流星痕

サヤ

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転の流星

風VS炎

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 ローマーとの戦いが三戦、五戦と続き、もはや何戦目かも分からなくなってきた頃、ハルピュイアに異変が起き始めた。
 ここに連行されてから時折ブレたりして不安定ではありつつも、魔力を増やせば形成出来ていたものが、今ではそれすらも困難になってきている。
 魔力が尽きたというわけではない。
 現に防御魔法である東風は纏えているし、腰刀を覆っている風も、まだまだ威力を上げる事だって可能だ。
 まさか壊れたのか?こんな時に。
 思わぬ痛手に舌打ちする。
 武器としてはエラルドの腰刀があるので丸腰では無いにしろ、元々利き手ではない左手で、いつ終わるともしれない戦いに身を投じるとなると、下手をすれば命を落としかねない。
 まずいな。早く脱出する方法を見つけないと……。ん?
 次の対戦相手が決まるまでの間、体力の回復を計りつつ辺りを観察していると、相手方の扉からなんと、手錠で繋がれたルクバットとグラフィアスがやって来た。
「アリス!うっ……」
 ボレアリスを見つけたルクバットは一目散に駆け寄ろうとするが、脇に控えていたローマーによって難なく昏倒される。
 ルクバット……それに、あいつまで捕まってたなんて。
 ルクバットの後ろに立つグラフィアスに目を向けると、彼は黙ったままこちらを見ている。
 お互い、黙ったままでいると、ローマーはグラフィアスの手錠を外し、彼を舞台の上へと上がらせた。
「妙な連中に捕まったと思ったら、これは一体、どういうわけだ?」
 受け取った大剣を片手に、グラフィアスはぐるりと肩を回しながら嬉しそうに言う。
 その目はまるで、極上の獲物を見つけた獣のように、爛々と輝いていた。
「さあな。ただ、お前を倒せば、この下らない茶番劇が終わるかもしれないな。下でシェアトが待ってるんだ。恨みは無いけど、大人しく斬られろ」
 ボレアリスは疲れを気取られないよう、わざと強気な態度で挑発する。
「ふん、ぬかせ。仕向けられたのが気に食わないが、お前を叩っ斬るには最高の舞台だ。本気でやらせてもらう」
 グラフィアスが大剣を両手で構え、ボレアリスが腰刀の刃先を相手に向けると、戦闘開始のドラの音が鳴り響いた。
 瞬間、刀と刀が擦れ合う剣戟音が悲鳴をあげ、二つの鋭い瞳が交差する。
 先に動いたのはボレアリスの方で、グラフィアスの少し上空から叩きつけるような形で切り結んでいる。
 元々腕力が無い上に、体力も消耗し左手だけでグラフィアスとやり合うとなれば、力負けする可能性が極めて高い。
 おそらく、後手に回った時点で、ボレアリスの勝機は無くなるだろう。
 互いに高威力となる詠唱魔法を唱える時間など与える筈もなく、ボレアリスは必然的にスピードを生かした戦闘を強いられる。
 あとは、体力と魔力がどこまで保つかだけど……けっこう厳しいかもな。
 グラフィアスの太刀筋は真剣そのもので、少しでも油断しようものなら、そのまま斬り殺されてしまいそうだ。
「……そんなもんかよ?」
 不意に、グラフィアスが低く唸り、力任せに大剣をなぎ払った。
 ボレアリスは押し返される力に敢えて逆らわず、後方で一回転し空中へと逃げる。
拘虎狼牙こうころうが!」
 グラフィアスが大剣を振り上げると、牙を模した炎の衝撃波が飛んでくる。
「蒼裂斬!」
 ボレアリスはそれに応戦し、二つの衝撃波は空中で衝突し相殺される。
 そして東風を纏い、噴煙の中へと飛び込むと……
「―なっ!?」
 刹那、噴煙の中から再び灼熱の炎が牙を向いた。
 連激か!
「うぁっ」
 ギリギリで身をよじって直撃は避けたが、右足首に当たり、食いちぎられるような激痛が走る。
 たまらず噴煙から飛び出し地上へ着地すると、すぐ近くでグラフィアスが大剣を構えて笑っていた。
「粉塵爆火」
 剣先を地面に深く突き刺すと、土が剣のように隆起しながらボレアリスに迫ってくる。
 再び空へと逃げようとするが右足の痛みがそれを許さず、東風の威力を上げて襲い来る剣を風化させる。
 だが、その判断が間違っていたと、すぐに後悔する事になる。
 この匂い……火薬!
 粉砕する土からは、鼻をつくほど強烈な、火薬の匂いが混じっていた。
「燃えろ」
 グラフィアスの呟きが聞こえた刹那、彼を導火線に隆起する剣全てが大爆発を起こす。
 東風を纏っていたせいで酸素をたっぷりと吸い込んだそれは、広場全体を覆う勢いの爆発と爆風を生み出した。
 その中心にいたボレアリスは爆発の寸前、東風を自身から切り離し、間に真空の壁を作る事で何とか身を護る事が出来た。
 しかし、その壁は薄く一瞬の物なので、無事とは言えない。
 無茶苦茶な戦い方しやがって。独り善がりにも程があるぞ。……これなら、邪竜と戦ってた方がマシだな。
 立ち込める煙の中、右足に治癒魔法を施しながら悪態をついていると、首筋にひやりと冷たい物が突き付けられた。
 どうやら耳が鈍っているようで、グラフィアスが近付いて来ていた事に全く気付けなかった。
「……だよ」
「?」
 グラフィアスは何か呟いたが、上手く聞き取れない。
「何だよ、そのザマは。俺を馬鹿にしてるのか?お前の力はそんなもんじゃないだろ?何故その腕を使わない?ふざけてるのか?それとも贖罪のつもりか?」
 感情を露わにぶちまける。
 その怒りは、心によく響いた。
「……別に」
 ボレアリスは、首にかかる大剣を片手でゆっくりと払いながら立ち上がる。
「馬鹿にするつもりも、贖罪のつもりも無い。ただお前とやる前に、体力を消耗しただけだ。私には、やらなければならない事がある。それを成し遂げるまで、誰にも殺されるつもりは無い」
「……ち」
 グラフィアスは苦々し気に舌打ちし、大剣を肩に担ぐ。
「興醒めだ。全力じゃないお前を倒したところで、何の意味も無い」
 そう言う彼からは、完全に戦意が失せている。
「それは良かった。下らないプライドに感謝しないと」
「俺はお前のような卑怯者とは違う」
「ご立派な事で。けど、剣は納めるな。邪竜にされるぞ」
「は?くっ。てめ」
 ボレアリスは、煙が晴れる前に再びグラフィアスに斬りかかるが、それはあくまでも形だけだ。
「ここから脱出するぞ。お前、どうやってここへ入った?」
「知るかよ。地面に吸い込まれて、気付いたら牢屋だ」
「ルクバットと一緒か……役に立たないな」
「人の事言えた立場かよ!」
 二人は互いに悪態を突きつつ、脱出する方法を考えながら何合か打ち合うが、これといった解決策は浮かばないまま、ただ時間だけが流れていく。
「いっそ、あいつら全員斬り倒せば良いんじゃねぇか?」
「馬鹿言え。上で適わなかったからここにいるんだろ。万全ならまだしも、こんな疲弊した状態じゃ到底無理だ」
「俺は平気だ」
「その割には、足元がお留守だぞ!」
 足払いを掛け一旦距離を取り、互いに睨み合う。
「オ前達、何時マデヤッテイル!」
 なかなか決着の着かない試合に、ローマーが痺れを切らし始める。
 そろそろまずいな……ん?
「何だ?」
 突然、どこからか響く地鳴りに、グラフィアスを始め、その場の全員がざわめく。
 その振動は段々と大きくなり、ついには地震の如く地面が大きく揺らぎ始める。
「……上だ!」
 そう叫んだ直後、ドーム状の屋根を、赤い巨体が突き破って降ってきた。
「邪竜だ!」
「赤竜……今日はよく見るな」
 グラフィアスが叫び身構え、ボレアリスは溜め息混じりに赤竜を見つめる。
 ローマー達も混乱している。今なら逃げられる。
「シェアトは向こう側の下にいる」
 ローマーに気付かれないよう、グラフィアスにそう耳打ちする。
「何故俺にそんな事を?」
「シェアトが心配してたからな。行って安心させてやれ」
「調子の良い事を……。しくじるなよ?」
「誰に物を言ってるんだ?さっさと行け」
「ふん。偉そうに」
 上から物を言うボレアリスに舌打ちしつつも、グラフィアスはシェアトがいるフロアへと向かった。
「アリス!」
 この混乱に乗じてルクバットもローマーから逃げ、こちらに駆け寄ってくる。
「ルクバット、無事だな?お前もシェアトを頼む」
「うん、じゃあ後でね!」
 元気に頷いたルクバットは急いでグラフィアスを追う。
 ……よし。これで人払いは出来た。
 二人が広場から出て行くのを確認してから、赤竜を見上げる。
 今のボレアリスに、邪竜と戦う余力は、無い。
「ノトス様。もうやっても良いですよね?」
 そう不適に笑い、内にいるノトスに確認を取ると、「致し方あるまい」と答えが返ってきた。
「そうこなくちゃ!」
 満足のいく返答に、ボレアリスは即座にもう一人の自分を呼び覚ます……。


 ―そこから、次に目覚めるまでの間の記憶は、ボレアリスには残っていない。
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