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承の星々
王女生存説
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水の王国に向かうには、土の天地から北へ山を一つ越えるか、西の雷の帝国を通り、海を渡る必要がある。
最短ルートとしては、もちろん山越えだが、この時期は雪が積もっており、歩くだけでも注意しなければならない。
ボレアリス達は最短ルートである山越えを選んだが、やはりその道のりは楽ではなかった。
二人だけならこの時期の山越えも何度かしていたので、そこまで苦労は無いのだが、今回は手負いのラナと、旅慣れしていないアトリアが一緒の為、足取りも自然と遅くなる。
山頂を抜けて下りに差し掛かってからしばらくすると雪が降り、地面に積もる雪もだんだんと増えてきた。
どうやらサーペンの天気は、大荒れのようだ。
「アトリア。ここ滑りやすいから気をつけてね」
ここ数日で仲良くなったルクバットが常にアトリアを気遣い、エスコートしてくれるお陰で、ボレアリスは周りの敵や物事に集中出来たのが救いだ。
「もう少しで山を越えられる。そうしたら近くに山小屋があるから、今日はそこで休もう」
先行していたボレアリスが、見覚えのある景色を見て下山が近い事を確信し、後ろに続く三人にそう声をかけると、皆一様にして笑顔を見せた。
寒さ避けとして温石をそれぞれ所持していたが、それもすっかり冷めてしまい、今は温風を作り出して身に纏っている為、疲労が溜まっている。
「すみません。こんな時期に、護衛など頼んでしまって」
「気にしなくて良いんだよ。オレ達は最初からここを通るつもりだったんだからさ。アトリアは、自分の事を気にしてれば良いんだ」
申し訳なさそうに謝るアトリアに、そう優しく声を掛けるルクバット。
ルクバットに至っては、アトリアの為に足元の雪を退かしてあげたりしているので、体力の消耗は大きい。
「ボレアリスさん。何か匂いませんか?」
殿を務めているラナがそう叫ぶ。
「ええ。私も気になっていました」
僅かに焦げ臭い匂いが雪風に混じっている。
山火事でもあったのかと思うが、自分達がいる場所では無さそうだ。
「みんな、疲れてると思うけど、気を引き締めて行こう」
そう念を押して、慎重に下山を続ける。
「……これは、一体」
特に問題が起こる事なく下山した一行は、当初の予定通り近くの山小屋に向かったのだが、そこで絶句する光景を目の当たりにした。
その山小屋は、形こそ保ってはいるが、一部の屋根や壁が壊れていて、中が丸見えになっていた。
破損した部分は、一部焼け焦げている所もあるが、殆どは抉られたような形をしている。
周囲を見渡してみると、雪は綺麗に降り積もっている。
「ここで何があったのでしょう?」
アトリアが怯えたように疑問を投げかける。
ボレアリスは小屋の中を注意深く見回しながら答えた。
「たぶん、邪竜と何かが近くで争ったんだと思う」
「まさか、先程の焦げ臭さは、ここから?」
「……いや。それは違うと思いますよ。ついさっきの出来事にしては、雪が積もりすぎている。これは、もっと前ですね」
床に降り積もる雪に触れると、下の方は一度溶けて凍りついている。
「とりあえず、今日はここで休みますが、なるべく固まっていた方が良さそうですね」
話が纏まり、一行は小屋の中でも破損の無い場所に寝床を作る準備を始める。
アトリアが湿気った藁や、小屋に常備されていた毛布を乾燥させてくれたおかげで、吹き抜けの小屋でも凍えずに済みそうだ。
「……起きていますか?」
夕食も済み、夜が深まった頃、ラナの声がした。
ボレアリスは目を閉じてはいたが、もちろん起きている。
