに俺達が邪竜にされちまうんだからよ」
げらげらと下品に笑うレグルスからは、謝罪の気持ちなど微塵も感じられず、エラルドの神経を逆撫でする。
「ふざけるな!」
激昂し、最速で飛びかかるが、相手も手練れ。
レグルスを一撃で仕留める事は出来ず、激しい火花と、金属の擦れる音が響く。
二人を相手に一人で奮闘するが、やがて騒ぎを聞きつけた敵の増援によって、エラルドは完全に包囲されてしまった。
グルミウムの兵士は、誰一人としてやっては来ない。
「残るはお前だけのようだな。降参しろ。悪いようにはしない」
「誰が降参など!主を亡くし、部下を失い、国すらも滅びようとしている。私だけ戦わずして、生き恥を晒すわけが無いだろ!」
タウケティの呼び掛けに、エラルドは断固として拒否の姿勢を取る。
「うははは!おい、この女気に入ったぞ。俺のペットにしてやるぜ」
にたりと笑うレグルスが左手をかざし、今まで見た事のない蒼い炎を作り始める。
「それで陛下を貶めたんだな」
炎が完全に現れるよりも早く間合いを詰め、レグルスの左手を切り裂く。
「あだっ!いってーな。こうゆうのは待つのが礼儀だろうが!」
「貴様らのような非道な輩に、持つ礼儀など無い!」
間髪入れずにもう一太刀浴びせて腕ごと切り落とそうとするが、周りの兵士が一斉に集まって壁となり阻害される。
「小賢しい!」
「う……」
「が……い、きが」
エラルドが腰に刀を天に突き上げると、壁となった兵士達が急に喉元を押さえて苦しみ出した。
「命繋ぐ風の精よ。汝らの尊さ、彼の者に示せ。キスラロート・ニエンテ!」
刀を横に一閃すると、兵達が次々と斬られ、倒れていく。
ようやく邪魔が片付いた。
そう思い、改めてレグルスを視界に捉えた時、
「おっかねー技だな。酸素を抜いて、真空波でざっくりか。その範囲にいたら、俺の負けだったな」
エラルドは、直感的に己の敗北を悟った。
「うあ……」
レグルスが作り出した蒼い炎に囲まれた瞬間、自身の内側からどす黒い感情が蠢くのを感じた。
「さあ、己の龍を解放しろ!」
そのあまりの苦しさから胸を押さえると、腕が、人の物から竜のそれへと変化しようとしているのが見えた。
このままでは、私まで……!
「くっ……!私は、グルミウム王国、右翼隊近衛師団の、エラルドだ……。貴様らの、玩具などには、死んでもならん!」
「なっ!てめえ、自分で」
このまま邪竜に墜ちるくらいならと、腰刀を逆手に、自らの腹に深く突き刺す。
そして不適に笑い、
「ただでは死なんぞ……!」
最後の力を振り絞り、再び武器を天へと突き上げた……。
ふと、名を呼ばれた気がして目を開けると、飛び込んできたのは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたアウラだった。
彼女と交わす少ない会話、薄れゆく意識の中で、エラルドの心は安堵に満ちていた。
アウラを護る事が出来た。
そしてこれからも、護り続ける事が出来る。
グルミウムの、希望を……。
ルクバット。私の……。
アウラの悲しき残響が響く中、エラルドの意識は途絶え、元の通路に戻ってきた。
「アウラ様は、国を取り戻そうと奮闘されている。生まれたての国はか弱く、再び狙われる可能性は少なくない。その為にも、次代を担うあなた達には知って欲しかった。……ルクバット」
「あ、はい」
「私は、アルマク様のような聖霊にもなれなかった、実体なき風。どうかこの先も、私の代わりにアウラ様を護ってあげてね」
「……勿論だよ。アウラは俺にとっても大切な人だもん」
それを聞いたエラルドはにこりと笑い、ルクバットを抱きしめた。
「ごめんなさい。本当はもっと近くで、あなたの成長を見ていたかった。寂しい思いをさせて、不甲斐ない母さんを、どうか許して」
「母さん……」
抱きしめられている感覚はまるでないが、それでも、紛れもない温もりが伝わってくる。
「大丈夫だよ。母さんの事はいつもアウラから聞いてたし、母さんの刀がいつも俺達を守ってくれてた。そりゃ、寂しい時もあったけど、今の俺は、いつでも母さんを感じられる。だから平気だよ」
自分の正直な気持ちを、精一杯の笑顔と共に伝える。
それを聞いたエラルドは、泣きそうな笑顔で、ありがとうと笑った。
「なら私は、あなた達全員を、無事にここから出す事だけに集中しましょう」
そう真剣な顔つきで、まやかしの愛刀を作り出す。
「いきなり物騒な話だな。近くに邪竜の記憶でもあるのか?」
グラフィアスの質問に対し、エラルドは小さく首を振り、衝撃的な事実を告げた。
「いいえ。記憶などと、優しい物ではありません。今ここには、本物のヴァーユ王が眠っておられます。そして今、王は目覚められた。ここから先は、決して気を許さぬように」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる