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転の流星
承認試験
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一人、グラフィアスが厳しい表情をうかべたまま、じめじめと湿った通路を歩いていると、背後から地面を勢い良く蹴る音が反響し、やがて息を切らしたルクバットが追い付いてきた。
「やっと追い付いた。グラン兄、歩くの早すぎ」
「別に誰も待ってないからな」
グラフィアスは歩みを止める事なく、変わらず前を見据えたまま、早歩きで答える。
「お前も気付いてたのか?」
「……え、何を?」
息を整えるのに忙しいルクバットは、グラフィアスの質問内容を考える余裕はまだ無いようだ。
何も考えずにこの道を選んだのか?
「お前、何でここを選んだ?他にも道はあっただろ」
「何でって……」
ようやく落ち着きを取り戻したルクバットは、一度深呼吸をしてから答えた。
「言われたんだよ。グラン兄を一人にするなって」
「俺を?」
意外な答えだった。
あの中でそんな事を言いそうなのはシェアトか、それとも……。
「大好きな王女様に、俺を監視しろとでも言われたか?」
小馬鹿にしたように言うと、ルクバットはきっとグラフィアスを睨みつけ、言い返してきた。
「違うよ!アウラはそんな事言ったりしない。誰が言ったかは分からないんだ。ただ、ここから吹いてくる風が、すごく悲しそうな声でそう言ってたんだよ。……それに、ここの風が、一番嫌な風だった。胸を押し潰されるような、息ができなくて、苦しくなる風が。だからここには、アウラの辛い記憶があると思ったんだよ」
「風、か……」
こいつ、この国に来てからやたらと言うようになったな。今までそんな事一度も言わなかったのに、短期間でえらい成長っぷりだ。……あいつが手塩にかけて育てるだけある。
そう感心はするものの、風使いではないグラフィアスには、風がどうとか言われても正直全く理解出来ない。
しかし、ルクバットが言うように、この道が危険だと言うのには賛同出来た。
ここからは、むせかえる程に濃縮された鉄の匂いや、何かが焼け焦げた匂いやらが立ち込めている。
奥に進むにつれて鼻がイカれてしまったのか、今ではその匂いは感じなくなったものの、熱気や、どこからか襲ってくる、突き刺すような殺気がどんどん強くなっているのが分かる。
「それだけ理解してるんなら、一瞬でも気ぃ抜くんじゃねーぞ。ここはもう、敵陣の真っ只中だ」
「うん。分かってる」
二人は特に何を言うでもなく、慎重に歩を進めた。
そしてふいに、前を歩いていたグラフィアスがその歩みをぴたりと止め、背にある大剣の柄に手をやった。
ルクバットも何かしら感じとったようで、飛標型の円月輪を構える。
そのまま数秒、あるいは数十秒後、空気が動いた。
「こんな事、馬鹿げている!」
突如聞こえたその声に、二人はばっとそちらを振り向く。
二人しかいないはずの通路に響いた、低い男の声。
その声がした通路の奥を凝視していると、ざぁ、と一陣の熱風が吹いてきて、周りの景色が一変した。
何が起きているのか理解出来ないまま、二人はいつの間にか広間のただ中においやられた。
さっきまでいた細く、暗い通路からは考えられない大広間。
そこに集う十数人の人集り。
彼らの前には、フォーマルハウトが身に着けているのと同じ軍服姿、バスター協会の高等官や、司祭のようなローブを纏った親任官が立っている。
グラフィアス達は、そんな中の一番後ろにいる。
「これは……」
「……どうやら、あいつの記憶の一部、みたいだな」
しばらく熟考して状況を把握し、そう口にする。
「これが……。ここって、バスター協会だよね?なんか偉そうな人もいるし、いつのどんな記憶なんだろう?」
大切なのはそこだ。