「何ですか?」
そのままの姿勢で返事をする。
「この小屋を荒らした邪竜は、まだ近くにいると思いますか?」
「何とも言えないですね。ただ、ここに長居するのは得策ではありません。明日は早めに出るつもりです。何か気掛かりでも?」
「いえ。ただ、アトリアの祖母がいる町は、ここからそう離れていないので、少し気になって。彼女も何も言わないけれど、心配してるんじゃないかと」
ボレアリスは目を開け、アトリアを見る。
小屋の隅でルクバットと肩を並べて眠る少女は、静かに、規則正しい寝息を立てている。
こればかりは、町まで行ってみないと分からない。
ボレアリスは再び目を閉じ、一言呟く。
「町の警備隊を、信じましょう」
翌朝、幸いにも雪は止み、空も青く澄み渡っていて、ボレアリス達の旅は順調に進んだ。
もうあと半刻も歩けば、アトリア達の目的の町が見えてくる頃だ。
ゴールが近い事もあって一様に安堵の表情を浮かべ始めていた刹那、西の空に、一筋の赤い閃光が走った。
それは黒煙を纏わせて上へ下へと無秩序に走り、時折獣のうなり声を交わせる。
「邪竜だ!」
ボレアリスが一つ叫び、戦闘態勢を取ると、皆も一様に身構える。
数秒もしないうちに赤竜が現れ、四人の前に降り立つ。
そのまま赤竜は、口から黒煙を吐きながらしきりに背中の方を気にしている。
「ねえ。なんか様子が変だよ」
警戒は緩めず、ルクバットが言う。
すると、
「よーし、良い子だ」
赤竜から、男の声がした。
いや、正確には、赤竜が先程から気にしている背中から。
「誰か、いる?」
ラナが信じられないといったように呟くと、赤竜の背中から、声の主が姿を現した。
「あんたは……レグルス」
それは、ボレアリスと同時期にバスターになった火の帝国の男、レグルスだった。
「あ?誰だお前は。……あ~、おチビか」
レグルスはこちらを認めると、小馬鹿にしたような笑みを零す。
「あんた、その赤竜に何をしたんだ?」
ボレアリスは少しだけ怒りを込めて詰問する。
だがレグルスは、相変わらずの笑みのままへらへらと答えた。
「何って、見て分かんねーのか?俺のペットだよ。じゃじゃ馬だが、移動も楽でいーぜ。ちょいと小せぇけどな」
レグルスが言う通り、その赤竜は、よく見る個体より一回り以上も小さい。
おそらく子供だろう。
そして、その赤竜の首廻りには、忌まわしいあの蒼炎がゆらゆらと揺らめいている。
「その技は、禁じられた筈だぞ」
「人にはな。こいつらに使っちゃいけない理由は無い。ま、たまーに暴れさせてやりゃ大人しいもんよ。これから一つ、町に行く所さ」
「町って、まさか、お祖母様の……?いけない!」
「アトリア!?」
一人駆け出すアトリアを追い、ラナも続く。
「ルクバット。二人を追え!私も後から行く」
「分かった!気をつけて」
二人の護衛をルクバットに任せ、ボレアリスは一人その場に留まる。
「何だ?散歩の邪魔する気か?」
「その人を今すぐ解放しろ」
「その人ぉ?お前にはこれが人間に見えるのか。こいつは傑作だぜ」
「人間だ。例えそれがポエニーキスの人であっても、その炎で苦しむ人を、放ってはおけない」
ボレアリスは右手に魔力を集中させ、薄い風の剣、ハルピュイアを形成する。
それを見たレグルスは、一際低い声で笑った。
「そうか。なら、お前で運動不足を解消させてもらうとするか。いけ!」
命令と共に口を開けて突進してくる赤竜を交わし、前転するように背後に回る。
地面に着地する直前、太い尾が横から襲ってくるが、ハルピュイアで一刀両断に斬り捨てる。
痛みで赤竜が暴れる隙に、ボレアリスは魔力を練り上げ、詠唱を始める。
「砂塵よ。風と共に舞い上がれ。砂塵嵐!」
雪を含んだ砂塵が赤竜の下から巻き上がり、細かな飛礫がその体を斬りつけて行く。
