流星痕

サヤ

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転の流星

託された想い

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 アウラは火の帝国ポエニーキスを嫌っている。
 それは、国を滅ぼしたのが火の帝国ポエニーキスだから……。
 でもアウラはベナト兄とは仲良いし、グラン兄の事だって嫌ってない。
 さっき見た記憶の中のアウラには、明らかな憎しみが混じっていた。
 グラン兄のお父さんは、国を滅ぼした一人みたいだったし。俺は、その日ずっとここにいたから何が起きたのか知らない。
 俺はここで、何を見て、何を知らなくちゃいけないんだろう?


 先を行くグラフィアスに置いていかれないよう歩く速度を上げ、ルクバットは自分のやるべき事を考えていた。
 アウラは、風の王国グルミウムを復活させる為にバスターになり、五大国巡礼の旅を始めた。
 仇敵である火の帝国ポエニーキスへの復讐ではなく、世界に散らばっているグルミウム国民が、いつでも帰ってこられる場所を望んでの事だ。
 皆が無理だと言っている血筋問題は、アウラ自身が王女だから解決している。
 あとはアウラの記憶を取り戻して、ここと、火の帝国ポエニーキスで巡礼を終えれば、エルタニン天帝に謁見出来て、グルミウムの復国をお願い出来る。
 ……今の俺に出来る事は、アウラの記憶を取り戻す事。やらなきゃいけない事は、あの日、風の王国グルミウムで何が起きたかを知る事だ。
 母さんが側にいてくれたら、教えてくれたかもしれないけど……。
 事件の当事者である母、エラルド。
 今のルクバットなら、彼女の姿も声も知覚出来る為、接触出来れば事件について詳しく知れる。
 しかし、皆と離れてから、近くに母を感じない。
 何処かでアウラの記憶を集めているのかもしれない。
 今すぐ知れそうにないのなら……。
「ねえ、グラン兄。聞きたい事があるんだけど」
 先を歩くグラフィアスに声を掛ける。
「なんだ?」
「あのさ、風の王国グルミウムって、何で滅んじゃったのかな?あ、もちろん火の帝国ポエニーキスが攻めてきたからってのは知ってる。でも何でそんな事をしたの?それに、王様の転生式をやる日は、グルミウムの人しか知らない筈なのに、どうやって知ったのかな?」
 これらの疑問は、あの事件を知るポエニーキス帝国民に聞かないと分からない。
 火の帝国ポエニーキスの英雄と謳われた男の息子なら、何かしら事情は知っているかもしれない。
 しかし、当時のグラフィアスもまだまだ子供だったうえに、彼自身も長い旅をしている。
 彼は、何か知っているだろうか?
「……あの人にとっては、きっかけなんて何でも良かったんだろ」
 短いため息の後、グラフィアスはぽつりぽつりと話し始めた。
「ポエニーキスの人間は、獣を操る能力を持っている。伝説では、龍さえも従えたと言う。現皇帝の兄が、その伝説を実現させようと操獣の技の研究に力を注いでいた。そして、一部の者は伝説通り、龍を操る力を手に入れた。途中、皇帝の兄は亡くなったが、現皇帝フラームが研究を引き継ぎ、彼が考えたのは、それが実践で使えるかどうか……。そんな時に入った情報が」
「グルミウム国王の、転生式」
 ルクバットが呟くように言うと、グラフィアスは静かに頷く。
「でも、どうやって式の日を知ったの?グルミウム国民以外には分からないようにして伝えてるのに」
「密告者がいたんだよ。王族の転生式は形だけの儀式で、当日より前に行われているのが通常だ。けど、ヴァーユ王は本当に当日転生式を行った。万一の事を考え、少なからずバスターも配置された。そこに参加していたバスターの一人が教えてくれたんだよ。皇帝は、王族に力を試せる絶好の機会を逃さなかった。あとは、お前も知ってる通りさ」
 グラフィアスが語った事は、受け入れ難く衝撃的な事実だ。
「バスターに、裏切り者?それに、ただ試したかっただけなんて……」