これがいつの記憶に当たるのか、それが分からないと気を抜く事も出来ない。
記憶の持ち主であるアウラは何処にいるのかと探していると、ルクバットがあそこ!と指差した。
屈強な男達の中に紛れているその小さな存在は、グラフィアスが初めて会った時よりもずっと幼く見える。
義手を隠す為に纏っているマントも無く、その右腕も自身の物のままだ。
しかし、そんな彼女の姿よりも、グラフィアスの視線と関心を奪う存在が、彼女のすぐ右隣にあった。
他に並び立つ男達よりも少し目立つ長身の男。
日に焼けた浅黒い肌に、精悍な顔つき。
短く整えられた髪は、身に着けている衣服に負けない程に、赤く燃えがっている。
背中に担いでいる剣も、グラフィアス程ではないが、かなり大きい。
「あの人、なんかグラン兄に似てるね」
何気なく言うルクバットに返事する事なく、グラフィアスは男に目を奪われたままだ。
自分と彼が似ていないわけがない。
何しろ、自分の中に流れる血の半分は、彼と同じ物なのたから。
親父が、あいつといる……。
「これは、バスター承認試験の記憶だ」
ようやく口にしたのは、質問に遠回しに答えた物だった。
どうやらこの記憶はグラフィアス達を感知しないようで、二人はこのまま事の成り行きを見守っていると、唐突に誰かが叫んだ。
「ふざけるな!俺達は、人を殺す為にバスターになるんじゃない。邪竜と戦う為になるんだ」
「邪竜もまた、人である」
親任官が一喝する。
「忘れるな。邪竜は、我々と同じ人間だ。君達は人間を相手にしている。邪竜だから殺せるなどと、温い考えを持っているようでは、この先バスターの仕事は務まらない。諸君らは第一の試練で強さを示した。第二の試練では覚悟を示してもらう。先ほど申したとおり、日没までに今日を共にした己のパートナーを討った者だけが、バスターの資格を得る。説明は以上だ。健闘を祈る」
言い終えた親任官は、数人の高等官を残して、重厚な扉の向こうに消えて行った。
それを見届けたアウラが、窓辺に目線を送る。
そこから見える太陽は、既に西に傾き空を朱に染めて、夕刻の兆しを示している。
「日没まで、そんなに時間は無いな」
呟きにも似たその言葉に、隣の彼が答える。
「これが試験?ただの殺し合いじゃないか」
「けど、親任官が言っていた事は間違いじゃない。邪竜だって人間だ。何だ?散々人を殺してきたポエニーキスが、今更何を言い出すんだ」
「俺は……!」
「うがっ!?」
何か言い返そうとした彼を遮るように、広間に絶叫が響き渡る。
見ると、一人の男が血飛沫をあげながら倒れ、それを笑顔で見下ろす男の手には、返り血と熱で赤く染まった狼牙棒が握られていた。
「レグルス!?」
そう。その男こそ、アウラの記憶を奪った張本人、レグルスだ。
「へっへ。一番乗りは俺だな。お前らも早くしろよ。日没は待っちゃくれないぜ」
倒れた男が息絶え、泡へと変わっていくのを確認したレグルスは、そのまま悠然と広間から出て行った。
高等官が扉を閉めると、広間に明かりが灯され、試験者達に時間の経過を如実に知らせる。
残された者達は、お互いのパートナーの顔を見やり、ある者はそのまま会場を出ていき、またある者は互いに武器を取り、死闘を始めた。
そんな中でも、アウラ達は未だに突っ立ったままだ。
「いくら試験とはいえ、あいつみたいな非道には走りたくないな」
「レグルスは、人を殺すのに何の躊躇いも無い男だからな」
「流石、ポエニーキスの英雄様だ。あんな奴の相棒をしてたんなんて、ぞっとするよ。……そらじゃ、私達も始めようか」
アウラが腰刀の柄に手をやるが、彼はうなだれたまま、動こうとしない。
「……出来ない。俺にはこれ以上、グルミウムの民を傷付ける理由が無い」
「だったら自分で死んでくれるか?私にはお前を殺す理由があるけど、お前らと違って、戦わない者に刃を向ける気はない。けどバスターになるには、あんたが死なないとダメなんだからさ」