「ちっ」
しばらくすると、赤竜が一つ、大きな咆哮をあげて、砂塵の中からレグルスが飛び出してきた。
次いで、赤竜が炎を吐きながら砂塵から抜け出てきた。
首に纏わりついていた蒼炎は消えており、怨みに燃える瞳をレグルスに向けている。
赤竜は一度空に舞い上がり、旋回して勢い良くレグルスに掴みかかる。
「しゃらくせえ!」
レグルスは一つ吠え、巨大な炎の塊を赤竜にぶつけた。
周りの雪を焼き溶かす炎が、赤竜と共にけたたましい悲鳴を上げ、一帯を白く染め上げる。
それが落ち着いた頃、赤竜の姿はどこにも無かった。
「よくもやってくれたな。便利だったのによ」
晴れて行く霧の向こうから、レグルスの苛立し気な声がする。
「仕事をしただけだ。バスター同士の死闘も、禁止されてる筈だぞ」
そう牽制しつつも、腰に携えている刀に左手をかける。
「随分と息も上がってるな。あの技は、消耗が激しいんじゃないか?子供を従えたのも、それが理由だろ」
図星を突かれたのか、レグルスはしばらく無言の後、苦々しそうに舌打ちをする。
「次は、こうはいかねーからな」
そのままレグルスはずかずかと歩き去って行く。
安全の確保が出来たボレアリスは空へと飛び上がり、急いでルクバット達の後を追った。
三人は既に町に到着していたようで、道中で合流する事は出来なかった。
ボレアリスは地上に降り、町中で三人を探していると、すぐにルクバットを見つけた。
「アリス!無事だったんだね」
「ああ。あの赤竜も、ここには来ないよ。二人は?」
こっち。とルクバットの案内で、ボレアリスは一件の家へと招かれる。
そこにはアトリアとラナ、そしてアトリアの祖母らしき人物がいた。
「アリスさん!ご無事で良かったです。勝手な行動を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「良いよ。その気持ちは、よく分かるから。町も無事だったし」
深々と頭を下げるアトリアの頭を撫で、優しく彼女を許す。
アトリアの祖母も近付いてきた。
「私からもお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」
「いえ。私はただ、依頼をこなしただけです。もう失礼しますね」
「もう行ってしまわれるのですか?せめて一日だけでもおもてなしを」
「ありがとう。私も、自分の夢を一日でも早く叶えたいからね」
それだけ言うとアトリアは納得したようで、残念そうな顔をしながらも、町の外まで見送りをしてくれた。
「グルミウム復国の夢、叶うようお祈りしています」
「ありがとうございます。次は、故郷でお会いしましょう。……そういえば、師団長と王女は、まだ続けるんですか?」
ラナと握手を交わしながら聞くと、アトリアが苦笑しながら答えた。
「そのつもりですが、祖母も心配するので、暫くは休憩ですね」
「そう。なら一つ、ラナさんにアドバイスをしておこうかな」
「アドバイス、ですか?」
「エルは、王女を姫様なんて呼んでませんでしたよ。それじゃ」
軽い会釈を残し、ボレアリス達は首都へと向かう。
「アリスさん、どうしてそんな事を知っているのでしょう」
「……王女、様」
「え?」
二人を見送りながらアトリアがそう首を傾げる中、ラナが呆然と呟く。
「近衛師団に所属していた頃、一度だけ、アウラ王女様にお会いした事があるの。エルを知らないかと聞かれ、何の事か分からなかったけど、すぐにエラルド様がやってきて、王女様はそちらに駆け寄って行ったわ」
「エラルド師団長の愛称が、エル?」
「たぶん。でも王女様以外に、その名で呼んでいる人はいなかった」
「じゃあ、それを知ってるアリスさんは、本物の?」