「その話が事実なのだとしたら、やはりあの男を生かしておくわけにはいきませんね」
 静まった空気の中、怒りに満ちた声が静かに響く。
「あ、母さん!」
 いつからそこにいたのか。
 透けた身体の母、エラルドが堅い表情で佇んでいた。
「貴重な話を聞かせてもらったお礼に、あなた達にあの日の出来事を見せてあげましょう。これ以上、あのような悲劇を起こさない為にも」
 母が言い終わるのと同時に、目の前に一瞬火柱が立ち上り、そしてグルミウムの御神木が現れた。
 そこには、今とは違い、実体を持ったエラルドと、幼いアウラの姿があった。
 アウラは眠っているのか、目を閉じており、エラルドが彼女を御神木にそっと寄りかからせる。
「申し訳ありません、アウラ様。これ以上、犠牲を増やすわけにはいかないのです。せめて、貴女だけでも……」
 アウラの頭を撫でながら謝罪し、御神木を見上げ祈る。
「風よ。どうか我等の希望を、蒼龍の申し子を、明るい未来へとお導き下さい」
 数分祈りを捧げた後、ゆっくりと立ち上がり、火の手の上がる広場を見据える。
 そこから先、見える景色は断片的に歪み、飛び飛びであった。
 目の前で人が倒れたかと思うと、また違う誰かが断末魔をあげる事なく絶命していく。
 しかしこれは、記憶が飛んでいるわけではない。
 エラルドの行動が、早すぎるのだ。
 彼女は風と一体化でもしているのか、相手に気取られる事なく、一瞬にして敵を無力化していく。
 ようやく景色が定まったのは、城門広場前、ある二人の男と対峙した時だ。
「親父……」
「レグルス……」
 今よりも若いが間違いない。
 かつて火の帝国ポエニーキスの英雄と謳われた、グラフィアスの父タウケティと、その相棒レグルスだ。
 その二人を前に、エラルドは一人、臆する事なく詰問する。
「陛下はどこだ?」
「さーな。知らねーよ。どっかに飛んでいっちまったからな」
 それに答えたのはレグルス。
 タウケティは、ヴァーユが飛びさっていったであろう方角を見つめている。
「人の中に眠る龍を目覚めさせ従える。大抵の者には効いたが、やはり五大聖獣を従えるには至らず。一般の竜も、永久的に支配下に置くのは無理がある。結果報告としては、こんな所か」
「……お前たちの能力、それにまつわる研究の話は耳にしていたが、その実験の為に、これほどの犠牲を出したというのか?」
「お前らには同情してるぜ。まさか同盟国にこんな事されるなんて、普通思わねーもんな?俺達も、皇帝のワガママには参ってるんだ。けどま、怨んでくれるなよ?成果を出さなきゃ、代わりに俺達が邪竜にされちまうんだからよ」
 げらげらと下品に笑うレグルスからは、謝罪の気持ちなど微塵も感じられず、エラルドの神経を逆撫でする。
「ふざけるな!」
 激昂し、最速で飛びかかるが、相手も手練れ。
 レグルスを一撃で仕留める事は出来ず、激しい火花と、金属の擦れる音が響く。
 二人を相手に一人で奮闘するが、やがて騒ぎを聞きつけた敵の増援によって、エラルドは完全に包囲されてしまった。
 グルミウムの兵士は、誰一人としてやっては来ない。
「残るはお前だけのようだな。降参しろ。悪いようにはしない」
「誰が降参など!主を亡くし、部下を失い、国すらも滅びようとしている。私だけ戦わずして、生き恥を晒すわけが無いだろ!」
 タウケティの呼び掛けに、エラルドは断固として拒否の姿勢を取る。
「うははは!おい、この女気に入ったぞ。俺のペットにしてやるぜ」
 にたりと笑うレグルスが左手をかざし、今まで見た事のない蒼い炎を作り始める。
「それで陛下を貶めたんだな」
 炎が完全に現れるよりも早く間合いを詰め、レグルスの左手を切り裂く。
「あだっ!いってーな。こうゆうのは待つのが礼儀だろうが!」
「貴様らのような非道な輩に、持つ礼儀など無い!」
 間髪入れずにもう一太刀浴びせて腕ごと切り落とそうとするが、周りの兵士が一斉に集まって壁となり阻害される。
「小賢しい!」
「う……」
「が……い、きが」
 エラルドが腰に刀を天に突き上げると、壁となった兵士達が急に喉元を押さえて苦しみ出した。
「命繋ぐ風の精よ。汝らの尊さ、彼の者に示せ。キスラロート・ニエンテ!」
 刀を横に一閃すると、兵達が次々と斬られ、倒れていく。
 ようやく邪魔が片付いた。
 そう思い、改めてレグルスを視界に捉えた時、
「おっかねー技だな。酸素を抜いて、真空波でざっくりか。その範囲にいたら、俺の負けだったな」
 エラルドは、直感的に己の敗北を悟った。
「うあ……」
 レグルスが作り出した蒼い炎に囲まれた瞬間、自身の内側からどす黒い感情が蠢くのを感じた。
「さあ、己の龍を解放しろ!」
 そのあまりの苦しさから胸を押さえると、腕が、人の物から竜のそれへと変化しようとしているのが見えた。
 このままでは、私まで……!
「くっ……!私は、グルミウム王国、右翼隊近衛師団の、エラルドだ……。貴様らの、玩具などには、死んでもならん!」
「なっ!てめえ、自分で」
 このまま邪竜に墜ちるくらいならと、腰刀を逆手に、自らの腹に深く突き刺す。
 そして不適に笑い、
「ただでは死なんぞ……!」
 最後の力を振り絞り、再び武器を天へと突き上げた……。