アウラは憎しみに満ちた鋭い視線でそう言い放つ。
その態度は今とは異なり、まるで自分を見ているようだ。
対して男は、拳を震わせるのみ。
「俺はただ、償いをしたいだけなんだ」
頑として武器を取ろうとしない男に対し、アウラは面倒くさそうにため息をつく。
「日没まで時間が無いんだ。何もしてないのは私達だけ。嫌でもやってもらうぞ。だから、タウケティ・アンタレス。あんたに決闘を申し込む」
「なっ!?決闘だと?」
「ポエニーキスの戦士は、挑まれた決闘は必ず受ける。断れば、家名を汚す恥曝し。これで、戦わない理由は無くなったな」
にやりと笑うアウラに、タウケティは恐怖とも、怒りとも言えぬ表情を浮かべる。
そして、覚悟を決めたのか、ゆっくりと武器を手に取り、唸りと共にアウラと切り結んだ。
流石は英雄と謡われた男。
その強さは、正に鬼神の如し。
圧倒的な強さと技術で、アウラを確実に追い詰めていく。
アウラ自身、ここまでの実力差があるとは思っていなかったようで、驚きと焦りの色を浮かべ、必死に攻撃を防ぐ。
しかし、やがて甲高い金属音と共に、アウラの手から虚しく武器が弾け飛んだ。
「終わりだ。決闘を挑まれた限り、俺は君を殺さなければならない」
ぴた、とタウケティはアウラの喉元に剣先を定める。
「何故こんな事を。君は今まで、何の為に生きてきたんだ?死ぬ為に生きてきたわけじゃないだろ!」
息一つ乱れていないタウケティに対して、アウラは息を乱しながら、悔しそうに答える。
「死ぬ為に、生きてきたんじゃない。ただ生きる為に、死ぬ覚悟はある」
追い詰められたというのに、アウラの瞳に脅えは見えず、ただ真っ直ぐに、敵を見る。
「そうか。ならこれで、さよならだ!」
タウケティが武器を振り上げた刹那、
「な、に……」
広間の窓を割る勢いの風が巻き上がった瞬間、彼はその格好のまま、動かなくなった。
そして何故か、アウラが彼の背後に立ち、何処かに飛んでいった筈の腰刀を手にしていた。
「そんな、ばかな……」
大の字に倒れていくタウケティの腹部には、大きな風穴が開いており、絶命するのは時間の問題だ。
アウラはそんな彼を見る事なく、弾む息を整えながら言った。
「あんたの敗因は二つある。一つは、少しでも私に情けをかけた今と、あの時私を生かした、過去だ」
その言葉は、彼に届いていただろうか?
最後まで見届ける前に強い光に覆われ、もとの細く暗い通路に戻ってきたグラフィアス達には、分からない事だ。
親父。本当に、負けたんだな。
目のあたりにした真実。
偶然では無く、アウラは実力で父に勝利していた。
あれだけの実力差があったにも関わらず、勝利したのはアウラ。
その事実に、昔のグラフィアスなら狂うように噛み付いていたかもしれないが、今は不思議と、納得出来てしまう。
アウラの中に眠る力を、いつの間にか認めていた。
「グラン兄。あの、大丈夫?」
ルクバットがおずおずと尋ねる。
流石のルクバットも、あの倒された男性が何者なのか、理解したようだ。
「これで記憶が一つ、あいつの元に戻ったはずだ。次へ行くぞ」
グラフィアスは普段通りの口調で答え、歩みを進める。
あいつが生きているのは、親父よりも強かったから。ただそれだけの理由。俺が進むべき道は変わらない。あいつを倒した時こそ、俺は親父を超えられる。
理由は変われど、その目的は変わらない。
グラフィアスは、今までと変わらない道を、ただ真っ直ぐに歩み続ける。
「やっと追い付いた。グラン兄、歩くの早すぎ」
「別に誰も待ってないからな」
グラフィアスは歩みを止める事なく、変わらず前を見据えたまま、早歩きで答える。
「お前も気付いてたのか?」
「……え、何を?」
息を整えるのに忙しいルクバットは、グラフィアスの質問内容を考える余裕はまだ無いようだ。
何も考えずにこの道を選んだのか?