「生きて、おられた……。私達の、希望が」
理解したと共に、自然と涙が溢れてきて、二人はこの喜びを、希望を更に広める決意を固めた。
最短ルートとしては、もちろん山越えだが、この時期は雪が積もっており、歩くだけでも注意しなければならない。
ボレアリス達は最短ルートである山越えを選んだが、やはりその道のりは楽ではなかった。
二人だけならこの時期の山越えも何度かしていたので、そこまで苦労は無いのだが、今回は手負いのラナと、旅慣れしていないアトリアが一緒の為、足取りも自然と遅くなる。
山頂を抜けて下りに差し掛かってからしばらくすると雪が降り、地面に積もる雪もだんだんと増えてきた。
どうやらサーペンの天気は、大荒れのようだ。
「アトリア。ここ滑りやすいから気をつけてね」
ここ数日で仲良くなったルクバットが常にアトリアを気遣い、エスコートしてくれるお陰で、ボレアリスは周りの敵や物事に集中出来たのが救いだ。
「もう少しで山を越えられる。そうしたら近くに山小屋があるから、今日はそこで休もう」
先行していたボレアリスが、見覚えのある景色を見て下山が近い事を確信し、後ろに続く三人にそう声をかけると、皆一様にして笑顔を見せた。
寒さ避けとして温石をそれぞれ所持していたが、それもすっかり冷めてしまい、今は温風を作り出して身に纏っている為、疲労が溜まっている。
「すみません。こんな時期に、護衛など頼んでしまって」
「気にしなくて良いんだよ。オレ達は最初からここを通るつもりだったんだからさ。アトリアは、自分の事を気にしてれば良いんだ」
申し訳なさそうに謝るアトリアに、そう優しく声を掛けるルクバット。
ルクバットに至っては、アトリアの為に足元の雪を退かしてあげたりしているので、体力の消耗は大きい。
「ボレアリスさん。何か匂いませんか?」
殿を務めているラナがそう叫ぶ。
「ええ。私も気になっていました」
僅かに焦げ臭い匂いが雪風に混じっている。
山火事でもあったのかと思うが、自分達がいる場所では無さそうだ。
「みんな、疲れてると思うけど、気を引き締めて行こう」
そう念を押して、慎重に下山を続ける。
「……これは、一体」
特に問題が起こる事なく下山した一行は、当初の予定通り近くの山小屋に向かったのだが、そこで絶句する光景を目の当たりにした。
その山小屋は、形こそ保ってはいるが、一部の屋根や壁が壊れていて、中が丸見えになっていた。
破損した部分は、一部焼け焦げている所もあるが、殆どは抉られたような形をしている。
周囲を見渡してみると、雪は綺麗に降り積もっている。
「ここで何があったのでしょう?」
アトリアが怯えたように疑問を投げかける。
ボレアリスは小屋の中を注意深く見回しながら答えた。
「たぶん、邪竜と何かが近くで争ったんだと思う」
「まさか、先程の焦げ臭さは、ここから?」
「……いや。それは違うと思いますよ。ついさっきの出来事にしては、雪が積もりすぎている。これは、もっと前ですね」
床に降り積もる雪に触れると、下の方は一度溶けて凍りついている。
「とりあえず、今日はここで休みますが、なるべく固まっていた方が良さそうですね」
話が纏まり、一行は小屋の中でも破損の無い場所に寝床を作る準備を始める。
アトリアが湿気った藁や、小屋に常備されていた毛布を乾燥させてくれたおかげで、吹き抜けの小屋でも凍えずに済みそうだ。
「……起きていますか?」
夕食も済み、夜が深まった頃、ラナの声がした。
ボレアリスは目を閉じてはいたが、もちろん起きている。
「何ですか?」
そのままの姿勢で返事をする。
「この小屋を荒らした邪竜は、まだ近くにいると思いますか?」
「何とも言えないですね。ただ、ここに長居するのは得策ではありません。明日は早めに出るつもりです。何か気掛かりでも?」
