流星痕

サヤ

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転の流星

奏任六等官

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 来た道をルクバットと一緒に逆戻りし、中央区域にある巨大な塔へ向かうと、入口付近でシェアト達が待っていてくれていた。
「お帰りなさい。どうでしたか、東区域は」
 シェアトは東区域の現状を知らないのか、明るい笑顔で尋ねてくる。
「あ、うん。その……」
 そんな彼女に本当の事を話すのは悪い気がして、何と返事をすれば良いのか分からず言葉に詰まる。
 その時、グラフィアスが不機嫌そうに、
「おい。こんな入口の前でいつまで立ち話するつもりだ?揃ったんなら、さっさと行くぞ」
 と言い放ち、一人先に塔の中へと入っていく。
 思いもよらなかった助け舟に乗り遅れないよう、アウラも慌ててそれに続いた。
「そ、そうだね、邪魔だもんね。私達も行こ、シェアト」
「あ、ちょ、そんなに押さなくても……」
「はーやーく!グラフィアスに置いていかれちゃう。皆も行くよー」
 グイグイと急かすように彼女の背中を押し、後ろにいる二人にも声をかける。
「そんなに急いでも、親書を持っているのは私なんですけどね」
 続くベイドはやれやれといった感じで、ルクバットは何故か嬉しそうに笑いながら付いてきた。
 協会に入り、ベイドが仕官にエクレール天皇から預かっていた親書を手渡すと、暫くしてから一行は、誰もいない一室の広間に案内された。
「天帝様、会ってくれるかな?」
 アウラは不安と緊張が入り混じった溜め息をつきながらぼやく。
「恐らく、直談判は無いと思いますよ」
 特に答えを求めていたわけではなかったが、ベイドがそう答えてくれた。
「じか、だんぱん?」
「私も以前、今の研究の続行許可を求めて兄と共に天帝様に謁見を求めているんです。勿論その時も陛下の親書を持っていましたが、代理の応答でした」
「そっか……。じゃあ私達も会えないかもしれないんだね」
 残念、と肩を落とすと、急に扉の向こうからトゲのある声が聞こえてきた。
「天帝様はご多忙の身であり、またこの世界の神。君達のような者が、早々に謁見出来るような存在では無い」
 直後に扉が開かれ中に入ってきたのは、焦げ茶色のローブに身を包んだ、三十代半ば程の男性だった。
「天帝様の代理で参った、勅任一等官のアクベンス・ウヌカルハイだ。エクレール天皇からの親書は、私も目を通させてもらった」
 入ってくるなり自己紹介をし、早々に話題に入る姿は真面目そのものだが、取っつき難く、冷たい印象を受ける。
 そんな雰囲気をねじ曲げるかのように、ベイドがいつも以上の笑顔を見せた。
「アクベンス殿、お久しぶりです。一等官になられたのですね。お若いのに、流石ですね」
 話の腰を折られたアクベンスは、嫌そうな顔を露骨にし、ベイドとは目を会わせずに答える。
「貴殿は、卿になられたようだな」
「私のはただの飾りですよ。貴方や兄、そして彼女に比べたら足元にも及びません」
「え?」
 二人だけで進んでいた会話に強引に参加させられ、一瞬どきりとする。
 更に、今しがた苦手意識を抱いたアクベンスがまじまじとこちらを見てくるので余計に緊張する。
「……君が、バスターボレアリスか?親書では今は記憶を失い、風の王国グルミウムの王女、アウラを名乗っているようだが?」
「あ、はい……」
「これが嘘ならば君は、あらゆる罪に問われ、職も失うぞ?」
 最初からアウラを偽物であると決め付けるような発言に、きっと睨み付ける。
「私は本物です!」
 はっきりそう答えると、彼は目を細めて再び沈黙する。
 そして、近くにいた仕官に一言命令した。
「……ウヌカルハイ六等官を呼んでこい」
 ウヌカルハイ?この人と同じ名前……。
「話を戻そう。彼女の記憶を奪ったデジアルという妖精が既に死滅しており、バスターボレアリスの記憶を取り戻す術を探している、という事だったな?」
 親書に書いてある内容を要約して、アクベンスは誰にというわけでなく確認する。
「ああ。火の帝国ポエニーキスになら詳しい文献があると思う。それらに目を通せるよう、こちらで手配してもらえないだろうか?」
 グラフィアスがそう頼むと、アクベンスは「その必要は無い」と即答する。
「フラーム皇帝には、デジアルに関する情報を全て提供するよう手配済みだ。こちらでその情報を纏めた結果、信憑性は薄いが、記憶の所在が判明している」