 ふと、名を呼ばれた気がして目を開けると、飛び込んできたのは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたアウラだった。
 彼女と交わす少ない会話、薄れゆく意識の中で、エラルドの心は安堵に満ちていた。
 アウラを護る事が出来た。
 そしてこれからも、護り続ける事が出来る。
 グルミウムの、希望を……。
 ルクバット。私の……。
 アウラの悲しき残響が響く中、エラルドの意識は途絶え、元の通路に戻ってきた。
「アウラ様は、国を取り戻そうと奮闘されている。生まれたての国はか弱く、再び狙われる可能性は少なくない。その為にも、次代を担うあなた達には知って欲しかった。……ルクバット」
「あ、はい」
「私は、アルマク様のような聖霊にもなれなかった、実体なき風。どうかこの先も、私の代わりにアウラ様を護ってあげてね」
「……勿論だよ。アウラは俺にとっても大切な人だもん」
 それを聞いたエラルドはにこりと笑い、ルクバットを抱きしめた。
「ごめんなさい。本当はもっと近くで、あなたの成長を見ていたかった。寂しい思いをさせて、不甲斐ない母さんを、どうか許して」
「母さん……」
 抱きしめられている感覚はまるでないが、それでも、紛れもない温もりが伝わってくる。
「大丈夫だよ。母さんの事はいつもアウラから聞いてたし、母さんの刀がいつも俺達を守ってくれてた。そりゃ、寂しい時もあったけど、今の俺は、いつでも母さんを感じられる。だから平気だよ」
 自分の正直な気持ちを、精一杯の笑顔と共に伝える。
 それを聞いたエラルドは、泣きそうな笑顔で、ありがとうと笑った。
「なら私は、あなた達全員を、無事にここから出す事だけに集中しましょう」
 そう真剣な顔つきで、まやかしの愛刀を作り出す。
「いきなり物騒な話だな。近くに邪竜の記憶でもあるのか?」
 グラフィアスの質問に対し、エラルドは小さく首を振り、衝撃的な事実を告げた。
「いいえ。記憶などと、優しい物ではありません。今ここには、本物のヴァーユ王が眠っておられます。そして今、王は目覚められた。ここから先は、決して気を許さぬように」
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