「いえ。ただ、アトリアの祖母がいる町は、ここからそう離れていないので、少し気になって。彼女も何も言わないけれど、心配してるんじゃないかと」
ボレアリスは目を開け、アトリアを見る。
小屋の隅でルクバットと肩を並べて眠る少女は、静かに、規則正しい寝息を立てている。
こればかりは、町まで行ってみないと分からない。
ボレアリスは再び目を閉じ、一言呟く。
「町の警備隊を、信じましょう」
翌朝、幸いにも雪は止み、空も青く澄み渡っていて、ボレアリス達の旅は順調に進んだ。
もうあと半刻も歩けば、アトリア達の目的の町が見えてくる頃だ。
ゴールが近い事もあって一様に安堵の表情を浮かべ始めていた刹那、西の空に、一筋の赤い閃光が走った。
それは黒煙を纏わせて上へ下へと無秩序に走り、時折獣のうなり声を交わせる。
「邪竜だ!」
ボレアリスが一つ叫び、戦闘態勢を取ると、皆も一様に身構える。
数秒もしないうちに赤竜が現れ、四人の前に降り立つ。
そのまま赤竜は、口から黒煙を吐きながらしきりに背中の方を気にしている。
「ねえ。なんか様子が変だよ」
警戒は緩めず、ルクバットが言う。
すると、
「よーし、良い子だ」
赤竜から、男の声がした。
いや、正確には、赤竜が先程から気にしている背中から。
「誰か、いる?」
ラナが信じられないといったように呟くと、赤竜の背中から、声の主が姿を現した。
「あんたは……レグルス」
それは、ボレアリスと同時期にバスターになった火の帝国の男、レグルスだった。
「あ?誰だお前は。……あ~、おチビか」
レグルスはこちらを認めると、小馬鹿にしたような笑みを零す。
「あんた、その赤竜に何をしたんだ?」
ボレアリスは少しだけ怒りを込めて詰問する。
だがレグルスは、相変わらずの笑みのままへらへらと答えた。
「何って、見て分かんねーのか?俺のペットだよ。じゃじゃ馬だが、移動も楽でいーぜ。ちょいと小せぇけどな」
レグルスが言う通り、その赤竜は、よく見る個体より一回り以上も小さい。
おそらく子供だろう。
そして、その赤竜の首廻りには、忌まわしいあの蒼炎がゆらゆらと揺らめいている。
「その技は、禁じられた筈だぞ」
「人にはな。こいつらに使っちゃいけない理由は無い。ま、たまーに暴れさせてやりゃ大人しいもんよ。これから一つ、町に行く所さ」
「町って、まさか、お祖母様の……?いけない!」
「アトリア!?」
一人駆け出すアトリアを追い、ラナも続く。
「ルクバット。二人を追え!私も後から行く」
「分かった!気をつけて」
二人の護衛をルクバットに任せ、ボレアリスは一人その場に留まる。
「何だ?散歩の邪魔する気か?」
「その人を今すぐ解放しろ」
「その人ぉ?お前にはこれが人間に見えるのか。こいつは傑作だぜ」
「人間だ。例えそれがポエニーキスの人であっても、その炎で苦しむ人を、放ってはおけない」
ボレアリスは右手に魔力を集中させ、薄い風の剣、ハルピュイアを形成する。
それを見たレグルスは、一際低い声で笑った。
「そうか。なら、お前で運動不足を解消させてもらうとするか。いけ!」
命令と共に口を開けて突進してくる赤竜を交わし、前転するように背後に回る。
地面に着地する直前、太い尾が横から襲ってくるが、ハルピュイアで一刀両断に斬り捨てる。
痛みで赤竜が暴れる隙に、ボレアリスは魔力を練り上げ、詠唱を始める。
「砂塵よ。風と共に舞い上がれ。砂塵嵐!」
雪を含んだ砂塵が赤竜の下から巻き上がり、細かな飛礫がその体を斬りつけて行く。
「ちっ」
しばらくすると、赤竜が一つ、大きな咆哮をあげて、砂塵の中からレグルスが飛び出してきた。
次いで、赤竜が炎を吐きながら砂塵から抜け出てきた。
首に纏わりついていた蒼炎は消えており、怨みに燃える瞳をレグルスに向けている。