「デジアルに食べられた記憶、何処かにあるの?」
 淡々と説明するアクベンスに、ルクバットの声が弾ける。
「我々も詳しい事までは解明出来ていない。何せ急だったのでな。とにかく、調査の結果、デジアルの死後、残された記憶は、持ち主の故郷に向かうのではないか、と出た」
「アウラ様の故郷……。という事はつまり」
「亡国グルミウム」
 シェアトの呟きを引き継ぐように、アクベンスは話を続ける。
「君は今、五大国巡礼の最中だそうだな?ならば勿論、故国に入る方法も知っているのだろう?」
「どう、なんだろう?」
 グルミウムに入る方法と言っても、国から出た事も、今そこがどのような状態なのかも分からないアウラが知っているわけがなく、隣に立つルクバットに困り顔で助けを求める。
「出て行く時は確か、アウラが皆に話し掛けて、道を作ってもらっていたよ。だから多分、今回も同じようにやれば入れてくれるんじゃないかな?」
「うーん……」
 皆って、国を覆ってるっていう風の事だよね?私、まだ風とはお話出来ないんだよな……。
 唸って悩んでいると、ドアの軽いノック音と、若い男の声が聞こえてきた。
「一等官。フォーマルハウトです」
「来たか。入れ」
「失礼します」
「あ、お兄さん……」
 アクベンスの許可の後、静かに入ってきた顔には、見覚えがあった。
 東区域の墓所で、ぬいぐるみを埋めるのを手伝ってくれた、絵の上手な人だ。
 細身で優しい顔つきの、恐らくグラフィアスよりは年上。
「奏任六等官のフォーマルハウトだ。今回の件は、彼が担当している。グルミウムには彼を同行させて、記憶回復の手助けをしてもらおうと考えている」
 簡単に説明をされたフォーマルハウトは軽く会釈をしながら挨拶する。
「初めまして。バスター協会奏任六等官のフォーマルハウト・ウヌカルハイと申します。貴女がボレアリスさんだったんですね。噂は色々と伺っています。宜しくお願いします」
「うわさ?」
 差し出された手を取り、そう聞き返す。
 だがフォーマルハウトはそれにはすぐに答えず、何故かキョトンと、不思議そうな顔を浮かべている。
「どうしたの?」
「え?あ、いえ。何でもありません。有名な最年少バスターに出会えて、光栄です」
 彼は屈託なく笑い、その手を離す。
 すると、値踏みをするように見ていたグラフィアスが口を開いた。
「護衛のつもりか?見た所、戦えるようには見えない。これ以上荷物が増えても邪魔なだけた。情報を貰うだけで十分だろ」
「確かに頼りがいは無いが、防衛戦には長けている。それと、我々からの償いだとでも思ってくれ」
「償い?」
「今回の事件の発端であるスレイヤー、レグルスが、雷の帝国カメロパダリスからの護送途中で逃亡してな」
「レグルスが逃げただと!?」
 グラフィアスの吠えるような反応に対して、静かに頷くアクベンス。
「現在、所在も掴めず、また君達を襲うとも限らない。その為に、こいつを護衛に付けた」
「皆さんのご迷惑にはならないよう頑張りますので、どうか宜しくお願いします」
 グラフィアスの言う通り、彼は戦えるようにはあまり見えず、気弱そうな顔で一礼する。
 そんな中、いつも通りの笑顔でシェアトとベイドが返事をする。
「まあ、何であれ、戦力が増えるにこしたことはないですよ。私は歓迎します」
「私も。怪我とかされたら、遠慮なく私に言ってください」
「ありがとうございます、二人とも。僕、精一杯頑張りますね」
 一応歓迎され、フォーマルハウトがほっと安堵したのを確認したアクベンスは、手に持っていた羊皮紙を確認する。
「報告によると、記憶の回収は急いだ方が良さそうだ。東は今、邪竜による被害も出ている。レグルスがいつ襲ってくるかも分からない以上、すぐにここを発った方が良い」
「そうですね。皆さん、詳しい話は風の王国グルミウムへ向かいながらします。今はまず、東へ向かいましょう」
 ドアに最も近くにいたフォーマルハウトがそう言いながらドアノブを捻り開け、皆に外へ出るよう促す。
「待て。前回の報告書に誤りがある。お前はそれを訂正してから行け」
 一人ずつ外へ出て、最後にフォーマルハウトが出て行こうとしたところを、アクベンスが呼び止めた。
「……あ、はい。すみません、皆さん。すぐに終わるので協会の外で待っていてください」
 フォーマルハウトが申し訳なさそうにそう断ってドアを閉めたので、皆はとりあえず協会の出入り口で彼を待つ事にした。
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