「お前、何でここを選んだ?他にも道はあっただろ」
「何でって……」
ようやく落ち着きを取り戻したルクバットは、一度深呼吸をしてから答えた。
「言われたんだよ。グラン兄を一人にするなって」
「俺を?」
意外な答えだった。
あの中でそんな事を言いそうなのはシェアトか、それとも……。
「大好きな王女様に、俺を監視しろとでも言われたか?」
小馬鹿にしたように言うと、ルクバットはきっとグラフィアスを睨みつけ、言い返してきた。
「違うよ!アウラはそんな事言ったりしない。誰が言ったかは分からないんだ。ただ、ここから吹いてくる風が、すごく悲しそうな声でそう言ってたんだよ。……それに、ここの風が、一番嫌な風だった。胸を押し潰されるような、息ができなくて、苦しくなる風が。だからここには、アウラの辛い記憶があると思ったんだよ」
「風、か……」
こいつ、この国に来てからやたらと言うようになったな。今までそんな事一度も言わなかったのに、短期間でえらい成長っぷりだ。……あいつが手塩にかけて育てるだけある。
そう感心はするものの、風使いではないグラフィアスには、風がどうとか言われても正直全く理解出来ない。
しかし、ルクバットが言うように、この道が危険だと言うのには賛同出来た。
ここからは、むせかえる程に濃縮された鉄の匂いや、何かが焼け焦げた匂いやらが立ち込めている。
奥に進むにつれて鼻がイカれてしまったのか、今ではその匂いは感じなくなったものの、熱気や、どこからか襲ってくる、突き刺すような殺気がどんどん強くなっているのが分かる。
「それだけ理解してるんなら、一瞬でも気ぃ抜くんじゃねーぞ。ここはもう、敵陣の真っ只中だ」
「うん。分かってる」
二人は特に何を言うでもなく、慎重に歩を進めた。
そしてふいに、前を歩いていたグラフィアスがその歩みをぴたりと止め、背にある大剣の柄に手をやった。
ルクバットも何かしら感じとったようで、飛標型の円月輪を構える。
そのまま数秒、あるいは数十秒後、空気が動いた。
「こんな事、馬鹿げている!」
突如聞こえたその声に、二人はばっとそちらを振り向く。
二人しかいないはずの通路に響いた、低い男の声。
その声がした通路の奥を凝視していると、ざぁ、と一陣の熱風が吹いてきて、周りの景色が一変した。
何が起きているのか理解出来ないまま、二人はいつの間にか広間のただ中においやられた。
さっきまでいた細く、暗い通路からは考えられない大広間。
そこに集う十数人の人集り。
彼らの前には、フォーマルハウトが身に着けているのと同じ軍服姿、バスター協会の高等官や、司祭のようなローブを纏った親任官が立っている。
グラフィアス達は、そんな中の一番後ろにいる。
「これは……」
「……どうやら、あいつの記憶の一部、みたいだな」
しばらく熟考して状況を把握し、そう口にする。
「これが……。ここって、バスター協会だよね?なんか偉そうな人もいるし、いつのどんな記憶なんだろう?」
大切なのはそこだ。
これがいつの記憶に当たるのか、それが分からないと気を抜く事も出来ない。
記憶の持ち主であるアウラは何処にいるのかと探していると、ルクバットがあそこ!と指差した。
屈強な男達の中に紛れているその小さな存在は、グラフィアスが初めて会った時よりもずっと幼く見える。
義手を隠す為に纏っているマントも無く、その右腕も自身の物のままだ。
しかし、そんな彼女の姿よりも、グラフィアスの視線と関心を奪う存在が、彼女のすぐ右隣にあった。