赤竜は一度空に舞い上がり、旋回して勢い良くレグルスに掴みかかる。
「しゃらくせえ!」
レグルスは一つ吠え、巨大な炎の塊を赤竜にぶつけた。
周りの雪を焼き溶かす炎が、赤竜と共にけたたましい悲鳴を上げ、一帯を白く染め上げる。
それが落ち着いた頃、赤竜の姿はどこにも無かった。
「よくもやってくれたな。便利だったのによ」
晴れて行く霧の向こうから、レグルスの苛立し気な声がする。
「仕事をしただけだ。バスター同士の死闘も、禁止されてる筈だぞ」
そう牽制しつつも、腰に携えている刀に左手をかける。
「随分と息も上がってるな。あの技は、消耗が激しいんじゃないか?子供を従えたのも、それが理由だろ」
図星を突かれたのか、レグルスはしばらく無言の後、苦々しそうに舌打ちをする。
「次は、こうはいかねーからな」
そのままレグルスはずかずかと歩き去って行く。
安全の確保が出来たボレアリスは空へと飛び上がり、急いでルクバット達の後を追った。
三人は既に町に到着していたようで、道中で合流する事は出来なかった。
ボレアリスは地上に降り、町中で三人を探していると、すぐにルクバットを見つけた。
「アリス!無事だったんだね」
「ああ。あの赤竜も、ここには来ないよ。二人は?」
こっち。とルクバットの案内で、ボレアリスは一件の家へと招かれる。
そこにはアトリアとラナ、そしてアトリアの祖母らしき人物がいた。
「アリスさん!ご無事で良かったです。勝手な行動を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「良いよ。その気持ちは、よく分かるから。町も無事だったし」
深々と頭を下げるアトリアの頭を撫で、優しく彼女を許す。
アトリアの祖母も近付いてきた。
「私からもお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」
「いえ。私はただ、依頼をこなしただけです。もう失礼しますね」
「もう行ってしまわれるのですか?せめて一日だけでもおもてなしを」
「ありがとう。私も、自分の夢を一日でも早く叶えたいからね」
それだけ言うとアトリアは納得したようで、残念そうな顔をしながらも、町の外まで見送りをしてくれた。
「グルミウム復国の夢、叶うようお祈りしています」
「ありがとうございます。次は、故郷でお会いしましょう。……そういえば、師団長と王女は、まだ続けるんですか?」
ラナと握手を交わしながら聞くと、アトリアが苦笑しながら答えた。
「そのつもりですが、祖母も心配するので、暫くは休憩ですね」
「そう。なら一つ、ラナさんにアドバイスをしておこうかな」
「アドバイス、ですか?」
「エルは、王女を姫様なんて呼んでませんでしたよ。それじゃ」
軽い会釈を残し、ボレアリス達は首都へと向かう。
「アリスさん、どうしてそんな事を知っているのでしょう」
「……王女、様」
「え?」
二人を見送りながらアトリアがそう首を傾げる中、ラナが呆然と呟く。
「近衛師団に所属していた頃、一度だけ、アウラ王女様にお会いした事があるの。エルを知らないかと聞かれ、何の事か分からなかったけど、すぐにエラルド様がやってきて、王女様はそちらに駆け寄って行ったわ」
「エラルド師団長の愛称が、エル?」
「たぶん。でも王女様以外に、その名で呼んでいる人はいなかった」
「じゃあ、それを知ってるアリスさんは、本物の?」
「生きて、おられた……。私達の、希望が」
理解したと共に、自然と涙が溢れてきて、二人はこの喜びを、希望を更に広める決意を固めた。
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