流星痕

サヤ

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転の流星

風の王国へ

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 エラルドの風に乗り、アウラ達を乗せた飛行船は、ゆっくりと風の王国グルミウム内部へと進んでいく。
「ここが、風の王国グルミウム……」
 全員がデッキに出て、船上からその景色を眺める。
 なんて、静かなんだろう。
 シェアトの中で生まれた最初の感想はそれだった。
 今からおよそ十年前、赤の襲撃以降、グルミウムの土地は未踏の地となり、その内情は一切不明のまま、多くの憶測が飛び交っていた。
 ある人は、事件の犠牲者である王国民達の成れの果てである青き邪竜達の温床となっていると説き、またある人は、国を覆う風の影響で荒廃した大地となっていると説いた。
 しかしその実態は、邪竜も、荒廃とした大地も無く、時が止まっているかのように静かだった。
 グルミウムは、巨大な台風の目の中にあるような状態で、青空を見上げれば、時々雲が掛かる真夏の太陽があり、その輪郭をなぞるように輪を描いて飛んでいる鳥がいて、声高く鳴いている。
 エラルドは国の中心である王都ゼフィールに向かっているそうだが、その道中では、数多くの草花や、動物達の姿も目にした。
 時折水辺の上も通過したが、見る限りではとても透明度が高く、魚が跳ね上がるのも確認出来た。
 荒廃とした大地などとは程遠く、むしろ動植物達の楽園のような国となっている。
「これがあの、風の王国グルミウムですか。これほどまでに自然と生命力に満ち溢れているとは、正直驚きましたね」
 誰もが想像していなかった風景を目の当たりにして、代表するようにベイドが呟く。
「この辺は、俺達が外へ出る頃からこんなだったよ」
 大した事じゃないとルクバットはさらりと言う。
 ここが、ルク君達の国、グルミウム……。そして、今向かっている場所が、アウラ様が生まれ育った都、ゼフィール。彼女は今、一体何を思っているんだろう?
 アウラの様子が気になり視線を彷徨わせると、彼女は風景を眺めてはおらず、デッキに足を投げ出して座り込み。空を仰ぎ見ていた。
 ……?
「アウラ様、どうしたんですか?やっと風の王国グルミウムに入れたのに、あまり嬉しそうじゃないですね」
 思わずそう声をかけると、アウラは暫くしてからシェアトを横目で見、退屈そうな溜め息をついた。
「だって、よく分かんないんだもん。私、お城から出た事ないから」
「あ、そっか。……一度も、お城から外に出られた事は無いんですか?」
「うん。外にでれたのは、中庭だけ。エルに頼んで、何度か外を飛んだ事はあるけど、人目に付かないように雲の上ばかりだったから。あとは窓から見える御神木くらいだったよ。本当は、七つの誕生日にエルが、外を歩く為の魔法を教えてくれるはずだったんだ。ね、エル?」
 アウラは船の外を見やって、風となったエラルドに話しかける。
 昔からの旧友に出会えたのがよほど嬉しいのか、彼女は事ある度にエラルドに話し掛けている。
 残念ながらシェアトにはエラルドの声は聞こえない為、しばらく二人のやり取りを静かに見守る。
「その魔法って、今はもう教えてくれないの?……あ、そうなんだ。私が忘れてるだけか。えー、何だろう?気になるな。……うん、早く思い出さないとね。……え?」
 突然、アウラは弾けるように立ち上がり、手すりにしがみついてある一点の光景を見て歓声を上げた。
「わぁ、御神木だ!」
 つられてシェアトも同じ方向を見る。
 すると、まだだいぶ奥で小さいが、他とは違う圧倒的な存在感を放つ大樹が見えた。
 星歴時代よりも前から存在し、それを拠として風の王国グルミウムの王都が建てられたという、国のシンボル。
「すごい。無事だったんだ」
 御神木があるのは戦火の直中となった王都の中心。
 すでに消失しているものとばかりと思っていた。
「ここから見えるだけでも、随分立派そうですね」
「ええ。葉も繁っているようですし、ちゃんと生きてるみたいです。恐ろしい生命力ですね」
 フォーマルハウトやベイドが大樹に対しての感想をそれぞれ述べるが、シェアトはそれとはまた別の想いを抱いた。
 確かに、あの大樹の生命力はすごい。でもそれだけじゃ、あの日を生き残るなんて事は到底出来なかった筈。きっと多くの戦士が、国民が、あの大樹を護ったに違いない。
 彼等の命と誇りである御神木と、彼女を……。
 目の前で無邪気に笑う彼女を、シェアトは改めて尊敬の眼差しで見つめる。
 その視線に気付いたようで、アウラは小首を傾げて何?と尋ねてきた。
 シェアトは、上手く表現出来ない感情が、涙となって零れ落ちるのを必死に堪えながら、今出来る最高の笑顔で言った。
「アウラ様。貴女が仰っていた事は本当でしたね。風の王国グルミウムは今も、ちゃんと生きている。一度たりとも死んでなどいなかった。本当に、強い国です」
 最初、アウラは何を言われているのか分からないようできょとんとしていたが、やがて満面の笑みを浮かべて答えた。
「当たり前だよ。だって、風はいつだって自由に吹いてるんだから。例え止んでる時があっても、ずっとじゃないでしょ?それは誰にも止められないよ」
「ええ、そうですね」
 正直、この旅に同行した当初は、風の王国グルミウムが元に戻る事は無いと思っていた。
 王家の滅亡、国民の安全や土地問題。それらのどちらも、天帝の力を持ってしても、どうこう出来る物ではなく、ましてやたった一人のバスターが足掻いて成し得る事ではないと感じていた。
 しかし彼女を知った今なら、アウラなら叶えられると信じらる。
 それは彼女が、グルミウム王家の生き残りだからではない。
 確かにそれはとても重要で不可欠な事だが、もっと大切な物がある。
 アウラ自身が誰よりも国を深く愛し、そして国から愛されている事だ。
 彼女は決して独りではなく、目には見えない、数え切れない程の仲間に支えられている。
 それこそがアウラ最大の武器であり、風の王国グルミウム復活を確信出来る、何よりの証だ。
 風の王国グルミウムは必ず蘇る。……ううん、目覚めの時が、必ず訪れる。こんなにも素晴らしい国を、いつまでも眠らせておくなんて、勿体ないわ。その為にも私は、今私に出来る事を、精一杯やらなくちゃ。アウラ様の為に。私自身の為に。
 シェアトがここにいる理由はただ一つ。
 風の王国グルミウムの同盟国である水の王国サーペンの使者として、現在の風の国を知る事。
 今後、国として成り立っていけるかを判断し、天子ネージュに報告しなければならない。
 一学生でしかないシェアトに目を掛けてくれる、天子ネージュや、宰相エニフの期待に応えたい。
 そして何より、友であるアウラの助けになりたい。
 二つの想いが交わり、シェアトの決意は一つに固まっていた。
 今のこの状況からして、王都の姿は大体想像がつく。
 例え、どんなに時間が掛かったとしても、必ず私は……。
 胸にある想いを宿し、シェアトは目前に迫るグルミウムの御神木を見つめ続けた。
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