他に並び立つ男達よりも少し目立つ長身の男。
日に焼けた浅黒い肌に、精悍な顔つき。
短く整えられた髪は、身に着けている衣服に負けない程に、赤く燃えがっている。
背中に担いでいる剣も、グラフィアス程ではないが、かなり大きい。
「あの人、なんかグラン兄に似てるね」
何気なく言うルクバットに返事する事なく、グラフィアスは男に目を奪われたままだ。
自分と彼が似ていないわけがない。
何しろ、自分の中に流れる血の半分は、彼と同じ物なのたから。
親父が、あいつといる……。
「これは、バスター承認試験の記憶だ」
ようやく口にしたのは、質問に遠回しに答えた物だった。
どうやらこの記憶はグラフィアス達を感知しないようで、二人はこのまま事の成り行きを見守っていると、唐突に誰かが叫んだ。
「ふざけるな!俺達は、人を殺す為にバスターになるんじゃない。邪竜と戦う為になるんだ」
「邪竜もまた、人である」
親任官が一喝する。
「忘れるな。邪竜は、我々と同じ人間だ。君達は人間を相手にしている。邪竜だから殺せるなどと、温い考えを持っているようでは、この先バスターの仕事は務まらない。諸君らは第一の試練で強さを示した。第二の試練では覚悟を示してもらう。先ほど申したとおり、日没までに今日を共にした己のパートナーを討った者だけが、バスターの資格を得る。説明は以上だ。健闘を祈る」
言い終えた親任官は、数人の高等官を残して、重厚な扉の向こうに消えて行った。
それを見届けたアウラが、窓辺に目線を送る。
そこから見える太陽は、既に西に傾き空を朱に染めて、夕刻の兆しを示している。
「日没まで、そんなに時間は無いな」
呟きにも似たその言葉に、隣の彼が答える。
「これが試験?ただの殺し合いじゃないか」
「けど、親任官が言っていた事は間違いじゃない。邪竜だって人間だ。何だ?散々人を殺してきたポエニーキスが、今更何を言い出すんだ」
「俺は……!」
「うがっ!?」
何か言い返そうとした彼を遮るように、広間に絶叫が響き渡る。
見ると、一人の男が血飛沫をあげながら倒れ、それを笑顔で見下ろす男の手には、返り血と熱で赤く染まった狼牙棒が握られていた。
「レグルス!?」
そう。その男こそ、アウラの記憶を奪った張本人、レグルスだ。
「へっへ。一番乗りは俺だな。お前らも早くしろよ。日没は待っちゃくれないぜ」
倒れた男が息絶え、泡へと変わっていくのを確認したレグルスは、そのまま悠然と広間から出て行った。
高等官が扉を閉めると、広間に明かりが灯され、試験者達に時間の経過を如実に知らせる。
残された者達は、お互いのパートナーの顔を見やり、ある者はそのまま会場を出ていき、またある者は互いに武器を取り、死闘を始めた。
そんな中でも、アウラ達は未だに突っ立ったままだ。
「いくら試験とはいえ、あいつみたいな非道には走りたくないな」
「レグルスは、人を殺すのに何の躊躇いも無い男だからな」
「流石、ポエニーキスの英雄様だ。あんな奴の相棒をしてたんなんて、ぞっとするよ。……そらじゃ、私達も始めようか」
アウラが腰刀の柄に手をやるが、彼はうなだれたまま、動こうとしない。
「……出来ない。俺にはこれ以上、グルミウムの民を傷付ける理由が無い」
「だったら自分で死んでくれるか?私にはお前を殺す理由があるけど、お前らと違って、戦わない者に刃を向ける気はない。けどバスターになるには、あんたが死なないとダメなんだからさ」
アウラは憎しみに満ちた鋭い視線でそう言い放つ。
その態度は今とは異なり、まるで自分を見ているようだ。
対して男は、拳を震わせるのみ。
「俺はただ、償いをしたいだけなんだ」
頑として武器を取ろうとしない男に対し、アウラは面倒くさそうにため息をつく。
「日没まで時間が無いんだ。何もしてないのは私達だけ。嫌でもやってもらうぞ。だから、タウケティ・アンタレス。あんたに決闘を申し込む」
「なっ!?決闘だと?」
「ポエニーキスの戦士は、挑まれた決闘は必ず受ける。断れば、家名を汚す恥曝し。これで、戦わない理由は無くなったな」
にやりと笑うアウラに、タウケティは恐怖とも、怒りとも言えぬ表情を浮かべる。
そして、覚悟を決めたのか、ゆっくりと武器を手に取り、唸りと共にアウラと切り結んだ。
流石は英雄と謡われた男。
その強さは、正に鬼神の如し。
圧倒的な強さと技術で、アウラを確実に追い詰めていく。
アウラ自身、ここまでの実力差があるとは思っていなかったようで、驚きと焦りの色を浮かべ、必死に攻撃を防ぐ。
しかし、やがて甲高い金属音と共に、アウラの手から虚しく武器が弾け飛んだ。
「終わりだ。決闘を挑まれた限り、俺は君を殺さなければならない」
ぴた、とタウケティはアウラの喉元に剣先を定める。
「何故こんな事を。君は今まで、何の為に生きてきたんだ?死ぬ為に生きてきたわけじゃないだろ!」
息一つ乱れていないタウケティに対して、アウラは息を乱しながら、悔しそうに答える。
「死ぬ為に、生きてきたんじゃない。ただ生きる為に、死ぬ覚悟はある」
追い詰められたというのに、アウラの瞳に脅えは見えず、ただ真っ直ぐに、敵を見る。
「そうか。ならこれで、さよならだ!」
タウケティが武器を振り上げた刹那、
「な、に……」
広間の窓を割る勢いの風が巻き上がった瞬間、彼はその格好のまま、動かなくなった。
そして何故か、アウラが彼の背後に立ち、何処かに飛んでいった筈の腰刀を手にしていた。
「そんな、ばかな……」
大の字に倒れていくタウケティの腹部には、大きな風穴が開いており、絶命するのは時間の問題だ。
アウラはそんな彼を見る事なく、弾む息を整えながら言った。
「あんたの敗因は二つある。一つは、少しでも私に情けをかけた今と、あの時私を生かした、過去だ」
その言葉は、彼に届いていただろうか?
最後まで見届ける前に強い光に覆われ、もとの細く暗い通路に戻ってきたグラフィアス達には、分からない事だ。
親父。本当に、負けたんだな。
目のあたりにした真実。
偶然では無く、アウラは実力で父に勝利していた。
あれだけの実力差があったにも関わらず、勝利したのはアウラ。
その事実に、昔のグラフィアスなら狂うように噛み付いていたかもしれないが、今は不思議と、納得出来てしまう。
アウラの中に眠る力を、いつの間にか認めていた。
「グラン兄。あの、大丈夫?」
ルクバットがおずおずと尋ねる。
流石のルクバットも、あの倒された男性が何者なのか、理解したようだ。
「これで記憶が一つ、あいつの元に戻ったはずだ。次へ行くぞ」
グラフィアスは普段通りの口調で答え、歩みを進める。
あいつが生きているのは、親父よりも強かったから。ただそれだけの理由。俺が進むべき道は変わらない。あいつを倒した時こそ、俺は親父を超えられる。
理由は変われど、その目的は変わらない。
グラフィアスは、今までと変わらない道を、ただ真っ直ぐに歩み続ける。
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